むかし釣鐘町二丁目19番地、いま釣鐘町二丁目3-2。
昨日今日と北浜あたりで仕事。寒さも落ち着いてきたしと歩いて現場へ、そしてもちろん帰りも徒歩で。汗もかかんでええ感じやなぁと探索しつつい行きますれば、廃屋っぽい建屋に錆びサビの町名看板を発見。
まわりと調和してると言えば聞こえはええですけど、ちょっと痛々しい状態とも言えます。
“釣鐘町”…これは現存する町名。区画整理・町名変更に巻き込まれることなく今もその町名が残っているのがうれしい限りですよ。ま、それより気になるのは下の広告部分。
そうです。そこにあるのは“松坂屋”の広告。かつて2回ほど記事化したことはあるのですが、このあたりを歩くたび「最近見かけんなぁ」と思っていたので錆びサビ状態であれ残っていることに安堵するやらびっくりするやら。まぁ天満橋の松坂屋が店じまいしたのが2004年やと思うと、こんなもんですか。
その形状からするとこれも琺瑯引きのモノと思われますけど…何でここまでサビ状態になったのか不思議な感じがします。以前の記事にある写真と見比べますと若干の違いが見られます。きっとより古いものなんでしょう。
すっかり昔の町名看板然としていますが、“19”の部分の上にうっすら“3−2”の文字が見えますので決して“過去のモン”ではなく現役として道ゆく人々に位置情報を提供してはります…って、まぁそんなに当てにされていないやろなと思うと涙ぐましい努力にも思いますけどね。
(於:中央区) いくら大丸と経営統合したと言うても“松坂屋”にはまったく馴染みがないわ。
※関連記事:
『松坂屋の町名看板3つ残す船越町2』 2011年3月 記
『天満橋に“松阪屋”ってあったなぁ。』 2008年6月 記

























その時に撮った建屋全体の写真、そこにあるのは“亀屋時計店”のプラ看板。そうか、自分とこの店舗に自分とこの広告の入った町名看板を付けてはったってことやったんですね。
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