一杯のラーメンに何を求めるか、やな。
先日上京区某所へ納品へ行ったあと、お昼前でしたのであるラーメン店の暖簾をくぐりました。
愛想ええ店主に(やや)常連さんひとり。ワンオペでひとりごとの様なその先客に話しかけているのか微妙な調子で何やかんやと喋ってはります。「今日もええ出汁とれたよ」とか、鉢から立ち上がる香りを吸い込んでは「そ、この(柑橘類の)香りが麺にからみつくところが…」とか。
ほぼ同時入りの先客は“塩”、私は“醤油”。供されて「いただきます」と食べはじめるか否かのタイミングで「この麺に絡みつく出汁の風味かええ感じなんで…」てな調子。当然テーブルには胡椒などは並んでいません(厨房で先に振ってはりました)。
で、ひとくち。うん、全然ガツンときません。昆布と鶏ガラかな…上品も上品、しかも塩味も薄くて「あぁなるほどそういうこと言うてはるねんなぁ」と納得しかけながら、完食しました。
そうか…そうなんやな。ここの店主、ラーメン愛に溢れてはるんですなぁ。理想のすべてを一杯のラーメンに注ぎ込んではる…は、わかりました。
でね、「美味しかったか?」と訊かれれば「…はい」と答えますけど、その、何と言うのかなぁ…そやっ、わかった!わかりましたよ。それは、
“ラーメンにこの世界は求めてませんねん”
ってことですね。
人それぞれでええんですけど自分は一杯のラーメンに「“食べ進めるにつれて沁み入るおいしさ”なんか何も求めてないわ」ってことがわかりました。下品でもええんです。ファストフードよろしくひとくち目から「どやっ、旨いやろ」的ハイパーな解りやすさを求めてるんやなぁ…と。同じ麺類でもうどんやとかそばとは違うんですよ求めているモンが。
でね、その上品な出汁でかん水の効いた中華麺を啜っても、正直なところ、出汁の上質さが沁み入らんのんです。
わかってもらってると思いますけど、決してそのラーメン店を悪く言うてるんとちゃうんです。そういうラーメンの世界もあるからこそ常連さんがいてそれなりの年月お店を続けてはるわけですからね。おかげで自分にとってのラーメンの位置付けみたいなもんが理解できました。
後払いでよかったんですがお品と同時に支払いして、その良心的な金額について触れると「そうなんです。もう税理士さんから怒られてますねん」と。「安くでたべさせてあげよ思てもうギリギリで」。とか喋っているとまたひとり常連さん。「ええ出汁でてるよ。今回の昆布がええんかなぁ」…
ええ人やとは思うんですけど…ね。ちょっと自画自賛すぎるかなぁ。不快にはならなんだものの、自分にはない世界がこの世にあるという現実を再認識したお昼時でした。












他にシャインマスカットよりちょっと黄色い
「おれ出てもええょなんぼでも」ってことでしたので園主の山本さんの写真も載せときます。











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