使い回し、農協の啓蒙看板。
過日大和郡山で“交通安全 町づくり”の啓蒙看板を見かけました。
久々に見るそれは、かなり色褪せ昭和の子どもが手をあげてる絵しか判別できん状態。まぁ…そらそうかなぁと思いつつ近寄りますれば下の広告部分の字がダブってますわ。
何と書いてあるんかもひとつわからんなぁと思いつつ「とりあえず撮っとけ」。帰宅後モニタでよく見ますとここ、“片桐農協”と“太子農協”の両方が書いてありますわ。
調べましたところ、どっちも現存しない農協で、片桐農協はいま“JAならけん 片桐支店”となっているとのこと。そして“太子農協”、こちらは大阪府下の“JA大阪南 太子支店”となっているみたいです。
小さな農協が合併していく中でこうなったのは理解できますけど、都道府県を超えてこんな看板まで融通しあってるとはちょっと驚き。かつては大阪府南河内郡太子町で使われていた、もしくは使うつもりだった看板をここ大和郡山市に持ってきて書き換えて使ってるってことでしょう。それだけ全国の農協の結びつきは強いってことですかね。
で、ですわ。つい最近、Twitterでこの手の投稿を見たで確か…と調べますれば、“ポコポコマン@昭和30〜40年代探しの旅”さんの記事にやっぱりありました。“八尾市福万寺町訪問”という記事の中の一枚に、まさしくこの、農協の組織名を変えたスタイルの“交通安全 町づくり”の看板が載っていました。そこにあるのは“忍海農協”と“三野郷農協”のふたつ。これも共に現存しない農協で前者が奈良県下の、そして後者が大阪府下のそれと、今回取り上げた看板の移籍とは逆のヤツでした。
まぁ農協同士ですとこんなもんなんですかね。ただ看板屋さんがこういう使い回しをしてはっただけのことかもしれませんけど。
(於:奈良県大和郡山市) すっかり“農協”死語化してるけど、JAはJR同様使いたないコトバや。
※関連記事:
『一番町15で手を上げ続ける昭和の子』 2021年11月 記
『横断歩道で手を上げ続けて四半世紀以上かな』 2014年6月 記
| 固定リンク | 5
「看板」カテゴリの記事
- 使い回し、農協の啓蒙看板。(2026.06.17)
- いさ下てし落度速(2026.06.13)
- 初夏の息吹にマルフクひとつ(2026.05.31)
- 奈良縣プロパンガス販売許可店之證(2026.05.19)
- そば うどん さぬき(2026.05.11)
「小発見」カテゴリの記事
- 本町二十丁目439、午後1時53分。(2026.07.10)
- 古い民家に♡ある(2026.07.04)
- 宿の食事会場の絵、値札付いたまま。(2026.06.21)
- 使い回し、農協の啓蒙看板。(2026.06.17)
- 華表神社の玉垣、沈み込む図。(2026.06.15)
「大阪、京都以外」カテゴリの記事
- 昭和なプラ看板 373 ● キリン/SUNTORY/白雪/日本盛/メルシャン/美酔(2026.07.11)
- 古風な室外機に同世代や思うも…(2026.07.05)
- 昭和なプラ看板 372 ● コクヨ事務用品(2026.07.02)
- 猪名寺一丁目10のエコ文化(2026.06.30)
- たるみシワ壁(2026.06.25)






コメント