地味に心ざわつく様な…
公園の一角。地味ながら、気になる図。
ナナメの不安定さがええ味出してる…って、何げに“きのこの山”っぽいからかも。さすがカイヅカイブキ、七変化。
(於:松原市) 2018年の強風の台風の末ナナメなのかはストリートビューではわからんわ。
※関連記事:
『△のカイヅカイブキきのこ風』 2017年5月 記
『塀の向こうに“きのこの山”、路上にーX◇●。』 2016年11月 記
※ほか、アホげのカイヅカイブキ関連記事はここから探してください。
公園の一角。地味ながら、気になる図。
ナナメの不安定さがええ味出してる…って、何げに“きのこの山”っぽいからかも。さすがカイヅカイブキ、七変化。
(於:松原市) 2018年の強風の台風の末ナナメなのかはストリートビューではわからんわ。
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『△のカイヅカイブキきのこ風』 2017年5月 記
『塀の向こうに“きのこの山”、路上にーX◇●。』 2016年11月 記
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あの大震災から今年で31年目。
あれからも大地震に大津波、台風に豪雨、大火災などこれでもかという甚大な被害が全国あちこちで発生しているも正直なところ、阪神淡路、東日本、熊本、能登半島の地震くらいしか覚えてなくて。そしてそれをことあるごとに思い出している訳でもなく…これを風化と言うのでしょう。
ちゃんと今日追悼の思いで一日を過ごしたか…と言うと決してそうではなかった自分がいます。他人事やという感覚やった訳ではないものの、我がの事と捉えていないこの事実。できることは備えておくこと。防災グッズを揃える、それも大事。ですけどいざという時の心の備えも大事やろなと思うと…全然かも。
起こってみんとわからんこととは言え、もうちょっと頭ん中でシミュレーションしておく必要があります。防災リーダーとしての立場を思うとなおのこと、です。
京都は上京区某所で仕事。思いのほか早く終えることができましたのでええ天気やしとドライブ気分で細い道を選んでの帰路。のどかな景色の向こうに巨大な構造物が今日も工事中。
足場で支えられてきっと出来上がる前の方が威圧感ある様に思います。
高速道路網の充実で便利になってそれはええこと…ですけど、それは村落に巨大な異物が末長く居座るということでもあるなと改めて思いました。
(於:高槻市) 地元にこんなもんできたらと思うと…心痛むわ。
※関連記事:
『梶原二丁目8の建設途上物、午後2時35分。』 2025年8月 記
『川越える新名神高速工事中の橋脚、午前7時27分。』 2025年1月 記
『淀川越える新名神高速工事中の橋脚、午前7時5分。』 2024年8月 記
地味ながらちょっと妙なところに扉があるなぁと思い立ち止まりました。
まぁ黄色い建屋の屋根に出ることができるとは言え、もひとつ用途がわかりませんなぁ。
てなこと思いつつカメラに収め、モニタ見ますれば何となくええ感じの光景ですわ。
ちょっと妙ながらありふれた町の風情が染み出ているというかなんというか。
マンション建ってどんどん街並みが変わっていく…ま、生野区はまだしばらく大丈夫かなぁとも思いますけど。
耐震に火災のこと思うと昔風情を残すべきとも言えませんけど、やっぱりマンションやら新建材で覆い尽くされた建屋に置き換わってしまうと、街が味気なく感じます…って、他所ものがあれこれいうことではないのは重々わかっているんですけども。
※関連記事:
『空中移動用扉』 2022年 5月 記
『扉ふたつ』 2021年5月 記
『庇、門灯付階段なし2階非常口。』2010年10月 記
所用で実家へ向かう途中、農協の直売所で野菜にお米買ってクルマを見ると妙に傾いてんなぁ状態。何やいなと足まわり見るとどうも一本パンクしてまっせ。ほぼツルツルやったってこともあって4本とも交換したらトコトン新ステージにしたなってきてオイルも交換してとなると、ワックスもかけんとね。
てな訳で実家で洗車。いつも通りラジオをつけて1269kHzに合わせて…あっ、アカンわ。もう既に出力落として電波出してるみたいで聞くに耐えない状態。そうか…ついにその日が来たか。(※調べますれば今月26日より減力とのことでした)
2ヶ月ほど前も同じ様に洗車しながら1269kHzで四国放送のラジオを楽しんでましたら、AM波停止のお知らせがありました。
