中秋の名月、次の日もなかなかの名月。
酒屋さんで夕食終えて家に帰るみちすがら、見上げますればうっすら曇った空に明るいお月さん。そやっ、昨日は中秋の名月でしたなぁ。
今年の中秋の名月は満月とかってラジオで言ってましたけど…え?、例年満月ではないと。ほな“中秋の名月”って何なん…てな話をしつつ4人で歩く夕べのひととき。昨日今日明日、おちびちゃんを加えてお盆以来の四人家族。皆の願いが叶ったということかいね。ちなみにおちびちゃんのポーズは満月を表してるつもりの様です。
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酒屋さんで夕食終えて家に帰るみちすがら、見上げますればうっすら曇った空に明るいお月さん。そやっ、昨日は中秋の名月でしたなぁ。
今年の中秋の名月は満月とかってラジオで言ってましたけど…え?、例年満月ではないと。ほな“中秋の名月”って何なん…てな話をしつつ4人で歩く夕べのひととき。昨日今日明日、おちびちゃんを加えてお盆以来の四人家族。皆の願いが叶ったということかいね。ちなみにおちびちゃんのポーズは満月を表してるつもりの様です。
所用のあと、千代崎のイオンモールへ。屋上まで行きたいというおちびちゃんの希望で最上階に駐車。西陽でクルマ熱々になるやんと思いつつ眺めたそこには大阪ドーム…いや京セラドーム大阪。
へぇ、こんな風に見えるんやなぁと一枚。つい最近できたとこやんてな気分でしたけど調べますればもう四半世紀も前にできたとは…まぁそらそうですわなぁ。世間は変わる、我がは変わらん…何とも言えませんで。
(於:西区)
大阪ドームと言えばいまだに代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を思うわ。
やや穏やかな気候になった言うても暑い日々。とは言え御堂筋のギンナンは歩道に実を落とし踏まれて…あたり、香り(?)に秋が漂ってました。
歩道と車道の合間にゴミ籠がひとつ…って、いやいや自転車ですけども、何か妙に溶け合っています。
放置自転車のカゴは概ねこんな風になりますけど、そこに放り込まれているゴミがカラフルで生活感が漂ってないからそう見えるんでしょうかね。もちろん許されることではないんですけどね。
こんな状態を見てかつては「ひどい所有者や」と思っていましたけど、これ、サドルもないことからすると、どっかで盗まれてここに捨てられ今に至るんかもしれません。
ま、そうやとしても探さんまま警察にも相談ぜんでこんな状態になってるんかもしれませんので、まぁやっぱり「ひどい所有者や」なんかもしれませんけど。
余談ですけど都心部で自転車乗るのは…実に苦手。走りにくいし何より、駐輪場が圧倒的に少なくて止められへんし。あ、電動アシスト系が突っ込んでくるのもカナンです。
(於:中央区)
そもそもきょうび自転車安いから盗られても「次の買お」となるんちゃうか。
※関連記事:
『自転車の籠はゴミ籠。』 2011年5月 記
添え木ネタはもうええんちゃうと思いつつ。
和泉市某所で仕事。コロナ禍以降すっかり長距離移動案件が無くなってしもて、泉北高速に乗って来たここ和泉中央でも遠い部類に。
ま、ひさびさに来たここら辺ですけどそこはニュータウン。まぁアホげネタはありません。
とは言えはなから諦めるのもちゃうなとサクッと駅周辺を。そこで見かけたのがこの添え木。
この前は今まで何度も通ってますけど全く気づきませんでした…ってこれ、気づかなんだんやなくてご無沙汰してる間に生長したんかもしれませんで。なんてそれはないでしょう。
(於:和泉市)
まだええかと思うも我がの引き際もそのうち考えんとあかんな。
※関連記事:
『巨大ヤシ支える添え木』 2023年3月 記
『生長した木に添い続ける“添え木”にあれこれ』 2023年2月 記
『完全に支えてるとも言える“添え木”』 2021年10月 記
『添え木、生長した木に羽交い締めされる図。』 2021年6月 記
『添え木宙に浮いて足かせ。』 2018年11月 記
『苗木の添え木、いつまでいるんやか。』 2013年10月 記
ほか
コロナ禍であんな専門店・こんな宴会場までもが店じまいに。3年半…あっという間の様な長かった様な。

ふと訪れた空き時間。うちのひとの希望があって立ち呑みにハイハイタウンに。
そこは基本フレンチ。あれもこれも手の込んだ料理(アテ)の数々。小盛りやとは言えどれも廉価で…大丈夫なんかいな。
