冬季の小路東一丁目23
何げに惹かれて一枚。
どこか儚い風情に琴線が触れたんでしょう。
とは言え何とか廃屋にならずに踏みとどまっているところに救いを感じたんかと思いつつ、ストリートビューでここ見ますれば…えっ、そんな呑気なこと言ってる場合やない物件やったんですね。
春が過ぎ夏になったら繁茂するシダまみれに身を寄せる虫の数々…近付かん方がよろしい様で。
何げに惹かれて一枚。
どこか儚い風情に琴線が触れたんでしょう。
とは言え何とか廃屋にならずに踏みとどまっているところに救いを感じたんかと思いつつ、ストリートビューでここ見ますれば…えっ、そんな呑気なこと言ってる場合やない物件やったんですね。
春が過ぎ夏になったら繁茂するシダまみれに身を寄せる虫の数々…近付かん方がよろしい様で。
“◯にトヨタ”も懐かしいですけど、ここにある“カムリ”もええ加減懐かしい車名…と思いましたけど、検索すると世界規模では現在も、国内市場においても近年まで売られていたとのこと。そうなんか…って、そもそもクルマに詳しないもんで。
それでも“カムリ”は“冠”からの造語やということぐらいは知っています。ちなみに裏面にある“カローラ”はラテン語で“花冠”の意味とか。クラウンが“王冠”でコロナが“光冠”…そういうことね。
それなりに状態は良いものの、赤い部分だけモワモワに剥げかかっていますけど、これも味わいのひとつかな。下部にある文字、特に“協力店”の部分まで独特なフォントを使っていて…時代を感じさせます。
(於:京都市中京区) “トヨタイムズ”のロゴに旧社章のテイストが生きてるな。
※関連記事:
『昭和なプラ看板 195 ● トヨタ コロナ / マークⅡ』 2020年1月 記
『昭和なプラ看板 101 ● 大阪トヨタチェーン』 2015年1月 記
町会の花見会に参加させてもらいました。
去年は寒すぎて1時間ほどで自然解散となりましたけど、今年はえらい温くてセーター着てたら暑いくらい。天気も当初の予定は雨やったのが嘘みたいに晴れて…は結構なことながら、肝心の桜がほぼまだツボミ状態。当初の予定は一週間後やったこと思うと「何で日程変更したんかいね」と思いますけど…ま、大人の事情でもあるのかもしれません。
それでも近年植えられた若い木はほぼ満開。しかも「造花みたい」と言う人がいるほどやや派手な色合いです。「やっぱり若い木は元気あるなぁ」と言ってはりましたけど…どうなんでしょ。“ソメイヨシノはクローンやから一斉に咲く”と聞いたことありますのでこれ、ちゃう品種の桜なんちゃうかなと思うも自信ありませんので黙っときました。
桜が咲こうが蕾であろうが町民同士の親睦が目的でしょうからこれでよし、ですな。それにしては参加者に若い衆絶無という現実を思うとモヤモヤとしたもんが残りますなぁ…って毎度のことですけど。 この暖かさやし一週間後では遅いんかもしれませんで。
過日、納品終えて京都市内を歩いていましたらソース屋さんを見つけました。
もちろん購入。今回は“とんかつソース”をいつもの焼きそばにして味わってみました。
レッテルに堂々の豚さんが描かれています。目や鼻にピンク色が使われていてなかなか可愛いやんと思ってましたが、よく見ると目が吊り上がっていて…怒ってますね。そら、食べられる訳ですから笑ってる場合やないですわな。
まずはそのまま。見た目は寒さも手伝ってなのかかなり粘度高めでプルンとしています。きれいな赤茶色を口に含めば、濃くて甘くて酸味少なめな印象。エキス系で持っていった深さは感じません。ええ言葉が思いつきませんが余計な主張を感じない素直さが特徴…でしょうか。

その印象は焼きそばにして味わっても同じ。かと言って素材の持つ味わいを邪魔しないかと言われれば…どうなんでしょ、コクがあって美味しいものの、ちょっと甘味を強く感じました。
ある意味関西地ソース王道のとんかつソースの味わいとも言えるでしょう。以前から記していますが、若い時分にはこの甘さが大手のそれにはなくて大いに気に入っていたんですけど最近は、ちと「甘いのもなぁ」って感じます。
アジロソースは京都壬生は日の出食品さんの逸品。昭和21年、“さしみ醤油”を開発し、それに“味露”と名づけ、戦後にソースを出すにあたっても“アジロ”を踏襲し、今に至っている様です。
突然の一見客にも丁寧に対応してくれはった当主と思われるお方から感じる品の良さに“どやっ”感のない味わいと通じるものを感じました。やはり手掛ける商品にも人柄は表れるってことですかね。
