プラ看板

2026年4月10日 (金)

かつての大阪酒 14 『都菊』 肥塚酒造(株)   昭和なプラ看板 363 ● 灘の生一本 ミヤコキク

 「ええプラ看板やぁ」と思うも“昭和なプラ看板”枠でいくか“かつての大阪酒”にするかで迷っているうちに月日は流れ、いま「そやっ、両方にしたらええんか」ってことで記事化しました。
 いやぁじつにええ看板。いかにもこの手の看板が残っていそうな昔ながらな店舗の軒下にこれがありました。
Miyakokiku1 黄ばんだベースに堂々“ミヤコキク”。前にはこれまた懐かしのフレーズ“灘の生一本”。ちなみになぜこの“灘の生一本”が世からほぼ姿を消してきまったかというと“生一本”とは「混じりけのない」の意味ゆえ、純米しかも原酒にしか使えんという解釈となり、アル添糖添などの普通酒や灘以外の酒をブレンドに使っていていては“灘の生一本”を名乗れなくなったからでした。ちなみに現在は“原酒でなければならぬ”という縛りはなくなったみたいですね。かつてはこの黄金のフレーズ“灘の生一本”欲しさに、地方蔵が灘に進出したり、瓶詰法人を灘につくったりした時期があった様です。
 で、この“都菊”ですが、これは元々大阪は堺のお酒。こちらも戦後、灘は魚崎に蔵を移していますが、どうやら堺の工業地帯に生まれ変わって良い水の確保が難しくなった為の移転と言われている様です。酒は当然、醤油や酢も盛んにつくられる銘醸地やったとは、今の堺からは想像できませんね。
 堺に蔵を構えるは明治期からで、創業は安政年間、長崎で。より良い酒を醸したくて何度か移転しはったんやなと思うと“灘の生一本”のフレーズ欲しさ…の移転ではなかったのでしょう。残念ながら昭和53年、蔵を剣菱酒造に譲渡し近くの魚崎酒造の蔵へ移転の後、数年で廃業された様です。
Miyakokiku2  ちなみにこのお店、Googleの情報では“閉業”となっていますが、“〜かっしゃん〜”というサイトがあり、そこを見るとまだやってはる様子。ちなみにこちらは酒屋さんにして駄菓子屋さんでもある様です。

・都菊:肥塚酒造株式会社
    神戸市東灘区魚崎南町四丁目13−22(旧:魚崎酒造の場所)
移転前1:神戸市東灘区魚崎南町四丁目3−21(現:剣菱酒造中蔵の場所)
移転前2:大阪府堺市熊野町(合名会社肥塚商店)

(於:堺市西区)人気ブログランキング この酒屋さんには“菊千歳”の琺瑯看板もある…堺にとって大事なお店。

※関連記事:
“金露・新泉・都菊” の看板残る酒屋さん』 2019年4月 記
堺に残る新泉、金露、都菊、アサヒビールの看板に思う。』 2013年11月 記
昭和なプラ看板 25 ● 清酒 都菊』 2009年4月 記

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2026年4月 9日 (木)

午前7時の上本町五丁目3

 所用のため早起きして電車乗ろと上本町駅へ。朝日に照らされた街の光景は凛としていてドラマチック。ふと目に入った町名看板まで陰影増して立派に見えます。
Uego3a Uego3b  そうそうやっぱりアルミ製のは凹凸あって味わいありますなぁ。ツルッとしたプラ製ではなんの感動もなかったことでしょう。
 念のためにストリートビュー見とことチェックしますれば…あっ、ここ6年ほど前まではプラ製やった様子。どうやらアルミ製の上にプラ製が貼られるも経年劣化で使い物にならん様になって剥がされたみたいです。何とも情けない話やねぇ…って、その方がアルミ製再登板の可能性がでてきいてええんですけど、ねぇ。

(於:天王寺区)人気ブログランキング プラ製で覆われて長年息苦しかったことやろなぁ…

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2026年3月30日 (月)

昭和なプラ看板 362 ● トヨタ カムリ / カローラ

 “◯にトヨタ”も懐かしいですけど、ここにある“カムリ”もええ加減懐かしい車名…と思いましたけど、検索すると世界規模では現在も、国内市場においても近年まで売られていたとのこと。そうなんか…って、そもそもクルマに詳しないもんで。
Corollakyoto1 Corollakyoto2  それでも“カムリ”は“”からの造語やということぐらいは知っています。ちなみに裏面にある“カローラ”はラテン語で“花冠”の意味とか。クラウンが“王冠”でコロナが“光冠”…そういうことね。
 それなりに状態は良いものの、赤い部分だけモワモワに剥げかかっていますけど、これも味わいのひとつかな。下部にある文字、特に“協力店”の部分まで独特なフォントを使っていて…時代を感じさせます。