全国的にラジオの放送局は音質の良さもさることながら、ランニングコストの観点からもあってでしょう、FM波だけの放送スタイルにシフトしたがっていると言う話は聞いてはいましたが、ついにその日が来たってことなんですね。
中学生時分でしょう、ちょっとダイヤル回せば関西以外のラジオ局も聴けるとわかってあちこち試しましたわ。昼間やと名古屋CBCや徳島四国放送、夜になると北海道HBCやら東京TBS、福岡RKB毎日なんかにダイヤル合わせては耳を傾けていたもんです。それだけで充分旅気分を味わえる楽しさと、クラスの連中とは違う話のネタを仕入れらると言うのも動機のひとつやったかと思います。
住環境の変化なんかもあってそういう行為をすることも少なくなりましたけど、なぜか四国放送だけは実家に帰ったときとか、和歌山方面へ旅へ行く度に聞いていたんですけど…それももう終わりなんですね。
もちろんFM波での放送が続きますがこれがあんさん、泉州とか紀州の海側なんかに行かんと電波が入らんのですよ。当然実家ではまったく入りません。
聞く方法はあるにはあ訳で、ラジコのエリアフリーを契約したらこれからも聴き続けられるんですけども…何かちゃうんですよね、それって。
あのちょっとザーザーというノイズの中から聞こえてるところに電波を出してるところとの距離を感じて聞くのが情緒があって良い訳でそれをクリアな音色で聞いても…ね。ま、もちろんエリアフリーにお金を払うことにあれこれ思うケチくさい理由もあるんですけど。
以前も記したかと思いますけど四国放送の佐藤旬子アナにはホンマ20歳の頃からずっと楽しませてもらいました。テンポの良さに適度に毒を吐く軽妙なイケズさが楽しかったなぁ…って、え?、そうか、40年以上しゃべってはるってことか。変わらんなぁ。
他の放送局も実験的にAM波を停止してFM波に移行するとか。まぁ苦しいであろう経営状況を思うと仕方ないとは思います。でもなぁ…それでもやっぱり残念。ここにも昭和の終わりがあるんやなぁと改めて感じました。
根を下ろしたところが境界あたり。どう生長したらええんか…悩みどころなんやろと。
一度は向こうへいったものの「これは…伐られるかも」と戻っていった…とか何とか。
結果金網を咥え込んでの強靭化。その後のめんどくささを考えると、伐られる可能性は低なったんちゃいますか。
※関連記事:
『根っここっち、幹向こうで柵を取り込む図。』 2023年12月 記
『金網の向こう行ったり来たりの木』 2022年12月 記
『3日 (木) アスファルト突き破って網の向こうから…パッと。』 2015年10月 記
『根っこはこっちで幹は向こう、根元に南天宿ってる。』 2015年10月 記
『「根っここっち、葉っぱ向こう」に思う。』 2011年7月 記
茶の湯の先生に初釜にお招き頂き高安山麓へ。
何を記しましょう。今も…今までも“猫に小判”ですけどやっぱりねー(茶)道具が凄いですよ。
ずっとその…居心地の良さやら先生のお人柄に気を取られてお道具の立派さに気づかなんだ訳ではないんですけど改めてそこに気が向いた次第です。
わちゃわちゃな社中さんももちろんそれなりにいてはりますけど人間として立派なお方から社会的地位のある職業に就いている人やらマスコミ的に一目置かれるお方なんかもいて、それでいてひとつの世界に溶け込み…てな訳にはいきませんが、そんな雑多な人々が集ってくるこの事実こそがこの先生の魅力やねんなぁとそういう観点からもちょっとした発見がありました。
自分磨きをせなんでも心地よい時間が過ごせる先生と稽古場…ずっとずっとこのままであってほしいなぁとこころより思いました。写真はいつも通り妹弟子・某から頂いたものです。いつもおおきに。
他者を受け入れるということは、人に多くを求めないと言うことでもあるなぁと。
※関連記事:
『初釜で雑感』 2025年1月 記
『令和六年、初釜。』 2024年1月 記
『昨日と今日、茶の湯三昧。で、雑感。』 2023年1月 記
『初釜に招いて頂いてあれこれ。』 2013年1月 記
『キモノが好きになれんでね。』 2011年1月 記
『初釜に呼ばれたお料理にも、虎がいた。』 2010年1月 記
『2009年、初釜』 2009年1月 記
『で、初釜-2008』 2008年1月 記
今日の午前中は茶道具の撮影。その前に某ホームセンターの駐車場へクルマ止めに。
深く掘って解体作業中やったビルもすっかりなくなり、今度は建設がはじまりました。ここも…マンションになるんでしょう。