名称:濃厚ソース 原材料名:糖類(砂糖(国内製造)、ぶどう糖果糖液糖)、野菜・果実(りんご、トマト、たまねぎ、その他)、醸造酢、食塩、香辛料、コーンスターチ / カラメル色素、調味料(アミノ酸等)、増粘剤(加工澱粉、タマリンドガム)、甘味料(ステビア)、保存料(パラオキシ安息香酸)、(原材料の一部に小麦、乳、大豆を含む) 製造者:日の出食品株式会社 京都市中京区壬生西大竹町20番地
パラオキシ安息香酸(パラベン)が入ってる…うちのひとこれにアレルギーあるから難儀やわ。
デッカオ氏との月例、前回に続き布施界隈で。まだ時間あるなとサクッと散歩しますれば、店舗跡の袖に妙なオブジェが。
木材を生かしたファサードですのでこれも意匠として取り付けてあるんやろなぁと思うも、ちょっとちゃうかもと近づきますればこれ、絡まったツタの残骸です。
ガスや電気のメーターの隙間から這い上がって、これ以上ほったらかしといたら漏電ガス漏れ騒ぎになりかねん…で、伐採ってことかと。
ストリートビューを見れば10年以上前から生命力旺盛で青々と繁っています。それ思えば伐られて枯れる前もファサードの意匠として扱われていた可能性大ですね。
繁っていても枯れててもその存在に意味がある…大したもんです。
(於:東大阪市) 酒屋立ち呑み2軒に呑み屋1軒大満足。呑み屋に困らんええ街や布施。
※関連記事:
『途中伐られ、先端と根っこのみ残るツタ。』 2012年5月 記
先日上京区某所へ納品へ行ったあと、お昼前でしたのであるラーメン店の暖簾をくぐりました。
愛想ええ店主に(やや)常連さんひとり。ワンオペでひとりごとの様なその先客に話しかけているのか微妙な調子で何やかんやと喋ってはります。「今日もええ出汁とれたよ」とか、鉢から立ち上がる香りを吸い込んでは「そ、この(柑橘類の)香りが麺にからみつくところが…」とか。
ほぼ同時入りの先客は“塩”、私は“醤油”。供されて「いただきます」と食べはじめるか否かのタイミングで「この麺に絡みつく出汁の風味かええ感じなんで…」てな調子。当然テーブルには胡椒などは並んでいません(厨房で先に振ってはりました)。
で、ひとくち。うん、全然ガツンときません。昆布と鶏ガラかな…上品も上品、しかも塩味も薄くて「あぁなるほどそういうこと言うてはるねんなぁ」と納得しかけながら、完食しました。
そうか…そうなんやな。ここの店主、ラーメン愛に溢れてはるんですなぁ。理想のすべてを一杯のラーメンに注ぎ込んではる…は、わかりました。
でね、「美味しかったか?」と訊かれれば「…はい」と答えますけど、その、何と言うのかなぁ…そやっ、わかった!わかりましたよ。それは、
“ラーメンにこの世界は求めてませんねん”
ってことですね。
人それぞれでええんですけど自分は一杯のラーメンに「“食べ進めるにつれて沁み入るおいしさ”なんか何も求めてないわ」ってことがわかりました。下品でもええんです。ファストフードよろしくひとくち目から「どやっ、旨いやろ」的ハイパーな解りやすさを求めてるんやなぁ…と。同じ麺類でもうどんやとかそばとは違うんですよ求めているモンが。
でね、その上品な出汁でかん水の効いた中華麺を啜っても、正直なところ、出汁の上質さが沁み入らんのんです。
わかってもらってると思いますけど、決してそのラーメン店を悪く言うてるんとちゃうんです。そういうラーメンの世界もあるからこそ常連さんがいてそれなりの年月お店を続けてはるわけですからね。おかげで自分にとってのラーメンの位置付けみたいなもんが理解できました。
後払いでよかったんですがお品と同時に支払いして、その良心的な金額について触れると「そうなんです。もう税理士さんから怒られてますねん」と。「安くでたべさせてあげよ思てもうギリギリで」。とか喋っているとまたひとり常連さん。「ええ出汁でてるよ。今回の昆布がええんかなぁ」…
ええ人やとは思うんですけど…ね。ちょっと自画自賛すぎるかなぁ。不快にはならなんだものの、自分にはない世界がこの世にあるという現実を再認識したお昼時でした。
気がつけばお彼岸今日までやん…ってことで四天王寺さんへ。
着くのが遅過ぎ合同墓地には入れず門の外から「まんまんちゃんあん」…って口に出して言うてませんで。
「かめへんかめへん、気持ちだけでええで」という声が聞こえた?否々、「あんたら何してんのほんまもっとはよ来てぇな」と聞こえました。もちろん想像の話ですけど。
