« 2025年6月 | トップページ | 2025年8月 »

2025年7月

2025年7月31日 (木)

磯部町的矢からスペイン村を眺める、午前10時42分。

 二泊三日の旅も最終日。英虞湾島めぐりの船も津波注意報発令中とあって運休。あとは帰るだけ。
2507311042  奥に見えるのが志摩スペイン村。そう言えば30年以上前に溝蓋(グレーチング)の施工例の撮影をあの園内でやったことを思い出しました。
 そんな遊園地そばに位置するホテルというのもあってか宿泊者数の多いこと多いこと。バイキング会場も大浴場も密々という有り様にもう完全にコロナ禍は過去のものになってんなぁと思いました。
 うちのひとに訊けばここ、宿泊料金激安とのこと。その上アルコール飲料におつまみ飲み食べ放題、おまけにシャンパン(=ただのスパークリングワインちゃいますよ)の飲み放題プランまで楽しめたこと思うと、大混雑も当然のことでしょう。しかしながらうちのひと、いっつもうまいこと格安な宿やら移動手段をさがしてくるもんです。甲斐性なしのおっさん相手に培われたノウハウ…有り難いことです、うん。
 直帰ってのも勿体ないしってことで吉野は川上村の柿の葉寿司買って帰るも「また柿の葉寿司か…」な態度のお子に「贅沢やなぁ」と思いつつ日暮ちょっと前に帰宅。750kmほどの移動距離の割に観光スポット少なかったものの、津波の諸々に巻き込まれなんだことだけで充分満足、そんな旅でした。もちろんお子はもの足らんいう風情でしたけど。

(於:三重県志摩市)人気ブログランキング 鳥羽では牡蠣養殖の筏が津波被害にあったこと思うと「ええ旅やった」とも思えんな。

| | | コメント (0)

2025年7月30日 (水)

津波警報発令中に伊良湖岬でメロン三昧

 渥美半島は伊良湖岬でメロン三昧は今回2度目。今年の冬にはイチゴ三昧にも大満足していながらその手の記事は書かなんだこと思うと、アホげで食べもんのこと記してどないすんのと思いつつまぁひとつお許しを。
Melon1 Melon2 Melon3  前回のメロン三昧は9年前。父親がまだ元気やったこと思うと時の移ろいのはやさを思います。そのとき口にしたメロンがもうごっつい甘くてコクがあって美味しいおいしいで一生分と言ってもええほど食べたんです、もちろん父親も。その時の印象が強く残っていたので「また行こや」というのが今回の旅の理由。
 宿に一泊して「ほな向かおか」と言うその時に全スマホが鳴り出して津波がどやこやと。テレビつけたらここらもヤバそげでっせ。やと言うのにホイホイとメロン狩りに向かってクルマ移動。ちなみにその農園は“シーサイドファーム伊良湖”…まぁ着いてから知ったんですけど。
 道すがらも着いてからも至って普通でしたからこっちも普通にメロンひとり1個狩ってその後冷やしてくれてあるメロンを40分制限で食べ続けて…ま、25分ぐらいで「もうええわっ」とご馳走さんでしたが。
 美味しかったぁ、うん。ですけどどうにも9年前の印象を超えられませんで。前回は8月下旬やったこと思うと時期が早かったのかもしれませんし、この異常な暑さと雨降らん状況がメロン栽培にも影響してるのかもしれませんし、もうひとつ、第一印象が衝撃的すぎて実態以上にスペシャルな味わいやったと誤認識して今に至ってるだけなのかもしれません。
 メロンで腹一杯の次は…伊勢湾フェリーに乗って伊勢志摩へ向かう予定は当然運休の連絡がフェリー会社からあって三河湾に伊勢湾をグルッとクルマ移動することに。上空から津波の様子を撮影に来ているヘリコプターが飛んでましたがクルマから見える景色はいたって日常って風情でした。

(於:愛知県田原市)人気ブログランキング まぁクルマの運転トコトン楽しめてよかったと思たらよろしい。

| | | コメント (0)

2025年7月29日 (火)

トヨタ会館で雑感

 夏休み旅第二弾は渥美半島は田原市へメロン食べに。その前にちょっと寄っていこってことで豊田市はトヨタ会館へ。もちろんトヨタ車で…って中身ダイハツですけど。
Toyotakaikan1 Toyotakaikan2 ざっくり言うと「やっぱりトヨタやで」。揺るぎなき思想にそれを製品に落とし込む技と努力。そして未来の有り様も模索して市民に提示する…押し付けがましくない主張にじんわり染み入りました。
 グッズコーナーにはトヨタ車のそれだけでなく他社のミニカー(トミカもあったかな?)も売っているところにも「やっぱりトヨタやで」を感じました。お子もいたく感動していた様子。きっとヤツも「「やっぱりトヨタやで」と感じていたことでしょう。
 うちのひとの提案で行ったってのが正直なところ。どうせやったらもっとはやくに来ておくべきでした。具体的に言うと…うちの兄がこの会社に在籍中に知っておきたかったなとトヨタのことを。そういうところで活躍してたんやなぁと思いを馳せると…ちょっと開いてしもた距離を少しは縮められたのとちゃうかなぁと思ったり。ま、もちろん今からでも遅くはないんですけど歳を重ねるにつれてお互いなおのこと気恥ずかしくなるもんでして。
 訪れることで「何やあいつ」な気分が氷解していった…トヨタ会館は我がにとってそう言う場所でした。

(於:愛知県豊田市)人気ブログランキング 兄は王道、弟は隙間…まぁええんちゃいます?

※関連記事:
トヨタの産業技術記念館で感動する』 2009年4月 記

| | | コメント (0)

2025年7月28日 (月)

期間限定の景色、龍造寺町8-8の夜。

 思えばここも期間限定やな、と。
2507282027  こんな眺めを見る日が来るとは想像もしてませんでしたがこれが現実なんやなぁと。今日も暑かった。

(於:中央区)人気ブログランキング 供給過剰になったら怖いなぁ。いやホンマ。

| | | コメント (0)

2025年7月27日 (日)

京阪特急の車窓越しに見た樟葉駅ホーム、夏の昼下がり。

 過日見た淀屋橋行きの京阪特急の車窓から見た光景。
Pm0kuzuha  何げない景色ながら夏の日の昼下がりやなぁって感じて一枚。そう見えるのも冷菓で涼を取ってはるであろうお方がベンチに座ってはるからかな。これが複数人やと暑苦しく見えることでしょう。しかしホンマ、えげつない暑い日々。水槽のメダカと金魚が亡くなったのもそのせいなんちゃうかと思いつつラジオで耳にしたザリガニの大量死の話題に…「そうなんや」。わしもそうですけど皆さんもどうかご自愛くださいな。

(於:枚方市)人気ブログランキング とは言えお年寄りが「寒い」と冷房を拒む気持ちも今年はわかる。ええことの様な…

※関連記事:
樟葉駅3•4番乗り場、午前10時15分。』 2024年7月 記

| | | コメント (2)

2025年7月26日 (土)

茶室にミャクミャク

 今日は茶の湯のお稽古日。先生宅へ向かい稽古場に入りますれば床の間にあれが三体。えらいとこに飾ってありまっせ。
Myaku 訊けばお子さんの社中さんから借りてるとのこと。他の社中さんの話によればなかなか買えんとのことで2時間待ちとか言うてはりましたが行ってませんので知りません。
 しかしまぁ、あんだけクソカスに言われてたキャラクターがトコトンもてはやされてどういうことなん?と思ったりしますけど、あの催し自体の散々な前評判がいざ始まったらコロっと論調変わったこと思うと…そんなもんですわな。
 ま、何はともあれ茶室にまでミャクミャクってのがきっとそのうち「懐かしなぁ」となるわと思って一枚。その空間に合うか合わんか…そんなことよりこの様にしはる先生の度量の広さを改めて知って社中として幸せなこっちゃなぁとしみじみ思たのでした。ええわぁ、うちのセンセ。