(於:京都市中京区)人気ブログランキング トヨタイムズ”のロゴに旧社章のテイストが生きてるな。

※関連記事:
昭和なプラ看板 195 ● トヨタ コロナ / マークⅡ』 2020年1月 記
昭和なプラ看板 101 ● 大阪トヨタチェーン』 2015年1月 記

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2026年3月18日 (水)

昭和なプラ看板 361 ● セキスイ エスロン雨とい

 先のカラーベストの看板の下にこれはありました。
Eslonamatoi1 Eslonamatoi2  奥ゆかしくひっそり佇んでいる様子がええ感じ。苔というか垢が付くも色合いはそれなりに鮮やかであまり劣化していないのは、竹藪が直射日光を遮っているからかもしれません。
 ま、見ての通り積水化学工業が手掛けている“雨とい”の看板で、その前にある“エスロン”はどうやら同社が手掛けるプラスチック製品の商標の様です。
 同社の雨どいは1956年に誕生したとか。ちなみにライバルのパナソニックのそれは1958年ということです。
 幼少の頃はまだまだブリキ製のトユ…そうそう、今でこそ“雨どい”と言いますけど昔は“トユ”と言ってました…って話それましたが子ども心に昔ながらなブリキ製のヤツに塗装を施したヤツの方がええなぁと眺めていた記憶が蘇ってきました。うちのトユは緑色でお隣さんとこは小豆色でどっちも無光沢でしたけど、あれは…劣化して光沢を失っていたのかもしれません。懐かしいなぁ。
 ま、ともあれエスロンの雨どいのおかげで錆びずに長持ちになったということですね。有り難いことです。

(於:三重県名張市)人気ブログランキング セキスイと言えば昔は“てんとう虫”がシンボル的に使われていましたけど最近はどうなんやろ?

※関連記事:
昭和なプラ看板 316 ● エスロンパイプ』 2024年9月 記

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2026年3月12日 (木)

アクリル看板に染み出す昔の顔

 これはアカンのちゃいますか。
Retriever1 Retriever2  「何が?」ってほれ、この会社と違う社名や電話番号が浮き出してますやん。
 これは気ぃ悪いんちゃいますかね…と思いましたけど、案外「まぁ天地逆で出てきてるし、ええんちゃう」と静観してはるんかもしれませんので他人は、純粋に愛でてたらええのかもしれません。
 裏面もやはり同様の状態に。ま、こっちは天地も逆やない上に、自社の社名が浮き出てますからまぁ、良しともいえますか。
 よく見ると、看板の表面がヒビだらけ。多分これはカッティングシートが劣化した結果こうなったんでしょう。
 切り文字を貼るスタイルにほとんどの看板が移行してどれくらいの年月になるのか、いま“見頃”を迎えているヒビヒビのチリチリ看板が街のそこここにありますね。ペンキのそれに比べるともひとつおもろないとも言えますけど、それなりに“こんなはずやなかった”感が漂っていてええ感じ。そのうち見苦しなりますこと思うと今が旬とも言えます。

(於:東大阪市)人気ブログランキング 値切った結果なんか看板屋さんの仕業なんか…

※関連記事:
立体看板使い回し』 2025年4月 記
むかし布施市横沼二丁目11、いま東大阪市横沼町二丁目7-10。』 2025年3月 記
看板乗っ取り』 2023年3月 記

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2026年3月 9日 (月)

昭和なプラ看板 360 ● クボタ カラーベスト

 竹やぶの脇でひっそりと佇むプラ看板。
Colorbestos2 Colorbestos1  かなり年季の入った状態。よく見れば下の方には“久保田鉄工”の文字があります。歯車の中に“久”とある旧社章が懐かしいですなぁ。この“”ですけど長いこと“”が斜めになっていると思っていました。
 で、この看板はクボタの“カラーベスト”のもの。それは住宅用スレート屋根材で1957年に製造が始まった様です。
 その後2003年、クボタ松下電工の外装建材事業が統合され、両社が半分づつ出資するケイミューkmew=Kubota Matsushita Electoric Worksか?)へ移管されています。
 “スレート”と聞くと、石綿(アスベスト)問題が気になるところ。調べますれば、現在の製品には当然使われていないものの、2006年以前の製品には使われていたとか。そうか…クボタの尼崎にある工場周辺で同工場が原因とする中皮腫患者が多数でているという社会問題(クボタショック)は、この“カラーベスト”も関係していたってことやったんですね。
 で、なぜスレート板の屋根材の商標が“カラーベスト”なのか、調べますれば“カラー”はもちろん“色”のことで、“ベスト”は“アスベスト”の“ベスト”であるらしいですが、今では“Best”のことやと説明しているそうです。

