2025年10月
2025年10月31日 (金)
2025年10月30日 (木)
街角の注意喚起の“アトシマツ”に雑感
街の隅、低いところにカタカナが。
いやホンマほんま。まぁきょうびは大概さんぽに連れ出してはるお方が片付けてはりますけどね。
まぁそれよりこのカタカナ表記に反応したのが事実。
字を型抜きして看板作ってはるから曲線の少ないカタカナを使ってはるんやと思いますが、どうも外来語以外でのカタカナ使いを見ると“頑固な爺さん”なイメージが湧いてくるんですけど…どうでしょ? 亡き父が使っていたからかもしれませんが、何となく「おじいさんが怒ってはる」図が頭をよぎります。ま、それだけのことです。
で、話戻りまして飼い犬の糞尿問題ですが。
私も子供の頃、犬(もちろん雑種)を飼ってもらっていてさんぽにも連れ出していましたけど、その頃は糞尿そこらに垂れ流しが当たり前やった気がします。今ほどそこここがアスファルトやコンクリートで地球が覆われていませんでしたので、草むらとかで犬も排便していたってことでしょう。ちなみに自分はどうしていたかというと、川沿いの場合はスコップで川へ捨てていたのを思い出しました。尿に関しては…思い出せませんが、今みたいに水かけたりしてませんでしたわ。
そんな自分がやってへんかったことに対して「けしからん!」と犬の糞尿に憤慨してるこの現実…もうちょっと飼い主を許す心を持たんとあかんなぁと思った次第。ちなみにうちの家の前の隅に電信柱が立っていて、そこにションベンさせる飼い主がいてムカムカしてたんですけど…犬にはそこが玄関前とか知らんこと思うと「仕方ないやん」と思わんといかん気がしてきました。寛大な心で世間と対峙せんとなぁ…って、これができんのですよなかなか。
2025年10月29日 (水)
2025年10月28日 (火)
気持ちはわかるんやが…情報満載の道端看板。
八尾は恩智駅あたり、外環状線に面して看板が立てられているんですがこれ、業種と屋号以外全く読めません。決して“字が汚い”とか“劣化しすぎ”ってことではなくて…
読めんでも全然日々の生活になんら影響はないんですけど目にするたびに気になりまして先日、クルマを駐車場に止めて見に行きました。
はい、ご覧の通りいっぱい書いてありますわ。これは…立ち止まって看板目の前にしてもなかなか覚えられませんなぁ。
ま、気持ちはわかります。あれもこれも伝えたいとなるとこうなりますよね。そう思うと“727COSMETICS”の看板がいかに潔いか…てなこと思いました。
一応見とことストリートビューで過去へ行きますと…刷新するたびに情報量増やしてはります。はい。
※関連記事:
『727のある風景』 2024年7月 記
2025年10月27日 (月)
2025年10月26日 (日)
2025年10月25日 (土)
昭和なプラ看板 349 ● 日本室内装飾協同組合連合会 A MEMBER OF OSAKA
昔風情な町家にプラ看板。
そう古くはない物の様ですが違和感なく溶け込んでると感じるのは、形状が丸いからかもしれません。
漢字が円に沿ってたくさん記されています。“日本室内装飾事業協同組合連合会”と、計15文字。読めば「そうか」とわかるものの…と言うか、わからんとも言えますなぁ。
下には一転、英語で“A MEMBER OF OSAKA”。なるほどね…って、英語表記の必要性はもひとつわかりませんけど。
この連合会、HPによりますと室内装飾の施工業者及びそれらに必要な資材の販売、加工などを手掛ける業者の集まりのとのこと。庶民にもわかりやすいところでは“防炎ラベル等の支給”や“インテリアデコレーター資格検定試験と育成”ってところでしょうか。
