お酒

2021年3月13日 (土)

瓶底に残ってた平成10BY“近つ飛鳥”純米吟醸…

 ここ数ヶ月ぷち断捨離してましてあれこれ片付ける中、瓶の底に酒がちょろっとだけ残る四合瓶が出てきました。
Tokuyama50 記憶はあったので「あぁ、あの時の本醸造な」と思いながら呑んだそのお酒、熟成が進んだなぁとは思うも当時の「華やかで甘みの乗った旨さはちゃんと残ってるやん」と懐かしみつつ瓶に貼った手書きの文字見て…「え?ほんまかいな」な感じ。何がってそこには“純米吟醸”の文字、しかも“生原酒”と書いてありますわ。その下にある“徳山”は“島産田錦”のことです。
 記憶違いやってんなぁと思いつつ呑んだそのお酒、常温保存で底に残ってたと言うのにオリもなく色付きも味醂以下。平成10年と言えば1998年ですからほぼ四半世紀前のお酒ってこと。ええ酒は劣化せんのでしょうかね。
 羽曳野は軽里にあったオキナ酒造、いま調べますれば廃業が2003年。その年に大量に買い込んだ本醸造に吟醸が今もたっぷり実家にあるんですがその時の酒やと思ってましたらそれ以前のもっとも勢いのあった時の純米吟醸やったんかと思うと…呑み干してしもて残念な気分になりました。
 そのオキナ酒造にはもう思い出がいっぱいすぎてなかなか記事化できずにいます。酒づくりはヤメはったものの酒蔵はまだ残っていてそないに昔の話と思ってませんでしたけど、もう廃業してふた昔になると思うと我がも歳とったもんやなぁとシミジミ。そんなオキナの蔵元の家がどうやら近年、羽曳野市に買い上げられて“街づくりの目玉”の拠点として再生されることになったとかで何かひと安心です。お酒が醸されることはもうないものの、やっぱり更地の状態は見たくなかったもんね。ま、中途半端ながらオキナ酒造さんの話は今日はここまで。いずれ…ちゃんと記したいと思います…って、ホンマ気合い入れんと書けないなぁってくらいに入れ込んでたもんで。

  “近つ飛鳥”のみならず廃業蔵のお酒いっぱい囲ってるけど…どぉしよ。

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2021年2月24日 (水)

片野桜の“カタノサクラ”はナショ文字や

 今冬も半ちゃんからお酒に酒粕(片野桜)が送られてきて…晩酌に粕汁に大満足な日々。
Katanosakura1 いつもに増してフレッシュかつ旨みに甘みののった華やかさ。かつて“近つ飛鳥”ブランドを立ち上げはった頃の今はなき羽曳野は軽里の“オキナ酒造”のしぼりたて“早酒”を思わせるニュアンスが感じられて例年以上にグッとくるなぁ…と呑みつつふとレッテル見て「あっ、こんなところに」。
Katanosakura2Katanosakura3 何が…って、ほれ、これ“ナショ文字”でっせ。
 ずっとずっと前からこのレッテルにこの文字。長年「日本酒にあんまり合わんなぁ」とそのフォントを見てたんですが、それがナショ文字やったとは今まで気づきませんでした。
 まぁ変に和っぽさ全開よりいかにも昭和チックでええんちゃいますかね。もうこうなったらずっとこの意匠で貫いてほしいもんです。で、余談ですけどレッテルよく見ると、“清酒”の文字の右上に“品目”、社名の左に“製造者”と後で印字されています。現行の表示義務を満たしてへんレッテルをそのまま使ってはる証でしょうかね。そらぁそこにナショ文字あって当然のことですかな。些細なことながら…お酒がますます旨く感じられる発見でもありました。

  今冬の造りから若き杜氏に変わったとか…それで勢いあった頃の“近つ飛鳥”似なんかもな。

※関連記事:
ナショ文字、いまだ現役!や。』 2018年1月 記
“ナショナル”としか読めん。』 2016年8月 記

半ちゃんから今年も届いた!片野桜』 2008年12月 記

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2020年11月15日 (日)