人気ブログランキング せんとくんのデビューもボロボロやったこと思うと、やっぱりな。

| | | コメント (4)

2025年7月25日 (金)

計量管理事業場を示す琺瑯看板

 クルマのオイル変えてもらいに俊徳道駅あたりの自転車商会さんへ。ひと晩預けることにして帰りは地下鉄で帰ろと小路駅まで歩いてますればやがて商店街へ…ってアーケードはありませんけど。少し昔風情漂う街にこんな表示の琺瑯看板がひっそり。
Kkj1 Kkj2  もう廃業された様な風情の店先にそれはありました。「これはきっと米屋さんやったんやな」と帰宅後ストリートビューで過去に行き検証しましたら、やはりそうでした。
 そう言えば昔、まだ市場で買い物が当たり前な時代に母親に連れられて見ていた光景のひとつがお肉屋さんのハカリに検査証みたいなもんが貼ってあって子ども心に「きっとこれはちゃんとしたハカリですちゅう印なんやろな」と思うてたことを思い出しました。
 ここにある“通商産業大臣”、通商産業省が名を変え経済産業省となったのが2001年のこととのこと。てなわけでこの看板は四半世紀以上前のものと思われます…って、それどころやないでしょう、きっと。

(於:生野区)人気ブログランキング “---事業場”って、何とも大掛かりな工場なイメージ。

| | | コメント (2)

2025年7月24日 (木)

期間限定の景色、安堂寺町一丁目6-6の夜。

 中央区のそこここで建設ラッシュ。その前に永年街の顔やった建物がなくなる訳ですけど、更地になったらこれが案外「どんな建物やったっけ?」てな感じでまぁ全く思い出せんことがほとんど。ここも…「何やったっけ?」。
Andoujimachi166  無くなってみれば長堀通から安堂寺町の通りが見えるんやなぁと思いつつ一枚。記事書くにあたってそこは何やったんか改めて見に行きますれば美容室やったところ。裏隣にあった昔風情のええビルも無くなってました。
 なんか儚いなぁ。まぁそれでええんやとは思いもしますけど、ね。人もいずれいなくなってそのうち忘れ去られていく…それでええんやなと改めて思いました…って、ほんまかいな。そらそれでええんですけども。

(於:中央区)人気ブログランキング 生命体とは違て寿命がないと言えばないこと思えば建物の解体はやっぱりさみしい。

| | | コメント (0)

2025年7月23日 (水)

マジでマジデ

 仁徳天皇陵のネキで一日仕事。きょうびはその古墳のこと“大仙古墳”と習うそうですけど。
 激暑の中アホみたいにカレーうどん食べて汗だくで歩きますれば信号待ちのトラックに「!」。仕事の連中と一緒やしと一瞬躊躇うも、一枚。
Majide  いわゆる“ターャジス”ながら…決まってんなぁ。

(於:堺市堺区)人気ブログランキング 「マジで?」…いやいや「ホンマ?」やわな。

※関連記事:
話題のターャジス』 2018年9月 記

| | | コメント (2)

2025年7月22日 (火)

琺瑯タンクの余生 81 ● 奈良県吉野郡吉野町菜摘10

 過日の旅、津風呂湖でも寄って行こかとクルマで移動。カーブを曲がりますと視界に入るは巨大な琺瑯タンクがひとつ。
Horo81a Horo81b  よく見かける密閉型のそれより1.5倍ほどデカい様に思います。近くに置かれたドラム缶が可愛く見えるほどの違和感。何となく怖い雰囲気を漂わせています。
 いつも通りストリートビューで過去を見ますれば、2023年の時点には本、2013年には3本のタンクと離れたところに1本と計本が立つも2012年まで戻りますとひとつもありません。十数年でこの様に変わる例はあまり見たことがありません。
 写真にも写るドラム缶は昔も今もたくさん置かれていますが、石垣的に使われている様に見えます。
 この琺瑯タンクですが、何に使われているのかはさっぱりわかりませんでした。いまは1本ですがかつて数本あった時は、ドラム缶同様の目的で置かれていた様に見えんこともありません。いずれにしても不思議な景色です。
 吉野町には八咫烏猩々花巴の3つの蔵がありますが、このタンクの大きさを思うと町外から持ってきているのやないかと思いますが、わかりません。
 雨の日とあって余計におどろおどろしく見えた琺瑯タンク。そのうちこの最後の一本もなくなるのかどうか。今のうちに見ておくことができてよかったです…って、怖いもん見たさですわな。

(於:奈良県吉野町)人気ブログランキング 味わい増す錆サビもあるけど、こうい錆サビは気色わるいもんや。

| | | コメント (0)

2025年7月21日 (月)

素人鉄なりに考えたなら“車窓鉄”

 先の記事に“酒屋の立ち飲みで考えた”という関根デッカオ氏の著書について書きましたが、彼、調子にのってる様ですぐに“素人鉄なりに考えた”というのも出さはりました。その内容は…まぁやはり彼独特の世界観をもとに記されています。「わしも一緒」と思うこともそれなりにありましたけど、絶対的に言えるのは我がとの世代差とそこに起因する鉄道に対する感じ方、そこをあれこれ思いました。

Sekidecc2 ふたまわり以上離れているとそらもう原体験が全然違うわけです。たとえ令和の時代にお互い生きようともそこが違うと言うのことは大きいことやわなぁと思いました。

 鉄道なぁ。好き嫌いで言うと好き。ですけど世間で言うところの鉄道好きってのはもうえげつなく深い知識を持ってはる人だけが「鉄道ファン」を名乗っても許されるって雰囲気が世間にあって、そんなマニアの人らも独特の雰囲気を纏ってはるもんですから、カンタンに「鉄道好きですねん」とは言えんし言うと恥ずかしいみたいなそんな感覚が我がの中にあります。

 ほんまのところはごくごく普通に好きなだけ。ですけどかつて…半世紀ほど前はのめり込んでましたね、鉄道。

 それははやい話、蒸気機関車が身近に走っていたことと、それが数年後には廃止されるという“儚さ”があったからのことでしょう。当時は小学3,4年生。近鉄沿線に住みながら国鉄は関西本線へその勇姿を見に行ったり連れて行ってもらったり勝手に操車場に堂々入り込んでD51の運転台に乗り込んで石炭をカマに放り込んだりしてそのデッカさに熱量に圧倒されて大好きになって…そんな原体験ですから、蒸気機関車が廃止されて無煙化が進むともう完全に鉄道には興味が失せてしもた訳です。鉄道好きと言うより、汽車とそのまわりがかっこええなぁと痺れていただけのことやったのかもしれません。

 それでもまぁ、それなりに好きではあります。「何鉄?」…そうですなぁ、そんなんあるんか知りませんけど“車窓鉄”ってところでしょう。鉄道だけやなく乗り物乗ったら景色見るのが好きすきっ。スマホ見たり居眠りしてる場合やないです。
 
 で、思い出したことひとつ。あれは和歌山へ向かう阪和線でのことでした。眺めのええ席を確保していつも通り景色を楽しんでいましたら途中の駅から乗ってきた高校生野郎一団が前の席に座って日除けというのかなぁ、ロールカーテンみたいなヤツを降ろしよったんです。
 そのカーテンは前後二席分をカバーするタイプやったんで車窓の景色はいきなり遮られ…ムカつきましたよほんまに、ふたつの理由で。
 もちろん我がの楽しみを奪いよった事実に、それからもうひとつは自分らの判断だけで行動しよったことに対して。