と納得しそうになりましたが…あれっ“インテリアデコレーター”なんやと。勝手にその字ヅラから“インテリアコーディネーター”と勘違いしていました。さらに調べますと“日本インテリアデコレーション協会”という組織もあってそこも“インテリアデコレーター資格試験”を手掛けていて…まっ、どうでもええかという気になってきました。ちなみにインテリアコーディネーターの試験も当然あり、そちらは“インテリア産業協会”というところが手掛けてあるとのことです。
看板の話に戻りますと、真ん中のマークはどうやら“I”と“U”…Interior Unionの略かと想像しますがそれで正しいかどうかはわかりません。てなわけでこの看板、片面は時計回りに1時間半ほどズレています。丸い看板は、施工する人の気質次第ではこういうことになるんですなぁ。
2025年10月24日 (金)
2025年10月23日 (木)
大正橋から南を望む、午後5時47分。
デッカオ氏との“月例”、今回は大正で。
昼に肉の食べ過ぎで腹減らんわとカロリー消費を兼ねて歩いて向かいますれば5時台やというのにすっかり日が暮れて…って日没が5時13分やということ思うと、当たり前のことですわ。
待ち合わせまでちょっとまだ時間あるわと木津川に掛かる橋の上から環状線の橋脚を電車来るまで眺めつつカメラ向けて数枚。川面に浮かぶ街灯の光の揺らぎか、秋を感じさせますなぁ…って、ほんまかいな。
今回は完全サシで立ち飲み二軒。どっちもええお店やった上に安っすいなぁと感激。とは言えまぁ二人とも食べませんからね。そんな調子ですから共にカリカリです。ん?昼に肉食い過ぎたんは誰やっ。
そんなことよりええ夜やったなとしみじみ。今回は記憶を無くすことなくじっくり話した気がします。
「白か黒か?いやいや灰色の中にこそ…」
そんなウダ話が阿吽の呼吸の元で展開されて行く小気味よさ…幸せなこっちゃなと思いました。気安い相手とのサシ飲みは、やっぱり楽しいです。
で、余談ですけど一軒目に行ったお店。暖簾に“サッポロビール”とあるも 入店するといきなり「アサヒかキリンか?」。常連客もそう聞かれ「え?」な風情。サイバー攻撃でアサヒ品薄は聞くもサッポロがないっちゅうのはどういうことなんでしょ。まぁこれも余波なのかもしれません。“アサヒ品薄→他社製品に置き換え→サッポロ品薄→生産再開でアサヒ過剰流通”…いや、もちろん勝手な憶測ですけどもね。
2025年10月22日 (水)
電柱に癒着させられているサビ看板
過日仕事帰りに見た電柱。「わっ」と思いつつ「過去にもそう思ったヤツや」と思い出した次第。
今までにもこの手のネタを出してますが、これが最も原型をとどめていない電柱広告やないかと思います。
「産婦人科の看板なんやろ」程度にしか判読できん状態。隅から錆びて朽ち果てていってます。
この状態を思うとどこが掲示してはる看板かわからん方が吉でしょう。読めたらこれ、逆効果ですわ。
よく見るとこの原型をとどめていない看板な割に、ベルトと言うか帯状のロープでしっかりとしかも何重にも縛られてますで。朽ち果てて落ちん様にここまで努力してはるって…何なんでしょう。
広告主との契約が“永久”なんでしょうか。理解できませんけど、ちょっと変な図としてずっとこのままでええんちゃうかという気がしてきました。
※関連記事:
『電柱に巻かれた錆びた看板伝承され…』 2025年9月 記
『駅前でナナメにそびえる昭和な一本ええ風情』 2025年6月 記
『電柱にこびりついた錆びた看板』 2021年5月 記
『ちと古い団地の電柱に錆びた看板こびりついたまま。』 2016年10月 記
2025年10月21日 (火)
路傍のガーデン
こんな一角が街なかにありました。
緑化と言えば緑化なんですけど、ちょっと不思議な感じ。電柱や道路標識も取り込まれて、しかも調和しています。
ストリートビューで過去を見ますと、10年ほど前に木が一本植えられたことに始まり、鉢植えの草木を置くうちにヒメツルソバがその隙間を埋める様に繁茂しだしてこの“緑地帯”が出来上がった様です。