そんな話しながらそそくさと呑み屋へ向かう不届き者。これでええんかとか思いながら鳥居の向こうに見えるきれいな夕焼け眺めて阿倍野へ向かいました。それにしてもなんでお寺に鳥居があるのかいなぁ…調べますればこれ、神仏習合の名残とか。なるほどね。
京阪特急の車窓からの眺め、昨日の記事の写真の場所を過ぎてもしばらくはどこか異世界風情がしばらく残っていて、ついついあれもこれもとシャッター押し続けてますれば、こんな写真が撮れました。
妙な構図に変な間合い。“撮った”んやなくて“写っとった”んです。
一写入魂、「これやっ」と決め込んで撮るのもええですけどこの、意図せんタイミングが何となく定着されるってのも案外写真のおもろさのひとつやってことを忘れていたことに気づきました。もちろんそれだけに頼るとおもろなくなるんでしょうけども。
所用で実家へ。見慣れた街路樹が朝日を浴びてええ感じ。まぁずっとこんな木や程度に思ってましたがこれ、ひこばえで生長してたとは。
そうか…そうやとわかっても伐られる前はどんな状態やったかも思い出せません。と言うのもここら辺、市は桜並木にしたいのか軒並み伐られまくってますもんでね。
いずれにしてもシレッと復活してそれなりに「昔からこんなんですよ」と収まっていてええ感じ。桜ばっかりに異議を唱える一本として…というかこういうひこばえ状態の場合“一本”と数えるのかどうなのか。ま、ずっと再生長し続けていってほしいもんです。
(於:八尾市) まぁ先の記事の通り、さくらの木も軒並み伐られてるんやが。
※関連記事:
『ひこばえで7倍返し、勢い旺盛アオギリ二景。』 2021年11月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。3』 2020年7月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。2』 2019年10月 記
『伐られるもひこばえで再生』 2016年3月 記
『切り株から完全復活の木』 2016年3月 記
『巨木伐られてキノコ風』 2015年10月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。』 2015年10月 記
『幹完全に腐るも新芽を出す老木』 2015年5月記
『幹腐って伐られても生き抜く。』 2013年6月 記
京阪特急に乗って京都は上京区某所へ納品。淀駅を過ぎ左手に見えるは昔も今も変わらん荒地っぽいエリア。今日も気になるわとカメラ構えて「エイっ!」とシャッター切りますれば、定着されるはこんな画像。
そう、この感じ。今までも何度か撮って記事化しましたけど今回のこれこそが、空模様も手伝ってこの淀〜中書島駅間に漂う怪しげで“ケ”っぽいあの空気感が表現されてます。
帰宅後パソコンで画像拡大しますと…ブレてます。「なんや」と思うもそのブレてるのがまたこの空間がもたらしたもんかもしれません。
いやぁしかし、何でこの“ケ”な空気感はずっとそのままなんでしょう…って、ずっと変わらずやからこそここなんでしょう。ん?ちょっと意味わかりませんか。ま、そういうところです。
(於:京都市伏見区)
ひとり悪目立ちする煙突が逆にええ味添えとる。
※関連記事:
『京阪電車、淀〜中書島の車窓。2』 2023年12月 記
『京阪電車、淀〜中書島の車窓。』 2022年12月 記
先のカラーベストの看板の下にこれはありました。
奥ゆかしくひっそり佇んでいる様子がええ感じ。苔というか垢が付くも色合いはそれなりに鮮やかであまり劣化していないのは、竹藪が直射日光を遮っているからかもしれません。
ま、見ての通り積水化学工業が手掛けている“雨とい”の看板で、その前にある“エスロン”はどうやら同社が手掛けるプラスチック製品の商標の様です。
同社の雨どいは1956年に誕生したとか。ちなみにライバルのパナソニックのそれは1958年ということです。
幼少の頃はまだまだブリキ製のトユ…そうそう、今でこそ“雨どい”と言いますけど昔は“トユ”と言ってました…って話それましたが子ども心に昔ながらなブリキ製のヤツに塗装を施したヤツの方がええなぁと眺めていた記憶が蘇ってきました。うちのトユは緑色でお隣さんとこは小豆色でどっちも無光沢でしたけど、あれは…劣化して光沢を失っていたのかもしれません。懐かしいなぁ。
ま、ともあれエスロンの雨どいのおかげで錆びずに長持ちになったということですね。有り難いことです。
(於:三重県名張市) セキスイと言えば昔は“てんとう虫”がシンボル的に使われていましたけど最近はどうなんやろ?
