茶の湯

2020年3月 6日 (金)

高架下、タネ付枯れアサガオ見て雑感。

 京都は西陣某所、山里の様な静寂の庭で仕事させてもろて帰路、信号待ちでふと窓越しに見た景色にあれこれ。
Karekare  ひとが作り上げた自然美(?)と、コンクリで覆うも根付き繁茂し枯れるもタネ付けて春を待つ姿と…共に植物の有り様ながらまるで違う世界。どちらも“侘び”か?…などと思って見てましたけど、そんな難しい世界観は全然理解できてないってことがわかりました。まぁあえて言語化すると“侘び”ってのは心の中にあるもんってことでしょうか。

(於:茨木市) タネからすると朝顔系。ストリートビューで葉を見れば…マルバアサガオかな。

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2020年2月12日 (水)

川端宏房 漆芸展、ええなぁ。

 どれもこれも独特の世界観…いや、宇宙があるねんなぁ。
Mohe あれこれ気に入ったのが売れてしもたらアカンと川端宏房漆芸展の初日になんばの高島屋6階美術画廊へ行ってきました。数年前にも京都での個展で見せてもらったことがありますけど、やっぱり先に記した通りの印象でよろしいなぁ。会場に書かれていた言葉通りの世界がそこにありましたわ。どんなことが書いてあったか。要約すると“美しい水の惑星(地球)を漆と鉱物などで表現”…いや、アカンなぁ。氏の持ち味は要約しても伝わりません。お人柄そのものが作品に表れている…なんて言えるほど氏のことは存じ上げませんが。
 てな訳で“◯△□多数蒔絵盃”ともへちゃん(氏の創作キャラクター)付きの“饅頭切り”を入手。「展覧会終わるまでええですよ」と言うも「まだまだ展示できてないのがありますから持ち帰ってください」と氏。まだまだあるっ…それでも早い方がええかと。18日(火)まで。

  天才って感じなんやねんなぁ。お人が。

※関連サイト:
【ご案内】大阪ええモン~漆芸家 川端宏房』 大阪タカシマヤさんのブログ記事

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2020年1月25日 (土)

お茶事の手伝いで雑感

 先の記事で触れた通り今月の週末はずっと茶の湯の先生喜寿の自祝茶事。今日は水屋担当で参加させてもらいました。
77 薄茶点前を仰せつかったこともあってそらもう今月ずっと気の重い日々。それでも何とかなるわと挑むも最初の動作は「ん?左手やったか右手やったか?」と迷て見事逆に。あぁあぁ…と思うも先生、サラッと訂正しはるも咎め恥かかさはることもなく…やっぱりええわぁうちのセンセは。
 日々の稽古は茶の湯のことなりお点前を学ぶことは当然のことながらつまるところ“人間としての有り様”を学ぶ場なんやなぁと今更ながら改めて思った次第。お道具の立派さはまぁ写真から想像して頂くとして、そんなこと以上にええ師匠に出会えたことを再確認するええ一日でした。そういう意味ではお点前をちょっと失敗して良かったんかもしれません…とか何とか。

(於:高安山麓) お茶事してくれはるだけでも充分有り難いことでっせ、いやホンマ。

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2020年1月11日 (土)

お茶事で雑感

 我が茶の湯の先生が一昨年喜寿をお迎えになられまして今日、お茶事(自祝茶事?)に呼んで頂き、センセ宅へ。
Kijuchaji1Kijuchaji2 気心知れた社中の皆さんとの茶事ですから、いつものお稽古よろしくわちゃわちゃのひとときにならなんだらええなぁと思うも…
 ナンダカナーと思いつつそもそもこの稽古場の雰囲気をわちゃわちゃにしたんは誰やねんと自問自答するまでもなく…わしやん、と。
 とまぁ一人静しておりました…は、ウソ。節度あるおしゃべりに場が和み、やっぱりええ先生にええ社中が集うもんやなぁとしみじみ。あ、ええ社中に自身は含まれてませんで、はい。なんせ茶の湯の稽古を始めたのは行きがかり上で、続けているのもしかりな状況ですんで。それでもね、縁あってこういう時間を皆さんと共に過ごさせてもらってる事実。不純なきっかけで始めていまだ適当にその道で遊んでる社中をも相手にしてくれてはる先生に、そして社中の民さまに心より感謝の気持ちが湧いてくるのでありました…って嘘っぽい?否々。あ、ちなみに写真はいつもの茶友某がスマホで撮ってくれはったもの。パソコンにシャっと送信してもろて…便利な時代やことですわ。で、おおきに生妹の某。