美味いわぁ工夫あるわぁで何や申し訳ない気分に。
で、ドリンクメニューに何度目を通してもそこに日本酒がなくて…あぁそうなんやって感じ。立ち呑み処にして日本酒がないという現実に令和を思いました。ま、頼めばあるんでしょうけど、初めて行ったお店でそんなお品書きにないモン、頼めませんわなぁ。
もちろんビールにワインでも美味。けど、日本酒で呑みたなったアテもあれこれあって…ちと残念。わがまま許されるまでもうちょっと通わんとあかんかなぁと思いつつ、きっとずっとそんなことよぅ言わんやろなぁと思ったり。
ま、そんなことより色々あってもカタチを変えて前へ進んではる図に「わしも頑張らんと」とかちょっと思いました。凡人ですから“ちょっと”ですけどね。
(於:天王寺区)
屋号に“スタンド”と“ニュー”のフレーズが入ってニュアンスに、勝手にお酒(日本酒)をダブらせてた部分もある。
福知山線の伊丹駅で皆と落ち合い仕事の現場へ行く前に、資料を人数分作るの忘れてたわと思いますれば…おっ、ここコピーやってますやん。
とか何とか。いやぁしかし、看板掲げときながら封鎖してどないせぇっちゅうねんって感じ。ま、出入り自由状態やったとしても「コピーお願いします〜」って奥までよぉ行きませんけどね。ストリートビューで見ますとコロナ禍の近年、サービスを始められたみたいです。
(於:兵庫県伊丹市)
青焼のコピーが懐かしい…
※関連記事:
『“パンク修理”装い、実態“駐車禁止”。』 2022年8月 記
ちょっと最近ネタ不足。過去に撮ったもんで何げに出すタイミング逸したヤツ…あれがわるわ。
が、これ。それなりに年輪重ねた人なら「懐かしぃ」と思うんとちゃいますかね、このハンコみたいな極東ノートのマークを。
ノートどころか、文具に事務用品と言えばすっかりコクヨの一強状態になりましたけど、昔はノートと言えば極東に日章(後のアピカ)、ほかハタとかコーアなど今では見かけんブランドのノートの方が圧倒的に幅を利かせていた気がします。いわゆる“大学帳”と言われていた時代の話です。
それがコクヨの“Campusノート”が出始めた頃からコクヨがドンドン市場を占める様になって…そや、当時は今アリオ八尾になってる地元のコクヨ八尾工場で作っていたはずながら、マイナーもん贔屓としては昔っぽい大学帳を探して買って…そんなこだわりより勉強するべきやったと今では後悔しています。
で、この極東のマークですが、ずいぶん前に無くなって、いまはどうなってるんやろかとストリートビューで見ますと…あっ、建物は健在で当時気づかなんだところにも“極東ノート”のロゴが残ってますやん。
そうそう、ここ、南久宝寺の問屋街なんですがこの南久宝寺通、知らん間にアーケード無くなって…もう3年近くなるんですか、早いですなぁ月日が経つのは。そのアーケードに隠れていたんですね。
てなわけで今日、北浜での仕事の帰りにここに立ち寄って撮ってきました。
そやなぁこの感じ、ゴシックのイタリックでしたわ。マーク以上に懐かしいかも。
で、極東ノートですが、ゴルフ場経営に失敗して1993年に倒産。その後2003年に関連子会社に譲渡の末キョクトウ・アソシエイツと名を変えるも2019年、プラスの傘下同士のアピカと経営統合、日本ノートのいちブランドとして“KYOKUTO”は残っているそうです。
(於:中央区)
大学帳も当時コレクションしてたなぁ。そのうちネタで出そ。
※関連記事:
『“日章ノート”の看板見つけ、探すと家から日章ノートが。』 2012年7月 記
展覧会見に大和高田へ。目的地近くに味わい深い物件が。
ちょっと前まで時折見かけた味わいやなぁと思うも“ちょっと前”と思う感覚がもうズレてるんですなぁ。
経年変化で味わい深なったというのもあるにはあるでしょうけれど、この手描き看板自体がええ訳ですから掲げられた当初はきっとピカピカにしてええ感じやったに違いないでしょう。
タコの絵がいくつかありますけど、どれもテイストが違ってこれもよし。看板屋の職人さんのが好きに描いてるんやろなぁと想像しますと、緩いええ昭和にちょっと戻りたくなったりしますわ。
かき氷もきっと商ってはったんでしょうけど、何となく“氷”がこの店のマーク的扱いなんもええ感じ。あたり再開発中って雰囲気が漂ってましたけど、ここはこのままであってほしいもんです…勝手な話ですけど。
彼岸の入り。お墓参りに行ってきました。
