茶の湯の稽古場の主菓子の変化に、雑感。
過日、茶の湯のお稽古に用意されていた主菓子が、これ。
ひな祭りに合わせてお雛さん…ええもんです。
ですが、昨年までのものとは色合いも素材も別ものです。
以前、拙ブログで取り上げた通り、今までのものはビビッドな桃色と若葉色の羊羹を纏ってましたが、今年のは淡い桜色と水色の求肥をまとってはります。かなりの変貌ですよね。
ご製はどちらも“桜屋ヱ門”さん。ずっと稽古場に毎回四季折々の意匠を施した和菓子を届けてくれてはります。
その桜屋ヱ門さん、数年前に作られていたお方が急にお亡くなりになられ、廃業される様なことになったものの、何とか代替わりされて今に至っています。
それからも毎回、時候に合った菓子を今まで通り届けてくれてはったんですが、ここ数回「新作らしいよ」と先生から聞かされてまして、そして今回、写真の様にかなり今までとは違う路線になってきました。
この変わり様、ええなぁと思いまして。
きっと、突然の代替わりということで今までの伝統を守るのに必死にやってこられたんやろなぁと思います。実際、何の見劣りもせんものをずっと提供されてましたからね。
そこで当代、思うところあったのかなぁ。「伝統を守るためには時代に合わせることも必要やなぁ」と。その答えのひとつが今回のお菓子やと思いました。
和菓子って意外と着色料効かせてえげつないほどの色合いに仕上げてあるのが普通やったりしますけど、これがどうも時代に合わん気もしてたんです。そんな思いの中でしたので、今回の変更は「…うん、令和かも」と。まぁパステルカラーが令和とも思えませんけど、ビビッドすぎるのはやっぱり昭和な感じがしますもんね。
「毎回手の込んだお菓子作って持ってきてくれてはってんなぁ」と。正直なところ何十年とそんなこと考えたことがありませんでした。“そこにあって当たり前”が、じつは当たり前やなかったんやと。桜屋ヱ門さん存続の危機のとき「こんな時候に合ったお菓子やってはる和菓子屋さん(きょうび)ないから困ったもんやなぁ」と先生が言っておられたことが何となくようやく理解できました。
家元がおられる限り、茶道は滅びることなく続くことでしょう。ですけどそこにかかわる茶道具やらお菓子をつくる職人さんなどがおられらくなったら文化としての茶の湯は残っていかないですよね。
茶道人口が減少し続ける中、その様な職人さんが生活できなくなる日も近いかもしれんと思うとこれ、かなり危機的状況なのかもしれません。そうそう、町の茶道教室もしかり。茶道教授として生活できない状況もあるかと思えば…あぁ恐ろしいことで。月3回のお稽古、これこそ「当たり前」やと思ったら大間違いなことでした。
「時代に合わんもんは廃れたらええねん」と心のどっかで長いことそんなふうに考えてきましたけど…そやないなぁ。そんなことからあれこれ考えは巡り、恩返しとか恩送り、町工場の廃業のことなどいろんなことが朧げながら見えてきました。その話はまた別の回に。
当たり前は当たり前ちゃうっちゅうことが歳を重ねるごとにわかる。
※関連記事:
『主菓子の包み開けたら雛だらけ』 2016年2月 記
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