いさ下てし落度速
昨日の仕事帰り、安治川大橋で港区へ渡ろと歩いていますと…ん?一瞬何書いてあるんかわからん看板がそこにありまっせ。
ほれっ、見ての通り“いさ下てし落度速”。
「あっ、右から読むねんな」と気づいてもなおその内容が完全に理解に至らない…ってアホでっか。そうでんな。
新しくはないものの、戦前に付けられたものでもないこと思うと…そうか!高齢ドライバー向けってことですか。お年寄りには瞬時に理解してもらうことが何より重要やってことでしょう…って、きょうびの年配者でも右から読みませんわな。
下には“会議協営運理管場広(43)”これもわからん。まぁこれも右から読んでナンボやとしても瞬時にはわからん。アホでんな。
で、ですわ。この“(43) ”これがひっかかるっちゅうもんです。ここでいう“43”はこの上を行く国道43号線のことかと思うんですけど、右から読ますんやったら“(34) ”にせなアカンのちゃいますの。
これは手に負えん。ってことでGoogleのAIモード(ジェミニ)に訊いてみましたところ
「数字(特にアラビア数字)は戦前であっても左から右に読む(書く)のが国際的な基本ルールだったから」です。
とのこと。そうか…なるほど。と言うことはこれでええっちゅうことですな。けど…げせんなぁ。そやっ、そもそも本気でゆっくり走って欲しかったら“徐行”と縦書きでドンと書けばええんですよ…では、こんな記事にもできなんだんやなと思うとよくわからん様になってきましたのでこの辺で。
関連記事:
『 !! 中 集 募 者 用 利 』 2022年1月 記
『話題のターャジス』 2018年9月 記
『“いさだくてけ開てっくめをここ”』 2016年12月 記
『.DTL,.OC ARAHATにamisutaM。何や?』 2013年12月 記
『“IXAT(阪大東)”でUSIBEYやて。』 2012年1月 記
『ャシーネガ ・ ガネーシャ』 2011年3月 記
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コメント
関西のラジオでは長らく時報前の定番だった名古屋めいらくの「ターャジス」…表示の営業車は最近目にしませんが、運送屋さんのトラックでは「右→左」読み、未だによく見ますね。
投稿: かねとしがばなー | 2026年6月14日 (日) 18時04分
●かねとしがばなーさま
スジャータの時報枠ですが、かつて小林脳行だった時代がありますよね。サニボンFとかバスタニックとか…
個人的にあのメロディが大好きで当時の音源をカセットテープに録ってあるんですけど、肝心の再生機が手元にない状態です…って、あったとしても聞き返すにはまだ早いと思っていますけど。
で「右→左」読み、タクシーなんかも当然の様にマンマですね。スジャータも“ターャジス”のままでよかったのにと思います。何しろこの様に話題にしてもらえるだけで充分宣伝効果あるわけですからね。
コメントおおきにです。
投稿: 山本龍造 | 2026年6月14日 (日) 20時43分
懐かしいですね小林脳行。モスノーやらバスタニックって記憶の奥底で消えずにあるもんですね。
ところでなぜ脳なのか、と思ったら、多分ですが樟脳製品作ってたからなんでしょうね。
では、樟脳はなぜ脳なのか、と思ったらこういうのがありました。
https://www.njs-kk.com/blog/staff-blog/2023-05-14-07-31-116
樟=クスノキで、それの中心(=脳)をなす成分だから、みたいな感じでしょうか。
投稿: 埼玉熱寒 | 2026年6月17日 (水) 20時56分
●埼玉熱寒さま
わっ、“小林脳行”の方で反応頂いて…ビミョーに嬉しいですね。
で、お教え頂いたサイトを見てきました。
そうか…全然知りませんでした。樟が楠ということもです。
ちなみに高校生時分だったか、ペンネーム的に“小林悩行”と“悩”にしていたこと思い出しました。
悩みまくってましたからねー、10代は。
って、まぁ今も山本龍造ヤメて小林悩行でもええんですけどね。
久々のコメントおおきにです。
投稿: 山本龍造 | 2026年6月21日 (日) 10時39分