プラ看板

2021年4月24日 (土)

昭和なプラ看板 226 ● 旭化成 ハマナカ手芸糸

 アーケードなき商店街のテントの軒下にそれはありました。
Hamanaka1 Hamanaka2  “旭化成 ♪ ハマナカ手芸糸”。このサウンドロゴは妙に残ってますわ。あれは確か…そう、テレビ番組“スター千一夜”が旭化成グループの一社提供で、そこでよく耳にしたから未だに残っているのでしょう。とは言え番組自体の内容はまぁ覚えてませんけど。
 ハマナカ、HPを見ますれば創業者が「ハマナカは毛糸屋じゃない、手芸屋だ」と言ったとあります。看板に“手芸糸”とあるのもその思いの表れでしょう。時代を先取りしてはったんですね。
 で、てっきりずっと旭化成の製品が“ハマナカ手芸糸”なんやと思ってましたが、ハマナカ(当時は濱中商店)と旭化成が協業してやっていたみたいですね。いつかはわかりませんでしたが今はどうやら協業関係にはない模様です。

(於:城東区) 「既製品買った方が安なって手芸やめた」とかつて親が言ってました。何か沁みるな。

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2021年4月12日 (月)

昭和なプラ看板 225 ● フジパン

 まだまだ見かける看板ながら表と裏、劣化速度の違いが見事やなぁ思いまして。
Fujipan1 Fujipan2  名古屋発祥の全国ブランド、フジパン…業界三位のパン会社とのことながらもひとつ我がの人生の中でフジパンを食したなぁって覚えがなくて。まぁマクドナルドのバンズがフジパン製らしいですから勿論食べてはいるのですが。
 その昔、福井あたりに行きますと同じ様に赤地に白文字ですがロゴの違う“フジパン”の看板を見たもんですが、こっちは同じブランドながら福井の地パン“フジパン工業”のものでした。調べますれば2000年にフジパン提携会社のタカラ食品の吸収されその後、いわゆる“フジパン”の製造をしていたみたいです。共に同じブランド…フジパンにしたらフジパン工業の存在は悩ましいことやったかもしれませんね。
 で、いちいちの説明は不要かと思いますが劣化しまくりのが南向き。太陽光はこないにキツイもんなんやなぁと思うと、ベタついて気色悪いUVカットのローションも塗った方がええってことですなぁ。

(於:松原市) 昔、“黒んぼ大会”ってあったけど…ねぇ。

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2021年4月 2日 (金)

昭和なプラ看板 224 ● SUNTORY CHAIN OSAKA

 近鉄は河内松原駅近くにこんな看板が残されていました。
Suntory_chain1 Suntory_chain2  ストリートビューで見る限りかなり前に廃業された風情のそのお店、サントリーチェーンを謳うと言うことはバーだったんでしょうか…って言うのは昭和の話。きょうびでしたら「健康食品の店やったんちゃいます?」と言いともなりますなぁ。あと、お茶とか水とか…まぁよろしいわ。
 とは言えこのいかにも往時のサントリーのウイスキーなマークですから…ね。調べましたけど、もひとつこのサントリーチェーンはわかりませんでした。トリスバーは聞くも…ってあぁ、そや、その昔、阪急東通商店街あたりやったか、サントリーもんしか置いてないバーに連れに連れて行ってもらったことあっなぁ…そや、ヤスハルと一緒やったんや。店内にはアンクルトリスの置物なんかもあったけどあの店、まだあるんやろか…と言うことよりヤスハルが気になってきましたがな。急におらん様になってもう…四半世紀。飲み歩いてたあの頃が新コロ蔓延の日々には余計に懐かしいて。

(於:松原市) 阪急東通商店街奥の正宗屋もヤツに教えてもろてよく行ってたけど知らん間になくなったなぁ。

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2021年3月20日 (土)

昭和なプラ看板 223 ● サンデン ロータリー カーエアコン

 見た目はきれいな状態ながら、その内容がいかにも昭和な感じ。
Srca1 Srca2  まぁ今でこそクルマにエアコン標準装備が当たり前ですけど、その昔はクーラーもエアコンもない時代がありました。そのうち高級車は当然、普通車などにもクーラーが付き出して、軽自動車やら商用車は随分後々まで夏場は暑い熱い状態が当たり前でした。
 で、その頃、後付けのクーラーなりエアコンってもんが売っていて、そのひとつがこのサンデンのこれ。40年ほど前にはよくそこの“ロータリーカーエアコン/カークーラー”のCMがラジオから流れていたのを思い出しました。確か…ナイター中継の合間によく耳にした記憶があります。
 調べますればサンデンは今もカーエアコンの製造を手がけている様ですが、自社ブランドでの展開はしていないみたいです。まぁどんな形であれ生き延びているってことは品質に裏付けされた信頼があるからなんでしょう。しかしながら…幼少期、夏休みとか親にクルマで海とかに連れて行ってもらったときは、ホンマに車内暑かったですわ。“三角窓”の存在がどれだけ有り難かったか。ま、若い衆にはさっぱり理解できんことやろと思いますけど。