 「こちとら黙ってらんねぇよ…」(?)と、カーテンの隙間をこれ見よがしにこじ開けて外の景色見続けました。もちろん楽しいこともありませんけどただただムキになって見ていただけのことですわ。
 その十数分後、ひとりの高校生が「開けましょうか?」と言ってきて…目が覚めました、「大人げないなぁ」って。

 めっちゃどうでもええことですやん世間的には車窓の景色が見えるか否かなんか。それより太陽光遮るという目的のためにあるカーテンを閉めよったことに怒ってるって…あんた何歳なん。
 今から5年ほど前のことでしたか…いまだ気恥ずかしい思い出として残っています。

 話戻って“素人鉄”としてのデッカオ氏は車窓越しの景色のことは当然のことながら、乗車時間をどう楽しむか、どれだけ快適な空間でくつろぐか…そういう様な視点を語ってはります。前の2点はまさに私もしていることながら、快適か否かは、我がにはあまり重要な要素やないかもしれません。それは先にも述べた原体験の違いからくるのでしょう。ついつい泥臭い人間くさいものを求めてしまいます。貨物列車とか機関車…そうそうDD51の重厚なエンジン音とか排気ガスのニオイに昭和を感じて「ええなぁ」なニュアンス。ってもうディーゼル機関車もあんまり見かけませんし、貨物列車もコンテナばっかりですから滅多に盛り上がりません。

 それでも、近鉄の普通電車の車両が新しなると聞くと興味湧き、高安の車庫の横を行く時は「新型まだかいな?」と見ますし…そうそう「乗って応援」の阪堺電車も大いに気になる存在。ま、その程度でええかな。

 今回付けられたサブタイトルは“ライトな鉄の脱線しがちな鉄道ガイド”。まさにその通りの(とも言える)一冊…などと他者が言うことではないですね。そこで再考…あ、これでいっときましょう。↓↓↓

 『鉄道という“装置”とそこに流れる“時間”をどう楽しむか』…そう、そんなニュアンス。ま、ある意味“酒屋の立ち飲み---”同様の視点を感じるのはそのへんなのかもしれません。

人気ブログランキング 新幹線ぶっ飛ばす脇で蒸気機関車も本気で走っていた…そんな時代やってんなぁ'70年代って。

※関連記事:
酒屋の立ち飲みで考えたことあるか…』 2025年7月 記
関西本線は柏原駅の午後1時…1973年頃の図。』 2020年5月 記

| | | コメント (4)

2025年7月20日 (日)

モラル

 新金岡団地の隅にこんなのが金網にくくりりつけてありました。
Moral1 Moral2  ちょっと可愛らしいなぁと思って撮ったのは言うまでもありません。出力したものがラミネートされて貼ってあっても何ら立ち止まりもしませんし「そーでっか」な気分になること必至。最後にある小さめの“”と赤い足型、これがまた効果的です。
 それより細い側面にある“モラル”、このひと言。これですよ。

 たった三文字、ここに感情のすべてが凝縮されている、そんな気がします。

 モラル。それを皆が持ち続けていたらルールなんか作らんでええ訳ですやろ。「そんなアホなこと、誰もしませんで」なこと、これをやる輩が出てくるから法整備せんならん様になって結局生きづらくなる。そんな輩の行動には巻き込まれたくないなぁ…って、ほっといたらますます過激にアホな主張をしくさる。何を言わんや。そんなこんなの延長に党が生まれて参戦するやてなんてちょっと前まで考えられなんだ。とか思う訳です。

(於:堺市北区)人気ブログランキング けど、政治の世界も昭和は終わろうとしているんやろなとも思う今夜。

| |

2025年7月19日 (土)

防火水槽 252 ■ 奈良県宇陀市大宇陀上2020

 過日の青蓮寺湖旅二日目。ナビ通り吉野方面へ向かいますとクルマはいかにも昔風情な街並みへ。“距離優先”モード、ええ仕事してくれますで…てなこと思っていますと、右手に見えるは防火水槽。「やっぱりあったか」って感じ。
Suiso252a Suiso252b あいにくの雨。しかもかなり降ってますのでズボラかまして運転席から数枚とって…まぁよろしいやろ。
 これは石製で建物の重厚さと調和しています。真ん中には“  ”と彫られている様に見えます。その左右にも凹凸がありますがこちらはちょっと判読不能です。
 朽ち果てた部分だけはコンクリで補修してあるところにこのお宅のひとが古くからあるものを大事になさっているからこそ建物も含めて立派に残っているんでしょう…と呑気なこと思ってましたけどここは現在、居住者はおられないとのこと。ちなみにこの建物は江戸後期に建てられたもので元々は薬などを扱う雑貨商を営んではった様です。ちなみにここは宇陀市松山伝統的建造物群保存地区内にある森田家住宅「諸木野屋」です。
 歩いて探せば防火水槽まだまだありそな立派な街並み。朽ち果てることなくええ風情が未来永劫残ればええなぁって…所有者の負担思うとなかなか難しいことなのかも。たとえ優遇措置があったとしても…なぁ。

(於:奈良県宇陀市)人気ブログランキング 耐震補強とかまで言い出すともう個人レベルでは残せんわってなるかと。

| | | コメント (2)

2025年7月18日 (金)

酒屋の立ち飲みをもういっぺん考えてみた

 先日行った青蓮寺湖畔の宿。ぬるめの露天風呂に浸かり曇り空の山景色を眺めながらのんびり無の境地…否々、次々思うのは“酒屋の立ち飲み”のこと。過日“酒屋の立ち飲みで考えたことあるか…”という記事を書きましたがその内容は、我がのことも書きつつも著者、関根デッカオ氏の世界観を軸に記したものでしたけど、「自分にとっての酒屋の立ち飲みってどうやったかいな?」を考えると、ちょっと認識が違うかも…と気づきまして。今日はそのへんのことにふれたいと思います。

 ほんの四半世紀ほど前まで、町のあちこちに酒屋さんはありました。免許制ですから市民も酒屋さんでお酒買うのが当たり前。“御用聞き”もまだまだ残っていました。酒屋さんも当然、店売りと配達だけで生活ができていた訳ですから、“立ち飲み”を併設していない酒屋さんもたくさんありました…というか住宅街ではまぁ見かけませんでしたわ。

 それが小泉構造改革でコンビニやスーパーでも酒を売る時代になって激変。酒屋さんも立ち飲みをやらんとやっていけん状態になってから、ずいぶん“酒屋の立ち飲み”のニュアンスが変わってきたと感じています。

 昔の立ち飲みと言えば…
・アル中的オッサンが明るい時分からサッと店に入ってきてはコップに酒注いでもろてクッと飲んで帰る。とか
・仕事終わりで我が家へ帰る前にモード切り替える為に酒とおつまみ口に入れて15分ほどで店を出る。
 そんな使われ方やったと認識しているんですけど…どうでしょ?
 ひとつ目の例は酒屋で手土産のお酒を買い求めていたとき、近所の住民が寝巻き姿で飲みに来てたという話。
 二つ目は…これはもう割とどこでも見かけた例。

 もちろん工場街にビジネス街、住宅街とお店のある地域性も大いに関係してくるので、そやない深酒大歓迎のお店もあったやろとは思いますけど、概ねそんな位置付けやったんちゃうかと思います。とくに住宅街の酒屋さんはね。

