2025年12月
2025年12月15日 (月)
2025年12月14日 (日)
2025年12月13日 (土)
昭和なプラ看板 353 ● 世界人類が平和でありますように
以前も見かけたこの文言のプラ看板ですが、今度のは小振りで可愛い感じ。
もちろんアクリル板に記されたそれよりはアピール度高いですけど、前回のそれに比べると等身大というか何と言うかその「ささやかに願ってる」って雰囲気がここに漂っている様な感じがします。
“世界人類が平和でありますように”は五井昌久氏と氏を師と仰ぐ人々によって設立された宗教法人白光真宏会の祈りの言葉でHPには、
“宗教宗派、信条を問わず、誰でも唱えることが出来る祈り言葉です。”
とあります。確かに…その通り。若き日々には「なに綺麗事言うてんねん」などと疎ましく思ったもんですけど近年はすんなり「そやな」と思える様になりました。
この文言はPDFで用意されており自作も可能とか。詳しくは以前の記事から探してください。
(於:八尾市) 言うても信者になろとは思てる訳ではありません、念のため。
※関連記事:
『祈りのことばも色褪せて』 2024年8月 記
『昭和なプラ看板 229 ● 世界人類が平和でありますように』 2024年8月 記
『世界人類が平和でありますように』 2021年2月 記
2025年12月12日 (金)
2025年12月11日 (木)
今池町一丁目15、午前8時37分。
愛知県は岡崎市某所で仕事。待ち合わせは名鉄は新安城駅改札午前9時。朝はやいわ名古屋駅よく知らんわ名鉄乗ったことないわ土地勘ないわで何とも不安で早々に目が覚めて新幹線乗に名鉄特急で向かいますれば予定よりややはよ着いて新安城駅あたりをサクッと一周。もひとつ琴線に触れるところはありませんでした。それでもここは、ちょっとええんちゃうん…ってことで一枚二枚。
錆びサビのナミイタ小屋にブリキ看板…よろしいなぁ。それだけでも充分ええ感じですけど、あしらわれている手描きの絵に何とも言えん郷愁を覚えます。
’70年代っぽい写真館のアーティスティックなアプローチに昭和風情な寿司屋さんと葬儀屋さんのそれをじっくり見たいところですけど、草取りに勤しむお方がおられ気が引けて…アカンなぁ。近寄り世間話でもしつつこの看板がいつの頃からあったんかとか訊くべきでした。仕事ならなんてことないというのに、私人モードではなかなかそうなれませんで、うん。
ちなみに写真館と葬儀屋さんは健在ながら、お寿司屋さんは近年店じまいされた様子。何があったか高かった評価が閉店近くには多くの酷評にさらされ…それぞれの看板に歴史ありです。
(於:愛知県安城市) 夜は40歳の若モン(?)に連れられのんき屋へ。美味美味ながら“特級酒”の燗の激熱々さに閉口。
2025年12月10日 (水)
戸袋の意匠、おろし金っぽい。
鍋料理の季節ですから余計にそう見えるんかもしれません。
「何が?」ってほれ、ここで大根こすったらできそうですやん、大根おろしが。
もちろんそんなん空想に過ぎんのですけどなかなか普通の様で変わった意匠。ワイルドの様で縁取りはきっちりとした仕事が施されています。
道ゆく人々にさりげなく軽く毒を吐き続けますよこれは。いいな、こういう存在って。
(於:八尾市) まぁ、自分もこんなもんかも…って自画自賛か。
※モルタルに意匠の関連記事:
『戸袋の意匠、杯の様な鳥の様な。』 2023年10月 記
『戸袋6つ全部違う意匠の文化住宅』 2023年2月 記
『戸袋に“瓢箪と盃”、居酒屋の。』 2023年2月 記
『戸袋に意匠ふたつ、□と◇。』 2022年2月 記
『戸袋に折り鶴、ス万ヤ添え。』 2020年10月 記
『戸袋の“梅に鷹”』 2019年9月 記
『戸袋に、打ち出の小槌。』 2016年4月 記
『戸袋4つにトンガリ意匠4つのモルタル家屋。』 2012年2月 記
『モルタル壁の打ち出の小槌と小判』 2011年12月 記
『戸袋の意匠、◇形3つ。』 2011年7月 記
『モルタル壁のエビ』 2009年8月 記
『モルタル壁のツルとカメ』 2009年8月 記
2025年12月 9日 (火)
健在、“ハートのビル創り”。
見上げれば青空に青い広告塔。