(於:三重県名張市)人気ブログランキング ダイキンのPFAS問題も大概ショックやが…

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2026年2月27日 (金)

昭和なプラ看板 359 ● 贈りものに 松竹梅

 関根デッカオ氏との月例、今夜は布施で。
 谷町九丁目駅で乗り換え千日前線の車両に乗り込みますれば座るデッカオ氏がそこに。
 何となく互いにこころの準備ができてへんやん…って感じ。
 てなこと思いつつ小路駅で降りて東へ15分、いや20分ほど歩きますれば酒屋の軒先に丸くてかわいい(?)プラ看板が光ってます。
Shochikubai6 Shochikubai7  いいなぁこれ。真ん中に配されている菰樽がめでたい感じがしてよろしいなぁ。そのめでたさ、まさに“松竹梅”にふさわしいですわ。
 もちろんこちらのお店が一軒目。アサヒの瓶ビール飲みつつ目の前にある関東煮が気になって「このチクワください」に「(ほんまに)これでええの?」と女将さん。もちろん「それがええねん」。なんせね、きょうびあんまり見かけんほどの煮え煮えの黒さやったもんでね。
 懐かしいなぁ。昔は関東煮と言うたらそないに高尚な食べモンでもなくて黒くなったのが普通やったなぁと思いつつ松竹梅の燗酒呑んで…よろしいなぁ。ちなみにそのチクワ、美味しい言うてもちょっと練りモンとしては味が抜けた気もしましたが、それええんです、いや、それ、ええんですよ。
 で、松竹梅がどやったか?って、これがあんまり記憶に残りませんで。そのあっさりさ加減がええんですよきっと。ちなみに見てましたら、一升瓶の松竹梅をヤカンにトクトク、それを直火で温めて魔法瓶に入れてはりました。
 そのワイルドさ、大昔に東三国駅高架下の屋台で呑んだ“大盛力”のとき以来かな…っていやいやもうひとつありました。大阪府下の某酒蔵の会所部屋でおやっさん(杜氏)が用意してくれた燗酒もこのスタイルでしたなぁ。どれも美味しかったこと思うと“湯煎やないとアカン”とか難しいこと考えんでもええってことかもしれませんで。ま、邪道なんでしょうけどもね。

(於:東大阪市)人気ブログランキング 立ち呑み二軒に座り一軒どこもええ店で布施大気に入り。

※関連記事:
松竹梅は、ほんまに一升5円の高級酒やったんや。』 2013年11月 記

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2026年2月19日 (木)

昭和なプラ看板 358 ● セキスイかわらU

 尼崎市某所で仕事して帰路、晴れ渡った空を見上げますれば何とも古びたプラ看板がひとつ。おしゃべりな同行者との話テキトーに交わしつつカメラ取り出し一枚二枚。
 ええ加減な返事もし続けられんので現場ではあんまり鑑賞することなく家に帰って改めて確認。それはセキスイの“かわらU”の看板でした。
Kawarau1 Kawarau2  セキスイと言えばエスロン名で雨どい(とゆ)で知られていますので“瓦”を手がけてはるのはまぁ当然やなぁと思うも現在では撤退してはるとのこと。
 軽量セメント系の瓦セキスイ“かわらU”、調べますれば昭和40,50年代に普及したものの、石綿(アスベスト)が使われているのが問題になりその後、石綿不使用のものに変更されるも、経年劣化の検証に時間をかける余裕がなかったのか耐久性が大いに問題になり平成25年に完全終売に至ったとのことです。
 石綿問題もさることながら、石綿不使用版の劣化も結構問題になっているみたいで、この“かわらU”を検索すると、これで葺いた屋根の補修やらリフォームを扱った記事がたくさん出てきます。そうか…なかなかお騒がせな新建材やったんですね。
 そんなすっかり過去のモンとなっている“かわらU”を今も宣伝し続ける…なんと気に毒な看板やこと。こんな高いところに設置されて…下々の評判なんか聞こえへんのでしょうなぁ。