お彼岸と言えば…毎日香。近年こそすっかりテレビCMから遠のいていますけどその様に連想するのはかつてテレビ画面のさだきちから受けた影響がずっと頭の中に残っているってことですわ。
で、毎日香。琺瑯看板で宣伝していた時代があるだけでもさすがは定番商品って感じがします。ちょっと珍しいのが上と下、別々の看板やというところ。きっと営業マンがカバンに入れやすい様にこの様な2枚でひとつのスタイルにしたんでしょうなぁ。きっと昔はクルマもまだそれほど普及してなかったんでしょう。想像すると…大変やなぁと思うもそれなりにええ時代やったことやろと思います。
で、ですわ。この看板の下部にご注目。そこに記されているのは“東京 銀座 孔官堂”。“毎日香”と言えば“日本香堂”のはずで、孔官堂は 大阪の線香屋さんで“松竹梅”が定番ですけども。
調べますれば日本香堂はかつて孔官堂の東京駐在所から始まった会社でその後、東京工場を立ち上げ東京孔官堂を設立。同業他社から“毎日香”の商標権を譲り受け順調に売れるも大阪の本社と揉め、独立。1965年に日本香堂となり今に至るとか。
その後みなさんご存知の通り日本香堂は線香の最大手となり今に至っていますが、本家の孔官堂は2019年、ロウソクの最大手、カメヤマの完全子会社となりました。多くの場合、独立した方が大きくなるもんですね。
この写真は2009年、うちのひとと両親と4人旅の道中に喜多方で見かけたもの。もう14年も前のことながら、ストリートビューで確認しますれば今も現存していました。まだあったかと驚きつつ「そらそうか」とも。両親は共にお墓の中に入ってしまったこと思うと、ちょっと切なくなったりしました。ちなみに持って行った線香は当然毎日香…ではなく日本香堂の“かたりべ白梅”。訳あってたくさんあるもその香りが何ともキンモクセイ(=“金木犀”ではない)的香料っぽくて好かんもんで…何と罰当たりな。
(於:福島県喜多方市)
やっぱ中央区民は玉初堂でしょ。
過日歩いた中津の高架下にかつての面影でしょう、こんなんが残されていました。ここは建材店やったんでしょうかね。
高架下の占用が認められていたとは言え、構造物に直接文字なり意匠を施してそれでオッケーな時代があったってことですなぁ。きょうびでしたらネーミングライツとやらでお金払わんとできんことが…何と緩いことで。
ま、緩いことがええとも言えませんけどね。思えばまだまだ昭和の緩さがあちこちにまかり通ってますわなぁ。
※関連記事:
『中津浜交差点の高架下』 2023年7月 記
『川の上の家がなくなった。』 2013年2月 記
『歩道橋に命名権 かぁ?』 2011年1月 記
境界線上にひとつの間仕切りではアカンのでしょうか。
各々の敷地の隅、金網の塀の隙間に木が一本生えてますわ。左右どちらの土地使用者にも邪魔者扱いでほぼ二次元の姿で生長してからにちょっと気の毒。
葉の形状からすればこれはビワの木。あの種の大きさからすると風で飛んできたとか鳥が運んだとも思えません。この隙間に誰かがタネ捨てて…気の毒なことで。
とか思いながらストリートビューでここを見ますとこの木の左側はかつて家庭菜園っぽい農地やった模様。その時に土地の隅っこにビワ育てるも土地の用途が変わってこの様になったみたいです。
まぁいずれにしても気の毒に思うも、畑が跡形もない現状を思うと伐採されなんだだけマシと言うこととも言えますな。
(於:門真市)
これ、案外美味しい実を付けるから伐らんままなんかもな。
※関連記事:
『二次元化した観音竹』 2013年3月 記
お子はアルバイト、うちのひとは旧交をあたために旧友のライブに。夕刻、久々にひとりやんと外出。
行こか行こまいかと思ていた今日的な立ち呑み屋はんの前を通るも早くも外でたむろしてはるなぁ…ってことで散歩してましたらちょうど夕暮れ時に。せっかく西の空焼けてるって言うのに何なんこのネットは…って一瞬思うもいやいや、このネット越しの夕焼け空ってのもなかなかオツなもんですやん。ま、とは言えこの破れた箇所を繕うてあるからこそええニュアンスが感じられるってわけですけどね。
帰りしな「今日は…手酌で瓶ビールもええなぁ」と酒屋の自販機にあるサッポロの赤星の誘惑に引っ張られるも、めんどくさいわとそのまま帰宅。ドライソーセージやら玉子焼きやらキャベツの千切りやら6Pやらを肴に缶ビール。自分しか食べへんとなると…こんなもんですな。