 それが居酒屋的になってきたのはやっぱり先の改革以降のことやないんかなぁと思う訳です。

Nomineko  今までの酒屋スタイルでは成立しない状況に対応するため、名酒専門店やコンビニにシフトしはった店もある中で“立ち飲み”に活路を見いださはったお店も出てきて缶詰やら乾き物から徐々に徐々にアテらしきものが増えそのうちP箱ひっくり返してイスっぽく使える様になって居酒屋化していく中で常連さんとかのコミュニティが生まれて…今に至ってる、そんな感じ。

 それ思うとレアな昭和64年生まれのほぼ平成民関根デッカオ氏にとっての酒屋の立ち飲み原風景は、昭和も昭和な山本龍造の思うそれとはちょと違う気がしてきました。
 だからと言って「ヤツは解ってへん」とかそういうことが言いたい訳ではありません。

 いかにも昭和風情に見える酒屋の立ち飲みですけどこれ案外、平成風情なんやなぁと…そう思えてきましてね。

 近畿圏に始まるP箱が全国的に行き渡るようになったが平成初期、小泉構造改革が平成の半ば…そやっ、酒屋の立ち飲みの充実は意外と歴史浅いんちゃうんでしょうかね。
 昭和も昭和言うても山本龍造まだ六十路(ほんまはもう六十路)、昭和の時代に酒屋で立ち飲んだ経験はほぼありません。人生の先達に昔の酒屋の立ち飲み事情を伺いたいもんです。

 とまぁ過去に思いを馳せて酒屋の立ち飲みを再考しましたが、きっと昔も今も“地域”と“店主”によって店内に流れる(淀む)空気と言うか文化は全然違うことでしょう。BGMもラジオテレビも流れてない、誰もほぼ喋らん…そういった立ち飲み屋さんもあります。あれはあれで…好きですわ。

 以上、酒屋の立ち飲みについてもういっぺん考えてみました。
 以下、おまけです。

 うちのひとは子どもの頃、母親が働く酒屋さんでままごとよろしくお手伝いをしていたそうです。その頃は市場占有率60%ほどのキリン全盛。そんな中、アサヒの社員さんはそのお店にとても親切に対応してはったとか。間近で見ていたうちのひとはアサヒを応援したい一心で立ち飲み客のひとりに「アサヒでいいですか?」とアサヒを勧めたら「ガキにはわからん」と言わんばかりのとてもぞんざいなジャリ扱いを受けたとか。まぁ…大人の世界に子どもっていうことで言うとわからんでもないですけど時代が違うんでしょうかねー。我がやったらプレモルを子どもからもし勧められても「ええねぇ、それいこっ」って飲むけどなぁ。

 人気ブログランキング あれこれ記すも、まだまだ勇気いるわぁ知らん酒屋さんの暖簾くぐるのは。

| | | コメント (0)

2025年7月17日 (木)

蜻蛉の滝から「暑中お見舞い申し上げます」

 青蓮寺湖畔で一泊して今日は吉野方面へ柿の葉寿司やら焼き餅買いに…って、後者は木曜休ってことでヤメましたけどやってはったところできっと売り切れてたことでしょう…ってさっきHP見ますれば今日はやってたやんか!。ま…売り切れてたに違いないと思っとこ。
 で、涼を求めて滝でも見ましょうと蜻蛉の滝へ。ずっとそれなりに雨降ってましたから「ヤメとこか」って思うも着けば小雨。クルマ止めたら“徒歩5分”とありますので階段上がって行ってみますと「ゴーっ」って音するなぁ思うといきなり、こんな感じ。
2507171150a 2507171150b  目の前にドッバァーと太い滝。引きがないのでこんな写真しか撮れんくらいに間近に見る滝って結構怖いもんです。大雨による影響下か、やや水が茶色く濁っていましたので、普段以上の迫力やったんでしょう。
 とは言うもののここは観光地。身の危険は感じませんのでただただ非日常をわぁわぁ言いながらの楽しいひととき。で、ふと左上をカエデ越しに見ると、どっバァーとは程遠いお上品な滝が流れてますわ。
 どっちも流れる水ながらそれはまるで“動と静”で“陽と陰”。涼しそうに感じるのは水の量ではないんですね。百滝百様…それぞれの滝にそれぞれの魅力があるんやろなぁと知った次第。しかしながら、何で滝ってこう、人を魅了するんでしょうなぁただ水が上から下に流れてるだけと言えば“だけ”やのに。で、「暑中お見舞い申し上げます」。

(於:奈良県川上村)人気ブログランキング 爽やかさの中に感じる儚さに無限性…解ったふりしとるな。

| | | コメント (2)

2025年7月16日 (水)

青蓮寺湖畔、午後5時29分。

 ちょっと世間様より早めながらちょろっと夏休みで青蓮寺湖畔の宿へ。
 部屋鍵ひとつ…って今日的やないわぁ思いつつ先に大浴場入らせせてもろてひとり扇風機の風にあたりながら窓の外見ますればどんより空にうっすら虹が。
2507161729  「もひとつ冴えんなぁ」思いつつも撮ってしまう…まぁそんなもんでしょう。「しっとり虹もええもんでっせ」と、思とこ。

(於:三重県名張市)人気ブログランキング 山本龍造今日で18歳に…って何のこっちゃ。(メモ:3006494)

| | | コメント (0)

2025年7月15日 (火)

酒屋の立ち飲みで考えたことあるか…

 「“おでん”?、関東煮(かんとだき)やろ」に「“角打ち”?、立ち飲みや」。「“飲み”やないねん“み”やねん」…ってまぁ、どうでもええことあれこれ思う無粋なおっさんな訳です山本龍造。
 でね、立ち飲み言いましたらそらぁ酒屋の立ち飲みのことですわな昭和モンには。それが景気後退の頃からかなぁ徐々に非酒屋系の立ち飲み居酒屋が増えて、酒屋の立ち飲みは減ってきていちいち“酒屋の”を付けんとアカン様になってしまいました。町の酒屋さんが減った理由は色々あるんでしょうけど基本、小泉構造改革の余波、それと後継者問題…ってまぁそれは本筋ではない話ですのでこの辺で。

 何の話やねん、ですよね。表題はある出版物のタイトルからちょっと借りました。

Sekidecc1 拙ブログに時折出てきます“アホげ民・某”、このお方が出版物を出さはりました。サブタイトルが“ガイドにならない大阪立ち飲みガイド”。本題が“酒屋の立ち飲みで考えた”となっています。

 アホげ民・某は大アホもん。以前“アホでよかった”と我がのこと記事にしましたことを覚えてはるでしょうか。その記事要約しますと、身の程知らずの若造時代にアホみたいに自己表現なり主張をしとったことへの再検証の結果“アホでよかった”と記しているんですけど、そんなアホの山本龍造からしたら、その某は大アホやと思う訳です。

 とことん我がを晒しています。出版物の表紙にもデカデカと登場。もう“某”など記す必要もないでしょう。名を“関根デッカオ”と言います。妙な名前やなぁ…って顔の物理的なデッカさから来ている様で、決して“デカいツラして”ってニュアンスではないでしょう…って、どうやろか。

 で、先ほどから記している通りそのデッカオ氏が出さはった立ち飲みガイド。その内容はある意味まさにサブタイトルになってる通り。店名やら酒なんかの情報一切記されていません。
 まぁあれこれその訳は書いてはりますけどつまるところ「大阪の(酒屋の)立ち飲み文化へ足を踏み入れてみなはれっ」ってことがテーマで、その効能なんかのガイドであって、お店情報ガイドやないってことですね。

