ペプシ300
今日もペプシ、いっといきましょか。
先日の仕事、駅から現場の行き帰りの一部は旧街道っぽい道を歩いたんですが、そこをでこれに出会いました。
わぁ懐かしの“ペプシ300”。そうそうこれこれ。
昨日の記事でも触れましたがペプシの関西での販売権が伊藤忠飲料からセブンアップ飲料(関西)(後のチェリオ関西)に移って生まれた商品がこの“ペプシ300”。伊藤忠飲料時代は192ml入りとコカ・コーラより“2ml”多かったもののたった2mlでは誰も見向きせなんだんでしょう。
結局赤字解消できずで伊藤忠飲料は1976年に解散したそうですが、その後引き受けたセブンアップ飲料は言わずと知れたあの“チェリオ”の会社。50代60代の人ならもうおわかりでしょう。そう、296ml(=10オンス)入りというドデカさで小中学生から圧倒的な支持をえていたチェリオの成功体験をペプシに応用して生まれたと思われるのがこの“ペプシ300”です。
当時は確かホームラン数で世界一になった王貞治さんがテレビCMに出てドンドン広告していた記憶があります。すっかり忘れてしもてたんですが“50円で1.5倍”てなキャッチコピーでコカに喧嘩を売っていたとのこと。結果、これが大ヒットとなり、全国のペプシボトラーが追随して全国販売になったそうです。
で、味はどうやったかなぁ。大容量で値段は同じってことで「やっぱうすいなぁ」ってなこと思った記憶がありますが、それはペプシの特徴やったみたいですね。まぁそれでもチェリオ、そしてこのペプシ300には大いに助けられたもんです。
まぁそれでもコカ・コーラとの差は埋めきれずで結局、根本的な改革となったのか米ペプシコは1997年サントリーと契約し今に至っています。
かつては判官贔屓もあってペプシ応援してたんですけど…もうええかって気分で今はコカ派に。やっぱりおいしいもんね。
しかしまぁよくもここまできれいな状態で残っていたことか。ストリートビューで調べますとここは元々酒屋さん。10数年前まではこのシールもテント下に位置していたみたいですので、紫外線から長いこと守られていたんでしょう。
あ、ちなみに左端のシールは“愛のスコール”のですね。南日本酪農協同の製品ながら、セブンアップ飲料(関西)でも瓶詰めされていました。こっちも懐かしいながら、今回は割愛させてもらいます。
(於:奈良県大和郡山市) まぁ…いかにもチェリオがかんでいた時代のペプシって感じやな。
※関連記事:
『昭和なプラ看板 365 ● PEPSI ぺプシコーラ』 2026年4月 記
『昭和なプラ看板 70 ● PEPSI』 2013年1月 記
『昭和なプラ看板 57 ● ペプシコーラ』 2012年3月 記
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