大阪ネタ

2020年6月19日 (金)

プラ製剥がれるもそれなりに読める“大領四丁目 2”

 ははっ、町名看板新旧補い合って何とか使命を果たしてまっせ。
Dairyo4a Dairyo4b  あちこちで劣化進むプラ製の町名看板。ここもまぁ…こんな状態でほとんどその原型を留めてません…が、不思議とちゃんと読めるんですね。まさかアルミ製の昔のやつもこんな形で再び市民の役に立つとは思いもせなんだのではないでしょうか。いやぁなかなかお互いに協力し合ってええ味わいで仕事してくれてからに。おいぼれと若い衆…こうありたい様なそやない様な。

(於:住吉区) ぼちぼち新調? いやそのうち大阪市無くなるし…なんて思っとるんちゃうやろな。

※関連記事:
表記二重で立体的、かっこええ市岡元町一丁目1の町名看板。』 2019年7月 記
町名看板、虫食い状態。』 2019年2月 記

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2020年5月27日 (水)

昭和なプラ看板 206 ● なるほどの酒 長龍

 まだまだ見かけるからええかと思ってましたけど、すっかり街の酒屋さんがコンビニに淘汰されてしもて気がつけばあんまり見ん様になりました。
Choryo1 Choryo2 Choryo3  いずれこれを…と思うも、その写真データがどこにあるのかもわからん状態やったんですが、新ネタ不足で過去の5月の写真をチェックしてますと…8年前のファイルから出てきました。
 “なるほどの酒 長龍”…この看板は大阪は当然、近畿圏のそこここの酒屋さんには大抵取り付けられていた様に思うのは、我がが河内モンやからでしょうか。まぁ中河内ではどこの酒屋にも掲げられていたと言っても過言ではないでしょう。当時…そうですねぇ昭和は50年代くらいでしょうか、ラジオは当然、テレビでもCMがよく流れてました。さ、一緒に歌いましょう「なーるほーどよい酒 ♪ 長龍」…ま、五十路以上に人はきっと口ずさんでくれはったことでしょう。加藤登紀子さんの声でした。
 で、ですわ。歌では「なるほどよい酒」と唄い、このプラ看板にあるのは「なるほど酒」…わずかな違いながら気になるところです。で、まだあちこちに残る長龍のプラ看板の中からなぜこれをと思ったかというのが…そう、写真の通り大きなブリキ看板には“なるほどよい酒”とあるからです。
 「どっちでもええやん」と言う声も聞こえてきますが、どうでもええことこそ気になるもんです。“よい”という表記が根拠不充分ってことで時代的に問題になったのかもしらんなと当時思ってました。実際、浦霞長龍やったか純米吟醸のレッテルのみ“なるほどよい酒”表記でしたから、うん。
Choryo4Choryo5 で、過日、長龍酒造の蔵開きに行ったときに関係者の方にその件を訊いてみたところ「うちは分家で天理の本家が“なるほどよい酒”なので遠慮して“なるほどの酒”に変えました」という趣旨の返答をもらいました。そうか…八尾の長龍は分家やからってことですね。そんなこと思い出しつつ先日実家で断捨離してますと、昭和の終わり頃の印刷物が出てきまして、そこに天理の長龍の新聞広告、そして八尾の長龍のチラシもありました。それ見ると…はい、やっぱり天理の本家のは“よい酒”で、八尾の分家は“酒”になってますわ。
 自家醸造せずも“八尾の酒”やと贔屓に思っていた長龍は本社を八尾から奈良は広陵町に移し(裏切り者め!…なんてね)、天理の本家は廃業し…数年前のことながら随分状況は変わったもんです。“特級仕込みの酒をあえて級別審査に出さすに二級酒で”と、その従価税分のお得さを売りにしていた“慶雲長龍”もあんまり見かけん様になりました。と共に“なるほどの酒”のフレーズも…然り。ま、安酒イメージからの脱却をはかるには“なるほどの酒”も足かせになるってもんなのかもしれませんね。“酒”はともかく“なるほどよい酒”って、秀逸のフレーズやと思うんですけど。

(於:住之江区) ま、勝手に“お国自慢”な訳なんですよ、中身違うも“八尾の酒”やから。

※関連記事:
長龍の“ふた穂”』 2014年1月 記
長龍のボテ箱…懐かしなぁ。』 2012年9月 記
龍の年…『長龍』の懐かしラベルふたつ。』 2012年1月 記
“浦霞長龍”…覚えてはりますか?』 2008年2月 記

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2020年5月18日 (月)