※関連記事:
『昭和なプラ看板 316 ● エスロンパイプ』 2024年9月 記
お子は今、一人旅中しかも外国。えらい何と言うか…急成長してはりまっせ。
で、出かける前にこっそり描いたか、カレンダー見るとちゃんと挿絵がありました。
花々に囲まれた“3”の上にのるのはリボン付きの黒い筒…はは、これは卒業証書のつもりですな。ちなみに本人はこの前の日曜にもらってきましたけどこのタイプやなくて四角い横長タイプでした。
そう、お子は来月から社会人になりますねん。そんなアホなとずっとずぅーっと思ってましたけど先に記した様に何なんでしょ、急にひとりで何でもやってみる様になりましてもうびっくり。積極的に生きた方が面白いということに気づいたのかもしれません。
まぁね、3歩進んで2歩さがるよろしく“3,000歩進んで2,999歩さがる”てなことになるんかもしれませんけど、それでも「やってみよっ!」って動いてそれが自信につながっていってほしいなぁと心からそう思います。
って全然“絵”のこと語ってませんでしたね。そやなぁ、今月のはちょっとやっつけっぽいかも。梅、チューリップ、イチゴはわかるんですけどもうひとつの白い花はなんやこれ?。花はスイセンみたいですけど葉っぱは菊っぽい…まぁええか。ちゃんと旅に出るまでに描いて責任果たしただけでオッケーとしときましょう。
藤井寺市某所で仕事。近鉄南大阪線は古市駅での集合前にサクッとあたりを探索しますれば、自販機に隠れる様にひっそり佇むナンバーくんに遭遇。
赤茶けて木造家屋にすっかり馴染んでからに。そんなに古くないモンやと認識してましたけどもうこの様な味わいになるお歳になられたんですな。
そう言えばかつてアホげでナンバーくんを取り上げたことありますわ。調べますればそれは2008年のこと。その記事にある写真を見ると全然劣化してない状態。まぁ場所も環境も違うとは言え20年弱の歳月というのはこういうことなんですねぇ。
どこにあった看板やったかと当時の写真を探すとネタ写真に混じって我がの写真も目に入り…そやな、うん、時の流れとはそういうことなんやと思い知りました。ちなみに当時の写真は…なぜか見つけられませんでした。
※関連記事:
『郵便番号登場40年、ナンバーくんも40歳か』 2008年6月 記
街路樹の桜が春を前に伐り倒されてしまいました。
切り株に見える年輪数えますれば49いや50…って勘定してませんけど。
この木、じつは中学生時分に苗木を植えたやつ。地域活動の一環としてここらを「桜並木にしましょう」とやった記憶があります。
もちろん何本も植えましたけど、枝ぶりが他のよりかっこええやつが一本あって、せっかくやからといちばんええところに植えましたらそらぁ見事に期待に応えてくれてちょっとした名木になってたんとちゃうかなぁ…と思うのは親バカ的発想ですかね。
順調に生長してこっちは社会人になって、ある年の桜花爛漫を撮った写真が某会報の表紙を飾ったこともありました。自分が初期に手掛けた木が春の題材として仕事になった時の嬉しさ…それももう四半世紀ほど前の思い出となりました。
何で伐られてしもたんでしょうなぁ。ま、去年の夏頃でしたか、幹が木屑に覆われて「何かいな?」と思てましたらそれ、外来種のカミキリムシが幹の中で悪さしていた状態やったとか。その後剪定もあって瀕死の状態やったこと思うと仕方ないんかなぁとも思いますけど、ね。
名木なくなって心にすっぽり穴のあいた状態。まぁ当時中学生やったガキがもう六十路で世間で言う定年退職の年齢を超えていること思うとそんなもんかもしれません。と言うか我がの年齢を客観視させられたとも言えますわ。
足が攣るとか老眼キツいとかはあっても一応元気やと思ってますけどこの桜同様、心身の奥で何ぞに蝕まれているんかもしれません。「いつか終わりが来るんやな…」そんなことが頭をよぎりました。ま、すぐに忘れてしまうことでしょうけど。
いつも年の瀬にお花を生けてくれはる茶友の妹弟子から今日も作品を頂戴致しました。
間もなく春やなぁと思わせてくれる息吹が漂い、その“気”がまるで地球を覆う様に流れ出している感じ…いやいやもちろんただの例えですけど。
そんな生命力に秘められた艶やかさが…やるなぁさすがやわぁと思います。ま、深読みもしてるかもしれませんけど、酸いも甘いも噛み分けた大人な風情を思わずにはおれません。
って、何でそんな風に思ったのかというと、もちろんこの作品を見てのことに違いないのですけど、こんなお花がその日の夜に届いたからです。
これは…お子の明日の卒業式に合わせてヤツがかつてとてもお世話になった某お方から送られてきたお花です。