 ろくな社会人デビューを果たしていない(失礼!)氏は紆余曲折を経る中、立ち飲み屋で知り合った大人たち(=真の意味での“おとな”やと思われる)とのウダ話(以外もある)から社会を学んだ様子。学生時分までの人生でたいした人間関係を構築できなんだ(=ニュアンス的に本人談)者としてそれはそれは人生大開花(?)のきっかけが立ち飲みの場にあったと言うことの様です。そうか…そうなんやなぁ。

 で、まぁ自分も酒も酒場も好きですけど飲みもって考えたことは…ないかなぁ。

 我がの場合は彼ほど酒場で人生変わらなんだけど…と、一瞬思いましたけどもちゃうちゃう。某名酒を供するお店で隣の席にいたおふたりとネット上でのこと(niftyフォーラム)を話するうちに深い付き合いになってそこからさらに出会いが広がり年齢、職種を超えたええコミュニティを持つことができ今に至ってますわ…って言っても疫病騒ぎ以降を思うと、寂しなってますけれども。それが三十路やったこと思うと、デッカオ氏がいま感じてはることがわかる…気がします。

 話戻しましょう。彼は安く楽しめる限られた空間の中では職種も序列もへっちゃくれもなくなるのが“酒屋の立ち飲み”やと言ってはります。わかるわかる。その空間ある意味“茶室的”かもしれませんな。まぁ建前としての---ですけどね。

 そんな環境での客同士、また時には店主との会話に答えを求めないのが粋(すい)で、あらかじめ予定しているテーマなどもない中での会話はまるでジャムセッションの様な小気味良さがあると言うようなことを記してはります。あーなるほどねー…ってちょっとカタカナにすると「そんなかっちょええことかい?」とも思いますけどニュアンスはよーくわかります。

 彼と出会って10年ほど。疫病騒ぎで生じた空白の4年間を思うとまだほぼ知らん人ですからこれからどういう付き合いになっていくのか未確定ではありますが…ってそうや、長い付き合いしていても縁の切れ目は突然やってくるからなぁって、まぁ要するにずっと気楽に繋がっていたいなぁと思う訳です。

 これ、簡単の様で難しいことなんかも…と思いましたけどやっぱりカンタンなことなんかもしれません。互いに自立していて相手と自分は別人という当たり前の基本さえ認識していたらええだけなんかもしれませんで。

 そんな“当たり前”をついつい忘れるから説教したりされたりとなってしまうんでしょう。相手を尊重するだけのこと、それが意外と難しいってことか、などと立ち飲みのこと考えてみたでっ…って言ってもこれパソコンの前でのこと。立ち飲みながら考える…今度実践してみよ。ってできるんかいね。

(※ややこしいので“酒屋の立ち飲み”とか“立ち呑み”も、いち部分を除いて“立ち飲み”と表記しました)

人気ブログランキング スーパードライを小馬鹿にするような輩とは飲みとないわ…って、若き日々はそんな輩やった気がする…って今もやろ。

※関連記事:
アホげ民・某と呑みに。で、雑感。』 2025年5月 記

| | | コメント (0)

2025年7月14日 (月)

昭和なプラ看板 340 ● ブリヂストン自転車

 馴染みある自転車屋さんの店構えの様に思うも気がつけば、滅多に見かけん様になりました。
Bsc  丸石やらカワムラツバメツノダミヤタウエルビー…上げればキリがないほど日本の自転車製造会社っていろいろありましたけど現状、ブリヂストンパナソニックのそれくらいしか日本の会社のものって見かけん様に思うんですけど実際のところはもひとつ知りません。
 パナソニックは松下幸之助が丁稚時代、自転車の世話になった恩返しで自転車作りに参入したと聞きますけど、ブリヂストンは何で自転車…って元々は足袋屋に始まったアサヒ靴を源流とする会社であることで自転車にもタイヤ使うしとは思うも、ブリヂストンは自転車用タイヤを作ってないと昔から言われているので、もひとつやっぱりわかりません。余談ですけどお子が幼少の頃、一輪車を買いましたがブリヂストンの製品ではありましたがタイヤも本体もブリヂストンが作ったものではなかったです。商売として考えると自前で作るより儲かるってことなんでしょう。
 と、タイヤのブリヂストンが自転車を手掛けてると便宜上記しましたけど、正しくはブリヂストンサイクル(旧社名:ブリッヂストン自転車)という別法人のことで、1949年に日本ゴムのタイヤ部内の自転車部門が独立したのが始まりやとのことです。

(於:滋賀県近江八幡市)人気ブログランキング 堺の武田自転車はサイトもなくなってる…幼少期に何台か買ってもらったのになぁ。

※自転車のこと調べてますればまたも兵庫県在住の主婦安部さんのHP“お散歩 Photo Album”に“自転車メーカー一覧”というページに行きつきました。そこに載るブランドに社名、知らんのいっぱい。参考になるなぁ。いつも勉強させてもらう貴重なサイト。ぜひ皆さんもアクセスしてみてください。

| | | コメント (0)

2025年7月13日 (日)

町内のブルーインパルス、二景。

 「昨日は呆気に取られているうちに行ってしもたしなぁ」…ってことで、今日も再挑戦。
 いやホンマは昨日、コンデジのモニタ越しでしか見なんだことをちょっと悔いていて「今日は肉眼で、三次元として見るで」と思とったんですけど、やっぱりね、まだチャンスあるんやったら撮ろとなりまして、はい。
 難波宮とか空の広いところへ行けば突然現れることもないんやろなと思いつつ、「それはちゃうねん」がありまして。昨日思たんは「生活圏の頭上を飛んでるのがええねんがな」ってこと。でな訳で今日も同じ場所。今日はミラーレス一眼で挑みましたけど…まぁこんなもんか。そもそも動き速いのよぉ撮りませんねん…とか何とか。
 今日も枚方方面へ向かうヤツは全然。戻ってくるのを待ちます。「きっとここをこう飛んで」と勝手なルートを頭に浮かべて構図決めるも「全然ちゃうやん」。大慌てで北向きと南向き撮って…終わりっ。
2507131455a 2507131455b  「アカンかったなぁ…」と気落ちしてましたけど、思い通りの写真が撮れてますわ。ビルの隙間の民家の上を爆音立てて飛んでいく…よろしいなぁ。
 自分の住む町の真上を飛んできて飛んでいった…なかなかないことです。日常の日曜の非日常…ええもん見せてもらいました。おおきに。

 で、ですわ。この手の飛行って大昔に絶対見たんです。八尾飛行場で確か“航空ショー”みたいな催しをやっていた様に記憶していて、両親に連れて行ってもらった記憶が鮮明にあります。
 もちろん機体からケムリっぽいもん出しながらのカッコええ飛行。で、そのケムリの色が白だけでなくピンクやら水色なんかもあってカラフルやったまぁという風に思い出に刻まれていますけど、ネットで調べるももひとつ出てきません。ひとつ見つかったfacebookの記事には“1966年10月6日 八尾空港でもブル-インパルスが飛んだことも”とあります。その一回だけやったのかなぁと思ったり。
 周辺が都市化し安全上の問題でなくなったと子どもの頃に耳にしたことはあります。ま、実際のところ私も一回しか見た記憶がありませんので、1966年の秋に空を眺めていたのでしょう。思えばほんまあちこち連れて行ってもろたもんです。歳を重ねるごとに親への感謝の念は深まるばかりです。

(於:中央区)人気ブログランキング 洗濯物、good job。

※関連記事:
大阪夏の昼下がり、二景。』 2025年7月 記

| | | コメント (0)

2025年7月12日 (土)

