お酒

2022年5月25日 (水)

昭和なプラ看板 262 ● 灘の生一本 泉正宗 たばこ

 いわゆるプラ看板とはややニュアンスが違うのが、すっかり色褪せ建屋に溶け込んでます。
Izm1 Izm2 Izm3 泉正宗。酒名と言えば髭文字が当たり前の時代から特長あるゴシックで勝負してはるのがかなりユニークですわ。その上には“灘の生一本”の文字。これも懐かしいですね。「純米かつ自家醸造酒でなければ“生一本”とは言えん」とのことでここ何十年はなかなか“灘の生一本”を何げに使うことは許されてない様でたいてい“灘の清酒”等のコトバに置き換わっています。
 かつて何度か記しましたがこの泉正宗の泉酒造さんですが2007年の自家醸造再開以降、自前で手掛けたお酒は“仙介”など新しい銘柄で出されていて、この“泉正宗”ブランドのものは親戚筋の他社が醸したお酒が詰められている様です。ちなみにどちらも美味しいお酒。かつて…って、もうかれこれ30年以上前に関西煮肴に呑んだラムネ色の瓶に入った特級酒の個性的な味わいがすっかり影を潜めているのが何となく残念とも言えますか。ま、もちろん今の泉正宗の方が洗練されてるんですけどね。
 で、泉正宗と言えばやっぱり“泉正宗マンボ”ですよね。ラジオ関西で流れなくなってもう何年になるんでしょ。ソノシートを再生したというフルバージョンのそれがYouTubeにアップされていましたのでみなさんどうぞお聞きください。あっ、そう言えば“たばこ”も書いてあったんですな。ま…こっちはスルーしときまっさ。

(於:東住吉区) そう言えば半世紀前に父親がカローラ買った時にCMソングのソノシートもらったなぁ。

※関連記事:
塩粒うに+灘の生一本“仙介”の燗…旨っ』 2009年1月 記
関東煮三昧の週、〆は関西煮で。』 2008年4月 記
関西煮と泉正宗と仙介と…』 2008年1月 記

| | | コメント (0)

2021年10月30日 (土)

日本酒ゴーアラウンド、ゆう屋さんで“大倉”さん。

 今年はほぼ一ヶ月遅れで開催の日本酒ゴーアラウンド。ややばたばたしてるのと、コロナな日々ですっかり出不精になってるってもあって二日目の夜にして一軒だけ楽しみに。
Ookurakinko  厳選の結果…と言うか何と言うか、うちの日めくりでおなじみの「大倉さんに会いに行こ」ってことで鶴橋のゆう屋さんへ。こちらのお店去年も寄せてもろたなぁと思いつつ中に入りますれば…居はりましたよ大倉さん。何年ぶりなんやろ…「えらい肥えて…」などといきなりの無礼にも「おっ…龍造さん」ってね、その後は本名で応えてくれてはりましたけど、変わらんなぁと言うか、より磨きがかかってるなぁ…いや、その変さに。あ、もちろん褒め言葉ですよ。
 あれこれよばれました。大倉本家さんの醸す酒はもう米も色々酵母も造りも磨きも多種多様すぎてあれこれいちいちその特徴を吟味してられんというのが正直なところ。そんなアホなことをまぁほぼひとりでやってはるみたいですからね、そらぁ体格がゴツなって当たり前。第一声に言ってしまった「えらい肥えて」が失言やったなぁと詫びるに至りました。命がけで家業と向き合ってはるなぁ…ってね。でも全然そこに悲壮感なくて楽しんではる風に見せてるところが、呑んでるこっちにも伝わってきてええ酔い加減になってくるってもんです。
 で、そのお酒の味は…はい、それぞれ明らかに違いますがどれも「大倉さんの味」。彼のキャラがお酒に乗り移っていると言えましょう。中には“酸度4.8”なんてお酒もあって。そんな数値、うちで使ってるタマノイ酢より酸っぱいでっせ。でも、ちゃんと美味しい上にドヤッと主張しつつ喉を通る…よくもこんな危険な賭けを。唯一無二な蔵元さんに間違いありません。
 工夫されたアテも美味しくて「もうずっとここで呑もか」って気分全開になって…ですが、この催しの趣旨にそのやり方は無粋ってもんやなと30分ほどで席を立ちましたけど、大倉さんは人もお酒も楽しいですわ。そうそう、この大倉さんが醸す“大倉”は、製品とか商品ではなく“作品”と呼ぶのにふさわしい、その様に思いました。