昭和なプラ看板 212 ● 吉野の銘酒 花巴

 過日、仕事帰りに通った長尾街道…とか知った風に記してますけど“長尾街道”なる街道の存在は知りませんでしたってのが正直なところ。ま、そんなことはどうでもよろしいか。そんな由緒ある街道沿いにもう廃業されたであろう酒屋さんの軒下に、こんなプラ看板がありました。
Hanatomoe1 Hanatomoe2  吉野の銘酒“花巴”か…懐かしいなぁ。その昔…ちょっと前に思うももうかなり昔の20年ほど前にこの“花巴”の醸造元に伺ってお話し聞かせてもらったり、酒づくりの匠、おやっさん(杜氏さん)のヤブ長さんを訪ねて何度も但馬まで足を運んだもんです。蔵元さんもおやっさんもホンマ正味の話をあれこれ話してくれはって…でも、ここに記すことはヤメときますね。オフレコあれこれ…ほんま楽しかったなぁ。
 南部杜氏に移行後、代も変わって今は蔵元杜氏が醸す酒となった様ですが、味わいの方向性はより濃醇にシフトしてはるみたい…ってなかなか縁がなくて口にしていないのでよく知らないのでまぁこの辺にしときます。
 しかしながら…ここ10年で但馬や丹波、南部に越後など出稼ぎ労働者が酒づくりに従事してはったのも今は昔。出稼ぎの必要がなくなったという点においては良いことではあるんですが…何となくいち時代が終わりつつあるんやなぁと思うと物悲しい気持ちにもなります。その昔、二冬酒づくりを手伝いに行っていた頃あの頃がもうたまらん懐かしくて。時は令和、平成に昭和が残っていたあの頃も昔になったもんやとなとしみじみ。そらまぁ我の年齢思えば当たり前のことなんですけども…はい。

(於:松原市) その頃買い集めた但馬杜氏の醸したお酒のストックありすぎ…どうしよ。

※関連記事:
但馬牛まつり内“酒まつり”へ』 2010年9月 記
但馬杜氏“酒まつり”へ』 2008年9月 記
但馬のおやっさんから葉書が届いた!』 2008年3月 記
おやっさんの、但馬へ』 2007年9月 記

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2020年10月 2日 (金)

日本酒ゴーアラウンド、二日目。

 密避けてでしょう今年は四日間開催の日本酒ゴーアラウンド。今宵は大いに期待してご近所さんへ。
Ktkn1 Ktkn2  このひとときを言葉に変えることの不粋さよ。感動した…いつもながら。今夜は一軒でとどめてあとは余韻に浸ろ。

(於:中央区) 淡々と…熱いねんなぁ、うん。

※関連記事:
かむなびさんの“谷町小茶の湯”へ』 2016年10月 記
某お店の料理雑感。』 2013年5月 記

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2020年8月31日 (月)

琺瑯タンクの余生 53 ● 和歌山県有田郡有田川町大字中峯

 先の記事同様、道を間違った結果出くわした琺瑯タンク。
Horo53a  やや小ぶりの開放型のが道路脇にひとつ。ガードレールの隙間にうまいこと収まって平坦な景色にアクセントを与えています。
 酒蔵から放り出されて長い歳月が流れたのでしょう、もう全面錆びサビ。まぁその方が景観には溶け込んでええとも言えるわけですですけど。まわりにこれといった農地が見られませんでしたので、どういう用途で第二の人生を歩んでるのかがもひとつわかりませんでした。
 グルっと見ると…おっ、銘板が残っています。一応撮っておきましょう。
Horo53b  割とよく見かける“灘琺瑯”製のものですね。まぁ古いもんやというのは全体から伝わってきますけど住所にある“兵庫縣武庫郡本庄村”、これってどこやねんって感じ。wikiで調べるに現・神戸市東灘区の一部とのことですけど、もうこれだけでも充分年代物であることがわかります。ちなみに本庄村は昭和25年に消滅したということですから、少なくともこのタンク、70歳以上ですね。
 それからこの“灘琺瑯”も今回調べて色々知りました。社名に“灘”と付くことから、てっきり灘の酒造家などが資金を出して作った会社なのかと思ってましたがじつは新潟の4つの酒造家たちが昭和2年に資金を提供してできた会社とか。詳しくは灘琺瑯の流れをくむ日本容器工業グループの“ものづくりストーリー”をお読みください。
 更によく見ると“賣特許”やら“新案登録”の文字。一世紀の時を経て再び“木桶”が見直されている昨今ですが大正の時代に起こった大腐造などを機に衛生的な琺瑯タンクの時代がやってきたことを思うと、すっかり錆びサビなヤツですけど当時は最先端な醸造機器やったんでしょうなぁ。そうか…そやねんなぁと。