(於:高安山麓) 先生ずっと元気で楽しい空間もずっと続きます様に。

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2018年12月22日 (土)

霧立ち昇る八尾の山里、午後1時。

 茶の湯の稽古も本年最後。いつもながらのええ時を過ごし、帰りに稽古場あたりを少し探索。小雨交じりの中、東を見ればうっすら霧が覆っていていい感じ。
1812221300
 何十年と見慣れた山里の様子ながら、こないにしっとりと味わいある趣きを持っているとは知らなんだ…とまでは言いませんけど、ええもんやなぁと改めて感じた次第。大阪市内から高安山の麓までの道のりは、まぁ言うたら“露地”とも言えるかも。
 茶の湯に出会い数十年。諸々あって“行きがかり上”お稽古することになったのが正味のところですけど、そのおかげで豊かさを長年にわたって享受してきたんやなぁと、ようやく思える様になりました…なんてね。

(於:八尾市) ここでも電柱、大活躍。

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2018年8月 5日 (日)

“涼風一陣来”弟子対決…写真の。

 2週間前は“祭釜”。
Ryofu1 Ryofu2
 で、写真を2枚。以前同様兄弟弟子によるコンデジ対スマホの一本勝負。どっちがどっちかは…まぁ、今回は、ね。
 それよりですわ。これ、同時に撮ったもんではなくて私が何げに撮ってるのを遠目に見てはったのを後から撮らはったというのに…似たモンが撮れてるなぁと思って。
 こっちが撮った画像をモニタで見ずして何をどう撮ってるんか理解してはるってのにちょっと驚きまして。たいしたもんですなぁ…ってこの構図の良し悪しの問題やなくての話でっせ。
 こういうのって「相手が何を言うてるのか」を聞き分ける能力の有る無しにも思うなぁと思ったり。“一を聞いて十を知る”って言うのかなぁ…いやいやモチロン拡大解釈してのことです。
 それより…ですわ。この掛物にある“涼風一○来”の5文字。四つ目だけ読めんなぁ…で、その妹弟子に訊きますれば“”やと、たぶん。で、過去記事見ておりますと4年前にも同じ掛物出されていて同じ疑問を同じ様に教えてもらってるという事実が明らかに。しかも“そうか…と思いつつ、また、忘れるんやろなぁ。”とまで書いてある。まんまですわ。きっと今度こそ…は、ないない。忘れてしまうことでしょう。茶の湯は全面的に“猫に小判”です。

外激暑も中はこの掛物のお陰で涼しい涼しい…って、もちろんエアコンのお陰でょ。

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2017年1月18日 (水)

阪堺の天王寺駅前駅旧電停、姿消す。

 仕事帰り、天王寺でバスに乗り換え。阿倍野の歩道橋から南見下ろせば…跡形もなかった。
Tekkyo1 Tekkyo2
 そらまぁそうか…と思うも何やさみしいもんがあります。ま、そんなことよりさっさと物事進めていくことは大事やなぁと改めて。
 “明日でええことは今日すんな”ではアカンと思いつつズルズル…は、ヤメや。っていっつも思ってはいるんですけど。それはそうと、駅の線路面に敷き詰めてあった石畳はどこかで余生を送ることになってるんでしょうか。

(於:阿倍野区) “天王寺駅前駅”って場所的に“阿部野橋駅前駅”の方が正しいと思うけど。

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2016年10月 1日 (土)

