ブロック塀からねっとりこぼれ落ちそうなマキ
ブロック塀の向こうからねっとり植物が流れ出してまっせ。
これは…マキですな。何がどうなってこっちに向かってこぼれ落ちそうになっているのか…どうもこの部分にも通気口みたいなブロックが積まれているみたいですが詳細はわからず。まぁ解らんほうがおもろいってこともあります。1年後にはドロっとこっちに転落…は、なさそう。9年前からこんな感じみたいですから。
ブロック塀の向こうからねっとり植物が流れ出してまっせ。
これは…マキですな。何がどうなってこっちに向かってこぼれ落ちそうになっているのか…どうもこの部分にも通気口みたいなブロックが積まれているみたいですが詳細はわからず。まぁ解らんほうがおもろいってこともあります。1年後にはドロっとこっちに転落…は、なさそう。9年前からこんな感じみたいですから。
夕方5時から仕事…って日没後ですやん。その前にちと探索。あっ、前も見たことある懐かしの“めし”の看板。まだあるわ。
看板のところにめし屋なし。矢印→に従って向かい見るも…なし。その奥の路地にあったんかもしれませんけど…それらしきもんは見えなんだ。懐かしく侘しく設置場所も妙でなんか不思議な看板。生野区っぽいんかなぁ、知りませんけど。
(於:生野区) ストリートビューの過去でも見当たらん…やっぱり路地の奥なんかなぁ。
何や急に寒なって冬間近って感じ…って言っても寒空とはほど遠いスカッと晴れ渡った青空に向かってツタが勢いよく生長してまっせ。
半分はえらいとこから生えてまんなぁ。歩道に置かれた会所マスからアーチ描いてみどりのトンネルに。まぁそれでもここまで大きくなっていること思うと、もう大地に根をおろしていることでしょう。ストリートビューで過去を見ると冬場は葉を落としている様子。今期最後の繁りまくり状態を見ることができてうれしいなぁ、何となくですが。
(於:東成区) くぐり抜けたかったけど、なんとのう気後れしたのが悔やまれる。
※関連記事:
『俊徳道の 緑のトンネル 涼やかや』 2016年9月 記
『巨大樹木かモリゾーか? …否々。』 2010年12月 記
古くさい感じはありませんけど、なんとなく'70年代っぽいかな。
青地に白の潔さ。菊かタンポポ(ウニかイガグリ?)の様なマークの下、空間を飛ぶホタル一匹(に見える)…さすがに化粧品会社のそれだけにやり過ぎることなく洒落た世界観を…ってまたわかった様なこと書いてからに。
オッペン化粧品と言えばテレビ番組“新婚さんいらっしゃい”の提供社のひとつやったイメージが強く残っています。あと、調べてましたら…そうそう、青いネオンサイン。確か梅田にもありました。当時は全国各地にあったそうですが、香川県にひとつ残っていたとかで、その動画がこれ。懐かしい…けど、なんか沁みますなぁ。それも昨年撤去されたとか。まぁ目立ったところでは露出してはりませんけど、従来の訪問販売中心に着実にやってはる様です。大阪発祥の会社、応援しよ…って、気持ちだけですが。あ、オッペンは英語のオープンとドイツ語のオペからの造語やそうです。
(於:城東区) ホタル風のV字は…“オッペ〜ン”を視覚化したものとの説あり(ウソ)。
まったく馴染みがないものの、いかにも昭和な色合いやなぁと思いまして。
社名にあるDIJETは造語でしょうか。“超硬工具”の字があることからこのマークはダイヤモンドの硬さを表現したものなのかと想像しますが…どうでしょう。大阪は平野区に本拠を構えるダイジヱット工業。素人にわかるところではドリルの先などを手がけてはる会社の様ですが、工作機械とかその道のプロを相手にあれこれ手がけている様です。一般には知られずともなくてはならない存在が大阪にある…なんか嬉しいなりますわ。
(於:城東区) 社長さんは代々“生悦住”さん。“イケズミ”と読むとか…
怪しげな雰囲気が徐々に薄れど、 空気は澱み続けている様にも思われるのは、気のせいか。
(於:中央区ー城東区) 仕事終えて京屋本店に誘てもろて…有り難いなぁ。愛すべきアホげ民某。
※関連記事:
『午前11時39分、鴫野西二丁目から城北運河越しに南西を眺める。』2019年2月 記
昔からこんな感じ、少なくともここ15年は。
この状態ではありますが、お店は健在。さっぱり読めんわいと思いつつ、そこの屋号に業種から想像をまじえつつ解読しますれば、
『トーヨ 皮 フ ◯ 』
と上から3つは判読できましたがいちばん下のは完全に錆びてしもて読めません。たぶん“薬”とでも書いてあったんでしょうかね。
写真で見る通り、もうまわりは広告塔より高い建物だらけ。遠くから見てナンボのもんですから新調する気にもならんのでしょうなぁ。しかし何です、よく見たらその横、屋上に生える木も感化されたのか茶色なってますわ。例によってストリートビューでチェックしてみますと2016年春までは独自に頑張っていた様ですが。
(於:城東区) よく見たら垂直出てませんで。
まぁこの手のもんに興味ある人にはきっと有名な物件かと思います。
今さらネタにするのも気がひけるなぁと思いつつもいつまでもあるという保証もないしってことで。
下町風情に妙に溶け込んでるなぁと思うもそれは劣化の末のこと。半世紀ほど前にはそれはそれは眩しくハイカラな赤い丸やったことでしょう。とは言え全面アメリカンな風情になってへんのがたまらん魅力な訳ですけど、当時はどう捉えられていたんでしょうか。“パン”はともかく餅菓子屋の“生菓子”にコーラか…って感じ。コーラさえ合わせてたらどんなもんでも今日的な食べ物に早変わり…やったとか。ま、貪欲にところかまわず宣伝しまくった結果、今があるってことでしょう。
しかし何ですわ、今でこそ色あせてますけど当時は“日の丸”っぽかったんとちゃいますかね。それ思うとふと“敗戦国”てなコトバが頭をよぎりました。
(於:東成区) となりの喫茶もコカコーラで張り合ってる。
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