今日も所用で江之子島へ。コロナ禍また猛威をふるいつつあるのもあって用事は短時間に終えて…てなわけで写真は一ヶ月前の江之子島近くの光景。
黙って見せられると「…秋近し」な光景。空模様が秋っぽいってのもありますけど、写ってる建屋がたそがれてるからそんな感じに見えるんでしょうな。
これ、船の荷物を引き上げる重機やと思われますけど、電気メーターが取り外してあるところを見るともう稼働していないんでしょう。ストリートビューで見ますと2018年まではメーターが付いてます。そうか…つい最近まで現役やったとは…思えん渋さ。ちなみにこの重機は道を隔てて向かいの会社のものの様ですが大正10年創業でいま、通関業として輸出入業者の後方支援にあたってはる様です。
もう半月ほど前になるんですけど、金魚に異変が。
あの、昨年秋から飼い始めた金魚“コメット”のうち一匹が見ての通り、“赤”が抜け落ちてしまいました。こんなん…金魚ちゃいますやん。
妙な病気になってしもたんやなぁ…と調べましたけど、これ、病気やないそうで、ままあることやそうです。
「こうなったら元に戻らん」という説と「エサを工夫して太陽光に当てたら色戻る」という説がありますけど…どうなんでしょ。
そもそも飼い始めたときからもひとつ個体差がわからなんだので、これくらい個性を発揮してもらった方がよろしいな。
これで真っ赤と赤白、それと真っ白と判別可能になりました。これで名付けもできるってもんよ…で、アカ、アカシロ、シロ…。
もうちょっと調べてみますとこれ、アルビノコメットとして珍重されているんやとか。何となく得した気分になってきましたわ。
※関連記事:
『金魚ふたたび…』 2022年11月 記
先の旅で見た光景。
それなりに有名な景色みたいですけど、アホげとしてはほっとけませんね。
見ての通り電柱が水の中に立っています。これ、西表島から由布島へ電気を送るためのものの様です。
満ち引きはあるも、基本ずっと水の中に立っているわけですからコンクリ製に違いないと思ってましたら、なんのなんの。これらはすべて木製やとのこと。帰りの水牛車で水牛を操っていたお方の話によると、コンクリ製やと中に仕込まれている鉄筋が錆びて膨張して折れてしまうから木製のものが使われているとのこと。あぁなるほどね。思えば貯木場ってたいがい海辺にあってそこで海水に浸けられてますわ。あれ思うと案外この様に海水に日々浸かっていても腐らんのかもしれません。
水牛車ものどかですけど、海に浮かぶ電柱と電線の図もなかなかのどかな感じでええもんです。
先の記事で「山国ぶどう園のブドウ売り切れたからブドウ狩りも無理かいな」と嘆きますれば「行けまっせ」的趣旨の連絡をもらいまして今年も狩って食べてきました堅下ぶどう…ん?、近年は“柏原ぶどう”の名を全面的に出してはるみたいですな。
山裾の農園つきますれば、雨。「ま、葡萄棚もあるし大丈夫やろ」と思うも徐々にそれどころではない激雨になって…でも大丈夫。屋根付きコンクリ敷の場所を用意してもらいそこにシート敷いて椅子も借りて準備OK。大将から「できるだけ黒いのを」との指導を頂き…あっ、そうそう、温度も味のうち、大量の氷持っていって氷水につけてから食べましたら、まぁなんと美味しいことか。去年も美味しい思ってましたけど、うちのひとが言うには「去年のよりより甘くておいしい」とのこと。去年より二週間ほど遅めやからより糖度高い実やったんかもしれませんなぁ。
狩っては冷やして食べ続け…「ん?これは」と思い見ますれば、まだ完全に黒なってないヤツ。でもそれはそれであっさりして美味いとも言えます。
そうこうしているうちに晴れてきてました。葉っぱに水滴、奥に青空…「葉っぱに水が付いてるのが最近キレイやと思うねん」とお子スマホ片手に言います。負けてられません、こっちも真似して一枚。どやっ…って、張り合うことでもありませんか。なかなか大人になれんもんで。
持ち帰り用無理を言うてに少し分けてもらいました。最後に傷んだ実とかを取り除く作業を教えてもらっての袋詰め。これはお子の仕事ってことでやってもらいましたけど、房の隙間からクモが出てきて大いにびっくりの恐怖を味わってました。
おみやげにナスビなど頂いて…で、そう、このナスビも何なんでしょ、ごっつい美味しかったんです。まぁ、きっと何を栽培しても美味しなるんでしょうなぁ。努力もさることながら、人柄がきっと出るんですよ、味に。
