冬季の小路東一丁目23
何げに惹かれて一枚。
どこか儚い風情に琴線が触れたんでしょう。
とは言え何とか廃屋にならずに踏みとどまっているところに救いを感じたんかと思いつつ、ストリートビューでここ見ますれば…えっ、そんな呑気なこと言ってる場合やない物件やったんですね。
春が過ぎ夏になったら繁茂するシダまみれに身を寄せる虫の数々…近付かん方がよろしい様で。
何げに惹かれて一枚。
どこか儚い風情に琴線が触れたんでしょう。
とは言え何とか廃屋にならずに踏みとどまっているところに救いを感じたんかと思いつつ、ストリートビューでここ見ますれば…えっ、そんな呑気なこと言ってる場合やない物件やったんですね。
春が過ぎ夏になったら繁茂するシダまみれに身を寄せる虫の数々…近付かん方がよろしい様で。
藤井寺市某所で仕事。近鉄南大阪線は古市駅での集合前にサクッとあたりを探索しますれば、自販機に隠れる様にひっそり佇むナンバーくんに遭遇。
赤茶けて木造家屋にすっかり馴染んでからに。そんなに古くないモンやと認識してましたけどもうこの様な味わいになるお歳になられたんですな。
そう言えばかつてアホげでナンバーくんを取り上げたことありますわ。調べますればそれは2008年のこと。その記事にある写真を見ると全然劣化してない状態。まぁ場所も環境も違うとは言え20年弱の歳月というのはこういうことなんですねぇ。
どこにあった看板やったかと当時の写真を探すとネタ写真に混じって我がの写真も目に入り…そやな、うん、時の流れとはそういうことなんやと思い知りました。ちなみに当時の写真は…なぜか見つけられませんでした。
※関連記事:
『郵便番号登場40年、ナンバーくんも40歳か』 2008年6月 記
過日何げに目に入った下水道施設の銘板(?)に違和感を覚えまして。
「何が?」ってほれっ、公共の施設、しかもインフラのそれにしては字体が妙にポップやと思いません?
そのニュアンス、何となく歌舞伎っぽいメイクのKISSが出てきたあの頃を彷彿とさせるもんがありますやん…って解ってもらえるでしょうか。
調べますればこの川俣ポンプ場は1972年竣工とのこと。ほれっ、というかやっぱりというか。何とも言えん’70年代っぽさが漂ってますよ。
ま、時の市長が記してる字より全然時代を表していてええとは思いますけどそんな凝ったことせんでもええ気がしますよね令和の世では。
とか言うものの、できた時点の世相なんかが盛り込まれていてええという気がしてきました。そうそう、これでええんやな。
片町線は徳庵駅近くに聳える広告塔。懐かしい感じ…ではあるも違和感あるなぁ。
骨組みがもう何と言うかアドバルーン的で良い感じ。ただの長方形のそれだけでも懐かしいんですけど、この様にちょっと意匠を施してあるところがええんですよね。
やと言うのにそこに書いてあるのは“アカカベ薬局”とあるだけ。全然骨組みと調和してませんわ。まぁ…それも味わいとも言えますけれど。
きっと昔は別の店の広告塔やったんやろと調べますれば、10数年ほど前まではここ、パチンコ屋さんやった様子。そうか…それで上部が丸くてパチンコ玉のイメージなんでしょう。てなこと思うも別段それっぽい雰囲気にしていた感じでもありませんけれど。
ま、現状もひとつやなぁ思うも撤去されずに残っているだけで充分とも言えますね。書いてある内容変われど、きっとむかしも今も徳庵あたりのランドマークとして機能していることでしょうから。
(於:東大阪市) きょうびは高層ビルも増えたことやしもうランドマークとしての機能は…ないかな。
※関連記事:
『広告塔、錆びサビ…2』 2019年6月 記
『広告塔、錆びサビ…』 2016年2月 記
『くんえい女子短期大学の広告塔。』 2013年8月 記
『タケヤみその広告塔。』 2013年7月 記
