社会

2023年1月22日 (日)

ママドライ2年経って売物件

 過日1時間ほど歩いた俊徳道あたり。陽も落ちて外灯がドラマチックに町を照らしています。
Mamadry3  ひときわ惹かれたこの一角。テント破れてママドライ…ここは2年ほど前にも気になって記事にしたところ。以前は無かったふたつのパイロンに“売物件”と記された看板。かつて個人商店が集まっていたこの一角。シャッターが閉まって更地になって…ま、そこここにある町の変遷やと思いますけど何とも言えん沁みる光景。

(於:東大阪市) すぐ近くにかつてあった商店街、アーケードなくなり普通の町になってる。

※関連記事:
ママドライ、クターエングに台座だけ。』 2021年1月 記

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2023年1月17日 (火)

1月17日に

 神戸の大地震から28年、コロナウイルス感染者が日本で確認されて丸3年。
 “新型コロナ 国内初確認”という新聞の見出しに「トヨタのクルマ、海外で先行発売されたってことか」と当時わざと読み違えて呑気に構えていましたけど今となってはまぁなんと不謹慎なことかと思います。
 ある意味あの地震とコロナ禍を同列の様に語るのもしかりかと。もちろん報道を見るまでもなく正月が終わる頃には大災害を思うも、正直なところ自分の中では風化しつつあるという事実を思い知らされる日でもあります。
 コロナ禍の日々、「不要不急の移動制限」云々が言われて、すっかり仕事において神戸は縁遠いところになってしまいました。それを理由に被災地に思いを馳せることも少なくなった…なんてことはないんですけど、その熱量はやはりかなり。あれからあんなことこんなことありすぎるほど災害があって正直な話ひとつひとつ覚えてられんこの現実。平穏な日々が訪れること念じつつ、合掌。
Nadaizumi  写真は震災後木造で再建された『灘泉』の酒蔵。色々あった様でのちに解体されてしまいました(2007年撮)。

(於:兵庫県神戸市東灘区) ただでさえ酒造業界長いこと大変な状況やこと思うと…

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2023年1月14日 (土)

昭和なプラ看板 282 ● メルシヤン ワイン

 蛍光灯で光らないのでいわゆるプラ看板とは違いますけど、まぁよろしいか。
Mercian2 Mercian1  過日東海道線は茨木駅近くの酒屋さんにそれはありました。まぁ時折まだまだ見かける看板。「あ、メルシャンね」と思うもよく見れば“メルシン”。キノンやらキーピーのそれ同様。今は“メルシャン”表記ながらいつ変更されたのかはもひとつ判りませんでした。私の知る限りでもメルシンを名乗る前は“三楽”で、その前は“三楽オーシャン”やったこと思うと、社名として“メルシャン”が採用された平成2年に変わったのではないかと思います。てな訳でこの看板は昭和モンでしょう。
 合併吸収の繰り返しの末、同社は平成18年からキリン傘下になり現在はキリンの完全子会社に。アルコール飲料はキリン・アサヒ・サントリーの3社に集約されてサッポロは…話それてすんません。
 で、ですわ。ワインの話ですけど日本でいちばんワインの生産量の多い都道府県はどこかってそれは神奈川県やってこと知ってはりました? つい最近まで全然知りませんでした。「何で山梨県ちゃうん?」ですよね。それは何でかと言うのがこのメルシャンの神奈川県は藤沢市にある工場で輸入原料を元にせっせとデイリーなワインを造ってはるからやと。メルシャンと言えば“シャトーメルシャン”のイメージが強く山梨やら長野のイメージでしたけど…そうなんですね。で、ちなみに生産量第2位は…栃木県。これまた「えっ?」な感じですがここにはサントリーの工場あるそうで…なるほど、ですね。この辺の話、興味あるお方は“はまれぽ.com”様の記事“神奈川県がワインの生産量日本一って本当? その理由とは”を読んでください。おもしろいです。
 で、そうそう、メルシャンはMercianで、その由来は“merci”+“an”で、“感謝する”+“人”やそうです。わかる様な…まぁよろしい。

(於:茨木市) 量はケタ違いながら大阪府が5位…へぇ。

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2023年1月10日 (火)