(於:天王寺区) みんなえらいなぁ。

※大倉関連記事:
奥ゆかしいわぁ、myキンコ』 2008年12月 記
金鼓“春・夏 濁酒”』 2008年8月 記
大倉おま ちちゃん』 2008年5月 記
“酒蔵みてある記”で金鼓/大倉本家へ』 2008年3月 記

※ゴーアラウンド関連記事:
日本酒ゴーアラウンド、二日目。』 2020年10月 記
日本酒の日に』 2019年10月 記
日本酒ゴーアラウンド2014へ』 2014年10月 記
日本酒ゴーアラウンド2011へ』 2011年10月 記
日本酒ゴーアラウンド2010へ』 2010年10月 記
10月1日「日本酒 ゴー★アラウンド」へ』 2008年10月 記

| | | コメント (0)

2021年10月 7日 (木)

昭和なプラ看板 243 ● 伏見のお酒 富久寶

 京都へ仕事に行く途中、昔より運転しながら眺めていたこの看板。ちょっと時間に余裕があるわで、ようやく撮れました。
Fukutakara2 Fukutakara1ずっと前からこの風情、町家にすっかり溶け込んでいます。ちょっと小ぶりなのもまた看板条例のある京都にふさわしいですね。
 酒名の王道、髭文字で記されているのは“富久寶”。“伏見のお酒”と上にある通り、伏見区にあった蔵元“富久宝酒造”が手掛けるお酒でしたが1995年春に廃業、今は遠く離れた福岡県の“鷹正宗”にその名は引き継がれています。ほかに“嵯峨紅梅”という“淡麗甘口”を売りにしていたお酒も出されていましたが、こちらは伏見の招徳酒造に引き継がれています。ただし“淡麗口”を謳ってはる訳ではなさそうです。
 じつは廃業される2年ほど前に所用で蔵に訪れたことがあるんですが、その当時、新しい醸造システムと話題になっていた液化仕込のひとつ“姫飯造り”のプラントを導入し“平成蔵”を立ち上げたばかりでした。旧蔵も残されていましたが「全量新方式で醸しています」とのことで「ここはずっと続けて行きはるな」と思ってましたので、まさかの廃業でした。
 で、“淡麗口”ですが、今はどうかわかりませんが当時、その姫飯造りで仕込むと精米歩合にかかわらず淡麗な酒に仕上がると言われていて、たとえ甘口でも淡麗に仕上がる特性を利用して造られたお酒やったんではないかなぁと…まぁ、想像の域を出ませんけれども。
 廃業される前、近くにはうる覚えですが“酒富久寶”と書かれた琺瑯看板が杉板の塀にあってええ風情でしたが、それも同時期に撤去しはって…徹底されていたんやなぁと思うと、この看板が残っているのがより愛おしく感じられます。明ごころ名誉冠玉龍出世盃大正菊仙界もそうですけど伏見の中堅どころも…いっぱいなくなってしまったもんです。

(於:京都市上京区) 廃業蔵の酒とあって何本か囲ってるけど…液化仕込の酒が長期熟成に向くとは聞かんしなぁ。

| | | コメント (0)

2021年3月13日 (土)