木村産業…その昔、大阪の街には末野興産そして木村産業の看板を掲げた建築物がそこここにありました。
バブル崩壊、ひと足先に末野興産が姿を消し、何とかもちこたえてるのかと思うもすっかり看板も見かけんうちに世間から忘れらた存在に。ですけどまだ看板が堂々とあるということは、細々ながらも存在してるんでしょうか。
調べますれば2010年に解散決定にいたり特別精算開始されたとのこと。そうか、思いのほかバブル崩壊後も粘り続けていたんですね。
詳しくは住生活新聞さんの記事“バブル時代に隆盛を極めた不動産会社・木村産業”に目を通してください。
しかしながら懐かしいなぁこの看板。ゴシックで堂々の“木村産業”、そして“ハートのヒ♡♡ル創り”。“♡♡”に工夫がありそうでいてストレートな表現と色合いに何とも言えん「………」なものを感じていたことを思い出しました。
少しは色褪せているも広告塔としてまだまだ使命を果たしてます。とはいえ法人として存在してませんのでさすがにネオン管が光ることはないんでしょうけど。
2025年12月 8日 (月)
谷町5交差点あたり、午後11時7分。
仕事関係で知り合った気の合う三人誘って天満橋あたりで忘年会。去年はひとり流行病で欠席でその前はいつやったかいなぁ…ってそやっ、コロナ禍前ですわ。
その時も楽しかったけど今夜も楽しかったぁ。四人がほぼ1/4づつしゃべると言うのがええねんなぁと今回も再認識しつつ二軒目行ってまで呑み続けてましたがその辺からの記憶がなく家のコタツで目が覚めて…電車で帰ったんか歩いて帰ったんか…
で、ブログ更新しよとコンデジ見ましたら夜景が写っていて撮った時間が11時過ぎ…と言うことは歩いて帰ったってことですか。しかしながら写真は残るも撮った記憶ももひとつなく…ま、飲みに出たら大概こんな感じ。コケて怪我せなんだだけマシではあるもののええ歳してって思います。
2025年12月 7日 (日)
2025年12月 6日 (土)
鳥羽駅前にナショ文字
過日の志摩旅。鳥羽駅で停車する近鉄特急の車窓から外を眺めていますと、向こうのビルにナショ文字発見。
何のアレンジも施していない正真正銘のナショ文字。もうパクってるとかそういう話はどうでもええっちゅうレベルですわ。
調べますればここは鳥羽パールビルで現在は廃墟とか。1970年(昭和45年)完成の商業ビルで2008年に閉鎖され今に至るとのこと。なるほどねー、まさにナショナルな時代に賑わったってことなんでしょうなぁ。
しかしながらほぼ駅前で十数年もほったらかされて廃墟と化して…何や寂しいことで。調べなんだらよかった…
(於:三重県鳥羽市) “なんでもナショ文字”な時代が確実にあった…
※ナショ文字関連記事:
『注意喚起の置き看板にナショ文字』 2024年9月 記
『門真市の公用文字はナショ文字か』 2023年8月 記
『名古屋にもナショ文字』 2023年2月 記
『パナソニックショップにナショ文字』 2021年3月 記
『片野桜の“カタノサクラ”はナショ文字や』 2021年2月 記
『ナショ文字は赤でこそナショナル、やな。』 2019年3月 記
『ナショ文字、いまだ現役!や。』 2018年1月 記
『ナショナル自転車の店』 2016年12月 記
『“ナショナル”としか読めん。』 2016年8月 記
『“なんでもナショナル”な字体。』 2011年1月 記
ほか
2025年12月 5日 (金)
青蓮寺レークホテル217号室からの眺め、午前9時。
昨日の記事に触れた通り、お気に入りの青蓮寺レークホテルは年明けに閉館。最後の宿泊になるやろといちばん景色ええ部屋に泊まって窓から見た景色が、これ。
よろしいなぁ。派手さのない秋景色、これがまた沁みまっせ。
社員さんはともかく、パート従業員の皆さんはどうなるんやろと他人事ながら気になります。夕食の給仕を担当してくれはったお方のさりげない素晴らしさを思うとなおのことそんな心配をしてしまいます。
開業から半世紀。まぁ仕方ない様にも思うもたった50年そこらで終わってしまうとは何と切ないこと。コロナ禍の打撃も影響してのことなのかどうなのか。外国人観光客を見かけない貴重なお宿でした。あと1ヶ月と少し…な割に何回大浴場行っても貸切状態やったのが嬉しい様で、ちょっと寂しい現実を見た様な。これからどこへ行きましょうか。ええひとときを有り難うございました。