ま、てなわけで自分は農家に向いてへんわとスッキリした気分に。ま、適材適所ってことで。我がに適所は…あるんかいねぇ。
※山国ぶどう園 大阪府柏原市太平寺2-8-15
(於:柏原市)
ここのハチミツ使てはる洋菓子屋さん、どれも美味そげやったわぁ。
※関連記事:
『で、山国ぶどう園でぶどう狩り。』 2022年8月 記
『山国ぶどう園のブラックビートにクイーンニーナ』 2022年8月 記
『山国ぶどう園の百花はちみつ』 2022年8月 記
かれこれ1年ほど前でしょうか、納品帰りに立ち寄った伏見。大手町商店街を歩いてますれば店は閉まっていましたが店先でソース売ってはる場に遭遇しました。一度行き過ぎるもやっぱり気になって一本購入したのがこれ。
愛想ないレッテルに記されているのは“商品名:ごん平ソース”。あんまりちゃんと調べずに買いましたがこれ、伏見の名店“ごん平”さんが店頭でソースを売ってはった様です。
味わい浅いレッテルはスルーしてどこが製造したもんかと見ると“オジカソース工業”やないですか。そうそう、かつての記事“ソース 60 ▲ 復刻版オジカソース”でも書いた通りかつて…もう30年ほど前ですけど一度オジカソースさんを取材させてもらったことがありまして、その時に「“ふくい”さん、“ごん平”さんなんかで味わえます」と聞いた記憶が蘇ってきました。
まずはそのまま。色合いはとんかつソース系にしては薄めの茶色。その味わいはまず酸味や苦味が主張しています。その奥で静かに旨味とスパイシーさが手を振ってるって感じでまぁ…大人な味わいといった感じ。そのちょっと突き放した様な味わいは…フレンドリーとは言い難い、です。
次にいつも通り焼きそばにして味わいました。見た感じは写真の通り素材を邪魔せん程度の上品な色合い。そしてひとくちふた口…これは美味しいですわ。加熱のせいかそのままの時に感じた酸っぱさや苦さ渋さが影を潜め、マイルドで素材を邪魔せん品の良い味わいにまとまっています。お子も「おいしいわぁ」と。粉末ソース付きの名城とかの焼きそばの味わいの方が味濃くて好きかと思っていましたら…違うんですね。最近安値に負けてその手の3玉パックの焼きそばを食べていましたけど…そうか、案外若い衆でもハイパーな旨さより落ち着いた味わいの方が美味しく感じるもんなんですね。
なかななのええソースに出会えました。“ごん平”…Googleマップで調べますればそこには“閉業”の文字。他の記事には「店頭での持ち帰り専門になった」との記載もあります。ほんまのところは解りませんけどなんかちょっと残念。今度、機会があったらチェックしてきます。
ちなみにこの“ごん平ソース”、原材料だけで判断すると“オジカとんかつソース”と同一みたいです。もちろん製法など違うのかもしれませんけど。
名称:濃厚ソース 原材料名:砂糖(国内製造)、野菜・果実(トマト、りんご、デーツ、その他)、食塩、醸造酢、でん粉、たん白加水分解物、昆布エキス、香辛料、酵母エキス/カラメル色素、甘味料(ステビア)、香辛料抽出物
販売者:ごん平 京都市伏見区大手筋2番街
製造者:株式会社オジカソース工業 京都市山科区勧修寺東出町9
ふくい、ごん平、揃って2000年に店じまいしたとありますけど…コロナ禍のせいか。
※関連記事:
『ソース 60 ▲ 復刻版オジカソース』 2018年9月 記
今日も“島”。島と言っても江之子島。
所用で江之子島へ。昨日までと同じ“島”ながら…ここは大阪やなぁと実感する眺め。大阪はちょっと涼しなってますやん。夕陽に照らされた街並みに雲の様子に秋の気配を感じます。とは言えまた来週暑なるそうですけども。
そうそう、今日は9月9日で救急の日…ってことで午前中は自治会主催(?)の防災訓練に参加。そないに本格的な訓練ではありませんでしたけど、AEDの使い方をリアルに知ることができて為になりました。そもそもずっと心臓マッサージをAED使う前後にやり続けんとアカンということすら知りませんでしたし、最低でも2人体制で挑まんと効果なさそうでした。
ずっとその要領、覚えてられるのか。講習の中で消防署のお方は「たいていの記憶は3日で忘れる」とおっしゃってましたので、ちょっと自信ありませんけど、何しか機械の言う通りにしたらええと言う事実だけ覚えておくとします。
旅も4日目、ついに朝からずっと雨予報。