かむなびさんの“谷町小茶の湯”へ

 10月1日は日本酒の日、ですが“日本茶の日”でもあるとか。へえ知らなんだ。てなわけで行われていた味酒かむなびさんで開催されていた“谷町小茶の湯”へ。
Kochanoyu  まず、いつもながらな工夫こらした美味なる肴にサラッとしたもんから醤油以上の色合いと化した熟成酒味わいひと息ついたところでお菓子頂き、お店の一角を仕切った“お茶室”で亭主の点てる薄茶一服よばれて…というのが一連の流れ。説明すればそれだけですけど、なんともね「いやぁまいったななぁ」と思って。“行きがかり上茶の湯習ってる”の私にしたらあれこれ目から鱗。いやね、でも気持ちはすごいわかるんです。“平成の世、自分にとっての茶の湯って何なん”はよく思うところ。ですけどそこそこの年月習ってると「あぁ、勝手なこと、目立つことせん方が得策や」と自分なりの取り込み方なんかもうええわとなるんですけど、ここの大将は何でもやってみはる。石橋を叩き割らないその潔さにね、いつも“たいしたもんや”と教えられるんですけど、今回も「ええでええで、どんどんやってや」と思いました。
 まず酒と肴から始まるというのがね、茶会にあらず、ですよね。お茶事のエッセンスを取り込みつつ“日本酒の日”をも思わせる。で、その次に出されるお菓子、これが女将の自家製ですわ。白い表面のひび割れたところから見え隠れする赤がマグマの様で…もうちょっとちゃんとお話しするべきやったと後悔。もちろんお味もかむなび特製の味わいで美味。目の前で作らはったもんを頂く…贅沢なはなしです。
 そして“お茶室”へ。布で仕切られた普段8人掛けくらいのテーブル席の机上にゴザが敷いてあって、そこに風炉釜水指。立礼席の様で頂く我々客もそのゴザの上に出されたお茶を飲む訳ですからいわゆる“立礼席”とも違う…限られた空間がちゃんと“茶の湯”の場に。そうそうそうなんやと。いやいや、素人の私はそう思い、惜しみない拍手を心の中で送っていたのでした。
 なんかね、ありますやん、いろいろと。取り合わせがどうやとかこれとこれは一緒に使わんとか道具の格がとか。それ考えたらがんじがらめに…先にも書きましたけど「もうええわ」になって「お茶は茶人のしはること」、とか「貧乏人は茶すんな」との思いに陥ってしもてましたが、私は…ええと思いますね。うん。
Nophoto 大将だけでなく女将も関わってはって、自分たちが良しと思ってる道具を使って…あ、特に今回入れ込んでおられたのが杉桶の水指。大桶職人集団“ウッドワーク”さんに特別に作ってもらわはったそうです。少しでも伝統文化が理解され、日常にも使われるものとなる様に願って皆に見て感じてもらってるとのことでした。
 あれこれ写真で説明したいところですが、やっぱりパチパチは無粋ということで外観のみ。ま、想像でお楽しみください。

(於:中央区) 褒め殺し…ってコトバもあったなぁ。いやいや記事はいたって本気。

※関連記事:
某お店の料理雑感。』 2013年5月 記

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2016年7月24日 (日)

飲みきれば、そこにくまモン。

 今日は祭釜。
Kumamon1 Kumamon2 Kumamon3 Kumamon4
 …まいりました。

(於:某所) 中華そば“天下一品”の鉢にある“明日もお待ちしてます。”を連想…まだまだやなぁ。

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2016年5月10日 (火)

で、大茶盛へ。

 西大寺での所用というのは、これ。
Ochamori1 Ochamori2
 はい、大茶盛。時折テレビで見かけるあれですわ。あれに社中の遠足で参加させてもらいました。
 「あれっ?、先日ニュースでやってたけど…」と思ってましたら30名以上の団体で申し込むと、一服頂けるとのことでセンセがお膳立てしてくれはった訳で…何も知らんで参加だけして、アカン社中ですわ、ほんま。
 写真の様にお茶碗は当然のことながら、釜から水指から茶杓、柄杓、茶器、茶筌に至るまですべてがビッグサイズ。茶巾も然りでその様子が…まるで雑巾。そらまぁそうでっしゃろと思いつつあんまり直視せんときました。
 そんなことあれこれ思てるうちにお茶が運ばれてきました。
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 で、茶碗のビジュアルからして「これはひとりでは飲めんで」とばかり周りの人わぁわぁ言いながら助けてお茶をいただく訳ですけど、これがね、案外“余計なお世話”なんですよねじつは。意外と軽い上に、皆に手伝うてもらうとチカラ加減がよくわからん状態になってかえって飲みづらい状況におちいる訳ですわ。茶碗の重さよりも口の横から溢れることの方が難儀なわけで…と、わかったとて、ひとが飲んではるのを知らん顔する訳にもいかんから、何となくみんな手伝ってる様に振舞っていたのかもしれませんな。さっすが、お茶習ってはるお方ばっかりやことですわ…とかなんとか。
 大茶盛式のこと自体は西大寺HPのここを読んで頂くとしてこんな催し(?)、テレビの向こうの話やと思い込んでましたけど、この様に体験させてもらえて…やっぱりええ先生やなぁとしみじみ。習い事はセンセ次第なんやろなぁと改めて思いました。あぁ感謝感謝。

(於:奈良市) 3稽古場合同とは言え…一大勢力やなぁ。

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