よく見ると小さな人形やカエルの置物なんかが配されていますので、こちらのお方がこの状態を楽しみつつ整えてええ風情にまとまっているのでしょう。
敷地からはみ出しているとは言え、プランターやら駐輪で道を占拠しているのとは大違い。ちょっとした公開坪庭って感じ。ま、洋風テイスト仕立てですから“ガーデン”ですかね。
(於:東住吉区) 見れば見るほど電柱と標識がええ仕事しとると思うわ
※関連記事:
『路傍の草に』 2025年10月 記
『街角のヒメツルソバ繁茂の図』2025年9月 記
2025年10月20日 (月)
巽南五丁目3-33
廃墟になってしまうとしんみりして素通りしますけど、空家レベルですと植物が繁茂する様子などにあれこれ思うところあってつい立ち止まってしばし眺めます。
その差はどこにあるんやろかろ思いつつ一枚。そうや、不法侵入され破壊されているか否か。そこが大きな違いなんでしょう。“心霊スポット”と化してるところなんかは…どうでもええです。
(於:生野区) “はや山荘”放火された事実…気に入らんわ。
2025年10月19日 (日)
2025年10月18日 (土)
チョコバナナ風、抹茶味。
剪定次第でどうにでもなる…まぁこれ、カイヅカイブキでしょう。まわりの木はヒバですかね。
まるで夜店で売ってるチョコバナナか抹茶ポッキーみたい…と言うても抹茶ポッキー風のそれに比べたらインパクト小ですけども。
(於:中央区) 15年前の様子のかわいいこと。
※関連記事:
『緑柱一本、抹茶ポッキー風。』 2020年5月 記
※カイヅカイブキの関連記事はここから探してください。
2025年10月17日 (金)
黄金のドーム、午後5時8分。
大正区某所で仕事のあと、大正駅まで歩いていますと徐々に日が暮れて、家路を急ぐ子どもたち…あ、もちろん空想。
辻を左に曲がりますれば向こうに見えるは大阪ドーム。黄金色に輝く姿がごちゃついた街並みに調和しているのかいないのか。ま、いずれにしてもええ感じ。
ちなみに、お子は「京セラドーム」と言います。ネーミングライツによる名称変更がいちばん馴染んだ例かもしれませんなぁ。ま、もちろん私は「大阪ドーム」。
(於:大正区) 当時は「んなアホな」思うも、市の名に命名権をと考えた千代松市長はたいしたもんやと思う昨今。
※関連記事:
『「これも文化遺産やで」--電柱のある光景。』 2009年11月 記
2025年10月16日 (木)
室外機に“Ford”のマーク、ありますで。
所用で森ノ宮へ。「この調子で歩くと遅刻するかも…」と、やや早足で歩くもこころはいつもの探索モード。そんな調子ですから古そうなこれが目に入るとスルーするわけにはいきませんわ。
引いて一枚。しゃがんで一枚。寄ってよく見るとそこにあるのは筆記体っぽい“Ford”のあのマーク。
もちろんそれはアメ車のフォードのロゴですよ。クーラーのそれであろう室外機にFord…久しぶりというか何というか。
じつは15年ほど前、“Ford”のロゴの入った一体型クーラーを関係する某所でみたことあるんですけどさほど興味もなく写真も撮らずで撤去してから「あれはホンマにフォードのクーラーやったんかいな?」と気になっていたんですが、やっぱりあってんやとすっきりした次第です。
家に帰ってじっくり写真を見ますれば、“Ford”の前に“PHILCO”とありますやん。楕円の“Ford”マークに気を取られて全く気づいていませんでした。
そもそもフォードが電化製品をもビジネスにしていたというのも知りません。調べてみるも、これがまた「そうか!」って思う記述に出会えず。漠然とわかったのはいち時期、フォードがフィルコを傘下に置いて家電事業にも手を出していたとのことくらいでした。
ま、いずれにしても半世紀以上前のモノの様です。
2025年10月15日 (水)
昭和なプラ看板 348 ● 灘の生一本 清酒 天長