『昔の広告塔のいま。』 2008年1月 記
所用で実家へ。ついでにと、“ガラクタ”と書かれた箱や缶を開けて探すも…ありませんわ。「何が?」って…“大協ダック”。
「ないなぁ」と思うも茶箪笥の引き出しとか開けると「なんか、ありそうやん」。古いテレカやらメンバーズカードとか王冠とか…この引き出しもガラクタだらけ。探すうちに「絶対あるわ」と確信して数秒、ありました。
これが大協石油のノベルティ。何かちゃっちぃ…いや、それでもええんです。こういうのは「かつてこんな会社があってこんなん配ってはった」って言う事実に意味があるんですよね。
それなりに汚れているのは、当時乗っていた“スズキキャリィ”の車内に吊っていたからです。どこに吊ってたかなぁ…ってふと想像したのが“チョーク”のレバー。覚えてはりますか? 昔のクルマってエンジンうまいことかかれへんこと多々あって、チョーク引っ張ってアクセル微妙に踏んだりヤメたりしながら…特に冬場はそんな感じでした。おまけにそのキャリィは2サイクルエンジンでしたのでそらぁもうえげつない白い排気ガスで辺りじゅう真っ白のクサクサでそれで暖機運転も必要でしたから…古い話ですなぁ。余談続きでその“白い煙”を面白がって超安モンのエンジンオイル入れたりしてました。若かったなぁ…と言うより「アホやったなぁ」。
話戻って大協ダックのこれ。昨日の記事ではこれに“DAIKYO DUCK”って書かれていたとしていましたが、そんな表記ありませんね。それでもこれを“大協ダック”やと知っていたのは…それなりに有名やったんでしょうかね。いや…ただただ当時からマニアックやったってだけでしょうなぁ。
※関連記事:
『コスモ石油のGSに残る大協ダックふたつ』 2026年1月 記
長堀橋あたりへ納品行くも、意思の疎通がもひとつうまいこといってなかったことが帰宅後かかってきた電話で知り、1カットだけ再び出向いて撮ってまた納品。「もうよろしいで」と言ってもらうも、互いにスカッとせんまま終えるのも…ね。
必要な機材だけ背たろうての徒歩移動。昔からそこにあるキャラクターが気になっている某ガソリンスタンドは日曜ってことでしょうか今日は休業してはります。よっしゃ、ええチャンスやと1枚2枚。
これ、何のキャラクターか判ります? ヒントはここは“コスモステーション”。
はい、これは“大協ダック”。先程調べますれば後にニックネームの公募があったらしく最終的には“ダッキー”という愛称が付けられたみたいです。
「へぇそうなん、知らんなぁ」って方が大半でしょう。私も当時大協ダックもダッキーも知りませんでしたが、時折拙ブログに出てくる“銭丸”が当時のバイト先で見つけたとかでこの大協ダックの付いたノベルティをくれて、そこに確か“DAIKYO DUCK”と書いてあったから知ってるってレベルですわ。(記憶違いでした)
そこそこの年齢の方にはお解りの通り、大協石油は丸善石油などと合併して“コスモ石油”として生まれ変わり、この大協ダックもその役目を終えました…のに、まだこんなところ(便所)で40年も頑張って…健気に頑張っているとはね。
で、見ての通り“Ladies”と“Gentlemen”、ふたつの大協ダックがいますが…うーん、なるほど。手と足(?)の位置だけで女性っぽくにも男性っぽくにもなるんですね。ズボンかスカート、髭の有無で性別を示さなくてもこんな手があるんやと知ったのはちょっとした発見です。
以前にも触れたかと思いますが丸善石油があった頃は「大阪に本社を置く会社やしな」とすすんで丸善を給油していたもんです。その本社があったのがまさに“長堀橋”あたり。そんな丸善のお膝元で大協石油が商いしていてコスモと名を変えるも大協ダック共々頑張っているというのは不思議な感じがします。ってまあ不思議がってるのは我がだけかもしれませんけど。