瓶底に残ってた平成10BY“近つ飛鳥”純米吟醸…

 ここ数ヶ月ぷち断捨離してましてあれこれ片付ける中、瓶の底に酒がちょろっとだけ残る四合瓶が出てきました。
Tokuyama50 記憶はあったので「あぁ、あの時の本醸造な」と思いながら呑んだそのお酒、熟成が進んだなぁとは思うも当時の「華やかで甘みの乗った旨さはちゃんと残ってるやん」と懐かしみつつ瓶に貼った手書きの文字見て…「え?ほんまかいな」な感じ。何がってそこには“純米吟醸”の文字、しかも“生原酒”と書いてありますわ。その下にある“徳山”は“島産田錦”のことです。
 記憶違いやってんなぁと思いつつ呑んだそのお酒、常温保存で底に残ってたと言うのにオリもなく色付きも味醂以下。平成10年と言えば1998年ですからほぼ四半世紀前のお酒ってこと。ええ酒は劣化せんのでしょうかね。
 羽曳野は軽里にあったオキナ酒造、いま調べますれば廃業が2003年。その年に大量に買い込んだ本醸造に吟醸が今もたっぷり実家にあるんですがその時の酒やと思ってましたらそれ以前のもっとも勢いのあった時の純米吟醸やったんかと思うと…呑み干してしもて残念な気分になりました。
 そのオキナ酒造にはもう思い出がいっぱいすぎてなかなか記事化できずにいます。酒づくりはヤメはったものの酒蔵はまだ残っていてそないに昔の話と思ってませんでしたけど、もう廃業してふた昔になると思うと我がも歳とったもんやなぁとシミジミ。そんなオキナの蔵元の家がどうやら近年、羽曳野市に買い上げられて“街づくりの目玉”の拠点として再生されることになったとかで何かひと安心です。お酒が醸されることはもうないものの、やっぱり更地の状態は見たくなかったもんね。ま、中途半端ながらオキナ酒造さんの話は今日はここまで。いずれ…ちゃんと記したいと思います…って、ホンマ気合い入れんと書けないなぁってくらいに入れ込んでたもんで。

  “近つ飛鳥”のみならず廃業蔵のお酒いっぱい囲ってるけど…どぉしよ。

| | | コメント (0)

2021年2月24日 (水)

片野桜の“カタノサクラ”はナショ文字や

 今冬も半ちゃんからお酒に酒粕(片野桜)が送られてきて…晩酌に粕汁に大満足な日々。
Katanosakura1 いつもに増してフレッシュかつ旨みに甘みののった華やかさ。かつて“近つ飛鳥”ブランドを立ち上げはった頃の今はなき羽曳野は軽里の“オキナ酒造”のしぼりたて“早酒”を思わせるニュアンスが感じられて例年以上にグッとくるなぁ…と呑みつつふとレッテル見て「あっ、こんなところに」。
Katanosakura2Katanosakura3 何が…って、ほれ、これ“ナショ文字”でっせ。
 ずっとずっと前からこのレッテルにこの文字。長年「日本酒にあんまり合わんなぁ」とそのフォントを見てたんですが、それがナショ文字やったとは今まで気づきませんでした。
 まぁ変に和っぽさ全開よりいかにも昭和チックでええんちゃいますかね。もうこうなったらずっとこの意匠で貫いてほしいもんです。で、余談ですけどレッテルよく見ると、“清酒”の文字の右上に“品目”、社名の左に“製造者”と後で印字されています。現行の表示義務を満たしてへんレッテルをそのまま使ってはる証でしょうかね。そらぁそこにナショ文字あって当然のことですかな。些細なことながら…お酒がますます旨く感じられる発見でもありました。

  今冬の造りから若き杜氏に変わったとか…それで勢いあった頃の“近つ飛鳥”似なんかもな。

※関連記事:
ナショ文字、いまだ現役!や。』 2018年1月 記
“ナショナル”としか読めん。』 2016年8月 記

半ちゃんから今年も届いた!片野桜』 2008年12月 記

| | | コメント (0)

2020年11月15日 (日)