酒屋さんの道を隔てたところにある薪小屋と思われるところに付けられていました。
お店の方にも同じお酒の看板がありましたが、断然こっち。なぜって?…それはこっちには堂々“灘の生一本”の表記があったからです。
天長は和歌山市の天長島村酒造が手掛けるお酒…ですが、昭和32年から平成初期まで灘は御影郷にも酒蔵を有していたとのことですので、その頃の看板なのでしょう。
かつてレッテルに“灘の生一本”とあれば有り難がられ売れる時代があり、地方の醸造元が灘五郷に蔵を置くことがステータスみたいに考えられていたのやと思います。ちなみに和歌山県下の蔵では世界一統、大東一、日本城も同じ頃に灘に進出していたものの、今ではどこも地元和歌山に絞って再び地酒として商いを続けてはるみたいです。
そうそう、昔は“灘の生一本”や“伏見のお酒”が一流で、“地酒”というのは蔑まれる要素があったかと思いますが、時代と共に価値が逆転し“地酒”の方が有り難がられる世の中になって、灘で酒づくりをする意味が薄れて撤退していったんでしょう。
てなわけで“灘の生一本 天長”はまぼろしのお酒。現行品は和歌山のお酒として市場に流れています。ちなみに和歌山県下で“天長”を手にとってレッテルを見ますと、社名の前に“加工者”とありました。“製造者”となっていないところが引っ掛かるんですけど…どういうことなんでしょう。
2025年10月14日 (火)
巽南五丁目15、午後4時43分。
谷町線は出戸駅近くで仕事。涼しなったし帰りは北巽からバス乗って帰ろとせっせと歩くも1時間に一本しかないそれに乗れるんかいなと早足で歩くもええ景色あるとそら立ち止まるってもんで。
西の空が赤く焼けてきてますわ。あれっ、今日の午後は雨予報やったはずやのになぁと思うも改めて空の様子見ますとどことなく雨間近な風情でもありますなぁ…って、夜になった今でも降ってませんけどね。
しかし何です、4時台でもう夕焼け空ですか。秋ですやん…な割に夜になっても暑いってどういうことですかいな。ちなみに「絶対バス乗るで」とせっせと歩いて何とかなりそうやったものの、北巽の駅にあるらしいバス停の位置がもひとつわからず。ほな先回りして乗ったらええかと道路沿いを行きましたけど…どうやら乗るつもりの18系統とは違う道路やったらしく結局小路駅から千日前線で帰ることになりました。久々のネトネトの汗々。これが10月の中旬って…けったいなことで。
2025年10月13日 (月)
2025年10月12日 (日)
恩智中町一丁目56、午後0時11分。
何十年も眺めている建屋に看板ながら、雨上がりの湿気が漂い建屋に看板に染み込んで今日は何となくええ感じ。
高安山麓で茶の湯の稽古付けてもらって帰路、ふと立ち止まってサクッと一枚。環境によって見え方感じ方は変わるもんなんやと再確認した昼下がりでした。
※関連記事:
『恩智中町二丁目240、午前9時24分。』 2025年6月 記
2025年10月11日 (土)
ちょうど10年前の秋祭りの写真に写るお子の姿見て雑感
今日は北浜某所で仕事。あっと言う間に日が暮れて、ネタを求めて10年前の写真ファイル開きますれば、こんな写真がありました。
御野縣主神社の秋祭りの布団太鼓ですわ…と思うもあれっ、だんじりよろしく曳っぱってますやん。
10年前は何げに見ていただけでしたが…そうなんか、担ぐことはなくなったんですか…と思いつつ調べますれば、どうやらYouTubeを見る限り夜には今も担いてはる様子。勤め人が多くなって昼間は担ぎ手がいないということなのか、昔からこの様なスタイルなのか…幼少期にも見たはずながら、覚えてないもんです。
ま、それよりお子も別カットに写っていてその様子があんた、まだ見るからに子どもやという事実に当たり前ながらびっくりした次第。10年なんかあっちゅう間でこっち何も変わらん(つもり)のにちゃんと大人になってけつかる。そやねんなぁ…10年ってそういう歳月なんやなぁとしみじみ思います。あと10年あと20年…お子のそれはともかく我がのそれを思うと、暗澹たる気分になります。いかんいかん、ついつい秋はアカン方向へ気持ちが向かいがちで。