大阪夏の昼下がり、二景。

 それが何のために飛ぶのかはさておき、気になりますわなぁと空見上げると遠くから爆音が…と思ったらいきなり現れるって感じでした。
 てなことでもひとつな写真しか撮れなんだなぁと思うも「行ったヤツが戻ってくる」と言うので待ってますと…今度も同じ。突然ビルの陰から出てきて西南の空へ消えていきました。
Blueimpulse1 Ikutamasan  しばらくすると生国魂神社の枕太鼓にこども太鼓の巡行。あーこれこれ。お子たちの一生懸命さがなんとかわいいことか。大人に混じって透明感ある声で「うーちましょ…」に始まり「めでたいな、本決まり」。大阪に夏が来たなぁ…って今年は梅雨明け早かったのでそう言う風には思わなんだかな。まつりで賑わう大阪、です。

(於:中央区)人気ブログランキング だいぶ暑さにも慣れてきた…気がする。

※関連記事:
生國魂祭の宵宮、枕太鼓おねり。』2023年7月 記
上町台地に、夏が来た。』 2013年7月 記
生国魂神社の夏まつり 太鼓、神輿の巡行。』 2011年7月 記

| | | コメント (0)

2025年7月11日 (金)

野田で見たシェード付小窓に

2507111751  あれから2ヶ月経ちました。てな訳で今夜はアホげ民・某と一献。今日は氏のお膝元、環状線は野田駅あたり…と言っても地下鉄は千日前線で行きましたので降りた駅は玉川駅。「玉川駅…そんな駅あってんなぁ、な感じ」と指定の4号出入口で地上に上がりますと、そこが野田駅。ま、そんなことより…わっ、雨降ってますやん。
 難儀やなぁ思いつつ高架下から眺めますれば…馴染みない大阪やわぁここらへん。馴染みないから居心地悪い…って訳ではありません。なんかええ感じですよ。妙な猥雑感が漂って…褒めてるつもりながら文字にするとちょっと具合い悪いですな。適切なコトバを知らん…なさけないことです。
 てなこと思いつつ小雨やしなとしばしの探索。思いのほか長屋が多く残っています。町の風情が雨空の下の夕暮れ時にしっくりくるなぁと思いつつふと見上げると、妙に立派なシェードを配した小窓がありました。
2507111754a2507111754b まるでパソコンのモニタに付けられたそれみたいです。で、この建物のこの小窓だけがこの状態。全体を撮らなんだのが悔やまれますけどまぁ、そこはストリートビューで見てもらいましょう。
 日焼けしたくないけど街ゆく人なみを眺めたい…きっとそういうことなんでしょう。とか思いつつ斜めから見上げますと…クーラーのダクト跡みたいなもんがありますわ。
 想像するにここはかつてクーラーかエアコンの室外機があったところ。不要になって撤去後窓に変えたってことでしょう。
 そう考えたら何やちょっと白けた気分に。けどまぁ室外機跡を窓にしてある図は初めて見たわと思うとなかなかええ物件なんちゃいますか。窓の向こうを想像して…ま、やっぱりたいしたことない気もして、終わり。

(於:福島区)人気ブログランキング 奇数月だけ改め月例に決定…おおきに某。

| | | コメント (0)

2025年7月10日 (木)

京阪の車窓越しにやっと撮れたっ。で、検証してみると…

 京阪特急乗って京都は上京区某所へ夏のご挨拶に。帰りももちろん京阪特急ってことでわし、おけいどん。車窓に見えるある建屋。今日も撮ったろとコンデジ構えて「エイやっ」とシャッター押しますれば…ついに撮れたっ。まぁ中央に収めることはできませんでしたけども。
Kitahiryo  今までね、何度も何度もチャレンジするもタイミング外してるとかブレてるとかボケてるとかで「やっぱり所詮素人みたいな玄人やもんな」と自虐的に…うそ。そこまで思い詰めてはいません。

 で、ですわ。京阪沿線に住んでない者ですから四六時中この建屋の景色を見てる訳ではないんですけどここ、昔から琺瑯看板があって、外壁の焼杉板(?)をやりかえはった後も、琺瑯看板を再設置しはったと認識していたんです、ついさっきまで。

 何が「ついさっきまで」か。それは…Googleマップのストリートビューで過去を見て「えっ?」と思ったもんでして。

 残念ながら10年以上前の映像はありませんでしたので、外壁直される前の画像はありませんでしたが10年前の映像にはこの肥料の看板はありませんでした。そうか…そう言えばなかったなぁ。もっと自然な感じで「昔からこうです」な風情でしたわ確かに。この肥料の看板の登場で黄桜カゴメケチャップの3つの場所が変わっています。

 てな訳でこの建屋は意図的に昔風情を演出してるっちゅうことやったとわかりました。それ知ると…ちょっと興醒め。まんまと騙されていた…と言うと失礼ですわな。おかげで京阪乗るたび昭和へタイムスリップさせてもらってた訳ですから感謝せねばなりません。

 わざわざこういうことなさるということは、普通の民家ではないんちゃうかとストリートビューで表に回ってみますとどうやらここは画廊の様です。
 その画廊の説明には“築百十余年の伏見の町家を復元した建屋のギャラリー”とあります。なるほどーこの琺瑯看板もまさしく“復元”のための装飾品な訳ですか。

 で、肥料の看板の話。この看板、他所でも見たことあるけど右から読む様に設置されるのがオリジナルとちゃうかと思い、よくコメントくださるtatsuya-zzさんのブログ『レンジファインダーの日々』の記事“ 多 木 肥 料 ”を見ると…やっぱり。そうそう右から読めてナンボなんですよ…と、ここで「?」。今日撮ってきた肥料の看板は“ 木 多 肥 料 ”になってまっせ。“多木”やなくて“木多”に。これは…ちょっとした遊び心と解釈すべきなんでしょう…どうかな。

 ま、いずれにしてもちゃんと撮れたおかげでいろいろ解った次第。令和の世にリアル昭和が残ってる訳ないわなぁ…と思ったのでした。

(於:京都市伏見区)人気ブログランキング ハイパー昭和は…ナンボでもあるで。

| | | コメント (4)

2025年7月 9日 (水)

野球観戦で野球以外のこと、雑感。

 久々に野球観戦。もちろんバファローズの。で、もちろん空調効いたドームで。
 2回も満塁のチャンスあれど点に全く結び付かずのピリッとせん…ってことで野球の話はヤメておいて、今日は雑感を。

2507092033 もちろんビール飲みますわな。もちろんアサヒ。それはどうでもよくて試合前、「若い衆頑張ってるなぁ」と、ただただ売り子さん見てますと背中にタンク背負ってるひとはともかく、駅弁スタイルで缶チューハイを売ってるひともいて「あれはしんどいやろなぁ」。そんな中にちょっと華奢なおねえさんもいて「細いのによう頑張ってんなぁ」などと話すと「もうやめとき、それめっちゃオッサン目線やで」と、うちのひと。

 え?×でっか。そういう視点でもモノ言うてるのとちゃいますねんけど…そうなるんやなぁと。

 これね、コーラの販売員にときどきおにいさんもいてはるんですけど、そのおにいさんが華奢やっても思う話ですねん「頑張ってるなぁ」って。そういう話なんやのにセクハラまがいに伝わると…ね。こういう場合、「いや違うねん…」と話し出すともう最後、ますますオッサン呼ばわりされて余計こじれること必至っちゅうのは経験上わかってますから不快極まりないまま黙ってましたけど…まぁそんなもんでっか。

 ひとは主観で物事を判断するというか何と言うかある程度物事に対して決めつけて◯×と言うか白黒つけてる様なところがあって、なんぼ「ちゃうねん」と言っても全く通じない…そういうこと今までに何度もありましたけど、みなさんはどうなんでしょうかね。

