懐かしのFootwork
昨日の記事のついでにこっちも。
過日の渥美半島への旅。食べ放題のメロン狩りに訪れた農園の駐車場隅にこれがありました。
白地に朱色でFootwork…そうそう、ヤマト運輸の“クロネコ”に“アカイヌ”で対抗。後発ながら赤の長いダックスフンドのイラストで攻勢をかけていち時期はそれなりに存在感を示していました。
調子良くやっていた頃には確か、F1に関わってはって「結構派手にやってんなぁ」と見てました。他にはFANDERSというちょっと高級な配達弁当を手掛けたりもしてはりましたなぁ。一度何かの仕事中によばれたことありますけど、ほかほか弁当しか知らんペーペーの若造には豪華に思えたもんです。
いま調べますとF1やってはった頃には海外のゴルフ場やらホテルを買収したり、リゾートホテルにも進出していたとか。ははぁ、結局バブル崩壊で大ヤケドを負ったことが響いて倒産に至ったってことなんですね。
フットワークは、全国いくつかの運送会社が協力して始めた事業で、その中核を担っていたのは日本運送だったと記憶しています(1981年に日本運送を中心に7社合同で“全日本流通”を発足)。
2001年頃行き詰まって破綻した様ですが、グループ会社やらなんやらでもひとつ理解できていません。私はてっきりフットワークは日本郵便に取り込まれてTOLLになって今、JPロジスティクスになっていると思っていたんですが、それはフットワークエクスプレスの事の様で、他のグループ会社は再生したり、他社に組み込まれて今に至っている様です。ちなみに現在、“日本運送”という会社がちゃんとあります。マークも昔のままですが“沿革”が記されていませんので、昔の日本運送とどう繋がっているのかわかりませんでした。
今も白地に朱色のトラックの上に“TOLL”と貼ってあるトラックが走っていること思うとFootworkってつい最近まであったんやなぁと思います…って四半世紀前は“ふた昔前”。早いモンですね…って、それだけトラックって長持ちするってことなんやと知りました。
“日通のペリカン便”とか“こぐまの名鉄宅配便”、“パンサー宅配便”、“カンガルー便”そうそう“オクダ便”なんかもあったこと思うと、コンビニよろしく宅配事業もヤマト、佐川、郵便局の3つにほぼ集約されたってことですね。その陰でクロネコ以外、様々な動物が姿を消していきました。
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コメント
おはようございます。
これこれ(笑)。町中をよく走ってましたね〜。
そうですか、すっかり見かけないと思ったら、いつの間にか倒産してんですね。
僕もたま〜に、こんな感じのコンテナを見かけたことがあります。
名鉄便…あったなー。懐かしい!
赤帽さんは、地道に健在なんですね。あのサンバーって特別仕様なんでしょう?
宅配屋さんも色々と紆余曲折あるようで、ゆうパックもどうなることやら…。
投稿: tatsuya-zz | 2025年8月28日 (木) 07時35分
●tatsuya-zzさま
今もそうですけど若き日々は特にマイナーもん贔屓で千葉県の連れに荷物をこぐまの名鉄宅配便で送ったら、不在の場合いちいち東京の営業所まで持ち帰らはってなかなか配達されへんってことがありました。地元大阪では中央区の荷物を引き取りに行こと思うと西成の寂しいところまで行かんとアカン…これは日通のペリカン便の話ですけど。
「やっぱりクロネコヤマトの宅急便は別格やなぁ」と思ったもんです。
赤帽のスバルサンバーは特別仕様ってきいたことありますね。
10年ほど前からダイハツ製になってしまいましたが、今でもそれなりに手を入れてはるんでしょうかね。
いつも反応おおきにです。
投稿: 山本龍造 | 2025年8月28日 (木) 23時06分