川底の自転車の車輪で甲羅干しするミシシッピアカミミガメの図に
阿倍野区某所で仕事。現場が“天王寺町北”って…そやそや天王寺町にして阿倍野区ってところがあるんでしたな。時間もあるしと杭全までバスに乗って現場に向かい、渡るは今川。いま調べて“今川”って判っただけで現場ではそれを“平野川”やと思ってたんですけど。
ま、それはどうでもよろしい。そこに架かる橋から川を見ますと、こんな図が目に入りました。
カメの甲羅干しの図。それだけとも言えますけどこの、放り込まれた自転車の車輪に登っているところに、何とも言えん哀愁を感じましてね。
もちろん…と言ってええのか、ここに写るはミドリガメのなれの果てというか、ミシシッピアカミミガメ。ますます募る哀愁の念。ずいぶん昔に“玉串川にミドリガメ”という記事のコメント欄をふと思い出しました。
当時、さかんにコメントつけてくれてはったBassmanさんの“一句”が秀逸で。せっかくですからここにコピペしておきます。
石に登ってウトウトすれば
思う故郷(ふるさと)ミシシッピ
ほかされ流され有余年
藻も生え一生ミドリガメ
瞼の母は いま何処(いずこ)
そんなBassmanさんも何処へ…アホげも寂しなったもんですわ。
で、余談ですけど、この写真を撮った橋の名前がわからなくて調べるも色んな名前が出てきます。最終的にGoogleが“今川7号橋”と結論づけはったものの「ほんまかなぁ」と再度、Googleで調べますれば次は“今川橋”やと。そこには“Yahoo!マップで今川橋の詳細を見ることができます”って…よその情報持ってくるかぁ。
そんなやりとりがあって「何やねんGoogleってええ加減なやっちゃ」と思うも、そのええ加減さが揺らぎやと思うとむしろ、愛らしい存在に思えてきました。もちろん「最後に“知らんけど”って付けといてな」とAIモードに言っておきました。
(於:東住吉区) “知らんけど”もマスコミのせいで手垢が付いてしもたな。
※関連記事:
『海辺でアカミミガメなに想う…』 2019年7月 記
『カメがセミを食う…四天王寺さんの丸池にて』 2013年7月 記
『四天王寺さんの亀の池のカメは…』 2012年7月 記
『玉串川にミドリガメ』 2010年7月 記








あ〜なるほどね。何となくわかるなぁ。純粋に形として整っている上に、“フン”というか“くそ”のボリューム感が全体から漂ってる…あ、ちゃいますね。でも、そうかもしれません。













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