 他の例で言えば…そやなぁ「〇〇さんはホンマはこれ嫌いですよね」とか決めつけてきて、否定しても「そんな気遣いせんでもわかりますから」みたいにさも「知ってまっせ」的に言ってくるひと、あれが難儀なんです。あと、差別に関するデリケートなことなんかも決めつけられると埒あきませんわな。

 そういう決めつけ口調で語られるとどうにもならん。しかも今回の様に“オッサン目線”やら“セクハラまがい”的ニュアンスがベースにあると思われるとなおのこと「ちゃうねん」を言えば言うほどドツボにハマる…あ〜しんど。

 けどね、そう感じるひとが世間にいっぱいいる以上、やっぱりこの手の感想は自分の胸の内に留めておいた方がよさそうですわ。結局は反省。こころの中だけに…って、記事にしているこの事実。「そらあんた、オッサン目線でっせ」と思わはった人々多数なんかもしれんと思うと…やっぱりわかってへんのですね。はい。

(於:西区)人気ブログランキング エース宮城の風格…かっこええなぁ。

| | | コメント (0)

2025年7月 8日 (火)

カリカリの熱暑に耐えるセイタカアワダチソウ

 西淀川区の工業地帯を歩いた昨日は熱暑(あつあつ)の中。道端に目をやれば根を下ろしてまっせ、セイタカアワダチソウ。
Karikkari  堤防の向こうに水があるとと言ってもこれ、コンクリとアスファルトの隙間にですよ。見るからにカリカリの乾燥状態でまぁ何と健気なことか。
 こっちはたった一日だけ、しかも小一時間の辛抱やこと思うと…へこたれてられませんな。
 もちろんへこたれることなく任務遂行。そらそうですやろ。運動しまくりの夏の日々でも「水分取るなっ!」で育った筋金入りの昭和人ですからねっ。こども会のソフトボールの練習中とか何やったんやろあの指導は…と思うとほんま時代は変わったもんです。やと言うのに雑草の世界は何ら変わらず…って気温上昇を思うともっと鍛えられてるんですなぁ。まぁ「見習おっ」とは思いませんけど。保身も大事ながら耐え忍ぶ力も大事やなとふと思いました。

(於:西淀川区)人気ブログランキング どんな局面においても健気にやっとるセイタカアワダチソウ…ファンになりそや♡。

※関連記事:
このセイタカアワダチソウの奥ゆかしいこと』 2025年6月 記
駅前に群生するセイタカアワダチソウに』 2025年6月 記
高架下の雨どいに草宿る』 2023年6月 記
“ど根性セイタカアワダチソウ”に花が咲く』 2015年10月 記
ど根性セイタカアワダチソウ』 2015年9月 記

| | | コメント (0)

2025年7月 7日 (月)

西島一丁目2、午後5時43分。

 仕事の現場は製鉄所の遊休地の某所。もろ工業地帯ですから阪神なんば線は福駅から歩いて30分ほどかかるわけで、酷暑が堪えるやろなぁ思いつつ自販機見つけては水分補給したらええやろと考えてましたけど…甘いあまい。そんなもんほぼなし。そらぁ歩いてる人絶無やこと思うと当たり前なことですな。
 仕事の現場に自販機見つけるも何とのう先方の前で買うのも妙やでと帰りは出来島駅へ。こっちも30分って出てましたけど…もっとかかりましたで。
 普段間近で見かけん巨大工場に圧倒されつつ帽子にサングラス、首からタオルの汗々おっさんひたすら西日受けアスファルトの上を…盛ってます。神崎川の堤防の影に隠れて歩きますればちょうどええサビ具合の鉄骨が青空を背景にして…よろしいなぁ。
2507071743  初見にして懐かしい景色。二十歳代にこの手の景色求めてカブやらキャリイで湾岸の工業地帯に通いまくっていた頃を思い出しました。そないに出不精になってないと思ってましたけど、あの頃のフットワークの軽さはなんやったんやろと思うと…アカンやん今のわし。当時より残された時間は限られているっちゅうのにな。

(於:大阪市西淀川区)人気ブログランキング 「たとえ自販機あっても安モンのそれやないと飲まん!」とケチくさいこと思てましたらサンガリアある自販機♡でPET入り100円のレモンティを。もちろん一気飲み。

| | | コメント (0)

2025年7月 6日 (日)

キンチョウの夏に…

 何十年ぶりに目にしたでしょうか……って言うかすっかりこの看板の存在を忘れていましたので「まだあったんや!」って感じ。
Kinchoskylotion1  “キンチョウスカイローション”。このフレーズを目にすると自然と頭ん中でコマーシャルソングが流れてきます。メロディのニュアンスはなかなか伝えられませんが、その歌声、これがどう思い出しても“子門真人”さん。ですけど調べても子門さんが金鳥のCMを歌っていたという記述は…出てきません。記憶違いかなぁ…いやいや、あれどう思い出してもおよげ!たいやきくんの子門さんの声なんですけどねー。
 で、キンチョウスカイローション。これはいわゆるスキンガードみたいな商品。調べますれば発売が昭和51年と言うことですから西暦では1976年。まぁ50年ほど前の看板ということですね。
 50年ほど前…たかだか半世紀前のこと。若い衆にすると大昔に思うかもしれませんけどええ歳のモンにするとつい最近のことでもあります。そんな“つい最近”に“キンチョール”やら“金鳥”の琺瑯看板同様の手法で宣伝広告をと考えこの様に小屋に掲示するなんてことしていたと思うと、ちょっとどころか大概びっくりします。
Kinchoskylotion2  と、思いましたけど引いて見ますれば我がが歳とっただけのことかもしれません。自分自身も数年間まで“半世紀前”と知ると「大昔のことやん」とおもってましたもんね。
 ついでながら仏壇屋さん二軒のブリキ看板もええ感じながら、琺瑯看板のもちの良さを思うと…ね。予算が?本気度が?違うと言うか…

(於:奈良県奈良市)人気ブログランキング 高校時分の連れが“シモン”と呼ばれて今に至る…クルクル天然パーマにメガネのいでたちやっただけのこと。

| | | コメント (4)

2025年7月 5日 (土)

意味は解るもその妙な言い回しは…

 信号待ち。クルマの窓越しに見える貼り紙。
Oden  伝えたいことは理解できますが、真面目に考えると解らんかも。
 いや、違うな。これ、他者に不快な思いさせんようにと配慮の結果の言い回しでしょう。
 やと言うのに「なんやこれっ」と眺めていた我がは…なんや。イケズはまぁ生涯治りませんで(人体実験中)。

(於:八尾市)人気ブログランキング けど…やっぱり解らんかも。

| | | コメント (0)

2025年7月 4日 (金)

タイパにコスパで家族葬全盛…とか思いつつ悶々

 数年前からお世話になっていたお方が先月末亡くなってはったということを昨日知りました。告別式は今日。故人は少し年上ながら基本同世代ですからなおのこと堪えます。最近も継続的によくして頂いていたのでお葬式に行こと思うも「…きょうび、家族葬が当たり前やしなぁ」と躊躇する気持ちもありましたがその方が属する法人経由での告別式情報でしたので「ええかな」と行った次第。どうやら多くの人に声をかけられた様ではなく意外な人の顔を見かけませんでしたが、それなりにたくさんの参列者に見送られての葬儀でした。やっぱりね、お葬式はこうあってほしいなぁ…そう思わせるもんがありました。

 親族以外の、血の繋がらん人のお葬式に来るのも久しぶりのこと。そもそも家族葬が主流になったところにコロナ禍があって、決定的に“葬儀は質素に少人数で”となったもんです。
 こうなった背景には少子化やら核家族化、死生観の変化とか様々な要因があるんでしょうけどもうひとつ“タイパ”、これも関連してるんやろかと思ったりしました。

