大阪市南部

2019年10月22日 (火)

阿倍野区帝塚山一丁目で見た西の空、午後4時43分。

 帝塚山で用事済ませて外へ出ますれば西にきれいな夕景が。
1910221643  木や電柱のシルエットは当然ながらマンション屋上の給水塔がええ味だしてます。かつて縁があったこの界隈で見る夕焼けは、ちょっと沁みます。

(於:阿倍野区) 信号は青やし、令和はきっとええ時代(こじつけ)。

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2019年10月15日 (火)

視覚効果バツグン、その上聴覚にも…

 視覚にこの上なく訴えてますけどじつはここ、聴覚にも訴えてきます。
Otoroshi1 Otoroshi2  何げに自転車でこの前を通ったらカシャコショーって感じやったか妙な音がして…戻ってみると、どうやら塀の上にセンサー完備の様。効果バツグン、ささっと撮って逃げました。

(於:住之江区) そのうち臭覚にも訴えてきはるかも…

※関連記事:
阻塞』 2019年9月 記
コンクリブロックの朱塗り、逆さパイロン縛り。』 2019年8月 記
「ここだけは絶対止めたらアカンぞ」』 2013年3月 記

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2019年10月 3日 (木)

キリンビールのラベル看板、阪南町一丁目角。

 阿倍野筋五丁目でバス降りて、仕事の前にさらっと探索。
Kirin  酒屋さんの壁面にキリンビールのラベルが一枚。剥げハゲながらなかなか忠実に描かれているなぁ…と思うも隠し文字の“ キ・リ・ン ”は見当たりませんな。このデザインのは40年は前のもの。夕食時に食卓で見たあれですわ。そや…そう言えば父親は昔キリン飲んでたなぁ。何でやろ…今となっては訊けん話となってしまいましたが。

(於:阿倍野区) 看板に気を取られて観察し忘れてましたけど、壁面のタイルがまたええ味わいやことで。

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2019年9月17日 (火)

昭和なプラ看板 186 ● 郵便貯金のリス

 過日自転車で前を通った某郵便局にリスの看板が。最初当たり前の様に見ていましたけど、案外もう見かけんかもしれんなぁと思いまして。
Yuuchan1a Yuuchan1b  「あぁあれな」と思うもずっと見ておりますれば懐かしい気分にさせられます。可愛い様に思うも、口はないし目に心が感じられんし…で、やっぱり前時代的やなぁって感じ。思えば幼少期に目にした帳面とかの文房具に印されていたこの手のキャラクターって、どれももひとつ「きゃっ!かわいい♡」ってのは少なかった気がしますが…どうでしたっけ。
 で、このリスですけど、いったい何ていう名前なんやろと調べましたが…まぁ、たぶん“ユウちゃん”みたいなんですけど、どうもそこに出てくる画像がこれではなくて。
 wikiによりますと1962年から2007年まで使われていた郵便貯金のマスコットやそうですが、1990年にサンリオに発注され大幅なデフォルメがなされたとあります。で、画像検索してもそのサンリオ版ユウちゃんばかりが出てくると…って、ちゃんと探しきれてないだけでしょうけど。
 うろ覚えですけど幼少期家でなにげにみた通帳にこのリスが描かれてた様に思います。当時からあんまり可愛いと思いませんでしたけど、いま見ても…やっぱりもひとつですな。ま、そこがいかにも昭和40年代って感じがするんですけど。

(於:阿倍野区) 学童を描いたモンとかも妙に怖かった様に記憶してますけど…どぉ?

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2019年9月12日 (木)

戸袋の“梅に鷹”

 仕事の前にいつのの探索。地下鉄は御堂筋線に乗って、降りるは“あびこ駅”。「あびこ…“我”と“子”はわかるも“び”はどんな漢字やったっけ?」に「駅の看板見たらわかるわ」と思えばそこには“あびこ”。もやもやしつつ駅の南東あたりを行きますれば、田んぼも残っていて…でも稲に混じって雑草まみれ。そうか…と感じつつ歩きますと、とまってまっせ鷹が羽広げて…民家の戸袋に。
Umenitaka  まぁなんと立派なこと。戸袋に◇の意匠はままあって、時折この手のも見かけますが、ここまでのモンはなかなかおませんなぁ。
 なんぞの木にとまってますけど…たぶん梅の古木ですかね。“梅に”は知るも…まぁ、ありでしょう。しかし何です、よく見ますとちょっと威厳あるって感じではなくて愛嬌ある雰囲気が伝わってきますね。庶民的(?)でなおええ感じに思いますけど、どうでしょう。
 時間来て現場に着いて、遠目に見える葬儀会館の看板に“我孫子”の文字見つけ…そうか“孫”なと思いつつ「あびこの“び”ってどんな漢字かわかる?」と同行のひとに訊くと「知ってますよ、まご(孫)ですやん」…そうか、まぁね。読めても書けんと思った自分がアホなだけでした。

(於:住吉区) “我孫子”は中国語で“私の孫”の意味ってよ。で…“孫”って“び”て読むん?