ね、これ、全然世界観が違うでしょ。言うときますけどこれ、“どっちがええ”とか言うてる訳ではありません。
こっちはね、いかにも初々しいというか何と言うか、直球の“春”ですよね。深みはないかもしれませんけど、突き抜けるパワーがあると言うか何と言うか、迷いなき素直さが表れているという感じがします。
お花のことは何もしりませんのですが、こないにその着地点が違うモンなんやなぁと改めて知った次第。ちなみに後者のものは、町のお花屋さんから発送されたものです。
きっとそのお花屋さんに「今春卒業して社会人になる女性へのプレゼントです」ということを聞いて生けはったんやと思います。
それ思うと…そうか。妹弟子の某は六十路向けをと考えて生けてくれはったんですなぁ。うん、道理でしっくりくるはずです。
てなこと言うと「そうですよ」と涼しい顔で言うか「自分がええと思った世界ですょ」とドヤ顔するか…わかりませんけど、歳を重ねて感じ入る作品には違いないでしょう。有り難いことですなぁ。同じ日にふたつの世界を見ることができて色々諸々想いを巡らすことができました。
決して“アート”やとは言いませんけども、もはやこれ、オブジェ…いや“葛の根っこ”っぽいか。
藤棚っぽい柵をまるで支えるかの様にぶっとい幹がボコボコの形で息づいています。
多分、綱か何かに巻きついてこうなったんでしょうけど、こんなボリューミーな状態になるもんなんですね。
ストリートビューで見ますとこれ、春先に白い花を付けている様子が確認されました。そうか…藤色ではないってことは藤ではないってことみたいでこれ、どうやらニセアカシアかも。別名“ハリエンジュ”という北米原産のマメ科植物で、藤棚の藤の代わりに植えられることもあるとか。繁殖力旺盛で日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている…なるほど。そらぁこの幹を見る限り強力な植物って感じですからきっとこれ、ニセアカシアなんでしょう…って、ホンマのところは判りませんけど。
と、締めようと思いましたけど、どうも幹の肌合いが違う気がしてきました。葉っぱも…全然ちゃいますわ。
で、改めて調べますればこれは“シロカピタン”かと。そのカタカナ名見て「やっぱり外来種やん」と思いましたが漢字で書くと“白化美短”でヤマフジの一種とか。てな訳でこれは藤棚でした。
(於:三重県志摩市) 何で“美”を“ピ”と発音するんやろ…ってカワイイからええけど。
これはアカンのちゃいますか。
「何が?」ってほれ、この会社と違う社名や電話番号が浮き出してますやん。
これは気ぃ悪いんちゃいますかね…と思いましたけど、案外「まぁ天地逆で出てきてるし、ええんちゃう」と静観してはるんかもしれませんので他人は、純粋に愛でてたらええのかもしれません。
裏面もやはり同様の状態に。ま、こっちは天地も逆やない上に、自社の社名が浮き出てますからまぁ、良しともいえますか。
よく見ると、看板の表面がヒビだらけ。多分これはカッティングシートが劣化した結果こうなったんでしょう。
切り文字を貼るスタイルにほとんどの看板が移行してどれくらいの年月になるのか、いま“見頃”を迎えているヒビヒビのチリチリ看板が街のそこここにありますね。ペンキのそれに比べるともひとつおもろないとも言えますけど、それなりに“こんなはずやなかった”感が漂っていてええ感じ。そのうち見苦しなりますこと思うと今が旬とも言えます。
(於:東大阪市) 値切った結果なんか看板屋さんの仕業なんか…
※関連記事:
『立体看板使い回し』 2025年4月 記
『むかし布施市横沼二丁目11、いま東大阪市横沼町二丁目7-10。』 2025年3月 記
『看板乗っ取り』 2023年3月 記
もう15年。
その後も全国あちこちで災害続いて“東北のお酒呑んで応援”な気持ちも薄れている現実。
そもそも災害に遭わずもお米の高騰消費低迷で厳しい経営であろう蔵元さんが全国にたくさんいてはること思うと、どこのお酒もひとりふたり呑んだ程度では何にもならん気もして。
「呑んで応援」はアル中の免罪符的コトバに過ぎへんのかなぁ…って、まぁ自分に限った話ですけど。
(於:岩手県宮古市-2023年) こちらの蔵もえらい目に合いつつ醸し続けてはります。地元で愛され続くこと願って…
過日目に入った旧村の一角。
立派な建物が残っていてええ感じやなぁと思うも、こんなカンバンが付いてましてね。
見ての通り、むかし風情な琺瑯看板…っぽいのが、ラッピングされたまま壁に取り付けられていますわ。
妙にキレイし薄っぺらい…何なんでしょこれ?