(於:東大阪市) 550cc時代の軽自動車は…クーラー効かすとじつにパワー不足になったもんですわなぁ。

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2021年3月10日 (水)

昭和なプラ看板 222 ● セメダイン

 ここにある“セメダイン”は社名であって商品名ではなさそうです。
Cemedine2 Cemedine1  社名もそれであるものの、やっぱりセメダインと言えば“セメダインC”と記された黄色いチューブのを思い出すのは私だけではないでしょう。昔は何でもかんでも紙以外で工作するときはセメダインを使ってたもんですが、気がつけば長いこと使ってないです。
 もちろん色々ある他のセメダイン製品は使ってはいるものの近年は「やっぱり大阪の会社の使お」とコニシの接着剤を選んで使ってますなぁ。
 かつての記事にも書いてますが幼少期は「セメダイン」と言ってたもんです。ただ単に“言いやすい”からみんなそう発してたと思っていたのですが、どうやらそやなくて、かつての英国製の接着剤“メンダイン”が市場に出回っていて、当時のセメダインの会社がそのライバル品(模造品ちゃう?)を造って売り出し“セメダイン”と名付けたという経緯からメンダイン+“セメダイン=“セメンダイン”と言われて今に至ってるって事らしいですけど…もう一世紀以上前のことやと思うと「ほんまかいな」な様な気もします。
 “セメダインC”と思っていた商品の正式名称はただの“”やとかセメダインの命名由来とかその辺のことは色々面白いです。詳しくはwikiニッポン・ロングセラー考vol.18 セメダインC”をご覧ください。

(於:生野区) 微妙にただの長方形にあらず。左上、右下だけ面取りしてあるで。

※関連記事:
セメダイン臭のぬか床、カナンわぁ』 2009年5月 記
セメダイン?いやセメンダインと言うてたなぁ』 2008年4月 記

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2021年2月28日 (日)

昭和なプラ看板 220,221 ● ホンダショップ / アラヤのツバメ自転車

 自転車屋さんに始まり、バイクに自動車にと世間の発展に沿って手を広げていってはるであろう雰囲気の町の自転車屋さんに何とも味わい深いプラ看板がふたつありました。
Hondaraya1 Hondaraya2  陽に焼けてもう味わいの域を超えてしもてる感もありますが、何とも言えんその状態が何ともこころに沁み入ります。色褪せどころか色が抜けてしまった上の看板に残るは“ホンダショップ”の文字。見たことある様なない様な…とネットで調べますとほぼ新品の状態のものがオークションに出された様で、それを見るとむかしどこかで見た記憶が蘇ってきました。幼少期に見たピカピカがこないなる…我もこんな風情になってるんやなぁとうん、感傷的な気分になるってもんです。
 そしてもうひとつ、下のはツバメ自転車の看板。これは初めて見ました。◯部分だけでも充分シンプルながら味わいがありますが、やっぱり飛ぶツバメのマークに合わせた形になっているところに時代を感じます。こちらもネットで調べますとほとんど劣化していない状態のものがアップされていました。それと比べるまでもなく、こちらは色抜けと言うよりくすんでしまって…まぁこれも味わい。きっとこちらも同世代でしょう…って我より若いかもしれませんが。ツバメ自転車のことは、以前の記事昭和なプラ看板 73 ● ツバメ自転車に記してありますので、興味ある方はそちらをご覧ください。
 雨風に太陽光にさらされても本来の使命を果たし続ける…アーケードや軒に守られるそれとはまた違った趣きでええもんです。「こんな風になれるのかいな」…ついつい自分と比べて見てしまうふたつのプラ看板でした。

(於:生野区) 近所のカンジくんがツバメ自転車乗ってたわ。どうしてるんやろなぁ…

※関連記事:
昭和なプラ看板 73 ● ツバメ自転車』 2013年3月 記

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2021年2月18日 (木)