久宝寺橋から南の図、東横堀川午後2時45分。

 今日は…えぇ、いったい何日ぶりでしょう、久々に肝となる種類の仕事があって…と言っても近い近い現場。まぁ“移動控えて”な時節柄仕方ないですしそれで有り難いんですけど。
 それなりにブランクあると妙に気が張るもんで、それもあってか東横堀川を渡って1本目の筋にある…と思うも目指す建物なく…あ、ちゃうわ、川渡らん手前の筋やがなってな具合。ですけどこんな景色に出会えて結果オーライってことですな。
2005181445  久宝寺橋を渡って南を見ればいつも通り阪神高速の橋脚がどえらい主張してますわ。その主張に最初は気を取られるも、そうそう、この堤防と建物の隙間がええねんがなと一枚。かっこええなぁ…けど変な写真かも。その変さというかシュッとしてるのかゴチャついてるのかわからんのがよろしいかと。心底好きにはなれんも嫌いともならん…不思議な魅力があるなぁ東横堀川って。

(於:中央区) やっぱり仕事は楽しいなぁ…

※関連記事:
東横堀川は大手橋にて午後3時46分、で雑感。』 2019年11月 記
安堂寺橋から東横堀川の眺め15時06分。』 2017年6月 記
東横堀川、船の上から。』 2011年10月 記
ほか

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2020年4月 4日 (土)

いけず石、アルミホイルでラッピング。

 大阪のそれは光ってナンボ。
Silverikezu  “いけず石”と言えば、その名前の響きもあってすっかり“京都の顔”みたいな風に認識されていますけど、まぁ大阪でも見かけますわ。で、このいけず石は…もうピッカピカ。残念ながら写真ではそのブライト感が伝わらん様に思いますがこれね、銀のペンキ塗ってるのと違て、アルミホイルでくまなく石をラッピングしてあるんです。なかなか細かい仕事してはってよろしいなぁ。これは…そうか、PETボトルのピカピカよろしくクルマへのアピールというより犬猫のションベン対策なんかもしれませんな。
 アスファルト部分にどうもペンキが流れ出した跡みたいなんがあるのも気になるところですが、ストリートビューで見る限り過去にはない模様。近年よりオブジェとして引き立てるために描かれたものかも。ま、いずれにしても京都のそれとはニュアンスが違っていてええ感じ。

(於:福島区) 奥に見える石畳だけが京都風。

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2020年3月20日 (金)

ようやく三つ目、新デザインの市バス…シティバスやが。

 一年経ったらネタとしての鮮度ガタ落ち。とは言え見てしもたんで載せまっさ。
Ocb4  ヨドバシ2階から出てふと見ますと見慣れん意匠を施したバスが。あっ、これが三つ目の市バス新デザインのやわと一枚。そやなぁ、これもなかなか好きかも。ですがやっぱりいちばん最初に見たあれが秀逸ですわ。三案から最終的にひとつに絞り込むらしいとどっかで読みましたけど、そらやっぱりあれにしてもらわんと。あ、市バス言うてもシティバスですけどね。それはそうと、皆さんどの意匠がお好みで?…って、まぁ誰も反応してくれはれへんのやろけど。

(於:北区) これは昨日の図。歩道橋を歩く人の多さはいつも通りでんな。

※関連記事:
またまた新デザインの市バス…シティバスやが。』 2019年4月 記
新デザインの市バス…シティバスやが。』 2019年4月 記
日本城タクシーのゼブラバスが、より昔風になってる。』 2014年2月 記
懐かしの大阪市バス風ゼブラバスは何や?』 2013年6月 記
市バス待ってたら、ゼブラバスが来たで!』 2014年1月 記

※関連サイト:
路線バスに新デザイン車両を運行します。大阪シティバスのニュースリリース

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2020年3月19日 (木)

大阪駅、午後3時23分。

 週明けの仕事に備えて諸々買いにバスでキタへ。大阪駅の向こうへ行くためにエスカレーター乗って乗って上がって…って「こんなルートしかないか?」とか思いつつあんまり知らん場所やしと数年ぶりに立った大阪駅の上の方は…うん、やっぱり数年前同様わしの知らん大阪ですわ。
Os2020  あまりにもかっこええのでガラスにカメラ引っ付けてあちこちで数枚。う〜ん、やっぱりカッコええなぁ。シュッとしてるやん大阪は大阪でもキタはやっぱりちゃいまんなぁ…と記しつつ随分前からあんまり“キタ”って言わんような気がしてきました。“キタ・ミナミ”やなくて“うめだ・なんば”かな、近頃は。
 ヨドバシカメラで用事済ませてウメチカ潜って…どこも人の多さはコロナショック(?)以前と何ら変わらん気がしますけど、どうでしょ? ミナミの寂しさとは大違いに思いましたけど…ってここで言うそこは心斎橋筋とかの話ですけど。ま、何はともあれ平穏な日々に戻ります様にっと。