(於:和歌山県有田川町) 温故知新でそのうちヴィンテージ琺瑯タンクの時代が…来ぇへんわなぁ。

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2019年12月14日 (土)

昭和なプラ看板 193 ● 清酒 鶴の瀧

 パッと見、知る人しか読めません。
Tsurunotaki1 Tsurunotaki2 ♠とのカタチで“ケンビシ”と読ますお酒はともかく、絵をもって酒名を記してある珍しいブランド。これで“鶴の瀧”と読みます。和歌山はかつらぎ町の帯庄酒造さんのお酒で立派な蔵はまだ残っていたはず。何度も前を通り購入したこともあるというのにそれがプレゼント用やったりで自分では呑まんうちに廃業してしまいました。それが平成10年ということですから…もうずいぶん前になくなってしもてたんですなぁ。
 で、ここのお酒は鶴の瀧より“酔人日”の方が有名やったかもしれません。これで“スヰートピー”と読み、吟醸系の高級酒のブランドやったとか。しかもその酒名が戦前からあったというから驚き。確かまだそれの大古酒があるとかないとかどっかで目にしたなぁと調べますればこんな記事が見つかりました。戦前の古酒か…詳しくはそこをお読み頂きたいと思います。
 それから…“酔人日”検索で復刻のクラウドファウンディングがあることも発見。つい先日締め切られた様ですが、帯庄酒造さんの近くに残る初桜酒造さんが新たに“酔人日”をスイトピーとして再定義し世に出すことになったとか。醸造元変われど酔人日は新たな息吹を…ってそや、これ“鶴の瀧”のプラ看板の記事やったことを忘れていました。
Fujishiro  この看板があったのは奈良県は野迫川村。奈良県ではありますが商圏は和歌山って感じなんでしょうか、店のテントの陰にひっそり飾られていたブリキの看板も和歌山は海南の甲類焼酎のものです。なかなかうまく撮れませんでしたが銘柄の“富士白”と“海南市”の文字が見えますので現・中野BCの看板ですね。ひっそりと佇む店舗に色々ええものが残っていました。

(於:奈良県野迫川村) 南河内の某蔵廃業の前にたくさん買い置きしたけど…プレミア付くかね。

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2019年10月 1日 (火)

日本酒の日に

 10月1日は日本酒の日。という訳で日本酒ゴーアラウンドに少し参加。途中一軒でビール休憩を挟み5軒でお酒を楽しみました。
Miyoshikiku けど何ですなぁ、ほんまに日本酒の味わいも多様化したなぁとしみじみ。酸っぱいのやら渋いのやら…これだけ様々な味わいが出揃うともうどんな世界の料理にも合う一本がありまっせ、うん。ここ数年…いや十数年でお酒(日本酒)の評価が減点法から加点法に変わったなと思います…って国税庁と公的機関の評価軸は今もそうでしょうが。「肴を選ばん酒から肴を選ぶ酒へ」と考えるとこれは大きな転換。と言うことはいわゆる王道の酒を醸しているだけではなかなか商売にならん時代とも言える訳で、各蔵元さんも個性的な味わいを追求し、蔵元自身のキャラをも全面的に出してはるのも理解できますわ。
 YK35なんてとうの昔のこと。気がつけばさっぱり近年はやりの銘柄も知らんわ覚えられんわ状態。まぁええ。マニアやめたら酒がますます旨くなるってもんよ。どんどんこだわりが薄れて…歳とるのも悪ないなと言い訳してこの辺で。