調べますればどうやら昭和レトロブームに便乗してでしょう、レプリカでこういう古っぽい看板が売られているみたいです。
価格は…まぁマチマチですけど概ね1,000円未満で400円台で売ってるものもありました。
ま、あざとい商売やなぁとは思うも、この価格なら良心的かもしれません。本物が盗まれたり、高値で取引されていることより健全と言えば健全ですからね。
いやぁしかし、こんなん付けはれへん方がええのになぁ。家屋のほんまモンさだけで充分…いやそれだけで勝負した方が癒されそうに思うんですけど。
ま、他人がああやこうや言う話ではないっちゅうことはわかってるんですけど…すんません。
竹やぶの脇でひっそりと佇むプラ看板。
かなり年季の入った状態。よく見れば下の方には“久保田鉄工”の文字があります。歯車の中に“久”とある旧社章が懐かしいですなぁ。この“久”ですけど長いこと“〒”が斜めになっていると思っていました。
で、この看板はクボタの“カラーベスト”のもの。それは住宅用スレート屋根材で1957年に製造が始まった様です。
その後2003年、クボタと松下電工の外装建材事業が統合され、両社が半分づつ出資するケイミュー(kmew=Kubota Matsushita Electoric Worksか?)へ移管されています。
“スレート”と聞くと、石綿(アスベスト)問題が気になるところ。調べますれば、現在の製品には当然使われていないものの、2006年以前の製品には使われていたとか。そうか…クボタの尼崎にある工場周辺で同工場が原因とする中皮腫患者が多数でているという社会問題(クボタショック)は、この“カラーベスト”も関係していたってことやったんですね。
で、なぜスレート板の屋根材の商標が“カラーベスト”なのか、調べますれば“カラー”はもちろん“色”のことで、“ベスト”は“アスベスト”の“ベスト”であるらしいですが、今では“Best”のことやと説明しているそうです。
「強度は…」てなこと思わんと、純粋に転写された隣家の面影を愛でとったらええんかもしれませんけど、そうはいきませんわな。
何度もこの手の建物の壁面を見てますけど、なかなか「あぁここもか」と見慣れることはありません。しかもここは、ところどころレンガ積みまで見られます。
隣接する建物が解体されて初めて「こんな造りやったんか…」って所有者自身が驚いているのかもしれません。これでええのかアカンのか…素人にはわからんままです。
(於:中央区) こうなった場合、壁面の補修費用はどっち持ちなんやろ?