(於:北区) わしはミナミ派…って言いつつ全然行かへんねんけど、近年。

※関連記事:
わしの知らん大阪。』 2017年12月 記

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2020年2月 5日 (水)

1ビルの、虚しさ漂う広告枠。

 全体の形状も中央部にあるスイス風写真(?)もかなり前時代的ですなぁ。
Ichibirunaka  電飾看板というよりもはや照明器具としての余生を過ごしているって感じに思うも諦めることなく貼り紙には“広告枠契約者募集”の文字。この状態ももう何十年と続いているに違いないわと思うもストリートビューでチェックしますれば、かろうじて4つの広告が載ってました。でも逆にその方が不憫に見えるってもんです。しかしながら1〜4ビルってのは…微妙でんな。

(於:北区) キタはますますキタへって感じ。

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2020年2月 4日 (火)

大阪駅前第一ビル前の植え込み

 梅田某所で仕事。梅田と言うても大阪駅前1、2ビルあたりはしゃれてもないし、かといって昔ながらでもない…いや違うか、地下の飲食店街は独特ですわな。ま、いずれにしてもキタでも微妙なキタですわ。
Ichibiru  そんなこと思いつつ1ビル前を行きますれば植え込みがこんな感じ。そう、この感じがまさにここら辺の感じ。どこから来たのかデッカイ葉っぱのはクワズイモ、斜めってるのがゴムの木ですな。写真では見えませんけど後者のは鉢植え。ここへほかされて今に至ってるんですな。その状態はストリートビューでご覧頂くとしましょう。まぁ何というかこれでええねんと思いつつふと“大阪は痰壷”てなこと政治家に言われたことを思い出しました。別に結構ですけど…ほっといてんか、でんな。

(於:北区) 写真で見たら、案外しゃれてるやん。

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2019年12月29日 (日)

街灯の柱のねきから抗戦中の木、応援しよ。

 記憶が曖昧でええ加減な話ですけど、谷町筋も街路樹なくなってるんちゃいます?
Kousenchu  先の記事の通り気に入らんわと思いつつ歩道を歩きますれば、ははっ、街灯のねきから生えてまっせ、木が。
 今まで全然気づきませんでしたけどそれなりに昔から根を下ろし、伐られては伸びて伸びては伐られって状態みたいです。ええぞ!、徹底的に抗戦したれ。肥料与えてこの木に託すしかないな…って、まぁすぐに忘れてしまうんでしょうけど。

(於:中央区) 手っ取り早く肥料を与える方法は…

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2019年12月22日 (日)

“肥後橋付近図”

 京町堀一丁目あたりで道迷い、まいったなぁと思いますれば公園の片隅に地図を発見…助かったぁ。と思いますれば…なんやこれ、いったいいつのやねんって感じ。
Hiigobashiatari  話はウソですけどしかしまぁなんとも言えんモンが掲げられているんですなぁ。これは地図なのか看板なのか…時折目にする“広告入り地図”の持つ“その筋のひとが作った”っていう雰囲気がまるでなくて…そう何とも“テキトー”って感じ。
 金融関係を中心にあれこれ社名が書かれていますが懐かしいのやら知らんなぁってのやらがほとんど。大正銀行神戸新聞社/デイリースポーツだけが現行通りでしょう。孔官堂もここにはないかと思いますが…ってそうそう、ロウソクでおなじみカメヤマ傘下になった様で…何となくさみしかったりします。
 他のはいまどうなっているのか…安田生命は明治安田生命ってわかりますが、大阪銀行は、近畿大阪銀行を経て今年から関西みらい銀行、なにわ銀行…これ知らんなぁと調べますればなみはや銀行を経て大和銀行→近畿大阪銀行→関西みらい銀行とか。あさひ銀行…あぁこんなんもありましたね。こちらは協和銀行が前身でいまのりそな銀行やそうです。で、相互信用金庫…へぇ、こんな相互銀行みたいな名の信用金庫があったってのも全く知りませんでしたが、こちらは事業譲渡の末、大阪信用金庫になったということです。
 で、残るは“相互銀行”。これがなんのこっちゃって感じ。地図に記された場所を探しましたがわかりませんでした。よーくみると“auショップ”とかの場所も記されていますが…やっぱりいつの時代のやろって感じ。まぁずっとこれからもここにあって見るひとを過去へといざなうことでしょう。

(於:西区) “交通安全”の四文字が妙に乾燥してる。

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