2025年10月10日 (金)
2025年10月 9日 (木)
路傍の草に
それなりに溶け込むも意外と見かけん景色かも。
これがセイタカアワダチソウとかオニタビラコやとこういう風情とはならんかな。何げに郷愁を誘う光景…エノコログサがそういう気分にさせるんやなぁ。
(於:天王寺区) ここ、ヒメツルソバ繁茂の近く。
2025年10月 8日 (水)
午前四時、布団の中で寝られんヤツいる傍らで…
読みはじめて数ページ…「もうあの男とは呑まん」と思いました。
何て?松屋で“牛めしのあたま大盛ライス少なめ”。そこは…まぁよし。引っかかり始めたのは“つゆだく”なる記述。後に続くのは“紅しょうが丼”などと揶揄気味に記してあり「何や、文句あるんけ」…とか何とか。
呑み友関根デッカオ氏、四冊目を先々月出さはりました。タイトルは“午前四時、松屋で牛めし”。サブタイトルに“三時間先を行くライターの三食タイムライン”とあります。氏の日々の生活に三食を絡め社会に出てからの変遷などを回想する…そんな一冊かな。
立て続けに出さはった“考える三部作”には「ほな我がはどうやろか?」と自分と対話しつつ読み進めるスキマがありましたが本作は隅から隅まで“関根デッカオ”です。
朝4時の松屋の牛めしに始まりサイゼリヤで昼酒そして夕刻には居酒屋で串カツ。それぞれに蘊蓄を語り仕事ネタを絡める…そこが面白い!ですけど…ですから、かな「あぁ思ったこう思った」を記すことにためらいがあって…と言うか「立ち入ったらアカンな」の思いが湧きまして、過日、出入橋きんつば屋のきんつばと共に一冊頂いておきながら記事化できずにおりました。
いま再び読み直して…そやなぁ。やっぱり「もうあの男とは呑まん」と思いました。
いやいや勿論ウソですが、そうか…自分の出し方が我がとは違うわぁと思った次第。氏は、結構あからさまにデッカオ色を出すことで世間にアピールしてはります。そこですね、自分との大きな違いは。
勿論ね、恥を忍んで言いますと我がも自己顕示欲は強い方やと思います。以前の記事にも記した様に“アホ”ですからそれなりに自己表現してきましたけど、こっちには行かなんだな、と。
我がはそうですなぁ「いったいあの人はどんなヤツなんやろ?」というよーわからん部分…かっこよく言えば“ミステリアス”な部分を残しておくことをそれなりに“良し”としています。よーわからん部分に受け手が空想を加味してはじめて立ち上がる山本龍造像…って、誰もそこまでアホげと対峙してませんか。
人生の半分弱はネット環境というものがなかった世代ですから我がを全面的に晒すことへの恐怖感があるのも事実。ですけどやっぱりどっかで「つまらんもんですけど」と控えめなのをよしとしてる自分がいます。
ま、自由業で生きていく覚悟を決めた以上頭の先から足の先まで“商品”と言うか“広告塔”ですから「どやっ、これが関根デッカオじゃ」と腹くくってやっていくのが本流ですわな。その辺の覚悟が六十路にしていまだにできてない山本龍造…ちょっと説教されに行こかな。てなわけで「あの男とは、もっと呑むで」…って、この記事よんで、向こうが思ってることでしょう「もうあの男とは呑まん」って。あっ、ちなみに我がは吉野家の“紅しょうが丼つゆ抜き七味かけまくり”を愛してやみません。
※関連記事:
『街を歩いて考えたことないから考えてみた』 2025年8月 記
『素人鉄なりに考えたなら“車窓鉄”』 2025年7月 記
『酒屋の立ち飲みをもういっぺん考えてみた』 2025年7月 記
『酒屋の立ち飲みで考えたことあるか…』 2025年7月 記
2025年10月 7日 (火)
十六夜の満月に