警察(局番ナシ)1.110番

 平野郷にいまも残る琺瑯看板。その味わいを愛でつつ一枚二枚。改めて写真見ますれば…え?警察の緊急電話が“1.110番”と“1”がひとつ多くて4ケタ…こんな初歩的な間違いあってええんかいな。
1110a 1110b  とは言えこれまた何も知らんだけでかつては“1110番”やった…わけないないでと思いつつも一応調べてみましたら、これで正解やった時代があるとのことでっせ。
 警察への緊急電話が開始されたのが昭和23年の10月。当初は北から札幌・東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・熊本の8都市のみやった様で基本現行の“110番”ながら、京阪神の3都市だけは“1,110番”と4ケタが採用され、10年後の昭和33年に全国統一で110番になったということです。
 知らんかったなぁ…と言うのもありますが、この看板が70年近く前のものやというのもちょっと驚きですわ。と思うも我がの年齢から考えるとそんなもんかと。そっちの方が驚きかなぁ個人的には。1月10日は110番の日

(於:平野区) 広告主の電話番号が記されてないこの奥ゆかしさ!やるなぁニコニコ釜本店

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2023年1月 2日 (月)

いろは湯、廃業。

 元日、出し忘れの年賀状書いて郵便ポストに向かいますればそこにある風呂屋さんに貼り紙がしてあって…えっ、なんて?
168b 168a  “令和四年末を以って閉店致します”…昨日で廃業…えぇっ。
 ここ数年しょっちゅう設備の補修のため数日休んでは“騙し騙し”営業されている様子でしたから気にはなっていたんですけどまさかこんな突然やめてしまわはるとは。
 まぁコロナ禍もあってちょっと自身も公衆浴場から遠のいていましたけど、それ以外にこれだけ燃料費も高騰するととてもやないけどやっていけん状況やったとは思います。まわりに高層マンションいっぱい建って、煙突から煤煙を出すこともできないとなると、廃材木を燃やす訳にもいかん訳ですしね。
 むしろよく令和の時代まで頑張って風呂屋さんを続けてくれはったことやと心底感謝します。これで中央区に残る風呂屋さんはあと2軒。ただ旧東区内で言うとこのいろは湯さんの廃業でゼロになってしまいました。
 4時前の開店を待ってはった人たちや近隣の風呂屋さん廃業で遠くから自転車で来てはった人々にとって令和5年はつらい日々の始まりとなってしまいました。正月早々何やしんみりしまんなぁ。「時代の流れや」と片づけてしもてええんかいなと思いつつ行かなんだ自分にも責任があるわとしんどい気持ちで迎えた新年です。

(於:中央区) あの熱々の湯に浸かることも…もうないんや。おおきに。

※関連記事:
年364日営業の風呂屋さんの元日。』 2013年1月 記

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2022年12月28日 (水)

火の用心 カンカン

 「火の用心 カンカン」
 思うところあって今冬、人生ではじめて年の瀬恒例町会の夜警に参加しました。
Yakei 前日に詰所の設営があり、それは毎年手伝いに出てまして今年も行ったんですが、気がつけば年々あの顔この顔を見かけなくなって「さぁ明日何人出てきてくれるやろ…」とあるお方がポツリとおっしゃいまして「…そやなぁ」。何げにもう出来上がっているコミュニティに顔を出すのも気まずいしと遠慮していたんですけど、もうそんなこと言うてる年齢でもないわと詰所での雑談と夜まわりにも行ってみた次第。で、結果は「面白かったぁ」。
 何が具体的にどう面白いかって言う説明つくもんでもなくただ漠然と「…ええもんやなぁ、地域のゆるい繋がりって」な感じが心地よくて。ま、それ以外に“夜警”ってことで普段入り込むと不審者やと思われる様なドンツキの路地なんかもに堂々と入って「火の用心 カンカン」。それなりに大きな声出して気分もスッキリ…って、令和の世では住民には迷惑なことかもしれませんけどね。
 昔から続いてきた町内行事のひとつですけど…これからどうなるのか。なんかあと数年で滅びるんちゃうかなぁと思わんでもないんです。夜になるとチャルメラが聞こえたあの頃が懐かしい様に“火の用心 カンカン”もひっそり聞かれない様になるんでしょうかね。
 とは言え私はがんばりますよ…と言ったところで町会としてヤメよとなるとその時点で終わってしまうでしょう。引いて見ると年明けると令和も5年になる訳で、夜警が続いていることの方が不思議なんかも。それでもしばらくは“リアル昭和体験”として残ってもええんとちゃいますかね。皆さんも地元町内でカンカンと拍子木たたいてまわってみませんか。ちなみの掛け声は「火の用心 致しましょう・戸締り用心 致しましょう」。この“致しましょう”に自分が属する町の味わいを思ったのでした。