てな訳で10時の開店を待って靴屋さんへ。履きなれた靴ながら底がヒビ割れ絆創膏で塞いで2日ほどやり過ごしてましたけど…所詮無理な話。靴を新調してバンナ公園、昆虫館と見て御神崎へ。灰色の空でも海が青いんやなぁとプチ感動しつつぬかるんだ赤土の斜面を行きますればうちのひと足滑らせてズボン泥ドロ。「これでは飛行機乗れんで」とスボン買いに行って…何やこれ、な旅の最終日となりました。
で、靴買ったのは“東京靴流通センター”。ズボンは“しまむら”…行く前は「地元商店しかない独特な文化圏なんやろなぁ」と思ってましたら何のなんのこんな感じ。イオンのマックスバリュも近くにふたつあって幅を利かせドン・キホーテもあって…そうなんですね。
繁華街の商店街とその中にある公設市場へも行きましたが、ここも地元民が買い出しに行く様なお店はほとんどなく、土産物屋さんか観光客相手の飲食店の集う街って感じでした。
コンビニは少なくその分共同売店はそこここにありましたけど…やっぱり地元資本とか個人商店の存在ってのは全国的にこんなもんなんでしょうか。まぁ逆に“東京とか大阪に地方から出てきて初めて個人商店を知った”という話があるくらいにもう大手資本にボッコボコにされてるのが現状なんですかね。
共同売店でサーターアンダーギーを初日同様買い求め、時間ギリギリになって大慌てでレンタカー返して空港まで送ってもらって…窓の向こうに見える夕陽眺めて…いよいよ旅の終わり。正味のところ何も考えずにやってきましたが、めっちゃええ旅でした。ここ石垣島は大きな括りでは“沖縄県”ながら、沖縄本島とはまぁ全くと言ってええほど別モンでした。そらぁここと本島の間が400Kmほどあること思うと当たり前の話かもしれませんけど、まぁ遠くの大阪からしたら一緒に思ってました。
色々全然違うと思ったことありますけど、いちばんの違いは何かと言うと、これまた当たり前ながら“アメリカ臭”がないことと、あと…それに起因する感情の方向性というか何と言うか。この辺のニュアンスは軽はずみで語ることではないのでここらでやめときます。
なんか久々に「あー旅したわぁ」な満足感。まぁ4日ほどでは何もわからんかったとも言えますんでまた来たいわぁ…そう強く思わせる魅力がこの地にはありました。「みーふぁいゆー 」…何げに気恥ずかしくてよぉ言いませんでしたけど。
(於:沖縄県石垣市)
竹富町役場が石垣市内にあるってのもびっくりやった。
旅の3日目は石垣島を離れて三島めぐりへ。
今日はツアーに参加。離島ターミナルから船に乗ってまずは西表島へ。45分の船旅。500円追加でデッキにも出られるってことであんな景色こんな景色ええなぁと眺めつつ「撮ろっ」とカバンからカメラ出しますればレンズ曇って曇って拭いても曇って…船内のクーラー効きすぎやとこんなことになるんですなぁ。仕方なく何度も何度も拭いて…あれっ、レンズ曇ってないのにモニタがモヤモヤですやん。どういうこっちゃねんと思いつつ「壊れよった」と諦めつつ…あっ、そうや、凍らしたPETボトルのお茶の横にカメラがあったことを思い出しました。冷え冷えカメラ…そらぁきっと撮像素子まで結露してもたんでしょう。いずれにしても、こらぁアカンわ。
塞いでますとテンションダダ下がり。こうなると船酔いもするってもんで…ふて寝。気分までモヤっとしてるうちに到着。念の為再びカメラのスイッチ入れますと…すっかり元通りに。安心。
西表島…と言っても正味のところは仲間川観光。船に乗って上流まで行ってマングローブいっぱいの亜熱帯を楽しんだんですけど、これがまた、何とも楽しいて。全方位が非日常。その上船頭兼案内人のおねえさんの解説がとても良かったのでなおのこと印象に残る1時間強でした。
ま、写真の通り天気は何とか雨が上がってる状態で川も赤土混ざってキレイとはいきませんでしたが、それもええやんと思えます。で、まぁ色んな鳥がそこここにいたんですが、枯木にうまいこと鳥が5羽止まってましてすかさず1枚。
ええ感じやなぁと見てますと、この鳥、“クロツラヘラサギ”やとのこと。何でも絶滅危惧種で地元民でも滅多にこんな間近で見ることはできないとかで船頭さんもとても嬉しそう。出来る限り船を近づけてくれましたら…右端の1羽だけスーッと飛んでいってしまいました。「愛想なしは鳥にもおるもんや」と思ってましたけど、帰宅後写真をよく見れば…愛想なしのヤツだけ、別モンの鳥で、ただの“ヘラサギ”みたいです。そうか…ヘラサギさんは「わしの出番やないんか」と悟って飛んでいったんでしょうなぁ。うん。
その後、バスと水牛車を乗り継いで由布島へ。
