一盌からピースフルネスを
「戦争反対」はまぁ当然思うことではあるんですけど、正直なところ「戦争はなくならへんで」とも思うわけです。
それでも「あんたはあんた、わたしはわたし」…そう言うと何か互いに相容れへん冷たい状態みたいに感じますけど、つまり“相手を認めて尊重する”、こういう姿勢をみんなが持ち合わせることができたら、争いごとは起こらへんはずやなぁと思う様になってきました。
“一盌からピースフルネスを”ーーこれは先日102歳でお亡くなりになられた茶道裏千家の前家元、千玄室さん(鵬雲斎宗匠)が提唱なさってた茶道を通じて平和を世界に広めようとする理念。若い時分には「何かきれいごと言ってるなぁ」と胡散臭いフレーズに感じていたんですけど歳を重ねるごとに徐々に徐々にきれいごとでもええんちゃうかと思う様になってきまして。
きっとね、そんな表層的なこと言ってはるんやないんやと思うんですよ。それでもその言葉通りの意味なんですよねきっと。なんのこっちゃ?ですかね。ええ理念やなぁといやホンマ思える様になってきました。もちろん先にも触れた通り「ほんまにわかってるんかいな?」と問われれば…全然自信ないんですけど。
氏とは何度か直接お会いしました…って言っても“同じ空気を吸うただけ”レベルですけども。そのうちの一回はオフもオフ、ある茶会の前に日向ぼっこしつつ弁当広げてビール飲んで楽しんでますれば「昼からよろしなぁ」と我々一団に気軽に声をかけて行かはりました。その「誰に対しても上も下もない」な態度にひれ伏した…って表現は変ですね。まぁ「そういうお方なんや…」と思いました。もう四半世紀ほど前のことやったでしょうかね。そこからですねきっと、“一盌からピースフルネスを”のフレーズにあれこれ思わん様になったのは。
はなし戻します。「戦争はなくならへんで」はやはり正味のところこの思いは変わっていません。それでも、ちょっとずつでも相手を尊重する気持ちをみんなが持つことができたら少しはええ世の中になるんかもしれんなぁと。ま、言うたところで尊重するに至らんお仁もいるからなぁ…って結局のところ、やっぱり玄室さんの思いを理解できるほどの輩やないってことですわ。
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