  旧住民の中になかなか入り込もうとせなんだことは失礼なことやった気がする。

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2022年12月18日 (日)

蹲に雑草

 何げに美しい光景ながら…ちと寂しいもんが。
Tsukubai2 Tsukubai1  立派な蹲に妙に美しい草が生えてこれはこれできれいな図。ですけど植木鉢に成り下がっている現実を思うと余生としては…ね。時折道端に転がっている手水鉢を見かけますけどそれ思うとまだマシな方なんでしょう。とは言え…仕方ないですか。

(於:兵庫県尼崎市) 石臼なんかもしかり。残ってるだけでも良しかもな。

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2022年12月17日 (土)

朧ヶ橋と朧ヶ小橋の間から上流を望む

 過日行った仕事の現場は、大昔に記事にした朧ヶ橋と朧ヶ小橋の近くでした。
Ijiiji1
 その日は夏の終わりのある日。10数年ぶりに訪れたそこはやっぱり不思議な景色でした。
 ただ前回と違うのは雑草が刈られていて中央を流れる川にもたっぷり水が流れているのが確認できたこと。まさしく“川”の字の如くが3本流れています…って正確には“川”ではありませんけど。
 前回の記事のおさらいになりますがこれ、左右を流れるのは“井路”と呼ばれるもので悪水を排出するために掘った水路とか。ちなみに写真の左を流れるのが番田井路、右が鳥飼井路の様です。で、真ん中を流れるのが“給水路”。田畑に水を供給するためのものかと思います。
 この後、朧ケ橋より下流になると給水路は姿を消し井路の真ん中に境界があるこれまた変わった状態に。写真で見ての通りふたつの水位があきらかに違いますので簡単に合流させることはできないんでしょう。
Ijiiji2
 今回は徒歩でしたので下流はどうなっているのか見に行ってみました。すると500mほど行ったところに水門(番田樋門)があり、そこでひとつになっていました。水量なり水位の調整のために水門が欠かせないのでしょう。
 ま、今回はこのくらいで詳しくは2008年の過去記事をご覧ください。電気もポンプも掘削機もない時代にとって“水”の存在は、今とは比べ様もない大きなものやったことでしょう。興味ある方はぜひGoogleの地図から俯瞰写真を見てみてください。

(於:摂津市) 井路には何げに川と違う空気が漂ってるな。

※関連記事:
朧ヶ橋と朧ヶ小橋で渡るのは…井路やったんか。』 2008年8月 記

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2022年12月 8日 (木)

久宝寺一丁目3の文化住宅

 昭和な光景を懐かしいなと一枚。
Bunkabunka3  住宅不足解消でどんどん造られたであろう文化住宅。改めて眺めてみると、そこには機能美というか構成美があるんですね。数年前より何となくその様に感じてましたけど、ここは特にそう思わせるもんがあります。その理由はきっとキレイに維持されているから。大事なことです。

(於:八尾市) パラボラアンテナひとつええ仕事してる。

※関連記事:
二棟向き合う文化住宅、光と影。』 2021年4月 記

夏の二十四軒文化住宅』 2020年8月 記
向かい合う文化住宅、隙間に生きる木々。』 2019年4月 記

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2022年11月23日 (水)

農業用水路は生活排水路

 過日仕事終えて八尾を歩きふと目にした景色が…懐かしいなぁ。
Yosuiro  八尾をはじめ中河内は農地を埋め立てた住宅地の多いところ。幼少の頃はそこここの田畑やため池にダンプカーがやってきて次々と宅地に変わっていきました。
 宅地化と同時に下水道が完備された…わけでなく、残された農業用水路は生活排水路に。多くはドブ川と化して…まぁ今となっては懐かしいニオイではあるんですけど。
 きっと今では下水道も整備されこの用水路もきれいになったことでしょう。それでもあの高度経済成長期の雰囲気は残っているもんです。思い出にひたるひととき…もう半世紀前のことやねんなぁとしみじみ。

(於:八尾市) こういう用水路を伝って探検ごっこしたけど、誰も怒らなんだな。

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