昭和なプラ看板 212 ● 吉野の銘酒 花巴

 過日、仕事帰りに通った長尾街道…とか知った風に記してますけど“長尾街道”なる街道の存在は知りませんでしたってのが正直なところ。ま、そんなことはどうでもよろしいか。そんな由緒ある街道沿いにもう廃業されたであろう酒屋さんの軒下に、こんなプラ看板がありました。
Hanatomoe1 Hanatomoe2  吉野の銘酒“花巴”か…懐かしいなぁ。その昔…ちょっと前に思うももうかなり昔の20年ほど前にこの“花巴”の醸造元に伺ってお話し聞かせてもらったり、酒づくりの匠、おやっさん(杜氏さん)のヤブ長さんを訪ねて何度も但馬まで足を運んだもんです。蔵元さんもおやっさんもホンマ正味の話をあれこれ話してくれはって…でも、ここに記すことはヤメときますね。オフレコあれこれ…ほんま楽しかったなぁ。
 南部杜氏に移行後、代も変わって今は蔵元杜氏が醸す酒となった様ですが、味わいの方向性はより濃醇にシフトしてはるみたい…ってなかなか縁がなくて口にしていないのでよく知らないのでまぁこの辺にしときます。
 しかしながら…ここ10年で但馬や丹波、南部に越後など出稼ぎ労働者が酒づくりに従事してはったのも今は昔。出稼ぎの必要がなくなったという点においては良いことではあるんですが…何となくいち時代が終わりつつあるんやなぁと思うと物悲しい気持ちにもなります。その昔、二冬酒づくりを手伝いに行っていた頃あの頃がもうたまらん懐かしくて。時は令和、平成に昭和が残っていたあの頃も昔になったもんやとなとしみじみ。そらまぁ我の年齢思えば当たり前のことなんですけども…はい。

(於:松原市) その頃買い集めた但馬杜氏の醸したお酒のストックありすぎ…どうしよ。

※関連記事:
但馬牛まつり内“酒まつり”へ』 2010年9月 記
但馬杜氏“酒まつり”へ』 2008年9月 記
但馬のおやっさんから葉書が届いた!』 2008年3月 記
おやっさんの、但馬へ』 2007年9月 記

| | | コメント (0)

2020年10月 2日 (金)

日本酒ゴーアラウンド、二日目。

 密避けてでしょう今年は四日間開催の日本酒ゴーアラウンド。今宵は大いに期待してご近所さんへ。
Ktkn1 Ktkn2  このひとときを言葉に変えることの不粋さよ。感動した…いつもながら。今夜は一軒でとどめてあとは余韻に浸ろ。

(於:中央区) 淡々と…熱いねんなぁ、うん。

※関連記事:
かむなびさんの“谷町小茶の湯”へ』 2016年10月 記
某お店の料理雑感。』 2013年5月 記

| | | コメント (0)

2020年8月31日 (月)

琺瑯タンクの余生 53 ● 和歌山県有田郡有田川町大字中峯

 先の記事同様、道を間違った結果出くわした琺瑯タンク。
Horo53a  やや小ぶりの開放型のが道路脇にひとつ。ガードレールの隙間にうまいこと収まって平坦な景色にアクセントを与えています。
 酒蔵から放り出されて長い歳月が流れたのでしょう、もう全面錆びサビ。まぁその方が景観には溶け込んでええとも言えるわけですですけど。まわりにこれといった農地が見られませんでしたので、どういう用途で第二の人生を歩んでるのかがもひとつわかりませんでした。
 グルっと見ると…おっ、銘板が残っています。一応撮っておきましょう。
Horo53b  割とよく見かける“灘琺瑯”製のものですね。まぁ古いもんやというのは全体から伝わってきますけど住所にある“兵庫縣武庫郡本庄村”、これってどこやねんって感じ。wikiで調べるに現・神戸市東灘区の一部とのことですけど、もうこれだけでも充分年代物であることがわかります。ちなみに本庄村は昭和25年に消滅したということですから、少なくともこのタンク、70歳以上ですね。
 それからこの“灘琺瑯”も今回調べて色々知りました。社名に“灘”と付くことから、てっきり灘の酒造家などが資金を出して作った会社なのかと思ってましたがじつは新潟の4つの酒造家たちが昭和2年に資金を提供してできた会社とか。詳しくは灘琺瑯の流れをくむ日本容器工業グループの“ものづくりストーリー”をお読みください。
 更によく見ると“賣特許”やら“新案登録”の文字。一世紀の時を経て再び“木桶”が見直されている昨今ですが大正の時代に起こった大腐造などを機に衛生的な琺瑯タンクの時代がやってきたことを思うと、すっかり錆びサビなヤツですけど当時は最先端な醸造機器やったんでしょうなぁ。そうか…そやねんなぁと。