※関連記事:
戸袋に、打ち出の小槌。』  2016年4月 記
戸袋4つにトンガリ意匠4つのモルタル家屋。』 2012年2月 記
モルタル壁の打ち出の小槌と小判』 2011年12月 記
モルタル壁のエビ』 2009年8月 記
モルタル壁のツルとカメ』 2009年8月 記

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2019年8月 7日 (水)

阿倍野交差点を少し東から、午後7時24分。

1908071924  所用のあと、赤信号で停まったクルマから阿倍野の交差点を見ると、何げにええ感じの光景やなぁと思い、一枚。まだ7時台やと思えばこんなもんながら、やっぱり陽が短なったなぁとしみじみ。明日、立秋やと思えばそらまぁそんなもんでしょうか。そう言えば先日見かけた栗の木なんか、イガが茶色くなってるどころか地面に落下していたしなぁ。暑々の日々もカナンのですけど、夏の終わりを感じることの方がもっとカナンのですけど。このさみしさ…いくつになっても慣れんもんですわ。

(於:阿倍野区) そう言えばここらあたり。“斎場前”って言ってませんでしたかいな。

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2019年7月 3日 (水)

昭和なプラ看板 180 ● タワラ印・大阪第一食糧

 まだまだよく見かけるので、そないに古いもんという気がせんのですが。
Tawara1 Tawara2  商店街のアーケードに守られているので余計にそう見えるってのもあるでしょうが、やはり古いもんには見えません。この看板が街のあちこちに点り始めたのは私が小学生時分やった様に思うので、半世紀とまでいかずとも40年は前のものでしょう。その頃はよくテレビでCMを流してはったことを思い出します。
 wikiによりますと、食糧協同組合として発足した法人で、近年になり伊藤忠食糧の完全子会社になったとのことです。思えば伊丹産業やら神明に押されている印象がありますね。時が経つと、勢力図もすっかり入れ替わる様です。

(於:阿倍野区) 土曜の昼下がり、学校から帰ってお笑いテレビで見ていた時によくCM見た気がするんやが。

※関連記事:
昭和なプラ看板 56 ● 米 大阪第一食糧』 2012年2月 記

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2019年6月20日 (木)

昭和なプラ看板 179 ● 日立冷蔵庫/日立ビデオデッキ

 “ビデオデッキ”の面が水色ってのが、もひとつ日立っぽくないなぁ…などど思いつつ。
Hr Hvd  見ての通り日当たりよい状況にしてあまり劣化していませんので今が撮りどきかと思いまして表裏で二枚。冷蔵庫の面にある通り日立の看板と言えば柿色のものがほとんどですし、日立と言えば“モートル(モーター)”でそらぁ冷蔵庫もやっぱり日立でまぁ当然。余談ですがうちのももちろん日立製です。
 で、ビデオデッキ…もう多くを語る必要もございませんな。下部にちっさくある“VHS”の表記もきょうびのモンには何のこっちゃでしょう。
 このシリーズでの日立ネタはもうこれで5つ目。いつもこの赤い“日立マーク”が気になって書いてますんで割愛。もう使われてないのも同然ながら日立製作所のサイトを見ると小さくファビコンとして使われてますわ。何かちょっと安心。“日立 - IT事業”というFacebookページには“「日立マーク」、今でも健在です!”という記事もありました。興味ある方はぜひそちらもご覧ください。

(於:阿倍野区) 冷蔵庫の“冷”の字だけ、妙にデザイン入ってる様に見える。

※関連記事:
昭和なプラ看板 84 ● 日立ルームエアコン』 2014年1月 記
昭和なプラ看板 81 ● 日立まみれ』 2013年10月 記
昭和なプラ看板 27 ● 日立キドカラー』 2009年4月 記
昭和なプラ看板 18 ● 日立チェーンストール』 2009年2月 記

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2019年6月10日 (月)

昭和なプラ看板 178 ● 城東西湖堂パン

 あっ、まだあったかって感じ。
Jsp1 Jsp2  パッと見“西湖堂パン”ですが、よく見るとその上にひっそり“城東”と記されています。この二文字が大事というか何というか。一部のマニア(?)はご存知でしょうこれは“城東パン”の名残です。
 以前の記事にも書きました通り、かつて大阪で大手だった城東パンですがその後経営が傾き、西湖堂の傘下になって屋号が変わり、その後合併で持ち直したかと思われるも西湖堂自体も2000年くらいに倒産してしもてた様です。
 てなわけでもう存在しない会社のプラ看板なわけで、そういう雰囲気が隅々から滲み出ているって感じ。場所もまた中山製鋼所でおなじみ木津川運河に架かる大船橋のたもとですからもう…何かぴったり。かつて撮影で夜な夜な通った昭和のまんまな一角、懐かしなぁ。その頃と変わらん様でいてより錆びたまちになっている…何か自分を見ている様やなぁと思ったりしたのでした。

(於:大正区) コペンハーベストも今春知らん間に倒産してたんか。で、何が帝塚山や…

※関連記事:
肝心の案内図なき南恩加島1の案内板』 2019年4月 記
かつてあった地パン5 ◆ 『城東パン』』 2012年5月 記

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2019年6月 9日 (日)

山之内公園にて、午前10時48分。

 「昨日が淀川やったから、今日は大和川で、どや?」の提案にお子、もひとつ「!」って感じでもない様子。「ほな大和川超えて、堺行こか」でようやく乗り気にならはって朝から自転車で南へ南へ。何となく川縁の雰囲気になってきたなぁと思ったところに細い坂道。「おっ、これ上がったら大和川やで」と登りきりますれば、そこはブランコ一台だけの公園。
1906091048  青空の下、一面の新緑。妙に気持ちよろしいで。「久々に飛び上がったヤツ撮ろや」でこのポーズ。いけてへんわぁ。で、もう一枚、今度はバッチリ。ですけどこのもっさいポーズの方がええわで、これ。
 下流まで移動して川を渡り、かん袋でかき氷のくるみ餅食べて塩元帥で塩ラーメンずるずるいわせて紀州街道で帰りの途に…あぁ休日の昼のひとときって感じ。諸々に感謝。普通な感じってええわぁ。

(於:住吉区) 「自転車乗ったら話できへん…」とお子。話したいこといっぱいある様で。

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