(於:東成区) “肴を選ばん酒”ってのがやっぱりいちばん落ち着くんやが…

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2019年3月 7日 (木)

大阪府酒造組合の新酒研究会、一般公開へ。

 「こんなん公開してたんや」って感じ。ネットで見つけ一般参加もできると知ってちょっと天満の会場に行ってきました。会場に入れば50弱の試料酒が。番号順に一杯目「おいしい!」、二杯目「おっ、これもおいしい」、三杯目「やっぱりおいしい」…で、すっとおいしい。
Osaka30by  大阪府酒造組合の新酒研究会…あんまり詳しく書けませんけど昔はそれこそ潜り込んでたこともあって…もう気がつけば20年くらい前のことです。あの頃は…若かったなぁ何かにつけて。“通ぶっていた”ってのが特に、ね。あぁ恥ずかし。他方では…うん、もうちょっと各蔵元のお酒の違いが判った(気になっていた?)はず。ですけど今回は「どれも美味しい、以上」って感じ。まぁ正直に言うと大門酒造さんのお酒の違いはわかるも他は一緒やわぁって感じ。まぁちょっとそれは言い過ぎではあるんですがね。そらぁストライクゾーンの定まってるであろう全国新酒鑑評会に向けてのお酒ですから当たり前と言えば当たり前ですかね。でもそれ以上に歳とって鈍なったなぁってのが正直なところでしょう。
 判らんなぁと思いつつ許された1時間ずっと味わって終盤、その筋の通の方にお話を伺いますれば「まずはカプロン酸(エチル)の香り、次に甘味は七難隠すで甘く感じるもの」が金賞向けの酒質とか。苦味は禁物とのことで「市販酒の好き好みとは違うもんですよ」とのこと。なるほど…と思いつつそういう意味ではあんまり昔と変わりないのかなとも思いました。
 たくさんのお酒並ぶも全て清鶴國乃長片野桜利休梅長龍天野酒三輪福荘の郷浪花正宗の酒造組合に属する九つの蔵元が醸すお酒。呉春はまだ出品酒が出来ていないとかで、秋鹿はなぜなかったのかはわかりませんでした。組合所属15蔵のうち4蔵が今冬(も?)醸造しなかったみたいです。しかしながら…蔵数も減ったもんです。さみしいなと思う反面、よくぞここまでして大阪の酒を守ってくれてはるなぁとも思います。これだけ頑張ってはるねんからこれは府民もそれに応えなあきませんな。よっしゃ、毎日晩酌は大阪の酒で行こ…って言いたいんですけども、頂き物のお酒で精一杯。それが、まぁほとんんどが府産酒以外ときたもんで…みなさん、大阪のお酒を呑みもって応援しましょう。

(於:北区) 長龍は奈良の酒って言われてもわしには八尾の酒、地酒や。

※関連記事:
日本酒de KANPAI! OSAKA 2018』 2018年10月 記
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2018年10月 1日 (月)