まず15分ほどの道のりでしたけど地元出身のバスの運転手さんのお話しを聞きながらの移動。ここでの話っぷりとその内容がニュートラルにして妙に心に響くわタメになるやらでええ感じ。道中急にスピード落としたと思うと停車。「何かいな?」と思いますれば路面にヘビ。運転手さん降りて路肩の森に棒で逃がしてはりました。なぜそうしたかと言うと、ヘビを食べにイリオモテヤマネコやらの絶滅危惧種の動物が道に出てきて事故死する可能性があるからとのこと。八重山諸島では交通事故が原因で希少生物が個体数を減らしているのが現状とかで、路面に凹凸をつけてある箇所もスリップ対策やなくて音で動物を威嚇するための処置やとか。速度控えめな運転も動物との衝突を避けるためやと説明がありました。てっきり南の国はセカセカしてへんからやと思ってましたけど…それだけやないんですね。

バスを降りたら水牛車がお出迎え。いやぁいかにも南国な感じ(=個人の感想です)。ほぼ陸続きということで島へはこれで移動するんですけど、12人も乗って1頭の水牛が引くことに、牛の名前は“元気くん”ながら、何となく申し訳ない気分になります。
たどり着いたその島は“天然の植物園”って感じ。大阪では温室でしか見たことのない世界が青空の元にあるんですなぁ…当たり前でしょうけどね。聞けばこの島、1969年のエルシー台風で水没後多くの住民が西表島へ集団移住となりその後、せっせと植樹などして1981年に植物園として再生したとのことで、ま、今は純粋な観光地ってところでしょうか。帰りの水牛車のお方は元・島民で、三線片手に妙に雰囲気のあるお方でしてマラリアのことなどの事実を淡々と聞かせてもらいました。あっ、ちなみに帰りの水牛の名は忘れてしまいましたがちとお年寄りなのか途中、三線と歌声に癒されたか一歩も動かず状態。これにも癒されましたわ。
再びバスと船に乗って今度は竹富島へ。ここでは電動アシストのレンタサイクルで島内を移動しました。どんなところやったか?ですが、いかにもな町並みの集落があって…うん。住民より観光客の方が多いのとちゃうか状態で正直言うともひとつしっくりきませんでした。もちろんその観光客のひとりが自分なんですけどそれ思うとなおのことフクザツな気分になりました。
てな訳でいかにもな写真は撮る気になりませんで草を喰む黒毛和牛の写真にしときましょう。ちなみにここは竹富島ながら、ブランドとしては“石垣牛”と言うみたいです…たぶん。あっ、のんびりネコも。イリオモテヤマネコではありません。
正直言うと、ちょっと“ツアー”というと“パック旅行”なイメージがあってちょっと距離置いていたんですけど…なんのなんの。やっぱり時間配分なり見どころなりをよく考えて商品化してはるだけあってこんなにええもんやったんやって感じ。人生今までちょっと損してたんちゃうかと思ったのでした。ま、とは言え、今後も山本龍造は山本龍造のまんま、でしょうなぁ。
ずっと雨やと諦めて現地入りした今回の旅、昨日はまさか晴れで今日も何とかもってますやんと午前中は海水浴やとフサキビーチへ。
あんまりどころか全然観光リゾートなところは基本、性に合わんのですけど…まぁ家族旅ですからね。
お子はシュノーケリングで大盛り上がり。救命胴衣を付けるとまるでカメみたいですけどまだまだ子どもな感じがして和みます。で、こっちはそんな大層なことしとないわと浮き輪と水中メガネっぽいヤツ(水中スコープ)借りて海中探索を。真っ白とかめっちゃ青い魚に非日常を感じておりましたらだんだん気分が悪なってきて…酔いました。そこから長い時間ムカムカ。ま、船酔いみたいなもんです。
お昼過ぎて、そろそろ降りそうな気配感じて着替えますとやっぱり雨。雨でも楽しめるとこは…そや、洞穴があったわと石垣島鍾乳洞へ。どこの鍾乳洞もそうですけどこれ、妙な色合いで照明されているからこそ幻想的に見えるんですよね。ホンマは真っ暗な訳でそれを発見した人は最初「キレイなぁ」と思ったんでしょうか。いや、ケチ付けてるんとちゃいますよ。
雨でも洞の中は大丈夫…ではありましたが、ところどころ雨漏りの様に水が落ちてくる箇所があり、その上水没している箇所もあるってことでその全てのコースを堪能することはできませんでした。ちと残念。
で、次どこ行こか…便利なスマホの情報たよりに島内でも雨降ってない北部へ移動。石垣島サンセットビーチってところへ。