※関連記事:
『隣接建屋の跡形がコンクリブロック』 2021年6月 記
『となりのビルなくなりブロックの壁あらわる。』 2018年12月 記
『コンクリブロック30段以上の壁に囲まれた壺空地。』 2016年10月 記
『昭和ビルなくなり両隣の壁面あらわに。』 2015年4月 記
昨日姫路で見かけた一角。
お米の自販機。まぁあるっちゅやありますけど、ここまで“どやっ”って感じも珍しなぁと一枚。
何なに?安いので10kgで3,000円か。これはなんぼ重ても持って帰らんと…いやいやそんな無茶はようしません。
よく見るとこちら、ただいま休業中。そうか…きっと米価暴騰でヤメてはるんでしょう。
上を見ますればそこにうたい文句。“つきたてのふっくらおいしいお米”、そうか…と思いましたけど、ちょっと変ですよね。“つきたて”と“おいしい”は“お米”の表現でも“ふっくら”は…ちゃうんちゃいます? “ふっくら”とくれば、そこは“ごはん”やろ…って、まぁよろしいか休業してはるねんさかいにね。
以前はそれなりに仕事で姫路へ行っていたものの、コロナ禍の「移動は控えよ」通達以降、すっかり播州方面への仕事もなくなり寂しい限りやと思ってましたら来ましたでっ、姫路の案件。
調べますれば5年ぶり。梅田から山陽電車に乗って西へ向かいます。徐々に景色が非日常になってきてこころはちょっとした旅気分に。高砂で川を渡ってええ景色やと…あっ、これ以前から撮ってる加古川やなぁと今回ももちろん下流に向かってシャッターを押しました。
家に帰って改めて見ると…以前にも2回、同じタイミングで撮ってます。それらは10年前…えっ、10年経って何も変わってへんってことか。
「ちいとは成長せぇよ」と思いましたけど…まぁ「退化してへんちゅうこっちゃ」と、そう解釈しときまっさ。
しかしながら同じ場所でも時期や気象の違いで随分景色は変わるもんですなぁ。そう思うと“あいも変わりません”も悪ないですか。
夕方に仕事終えて向かうは灘菊・かっぱ亭。これもまんまやなぁ思いつつ今回は同行者と一緒。あれこれ話ながら変わらぬ濃醇な燗酒を…と言いたいところですが、記憶違いなのか以前より洗練されてシュッとした味わいになってる気がしました。そう言えば姫路も駅前もすっかりシュッとしてたしなぁ。変わらんのはやっぱりわしだけか…ま、よしと思っとこ。
(於:兵庫県高砂市) そら何も変わらんアホげやってるんやし変わりようないわな。
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『午前8時35分、山陽電車車窓から加古川を望む。』 2016年12月 記
『午前8時10分、山陽電車車窓から加古川を望む。』 2016年10月 記
『姫路へ仕事、半分小旅。』 2015年2月 記
過日の月例呑み。小路駅から歩く途中見た貼り紙に「この“糞”がいちばん…」とは関根デッカオ氏の評。そのあと「立派」やったのか「かっこええ」やったのかは忘れてしもたんですけど、何せこの“糞”が今まで見た中で最も上手な書やと言います。
あ〜なるほどね。何となくわかるなぁ。純粋に形として整っている上に、“フン”というか“くそ”のボリューム感が全体から漂ってる…あ、ちゃいますね。でも、そうかもしれません。
何せとっても字が上手なのは事実。それ同様やはり文言がええんでしょう。凛としてますよたまらんくらいに。何となくですけど“宮本信子”さんの様な筋の通った生き様が溢れてますわ…ってあくまでも勝手な想像ですけど。
立派なお方とアホなお方…そんな相手から怒られるとしたらさぁどっちが怖いんでしょうか。心が滅入るのは前者ながら、身の危険を感じるのは圧倒的に後者であること思うと、ヘタクソに力いっぱい「犬にババさせんなこのどアホがっ」って書いてある方が効果テキメンなんちゃうかなぁと思ったり。もちろん前者の方が高尚で好きですけどもね。
と、終わるつもりやったんですけど…ちゃいましたわ。これ、“糞が(この場から)なくなったらええ”っちゅう話やなくて“他者への思いやりを持ちなはれ”っちゅうことを言うてはるんですよね。マナー向上と言うと何や説教くさいですけど、そういうことやったのにお門違いな話を長々…アホでんな。
毎年恒例南森町あたりでの春仕事第一弾は今年で14回目。知らん間に長いことさせてもろてることに感謝やなぁと思いつつ、例年通りはよ着いて、水分不足を感じ安モンの自販機探してますればそこに大阪天満宮。そやっ、ここで梅見てナンボやってこと忘れてましたわ。
もうピークを過ぎたかと思ってましたけれど、じつにいま満開って感じ。ま、“満開”より“五分咲き”くらいの方が梅は情緒があってええんかもしれませんけどね。
しっとり雨に濡れた状態がよろしいなぁ梅はこうでなきゃ…って個人の感想です。