日本酒de KANPAI! OSAKA 2018

 “日本酒ゴーアラウンド”がええに決まってる…とかって言い方は失礼ですね。
Nko2018a  昨秋は諸般の事情により全ての祭りごとに行ってられん状況でしたが今年の10月1日はさぁどれに行こか…と“日本酒の日”絡みのイベント数ある中、大阪府酒造組合さんの“日本酒de KANPAI! OSAKA 2018”へ行ってきました。
 午後6時半、写真の通り酒造組合長、片野桜の山野さんの音頭による乾杯にてスタート。500円4枚のチケット2,000円で購入の後、会場である船場センタービル10号館で営業されてる飲食店の中で協賛してはるお店に行って500円券出せば特定の蔵元のお酒60mlくらいのお酒とアテが出てくるというスタイル。ゴーアラウンドと…よく似ている様な、でも、ちゃいますかね。いわゆる“タッグを組んでる”って感じではないですから。
Nko2018b  清鶴長龍片野桜國乃長を置いてはるお店を回って…あぁどれも美味しい。けど、どうでしょ、私としては「そうそう、この感じ」でしたけど、消費者というか、この手の催しに参加しはる人々にとっては、個性的なお酒に出会えなんだという意味において不満が少し残るんやないかなぁと思ったり。あ、もちろんそういう声を聞いた訳ではないのであくまでも想像の話です。
 なんかね、わからんでもないんですけど、個性的な味わいを醸さんと生き残れんみたいなのって…どうなんでしょ。まぁこの流通網の発達した時代を思うと狭い商圏だけを相手にニュートラルな味わいのお酒を醸したとて、低価格にしてそれなりの旨さ備えたナショナルブランドのお酒にはなかなか勝ち目がない訳ですよね。よっぽど“おらが村の酒”ってな土地柄やないと、うん。
 てなこと思いつつ心斎橋あたりでコーヒー飲んで口の中リフレッシュして発泡性ワインのお店行ってシャンパン飲んで…ね、これが今日的日本人の飲酒ってもんでしょ…っていう物言いには自分ながら嫌気さしますけど。
 だんだん何が言いたかったんかわからん様になって…ってそれ!これこそアルコールパワーですなぁ。勿論アルコールのせいにはしませんで。酔ったふりしてモヤモヤを解消してるだけのことで。で、余談ですけど久々の府酒造組合の催し参加やったのに「山本さん、お久しぶりで…」って、有り難いなぁ。20代30代の頃盛んに大阪酒のイベントに参加していた頃の顔も名前も覚えてくれてはる…かなり感動。うん、これからも北河内の某酒を贔屓にしよっと心に誓いつつ、けど長龍も八尾にゆかりあるしなぁ…とかまぁ心揺れつつもやっぱり大阪人として節目節目は大阪のお酒で乾杯しよと心に誓ったのでありました。

(於:中央区) 来年はやっぱりNGAに行こ…と思うも若き日に世話になった大阪の酒に不義理はできんなと再認識。

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2018年9月 8日 (土)

琺瑯タンクの余生 41 ● 京都府京丹後市大宮町周枳954

 土蔵と琺瑯タンク…案外似合ってるもんですわ。
Horo41a Horo41b  このシチュエーションですからもうおわかりかと思います。そう、ここは造り酒屋。使わなくなってここに置かれているのか「ここは酒蔵でっせ」とアピールする広告塔としてここで余生を送っているのか…訊けばよかったなぁ。
 ここは“白木久”醸造元の白杉酒造。造り酒屋がそこそこ残っている丹後半島ですのであちこち行きたい買いたいと思うも、いま頂き物のお酒がいっぱいあって、一軒だけと決めたのがここでした。その理由は“カフェが併設されている”と何かで読んだから…だったんですけど、残念ながら営業されていませんで…でもまぁ、ここのお酒は中央区の某美味すぎ立ち呑み屋さんで何度かよばれていて“全量飯米で仕込んではる”という話を聞いていて、その理由が“ごはんの味わいをお酒で”とのことでせっかくやったらここってことで。
 あ、このくくりは“琺瑯タンク”でした。酒の話はは他サイトで。あ、でもあとひとつだけ。私はここのお酒とても美味しいわぁと思いますけど“ホカホカごはんの様な…”と思ったことはないですわ。上品な甘さの透明感あふれる…って、ま、これくらいにしときます。

(於:京都府京丹後市大宮町) 若き日々には蔵訪ねてはシッタカであれこれウンチク語ったもんやけど…いまは何も言わへんに等しなった。
※参考記事:
名酒のお店佐野屋さんの記事、蔵元紹介“白杉酒造”。

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