そういう名前のところですからきっと夕陽がキレイなところなんでしょうけどまだ5時台、ちょっと日没まで居れませんわなぁ。てな訳で海を眺めていただけですけど凪いだ海と潮騒の音と…ちょっとした“青春”の風景を楽しむことができました。
すぐに宿へ戻るのももったいないでと次に訪れたのは底地ビーチ。“底地”と書いて“スクジ”と読むみたいです。
ここは…質素でいちばんしっくりくるところでしたなぁ。砂浜ながらなぜか“私営”なビーチとは違いここは石垣市がやってるところやからそう感じたんでしょう。ま、行った時間が日没寸前でしたから余計に静かやったんでしょう。
夕暮れ空を背景に海を見てますとサーフボードに立ってシーカヤックみたいなことやってはる人々が数人海へ出てきはりました。これまたのどかでええ感じ。調べますればこれ“SUP”=“スタンドアップパドルボード”って言うんですね。見た感じいともカンタンに立って進んではりましたけど、どう考えても難しいそうですわ。海と親しむ人々は…ちょっと縁遠い存在に思いました。
ちょっと古そうで見たこともありますが、もひとつ記憶に薄い看板ですかね。
“酒・信・連”…その名は確かに覚えてますが、この、“月桂冠に酒信”マークは、同様の組織“酒有連”に比べるまでもなく馴染みがありません。
調べますればこの会を運営する株式会社酒信連は大阪市北区に事務所を構えるも、2020年9月に解散、当初は“共同交換配達業務を主体とした各地・各県の優秀な酒販店の集まり”としていた様で、ビール券の発行もしていたそうです。酒類の販売自由化にネットの普及、宅配便の充実し、その使命を終えたと言うことなんでしょう。世の中、変わっていくもんですね、ドンドンと。
9月に入ったと言うのにカレンダーは8月のまんまやんとベリッとめくるといつもの“絵”がありませんわ。
「バレたか」てな感じで人がおらん間に描き始めて…これ。
月見にクリに…あぁ秋なんですね。ずっと暑い日々やと実感としてはまだまだ夏ながら、確かに。
右にはブドウがいっぱい実っていて…で、このビール片手に持ってるおっちゃんは誰なんやろなぁと思いつつ…これはビールやなくて瓶入りのハチミツかも? 訊けばこのお方は昨年ブドウ狩りに行った時に会った山国ぶどう園の大将やとのこと。えっ、彼はメガネしてましたっけ。
ハチミツも手掛ける山国ぶどう園さん、今夏、直売店をオープンしはりましたけど、何や3日ほどで今季のブドウは完売したとかで、残念な様な嬉しい様な。全部売れてしもたとなると、ブドウ狩りもできんことでしょうなぁ。
山国ぶどう園さんのブドウにはありつけませんでしたがこんな“絵”というカタチで山国の大将に今年も出会うことになるとは…まぁこれもよし。来年の分、今から予約しておかなあかん気になってきました。
昨日は伊勢神宮へ参拝。外宮→内宮と巡るのが筋やと言うことで…知らなんだんですけどね。
小学校の修学旅行以来ですからほぼ半世紀ぶり…って思いつついやちゃうちゃう。四半世紀ほど前にも来たなぁ思うも全然覚えてませんで。まぁそんなもんですかね。出雲大社でも思いましたけど神宿る地ってのは森の木々がそらぁもう別格に素晴らしいですね。もちろん“有り難い”と思わせるもんを発してるのは当然のこと、それ以上に珍しい状態になってるのがそこここにあることにも圧倒されます。
そんな森の中で、外宮にこんなのがありました。
これはクスノキでしょうか。幹と枝に分かれた部分にまん丸のコブができてまして、そこにコケやらシダが着生していて何ともよろしいなぁ。まるでこれ、天然の“苔玉”ですよね。根の下ろしたシダが何とも頭髪っぽいのが何とも愛らしいマヌケさを感じますわ。
他にも枝がまるで幹のように立派な状態で張り合ってるのやら、途中からL字に折れ曲がってる枝とかもう色々なのがありました。神宿り人集うところはやっぱり何かがあるんでしょうなぁ。
(於:三重県伊勢市)
修学旅行のみやげに生姜糖何げに注文したけど…美味しい思わなんだなぁ。
志摩への旅、帰りは伊勢神宮におかげ横丁に寄って地道を通って大阪へ。
奈良は桜井あたりで陽が暮れて…空の様子がすっかり秋。信号待ち、写真撮ろと窓開けると聞こえてくる秋虫の音。今日から9月やと思うとより感傷的な気分になってきてしんみりします。5月と9月、さみしい病に悩まされるのは毎度のこと。ま、若干ながら歳を重ねるごとにマシにはなってる気もしますけど。
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