昭和なプラ看板 219 ● 全国珠算教育連盟

 その形状からすぐにわかるってもんですわ。
Zskr1 Zskr2  そう、ソロバン塾の看板です。思えば以前にも珠算モンのプラ看板を取り上げたなぁ…と探しますと12年前の記事にありました。ですが法人名が違います。この写真ではちと判りにくいですがこれは“珠算教育連盟”で前のが“珠算協会”…ちょっとちゃいますねー。
 調べますればこの業界には“三大珠算団体”があり、それぞれ“日本珠算連盟”、“全国珠算教育連盟”、“全国珠算学校連盟”と名乗っているとか。ややこしなぁ…名称似すぎ。で、前回の“大阪珠算協会”はその中の“日本珠算連盟”の下部組織であって、今回の連盟とは違うってことです。詳しくは子どもから大人まで!そろばんマニュアルというサイトにある“3大珠算団体の違いについて”の記事をお読み頂くとして、各団体きっと張り合ってることやろなぁと思えばそうでもないみたいで“全国珠算教育団体連合会”と3つの団体を束ねる(?)組織もある様です。
 過去にも記しましたけど…幼少の頃習いに“行かされて”いたソロバン。全然興味なくさっさとヤメましたけどきっと続けてたらまた違った人生があったんやろなぁとしみじみ。まぁ別に今の生き方が気に入らんってことではないんですけども、ね。

(於:港区) 中央にあるマーク…ちょっと放射線のそれみたいに見える。

※関連記事:
昭和なプラ看板 24 ● 大阪珠算協会』 2009年4月 記

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2021年2月15日 (月)

枠だけ残り昭和感増しマシの元プラ看板

 朝から雨ちらほら。現場仕事の昼休憩の散歩中もしかり。昭和が色濃く残る町並みで見上げれば天候の悪さも手伝って…侘しい光景が。
Wakudake1 Wakudake2  これも例の強風の台風で吹っ飛ばされたんでしょう、プラ看板の枠だけが残されています。残された二本の蛍光灯がなおしみじみした気分を増長させます。ストリートビューで過去を見ますとそれは白鶴の広告入りの“割烹”の看板。そうなんや…ますます昭和を感じ入り諸々深くまで沁み入るのでありました。

(於:東大阪市) 昼食は超久々の光洋軒…思えば緑のおっさん登場以降行ったことなかったかも。

※関連記事:
枠と蛍光灯だけ残されたプラ看板の残骸。』 2013年3月 記

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2021年2月 4日 (木)

昭和なプラ看板 218 ● 大阪府鮓商環衛同業組合貟

 そう言えば見たことあるかもしれんなぁ程度で具体的にどこで見たとかも思い出はなですなぁ。
Sushi1Sushi2 昔一膳飯屋でよく見た“めし”パターンで“すし”と赤地に黒で堂々と記された寿司組合の看板です。上部には“大阪府鮓商環衛同業組合員”の文字。その前にある目玉っぽい意匠は“すし”を図案化したものですね。最後の“”が“”と俗字になっているのも昔っぽくてええ感じ。ですけど食欲をそそる看板かと問われれば…否かなぁ。
 大阪府鮓商環衛同業組合…この名の組合は現存しない様子。よく似た名の“大阪府鮓商生活衛生同業組合”というのがありますので、たぶん組合名が変わったのやないかと思います。
 で、ですわ。一昨日の節分には恵方巻ってことで巻き寿司を食べはった方も多いかと思いますがこの風習、海苔業界が(昭和52年から)仕掛けたというのは某たこ焼き屋さん社長から聞いたことがありますがそれよりもっと以前にこの“大阪府鮓商環衛同業組合”が販促の一環として巻き寿司いっき食べの風習を復活させたのが始まりとも言われているそうです。ま、一応今年も食べましたが恵方向いて食したのはひとくちだけ。こころのどっかに「あほらし」ってのがあってね。

(於:阿倍野区) 残念ながらこちらのお店はもう廃業されている様子。

※関連記事:
“めし”?いや、『ねじ』。』 2009年8月 記

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2021年1月22日 (金)

昭和なプラ看板 217 ● ロバートブラウン / キリンビール

 西高野街道沿いの酒屋さん。強烈な太陽光浴び続けたのか透明化しつつあるプラ看板がひとつ。
Rb1 Rb2  片面はほぼ色抜けて裏面の文字が透けて見えてます。裏へ回るまでもなく読めるその字は“ロバートブラウン”。蒸留酒にあまり関心がないモンでもまぁ知る銘柄ですわ。確か“キリンシーグラム”なる合弁会社が手掛けるウイスキーですかね。
 で、ほぼ完全に抜け落ちた面には何と書かれていたのか。上部に超かすかに残るえんじ色の雰囲気からすると…と思いつつストリートビューで2010年の図を見ますとやっぱりそこには“キリンビール”の文字。しかしまぁここまで色抜けするとは…って感じです。
 で、ロバートブラウン。1970年代の発売当初はスコッチ原酒をもとにアメリカでブレンドしたものを輸入して売っていたそうです。ただし現在は国産原酒80-90%を用いて他を海外産でまかなっているとか。ま、詳しくはキリンのサイトをお読み頂くとして、ふぅん、そうなんかって思いました。

(於:堺市北区) 嫌いやなもののやっぱり蒸留酒はキツイねんなぁ。

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