青空に下で青い建設機械がよろしいなぁ。しかもピカピカ。ちょっと前まで建機といえば黄と黒が当たり前やったこと思えば昭和も遠くになったもんです。ま、まだまだ昔ながらな色合いのも現役ですけども。
(於:中央区) 幼稚園児やった時のお芝居“ブルトーザー役”。どんな出し物やったんかなぁ。
※関連記事:
『森ノ宮中央一丁目7-12、午後3時52分。』 2025年9月 記
『森ノ宮中央一丁目7-12、午後1時25分。』 2025年9月 記
初仕事で京都の某お店へ。
昨年末にかかってきた電話の相手はもう10年以上仕事していない雑誌の編集者。何かいなと思いますれば「来月の9日空いてますか」。“何で今ごろ?”とか“何でわしなん?”。「詳細はmailで送ります」と言ったきり年は変わりいっこうにどんな内容なんかわからんまま悶々とした気分で正月休みを過ごしました。
遠のいていたその雑誌の最新号を目にして「…」。「どない撮ったらええの」となお不安になる始末。調べますればその出版社の仕事は15年ぶり。これだけ年月が経つともう新しい取引先みたいなもんですわ。
3日ほど前に詳細が来て撮ってほしい方向性も見えやや安心…ってアカンなぁ。いつまでたってもビビり症は治らんもんです。
ま、自分なりに納得の仕事ができましたけど、ほんまにそれでよかったんかはわからんまま。有り難い話ながら連絡もらってからの二週間は…ほんましんどかったなぁ。「成せばなる、成さねばならぬ」なんですけど、すぐにそれを忘れます。
一年空けて今年もえべっさんの献茶式へ。
昨日の記事の通り朝のうちは和歌山はみなべ町での旅でしたのでちょっと出遅れ感あるもまぁモニタ越しながらお家元による献茶式も見せて頂きゆったりと各席回って…って、巡回バス全然来なんだので結局最後に展観席行くも終わってしもてました。
今回もお世話になっている妹弟子・某と共に。今宮戎神社を入る前にスマホとコンデジで対決。あっ、これは自分で撮らんでよろしいわ。てな訳で撮るのは任せておくことに。これでなおのこと気楽に楽しめるってもんです。
華やかで厳かなお正月モードの茶の湯な世界を巡りつつ時に神妙に時にウダ話にと…いいわぁやっぱりこの献茶式で茶の湯はじめはよろしいわぁ。
あ、今年も“年酒席”とは名ばかりでどんどん吸い込む素焼きの盃に極ちょろっとのお酒だけ。さすがに今年は「もうちょっと…」とは言いませんでした。あれだけ美味しい吉兆の懐石料理をお酒なしでって言うのは…もったいないことです。
結局喉と肝臓の渇きはクラフトビールのお店で満たすことに。まぁそれもよろしいか。行きがかり上、茶の湯の世界に足をつっこむことになって三十余年。そのきっかけを与えてくれたひと、楽しい空気漂う稽古場で教えてくださる先生、ピリッとまったりな一日を共有してくれはる社中さん…それぞれの出会いに感謝やなぁと、歳を重ねるたびに強く思うのであります。
(於:浪速区、中央区) iPhoneも凄いけど、構図がええねんなぁ…うまいわ。
※関連記事:
『今宮戎の献茶式へ、令和六年。』 2024年1月 記
『今宮戎の献茶式へ』 2023年1月 記
そろそろアホげも通常モードにしましょかね。これも前回のプラ看板記事同様、過去の画像整理で見つけたものです。
その時はこの店の手すりの意匠に気を取られてこのプラ看板のことはどうでもよかったのかもしれません。
とは言えちゃんとプラ看板のアップも撮っているというこの事実。きっと他にもいっぱいネタがあって忘れ去られてしもてたってことでしょう。
“日立ポンプストール”のプラ看板ネタはこれで2度目。前回のはそれこそ昭和感いっぱいのヤツでしたがこれは…平成モンかもしれません。
と言うよりむしろ比較的近年まで“ポンプストール”を謳う日立のお店があったのがちょっとびっくりです。
ま、ボンプといえば日立か東芝であってナショナルやらシャープではないわなという風に世間で思われていること思うとこれ、普通な看板の有り様なんかもしれません。
※関連記事:
『昭和なプラ看板 192 ● 日立ポンプストール』 2019年12月 記
これもお正月らしいかなと思いまして。
先月、信楽へ行ったときにに見かけました。
純粋にまず真っ赤いけの南天の実のきれいなこと。生命力がみなぎっているって感じながらも風情もありますわ。
それが見ての通り、切り株に根を下ろしているというのがもう、たまりませんわ。
ここは大戸川に注ぐ信楽川の土手。ストリートビューで見ますとちょっとした桜並木の様です。間違いなくこの切り株も桜のそれでしょう。
桜から南天…何とも華やか続きのリレーやこと。どっちもよろしいなぁ…ってまぁもちろん、こっちの方がええんですけど。