昨日は中秋の名月、今日は満月…クルマピカピカに磨きつつ流れるラジオに耳を傾けますと、何やそんなこと言うてますわ。
そんなことすっかり忘れて実家の雨戸を閉めよと窓開けますれば、東の空にまん丸満月。
しかもちょっと雲に隠れて昨日の月より風情ありまっせ。何と美しい朧月夜なんでしょ。
で、冒頭の話。十五夜とか中秋の名月とかって満月やと思い込んでましたけど…というか、改めて考えるとそれらのこと、何も知りません。
旧暦では十五夜は満月ながら、新暦ではズレが生じてそうともならんみたいな解説があって何やわかった様なわからん様な。まぁ秋の中頃の満月の日のことを“中秋の名月”というのではなくて旧暦のその頃の十五夜の日のことをそう言うってことなんでしょうかね。
てなわけで今夜は十六夜。昨日より50分ほど遅く出たとか。そのためらいがちに出てくることから“いざよい”と読む…そうなんや。しかしほんま、学ないわ。
2025年10月 6日 (月)
“愛の手で築く非行のない社会”の文言に
この手の啓蒙看板って、若い時分は大人の偽善っぽいもんを感じて毛嫌いしていました。
それが半世紀ほど生きた頃からか「その通りやわな」と思う様になりましたってちょっとあんた、気づくの遅すぎますわな。
当たり前ながら人それぞれ生まれ育った環境が違うことを長いこと理解できてなんだってことなんでしょう。もちろんそんな当たり前なこと、理屈ではわかってたつもりですけど、ねぇ。
「やっとれんでっ!」と、おかしなる環境を生き抜いてるひともいてはるんやろなと…あぁこう書くと何か“上から”ニュアンスですな。
などと書きつつ、何でこれ撮ったかって…ただただビジュアル的にええ感じやと撮っただけというのが事実。
ひとの立場になってあれこれ思いを巡らす…これ、とても難しいこと。“罪を憎んで人を憎まず”…このコトバも「アホぬかせ」思ってましたけど「なるほどなぁ」。ま、その意味を心底実感するにはまだ時間がかかることやろと思いますけど。
ちなみに“社会を明るくする運動”は法務省保護局が主唱する活動とのことです。
(於:三重県熊野市) 言うても“愛の手で”とか…すんなりストンと落ちへんねんけど。
2025年10月 5日 (日)
2025年10月 4日 (土)
恩智の“二ノ𣘺”親柱に
茶の湯の稽古の前にマルゲン醤油醸造元さんへいつものお味噌買いに。近年ずっとこれひと筋。不要不急の外出を控えたお陰でここのお味噌に出会えたこと思うと、生活圏の再認識という点においてはコロナ禍、悪いことばっかりではなかったんかなぁとか思いつつ歩いてますれば足元に小さな石の親柱。しっとり雨に濡れているからでしょうか、彫られた字がくっきり認識できてええ感じやんと近寄り見ますれば…何となく可愛いですよ。
きっとそこに彫られているのはたぶん“二のはし”。“は”が“む”の“ヽ”のないみたいですからそう読むのも無理があるかなと思いつつ向こう側の親柱を確認しますと“二ノ𣘺”。やっぱり“二のはし”で正解。漢字の方はカッコよろしいな。女性的と男性的…今日的には言ってはいけませんけど、そんな感じ。
しかしながら何なんですかこの『“む”の“ヽ”のない』字は…と思いつつ見たことはあるなぁと考えてみますれば…あれやっ!蕎麦屋の暖簾とかに記されてる文字の様な意匠の様な…わかりますかね、これの最後の一文字が“む”みたいなヤツと一緒ですわ。
長年「何なんやろ?」と思っていたんですけど、これで“生そば”と読むものの、元々の漢字は“幾楚者”とのこと。その漢字を変体仮名に置き換えたモンやと。てなわけで“二のはし”の“は”に当たる部分はこれが刻まれているってことなんですね。
そう言えば他の親柱とか道標にも「何やわからん」な文字を見ることありますけどこれらも変体仮名なのかも。そやとわかると今まで読めなんだ石碑も少しは理解できるってことですかね。よっしゃ、今度記事化できずお蔵入りしている橋の親柱解読してみよっ…と、いま見ましたけどそれは漢字。やはりそれなりの基礎がないと読めんもんです。