(於:和歌山県有田川町) 温故知新でそのうちヴィンテージ琺瑯タンクの時代が…来ぇへんわなぁ。

| | | コメント (0)

2019年12月14日 (土)

昭和なプラ看板 193 ● 清酒 鶴の瀧

 パッと見、知る人しか読めません。
Tsurunotaki1 Tsurunotaki2 ♠とのカタチで“ケンビシ”と読ますお酒はともかく、絵をもって酒名を記してある珍しいブランド。これで“鶴の瀧”と読みます。和歌山はかつらぎ町の帯庄酒造さんのお酒で立派な蔵はまだ残っていたはず。何度も前を通り購入したこともあるというのにそれがプレゼント用やったりで自分では呑まんうちに廃業してしまいました。それが平成10年ということですから…もうずいぶん前になくなってしもてたんですなぁ。
 で、ここのお酒は鶴の瀧より“酔人日”の方が有名やったかもしれません。これで“スヰートピー”と読み、吟醸系の高級酒のブランドやったとか。しかもその酒名が戦前からあったというから驚き。確かまだそれの大古酒があるとかないとかどっかで目にしたなぁと調べますればこんな記事が見つかりました。戦前の古酒か…詳しくはそこをお読み頂きたいと思います。
 それから…“酔人日”検索で復刻のクラウドファウンディングがあることも発見。つい先日締め切られた様ですが、帯庄酒造さんの近くに残る初桜酒造さんが新たに“酔人日”をスイトピーとして再定義し世に出すことになったとか。醸造元変われど酔人日は新たな息吹を…ってそや、これ“鶴の瀧”のプラ看板の記事やったことを忘れていました。
Fujishiro  この看板があったのは奈良県は野迫川村。奈良県ではありますが商圏は和歌山って感じなんでしょうか、店のテントの陰にひっそり飾られていたブリキの看板も和歌山は海南の甲類焼酎のものです。なかなかうまく撮れませんでしたが銘柄の“富士白”と“海南市”の文字が見えますので現・中野BCの看板ですね。ひっそりと佇む店舗に色々ええものが残っていました。

(於:奈良県野迫川村) 南河内の某蔵廃業の前にたくさん買い置きしたけど…プレミア付くかね。

| | | コメント (0)

2019年10月 1日 (火)

日本酒の日に

 10月1日は日本酒の日。という訳で日本酒ゴーアラウンドに少し参加。途中一軒でビール休憩を挟み5軒でお酒を楽しみました。
Miyoshikiku けど何ですなぁ、ほんまに日本酒の味わいも多様化したなぁとしみじみ。酸っぱいのやら渋いのやら…これだけ様々な味わいが出揃うともうどんな世界の料理にも合う一本がありまっせ、うん。ここ数年…いや十数年でお酒(日本酒)の評価が減点法から加点法に変わったなと思います…って国税庁と公的機関の評価軸は今もそうでしょうが。「肴を選ばん酒から肴を選ぶ酒へ」と考えるとこれは大きな転換。と言うことはいわゆる王道の酒を醸しているだけではなかなか商売にならん時代とも言える訳で、各蔵元さんも個性的な味わいを追求し、蔵元自身のキャラをも全面的に出してはるのも理解できますわ。
 YK35なんてとうの昔のこと。気がつけばさっぱり近年はやりの銘柄も知らんわ覚えられんわ状態。まぁええ。マニアやめたら酒がますます旨くなるってもんよ。どんどんこだわりが薄れて…歳とるのも悪ないなと言い訳してこの辺で。

(於:東成区) “肴を選ばん酒”ってのがやっぱりいちばん落ち着くんやが…

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