桐同様、さっさと抜いてしまわんとそこここに根を下ろすだけの生命力が南天には宿ってますけど、それ思うとこの状況も珍しないんかもしれませんね。
(於:滋賀県甲賀市信楽町) 桜枯れても南天はずっとここで生き続けることでしょう、多分。
※関連記事:
『切り株から木』 2022年10月 記
『松の切り株に松』 2022年10月 記
『朽木にハゼノキ根を下ろす図』 2022年6月 記
『カナメモチにキリ宿る』 2022年6月 記
『スギの切り株にブナ宿る』 2021年8月 記
『切り株にスギ根をおろす延暦寺』 2021年7月 記
『切り株にノゲシ宿る』 2021年4月 記
『松の切り株に守られ小松育つ』 2019年5月 記
『桜枯れ そこに松の木 蔓が締め』2018年11月 記
『 “切り株から新しい木生えてる”の木、桐やった。』 2017年7月 記
『切り株に、やどり草。2』 2015年11月 記
『切り株に、やどり草。』 2015年2月 記
『切り株から新しい木生えてる』 2015年2月 記
『木の電柱、てっぺんに木。』 2014年7月 記
今日もお正月モードで。
お子、パレットと水彩絵具片手に今までに見たこともない表情で集中してはります。
何を描いてはるんかいなと思うも「最後まで見んとって」な空気を漂わしてはりましたんで遠目からその様子を眺めていました。その表情、「ええ顔しとんなぁ」。カレンダーに向かって描いているときとはまるで違います。
で、出来上がった絵が、これ。
へぇー。こんな絵を描けるとは。かなりのオドロキ。
見ての通り元日の記事に使った“お花”を描いていたんですね。見るからにそれとわかるもお子なりの解釈も感じられてよろしいなぁええ絵やこと。透明感というのかヌケの良さが心地よいですわ。お花もそうですけど横に描かれた一升瓶なんかホンマにうまいこと白の絵具を使ってるなぁと思います。
で、「何ですのこの一升瓶は?」ですよね。これ、お花の横に何げに置いていたんです。毎年、歳末になると交野市にある片野桜醸造元のお酒が届きます。かつて府下の某酒蔵で一緒に働いていた半ちゃんが「今年も旨酒できてます」と送ってきてくれるんです。氏の手掛けるお酒は毎年美味しいんですけど今冬の新米新酒は干しぶどうと洋梨を合わせた様な香味でそれはそれは美味いうまいでしてそのニュアンスまで絵からも滲み出てるなぁ…ってのはあくまでも勝手な解釈ですけどもね。
話戻って「いつまでも幼いなぁ」てな状態のお子でしたがちゃんとモード切り替えで大人な真剣な状態にもなれる様になってたんやなぁと嬉しいなりました。そらぁ…今春から社会人になること思えば当たり前とも言えるんですけど、ヤツの今までを思うと「ここまで来てんなぁ」と感慨もひとしお。ええスタートをきってほしいと切に願うのでありました。
自分に絵心ないから余計に「すごいな」と思うってところもあるものの…ええよ。
※関連記事:
『初春のお慶びを申し上げます』 2026年1月 記
『半ちゃんから今年も届いた!片野桜』 2008年12月 記
『半ちゃんの“片野桜”』 2008年1月 記
お正月らしくまいりましょうか。
相国寺、境内の一角がこの時期いつもええ感じ。過去にも記事化しましたがそのときは晴れていました。
先日ここを通ったときは雨上がり。これもまた…いや、こっちの方が風情がありますわ。
紅葉に南天に万両の赤い実そして常緑樹…苔もノキシノブもしっとりしていてきれいですなぁ。
植物の美しさをこの様に配するこの豊かさよ。“センス”てなコトバでは表しきれん高尚さを改めて感じました。
(於:京都市上京区) 大きな盆栽というか箱庭というか…ええなぁ。
※関連記事:
『人工の自然美、華やぐ。』 2023年1月 記
この前始まったところやった“令和”も8年になりました。
有り難いことに今年も茶友の妹弟子に生けてもらった立派なお花と共に正月を迎えることができました(いつも何から何までおおきに!)。
繊細にして堂々って感じがよろしいなぁ。今年一年、このお花にあやかり華やか立派にありたいと思います…ってかなりあり得ない高望みですけど。
“当たり前”が“当たり前やない”と年を重ねるたびに思います。当たり前に感謝を忘れず本年も…いや本年こそしっかりと生きたいと思います。
皆様におかれましてもええ一年でありますこと心より願っております。
令和8年 元旦 山本龍造
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