(於:北区) PETお茶を100円で。もちろんサンガリアの。
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『大阪天満宮・祖霊社、午前8時9分。』 2025年4月 記
『大阪天満宮・祖霊社、午前8時8分。』 2025年3月 記
『ビルの谷間に梅咲いて…って天満宮の端っこ。』 2018年3月 記
過日、茶の湯のお稽古に用意されていた主菓子が、これ。
ひな祭りに合わせてお雛さん…ええもんです。
ですが、昨年までのものとは色合いも素材も別ものです。
以前、拙ブログで取り上げた通り、今までのものはビビッドな桃色と若葉色の羊羹を纏ってましたが、今年のは淡い桜色と水色の求肥をまとってはります。かなりの変貌ですよね。
ご製はどちらも“桜屋ヱ門”さん。ずっと稽古場に毎回四季折々の意匠を施した和菓子を届けてくれてはります。
その桜屋ヱ門さん、数年前に作られていたお方が急にお亡くなりになられ、廃業される様なことになったものの、何とか代替わりされて今に至っています。
それからも毎回、時候に合った菓子を今まで通り届けてくれてはったんですが、ここ数回「新作らしいよ」と先生から聞かされてまして、そして今回、写真の様にかなり今までとは違う路線になってきました。
この変わり様、ええなぁと思いまして。
きっと、突然の代替わりということで今までの伝統を守るのに必死にやってこられたんやろなぁと思います。実際、何の見劣りもせんものをずっと提供されてましたからね。
そこで当代、思うところあったのかなぁ。「伝統を守るためには時代に合わせることも必要やなぁ」と。その答えのひとつが今回のお菓子やと思いました。
和菓子って意外と着色料効かせてえげつないほどの色合いに仕上げてあるのが普通やったりしますけど、これがどうも時代に合わん気もしてたんです。そんな思いの中でしたので、今回の変更は「…うん、令和かも」と。まぁパステルカラーが令和とも思えませんけど、ビビッドすぎるのはやっぱり昭和な感じがしますもんね。
「毎回手の込んだお菓子作って持ってきてくれてはってんなぁ」と。正直なところ何十年とそんなこと考えたことがありませんでした。“そこにあって当たり前”が、じつは当たり前やなかったんやと。桜屋ヱ門さん存続の危機のとき「こんな時候に合ったお菓子やってはる和菓子屋さん(きょうび)ないから困ったもんやなぁ」と先生が言っておられたことが何となくようやく理解できました。
家元がおられる限り、茶道は滅びることなく続くことでしょう。ですけどそこにかかわる茶道具やらお菓子をつくる職人さんなどがおられらくなったら文化としての茶の湯は残っていかないですよね。
茶道人口が減少し続ける中、その様な職人さんが生活できなくなる日も近いかもしれんと思うとこれ、かなり危機的状況なのかもしれません。そうそう、町の茶道教室もしかり。茶道教授として生活できない状況もあるかと思えば…あぁ恐ろしいことで。月3回のお稽古、これこそ「当たり前」やと思ったら大間違いなことでした。
「時代に合わんもんは廃れたらええねん」と心のどっかで長いことそんなふうに考えてきましたけど…そやないなぁ。そんなことからあれこれ考えは巡り、恩返しとか恩送り、町工場の廃業のことなどいろんなことが朧げながら見えてきました。その話はまた別の回に。
当たり前は当たり前ちゃうっちゅうことが歳を重ねるごとにわかる。
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『主菓子の包み開けたら雛だらけ』 2016年2月 記
過日歩いたかつての長原村。いかにも旧村な風情も残っていて「こんな大阪市もあるんか」って感じ。ついついキタやミナミや中之島のコンクリでできた街が大阪と思いがちですけど、周辺の編入を重ねて“大大阪”になったこと思うと「そらそやな」とも言えます。
そんな集落で見た町名看板が、こんな感じでした。
プラスチック部分が剥げ落ちた様で、接着剤で付けられていた部分だけが残っています。
大阪市内、ほんまどこの町名看板もアルミ製のは健在ながらプラ製のはどこもかしこもほぼボロボロ。
心のどっかで「ざまぁみろ」って囁いている自分もどうかとは思いますけど、よくもまぁこんな素材を採用したもんでっせ。
とまぁ文句に愚痴言っててもしょうがない訳で、こちらのお方は本来の機能をここにとばかり、出力した紙をパウチして貼ってはるんですね。
えらいなぁ。できたお方やこと。村と、村を訪れるひとのこと考えてやってはるやなんて。排他的やないところに“大阪市”を感じました。
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