※関連記事:
『青蓮寺1652-2、秋の夕景。』 2025年12月 記
『青蓮寺湖畔、午後5時29分。』 2025年7月 記
『青蓮寺湖のほとり、午後6時34分。』 2025年5月 記
2025年12月 4日 (木)
青蓮寺1652-2、秋の夕景。
気に入っていた観光ホテルが年明けに廃業と知り、一泊。
やや古びたところあるも、大阪からの距離ええ露天風呂からの眺めええ料理とても美味…何とも残念。
これが最後になるやろなぁと景色がいちばんええ部屋へ。青蓮寺湖越しに見える山の紅葉がこれまたよろしいなぁ…って写真は明日にして、今日はこれ。
日が暮れて黄金色に染まるススキの図。集落とホテルの間に見えた何げない景色。
葉を落としたサクラの枝も集落の家屋も電柱も有刺鉄線の柵も含めてええ感じ。“観光ホテル”から見える景色にしては、妙に普通な田舎の光景。いいわぁ。
(於:三重県名張市) “まさに上燗”な名張のお酒“高砂”、これがまたええねんなぁ…
※関連記事:
『青蓮寺湖畔、午後5時29分。』 2025年7月 記
『青蓮寺湖のほとり、午後6時34分。』 2025年5月 記
2025年12月 3日 (水)
2025年12月 2日 (火)
2025年12月 1日 (月)
昭和なプラ看板 352 ● キリンビール
先日の防火水槽の記事に電信柱で肝心の商品名が隠れたプラ看板が写っていたのがあったのを覚えてはるでしょうか。で、そのプラ看板、裏側を見上げまあすと昔のロゴの“キリンビール”。「これぞ昭和のプラ看板♪」と盛り上がって一枚二枚。
曲線少なめ直線基調のこのロゴこそ“キリンビール”。“ラガー”も“一番搾り”もない各社一社一銘柄やったあの時代がよみがえるってもんです。
久々に現役の旧ロゴ見たなぁと盛り上がりつつ画像をパソコンで見ていますと…ん? 看板上部にあるラベルにあるロゴは…今日のですやん。それに養生テープで補強されているのも気になるところ。どういうことなんやろと防火水槽の時に写ってる逆面のそれを見ると…“キリンビール”の部分も現行ロゴっぽいでっせ。
「どういうことや?」ってこういう時もいつものストリートビューでチェック。確認しますれば…やっぱり。電信柱で隠れる面は現行ロゴです。表と裏、新旧ロゴで夢の共演…何やけったいな感じです。
さらにストリートビューで過去を調べに行きますれば、2018年まで両方とも現行ロゴが掲げられていたことが判明しました。
この2018年の画像を見て気になるところがひとつ。それはいち部分が破損していることです。2018年と言えば強風吹きまくりの台風(平成30年台風第21号)が大阪はじめ関西圏をメチャクチャにしたあれがやってきた年です。あれがあって看板をやり直すにあたって破損した面だけ旧ロゴにしたってことなんでしょう。
しかし何で旧ロゴで直したんでしょうかね。妙なこっちゃと思いましたけど昨日の記事にある通りこちらの酒屋さん、隅々まで昔風情ですから破損を気に昭和テイストにしはったんかもしれません。
とまぁこちらのお店、きっと“ビールはキリン”なんやろと思っていましたが先日飲みに訪れた時、冷蔵庫で冷えていた瓶はサッポロとアサヒだけ。外の自販機もしかり、でした。ま、常連さんは全員、缶の“麒麟淡麗グリーンラベル”を楽しんではりましたけど。
※キリンビール関連記事:
『昭和なプラ看板 326 ● KIRIN BEER』 2025年1月 記
『昭和なプラ看板 310 ● KIRIN Light BEER キリンライトビール』 2024年5月 記
『昭和なプラ看板 129 ● キリンレモン/キリンビール』 2016年7月 記
『木箱に“ルービンリキ”』 2015年12月 記
※こちらの酒屋さん関連記事:
『大関の看板、又泉の暖簾掲げた酒屋さん。』 2025年11月 記
『防火水槽 257 ■ 福島区海老江四丁目10-19』 2025年11月 記
『海老江で一献』 2025年11月 記












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