(於:兵庫県尼崎市)人気ブログランキング 樹脂製の瓦もいずれボソボソに劣化しそうに思う…まぁ素人目線ですけど。

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2026年1月29日 (木)

昭和なプラ看板 357 ● 三菱えんぴつ/三菱ボールペン

 過日画像の整理をしていると、10年前のファイルに地味ながらええ感じのプラ看板のそれが出てきました。
Mitsubal Mitsuen  それなりに色褪せるもロゴの感じからするとそないに古くないものかもしれません。表と裏はそれぞれ三菱のえんぴつとボールペンの看板。ついつい三菱と言えば鉛筆のイメージが強くてあんまり使った記憶がないかも…ってパイロットやゼブラと鎬を削ってるそうなんで使ってるんでしょう知らん間に。あの、ネチっとした書き味のBICのボールペンはすぐに「ビックちゃうか?」と思うモンですけど…って確かもう廃盤になったんでしたっけ、あのオレンジ色のやつは。
 幼少期には三菱のuniやらuni-Pというちょっと高級な鉛筆買ってもらったのに…なんも勉強せなんだのが悔やむ…いや親に申し訳ない気分はいつまで経っても消えんもんです。
 てなこと思いつつ調べますれば今では“uni”は今では“企業全体のブランドマーク”になっていて、一部のボールペンにも“uni”は使われているとのことでした。
 “三菱”と付くも三菱財閥とは関係ない話などは、以前の記事(昭和なプラ看板 317 ● 三菱鉛筆)をお読みください。

(於兵庫県姫路市)人気ブログランキング こちらのお店の屋号が“◯◯紙袋店”。昨年までは確実に営業されていた風情ながら…

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2026年1月19日 (月)

昭和なプラ看板 356 ● ニチバン接着テープ

 土曜の仕事分の納品で京都は北山へ。天気は春っぽい陽気。珍しく気忙しかった日々も落ち着いてきたこともあって今日はちょっと歩こと市中を南へ西へ行きますればええ看板がカイヅカイブキに隠れてからに。
Nichiban1 Nichiban2  ちょっと昔の日産の看板っぽいですね。そう言えばナショナルやコクヨも赤白青を使っていたこと思うと、’60年代の流行りやったんかもしれません。
 “ニチバン”…私はてっきり元々“創膏”てな社名で“ニチバン”と改名したんやと思い込んでましたが、wikiによると旧社名は“日絆薬品工業”であるとのこと。その旧社名はと言うと「本を代表する創膏会社になることを願って」命名されたとか。へぇ〜って感じ。元々は戦中の企業整備令に伴い全国25社が昭和19年に合併して生まれたそうです。
 とまぁ絆創膏主体の医療用品を祖業とするニチバンですけど、事務用品でも欠かせない品々を世に送り出してはります。中でもやっぱり“セロテープ”。大元はアメリカ3Mが1930年にセロファンを用いて開発したもので、ニチバンが1947年、国産化に成功。“セロテープ”として売り出すも、同様の製品がすぐに世間に出回ってしまって一般名詞化し、“セロテープ”の商標登録化には随分年月を要したそうです。ちなみにセキスイも“セロテープ”を名乗っていますが、これは“セキスイセロテープ”が商標であるから問題ないとか。なんか…釈然としませんわ。
 で、この看板には“接着テープ”とありますので、きっと事務用品や梱包材を商うお店の看板やと思います。
 最後に最近知った話ですけど、長年“救急絆創膏”と言えば“バンドエイド”が国内の市場占有率で絶対的な一位やったそうですが2024年、ついに首位陥落。そしてニチバンの“ケアリーヴ”が一位になったそうです。とことん使い手の意見に耳を傾け改良を加えて世に問うと、高価格でも市場に受け入れられるんですね…もちろんかなりの年月がかかったそうですけど。
 祖業をおろそかにすることなくコツコツと…ケアリーヴ日本一は、まさに“本を代表する創膏会社”になった証でもあると言えるかと。なお“ケアリーヴ”大躍進のことはプレジデント・オンラインの記事“ついに「バンドエイド」を抜いて首位…老舗ニチバン「はがれにくくはがしやすい」実現した粘着テープ会社の意地”をお読みください。

(於:京都市中京区)人気ブログランキング 大塚製薬の傘下なんやなぁ…

※関連記事:
ニチバン“セロテープ”』 2015年6月 記

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