2025年10月 3日 (金)
昭和なプラ看板 347 ● 清酒 櫻正宗
プラ看板、夕日が透過光になってええ感じ。
その分、西向きの面は劣化も進んでいるのが残念ではあります。
白地の長方形に“櫻正宗”と、その簡素さに漂う老舗感…ほんまかいな。ま、いずれにしても店構え含めてええ感じ。近年話題の“布施”らしいんちゃうかと思いますが、どうでしょ?。
櫻正宗と言えば、ちょっとそこらへんの造り酒屋とは違いますよね。どことなく“正宗”と言えば“菊正宗”みたいに思われているのが気の毒に思います。
櫻正宗で特記すべきことは、
・“宮水”の発見
・“正宗”の元祖
・“協会1号酵母”発祥の蔵
・種麹の自家培養
どれもすごいことやないでしょうか。科学の発達してなかった頃に酒づくりに適した水があることを突き止め、辛口の切れ味を“せいしゅ”とも読める刀工“正宗”から思いつき(臨済正宗からという説も=同社のHP)、すぐれた酵母として国立醸造試験所 (現・日本醸造協会)から頒布される“きょうかい酵母”の第一号を生み出した蔵元であり、殆どの蔵が種麹屋(もやし屋)さんから仕入れる中、自社製にこだわる…すごいことです。
とまぁ輝かしい歴史を誇る櫻正宗ですけど、なんかもひとつパッとせんのが気になるところであります。阪神淡路大震災で倒壊した酒蔵もそらぁ立派な蔵やったこと思うとなおのこと。ま、我がにできることは買うことと呑むことだけですので…そや、今度“月例”でここ行ってみよ…って、どやろな。
2025年10月 2日 (木)
秋の絵にして明るい10月
今月の挿絵もさっさと描いてありました。
カラフルながら、ちゃんと秋が描かれてます。ほんのちょっとの積み重ねながら、それなりに表現が豊かになってるなぁと思います。
例えば楓の葉。3枚を別々の色を使うてはります。正味のところはここらで10月には紅葉はまだ早いとは思いますけど、3枚で1ヶ月の時の移ろいを表してるんやなぁと思うと、深みがちょっとだけ出てきたんやなぁと。
キノコの図もしかり。こんな色合いはどう見ても毒キノコ。絵に“毒”を忍ばせるあたりにも深みを感じますわ…って、本人自覚してるとも思えんのですけどね。
リスのほっぺたが赤いのも良し。カボチャとクリの横並び…これは何なんでしょう。ごっつでっかいクリなのか、めっちゃちっちゃいカボチャなのかも気になりますなぁ。あ、ちなみにカボチャって半分に割っても中身はこう見えへんと思いますけど。
ま、さみしい秋に明るい絵…そうか、来春以降の進路が確定した安心感が絵に表れているのかもしれません。これまでとこれからと…先は長いのか短いのか。いずれにしても何ぞあるのは当たり前。たくましく、かつしなやかに生きていってほしいもんです。
2025年10月 1日 (水)
日本酒の日はブルーボトルの家呑み
10月1日は日本酒の日。今年もおとなしく家呑み。で、チョイスしたお酒は、これっ、青い八海山。
四合瓶にしてへそラベル付き。そこには肩ラベル同様英語の表記。なんて何て?“Proud Partner of Los Angels Dodgers”…AIに尋ねますれば「誇り高きロサンゼルスドジャースのパートナー」…そうなんか。ま、きっと協賛してるってことなんやろと同社のHP見ますればこちらのお酒は“ドジャース公式日本酒”とのこと。そうか、それで青いんですな。
あ、こちら頂き物。呑んで応援!その甲斐あってかチームも大谷翔平も絶好調…らしいですな。味はそらぁもちろんしっとり美味しいなぁとメザシ肴に楽しみました。本醸造でもやっぱり“SPECIAL HONJOZO”は…ちゃいまんなぁ。









「サビ看板あるわ」と立ち止まりました。







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