 「ひと様の時間を葬儀の参列に使わすなんて」という故人ならびに喪主の思いと「連絡受けたら…行かなアカンがな」っていう知らされた側の気分と…その辺のニュアンスも絡んでるのかなぁと思ったり。
 かなり昔のことになるんですけど、うちの身内のあるひと(濃い間柄んですけど一応伏せときます)は、祖母の葬儀に来ませんでした。その理由が「葬式行ったって人が生き返る訳ちゃうやん」と。そう言う問題か?といまだモヤモヤしてますけど…多くの人のこころに内在する「葬儀は無駄なもん」という思いが表面化して今に至ってるんやろかと。そんなんちゃうんですけどね、我がとしては。

 話戻って今日のお葬式、多くの人々に送られはってよかったなぁと思いました。ひっそりとこの世からフェードアウトしていくのがええなぁと我がは思うも、残されたもんとしてはたくさんの参列者の様々な思いと共にお別れしたいなぁと思いました。
 どんな人も故人の全体像は(たぶん)知らん訳で、いろんな顔を持ってはったであろう事実を告別式で少しは知ることができたなら…ええお別れになるのやないかなぁ。まぁ、なかなかそれはあり得ない絵空事かとも思いますけど。
 そう言う意味において…お寺さんの講話と喪主さんからの故人の人柄をしのぶ言葉がなかったのがちと残念ではありました。

 で、そうそう。葬儀会館への往路、信号待ちで目にした看板がこれまた葬儀屋さんのでして、そこに書いてあった言葉を思い出しました。
 記されていたのは“ジェネリックお葬式®️”なる文字。®️(=登録商標)やというのももちろんびっくりですけど“ジェネリックお葬式”ってフレーズに…ね。まぁつまるとこと「公益社よろしく名の通った葬儀社より新興の無名葬儀社で葬式した方が安くて内容変わりませんで!」ってことなんでしょうなぁ。

 そうか…コスパな。タイパだけやなくてコスパもあっての家族葬…ってことね。当たり前ながら理由は大納得しましたわ。それでも…それでええんかなぁと思ったり。“ジェネリックお葬式”は…ちょっと故人に対しての尊厳なさすぎなフレーズに思えてなりません。しかしまぁ…よく思いついた文言ですわ。

 で、故人はどういうお方やったか、それはこの記事には不要ですよね。きっと皆さんのこころの中にも思い浮かぶひとがおられることと思います。

人気ブログランキング 長さも大事、でも深さも大事…我がのこと喋ってくれるひとが自分には大事な存在。

| | | コメント (0)

2025年7月 3日 (木)

懐かしい、スイカな意匠の窓テント。

 スイカの季節到来ってことでこれ、いっときましょか。
Suikatent1 過日、新金岡団地あたりを歩きましたら建物の窓が…こんな感じでした。
 窓に設置されているテント、これが懐かしいなぁと思いまして。
 その形状がそう思わせるというのもありますが、それ以上にレトロ感を醸し出しているのは淡緑と濃緑のストライプという意匠やないでしょうか。スイカの模様に通じるところがもうキュンとしますわ。
Suikatent2 調べますればこの手のテント(オーニングテントというらしい)の寿命は10年〜15年とのこと。と言うことはもう何度となく張り替えられていることでしょう。それでいて令和の世でもこのスイカのテント。住む人々の意識の高さの表れ…でしょう。
 よく見ると4つの窓だけ今日的なクリーム色。ここだけ耐震補強鋼材の入っていて従来のテントが付けられなんだ様でちょっと残念。ま、それでもこれだけスイカテントが使われているだけで充分オッケーです。
 団地…きっとかつては最先端な生活スタイルの象徴やったことでしょう。それ思うとスイカ柄(?)もナウかったんでしょうなぁ。
 とか何とか記してますけど、皆さんもこれ、懐かしいですよね?  昭和で言うと30〜40年代を思うんですけど。

(於:堺市北区)人気ブログランキング ラムネやらジュースの入った店先の水冷式冷蔵庫の上にスイカテントがあったイメージ。

| | | コメント (0)

2025年7月 2日 (水)

役目終えたブリキ看板、夏の昼下がり。

 所用の前に駅前でうどん食べてついでにクロワッサン買いに行って、いつもは自転車で通り過ぎる程度の道を歩きつつ何となく夏の昼下がりを感じて一枚。
2507021344  “何となく”…ってそらもう役目を終えたブリキ看板に惹かれたまでのこと。カタチだけ残って平和な感じ。“ローン”やら“融資”の文言がいかに心をざわつかせるかを気づいた次第。ま、あんまり関わりたくないなぁ…って、関わることなく日々やっていけてることに感謝やなと思った夏の昼下がり、でした。

(於:八尾市)人気ブログランキング 実家で暑さに耐えてたらカラダの形の汗シミがタタミに…外の方が涼しかった。

| | | コメント (0)

2025年7月 1日 (火)

今日から7月、もう令和7年も後半に。

 令和7年も半分終わったなぁと朝、カレンダーめくりますれば…
202507a …おっ、はやくも挿絵ありまっせ。昨夜台所で茶碗洗てますと左背後でカサコソ音立ててお子何ややってはったんは、これやったんですね。
 おーなるほどなるほど。7月って感じ。
 変わった形状の虹は…あーそうかそうか、天の川ね。こんなカラフルな天の川はヤツの頭ん中にしか流れてないと思います。ええぞええぞ。その左右の桃色の玉水色の玉…何かいなぁ?とぼんやり見ていると「おりひめとひこぼしなんやろなぁ。丸で済まして…らしいなぁ」とうちのひと。そうか、絵にも納得、解説にも納得。
 ★星☆があって笹に短冊…これには何かを思い描いて記しているのかなぁと思うも、いやいや、さっさーと描いてる可能性大ですな。
 左を見るとアサガオに…ん?今度は黄色の玉。まぁこれはホタルなんでしょう。空には三日月…下弦の月ですか。ちなみに今日7月1日は三日月でも上弦なんですけど。そうそう、花王の月はかつて下弦の月やったものの社業の発展のことを考え上弦の月に変えたとか…ってのも古い話で数年前から花王は“KAO”になって月マークもお役目ご苦労さんとなっとらしいですね。
 話それましたけどまぁ今月も夏のにぎわいを出しつつ爽やかさも感じさせるええ挿絵やないでしょうか。
202507b しかしまぁ暑い7月の始まりやなぁと次に金鼓の日めくりをめくりますればそこにあるのは…
…“暑中お見舞い 申し上げます”の文言。涼しさの演出で青のインク使ってはるところがにくいですなぁ。左右にあしらわれた風流な絵もコピーしまくりで枝とか細部飛んでしもてそれもよろしいなぁ…って、え?暑中見舞ってもう出してもよろしいんでしたかいな?。
 一応調べましたら小暑の頃からとあります。ま、そんなん言われても基礎学力低いんでそれも調べて今月7日頃からってことですね。
 けどまぁ何でっせ。6月中に梅雨も明けたとなると小暑以降やとかそんな常識にとらわれへんでもええんちゃうんって気になりますわ。この日めくりは今年の梅雨明け状況を先読みしとったんでしょうなぁ。やっぱりキンコキャレンダー、ただものではありません。いつもおおきに大倉さん。

人気ブログランキング てなこと思てもまだ出さんわ暑中見舞…って毎年出してへんけど。

| | | コメント (2)

« 2025年6月 | トップページ | 2025年8月 »