とまぁ撮り忘れがあったおかげで今日は間近でじっくり大協ダックを拝むことができました。ま、これで良しということで。
ナショ文字と共に何となく経年劣化がええ感じやなぁと一枚。
“ナショナル”と言うと家電、しかも白物家電なイメージが強くて自動車用バッテリーとなると…Panasonicとした方が高性能なニュアンスが漂いますよねーって、もちろん気のせいなんですけど。
ナショナルが自動車用バッテリーに参入したのはどうやら1985年の様で、乾電池での実績はあったものの蓄電池は別モンらしく当初は随分苦労しはったそうです。それでも製品化までこじつけてさすがはナショナル…と思ってあれこれ調べてましたら、2016年に蓄電池事業をGSユアサへ譲渡したとのこと。え?パナソニックの高性能バッテリー“caos”って何なに、GSユアサエナジーが作ってるって…そうかいな。我が愛車にも搭載してますからなんか複雑。ま、素性のはっきりした会社が作っていると知ると、なお信頼できるなぁって気もしますが。
それから“ナショ文字”ですが。そもそもナショ文字は“ナショナル”か“ナショナル”とイタリックなのか。これ、どっちも見かける気もしますけど基本、“ナショナル”とナナメってるのをよく見かけます。
で、ですわ。このシャッターにあるのは“ナショナル”はナナメのイタリック、“バッテリー”はナナメではないと。“◯◯電気サービス”なども同様です。
そうか…と言うことは“ナショナル”と商標はナナメのイタリック、それ以外はそうやないと言う風に使い分けしていたって言うことなんでしょうかね。
今まで知らなんだわぁ…って、もうちょっと調べてみないと何ともまだまだ断定はできん状態ですけど。
廃墟を愛でる気にはもひとつならんのですけども、かつて何度かお世話になったなぁと思いまして、一枚。
国道25号線沿いの鋭角な三角地帯にかつてガソリンスタンドがあって、そこそこ安かったので何度か給油したもんです。昭和シェル石油やったな確かと思いつつストリートビューで過去を見ますと…えっ、2009年時点でもう廃業してますやん。そんな昔やったか…はやいもんです。
そもそももう巷で貝印のサインポールも見かけん様になったこと思うとそらそうですな。給油ホースが上から降りてくるスタイルも少し懐かしいです。
小さなGSに続き中規模のところも次々と店じまいに追い込まれています。郵便局の様に、町の名士が営んでいた時代ははるか昔のこととなりました。
(於:八尾市) “昭和シェル年”は昭和60年…古い話や。
※関連記事:
『眠るコスモステーションに諸々』 2021年9月 記
関根デッカオ氏との月例。いつも通り酒屋の立ち呑みをハシゴで今夜は淡路駅界隈。一軒目はそらぁもう品の良い日本酒充実の素晴らしい酒屋さん。とても気に入るも「長居は無粋やで」と次へ。もうこの時点で酔っ払ってますから土地勘のない淀川以北ではどこをどう歩いてるのかわからんまま人影まばらなエリアへ。「こんなとこに酒屋あんの?」と訊きますれば…ありましたわ。
瓶ビール飲んで…先の店の分も溜まったわいと便所へ行きましたら、えっ?何とも刺激的な…
「何なんこれっ」と思うより「え?いつから貼ってあるんかいな」とよく見ましたらこれ、今年のカレンダーですやん。
そうなんや。令和も8年になろうともこの昭和なカレンダーは健在なんですね。何というか…平成の世でも見た記憶がないんですけど、どうでしょ?
とか何とかごちゃごちゃ記してますけど、ざわつきキュンとしたのも事実。ま、そんなおっさんがいる限りこれからも刷新されていくんでしょう。もやもや。
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