知らん間に“疎遠”になるって素敵なことやと
SNS…特にfacebookですねんけど、何とも難儀な存在やなぁと思いまして。
何が難儀かって…その、一度繋がって“友だち”になったら最後、「何やあいつ」と思ってもつながり続けている、この事実がシンドイなぁと。
そらね、もちろん“友だち解消”したらええだけのことでしょうし、気に入らんならその相手の記事を非表示にしたらええだけとも言えますけど、そんなんね、前者を実行すると角が立ちますし、後者を選んでも友だち関係は一向に解消されへんわけで、結局ずっと繋がっている…難儀やわぁシンドイわぁって。
かつては年賀状のやり取りがなくなったという“きっかけ”があったりとか、「何や互いにモヤモヤ思うなぁ」とか「思想的に相入れん」と思うと知らん間に疎遠になっていったわけです。その“知らん間に疎遠”、これがSNSの時代にはほぼないっちゅうのが、いかにもデジダルで、しんどいんです。
時の移ろいの中で“気がつけば疎遠になっていた”という儚さ。これ、なんて美しいことか。
相手に「あんたのこういうところ好かん」てなことお互いに言わずに距離が徐々に離れていく。これって結果的に「相手を慮っている」訳ですよね。でも、SNS繋がりの場合、繋がり続けるかぶっちぎるかの二択…このいかにもデジタルな関係が…やっぱり嫌でイヤで。
人間関係も0か1か…もちろん極論ですけど、知らん間に疎遠になる様なグラデーションある世間を取り戻したいなぁと思ったりする訳です。
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