令和4年、今年もお世話になりました。
(フラワー)アレンジのお嬢にお花を、うまい酒『金鼓』の日めくりをそれぞれ頂戴致しますればこれで令和5年への準備完了っ。
お花はやっぱりゴージャスで人柄が表れているわぁって感じ。適度に毒気が漂っている風に思うのは本人知っているからの様ないやいや実際そうなんちゃうんの様な。その辺のさじ加減がいかに重要かってのを考えさせるもんがありますわ…てなこと言いますと「そんなんちゃいますけど」って言われそうに思うも「そうですけど、何か」て言いはる気もしまんなぁ。毎度まいどおおきにです。
金鼓の日めくりは正式には“キンコキャレンダー”と言うそうで宅急便の伝票には毎年そう記されています。“キャレンダー”ってなフレーズのバタ臭さに昭和を感じてなおええ感じ。毎度お馴染み細面の美人さんが令和5年をお相手してくます。で、例年何げに楽しんでいたこの美人画、どうやら毎年同じお方の絵の様で、そこには“桃李”の印があります。で、調べるも何らヒットせずでよく見るとそれ“桃翠”。こちらを検索しますと“唄野桃翠”というお方の美人画がいろいろ出てきました。が、そのお方の詳細は現存の人物なのか否かもわかりませんでした。同じ名前のお方が堺にいるみたいですけど本人か否か、これも定かではありません。ま、ちょっとミステリアスな方がくすぐるってもんと解釈しましょうか。
さて皆さんにおかれましては令和4年はどんな一年でしたでしょうか。きっとあれこれあったはずながら「コロナコロナな一年やったな」って感じ。ま、お子がびっくりの大学生になったのがいちばんのトピック…あ、それもありますけど山本龍造もついに還暦ってのも大きなこと、と言いつつやっぱりただの通過点やんと思ってますけど、他者はそう見ませんわな。おじんの第一歩ですからね。
さっ、どんな令和5年にしましょうか。とは言え先の記事にも記した通り行き当たりばったりというか出たとこ勝負な日々365日に違いないでしょう。浮き草稼業いつまでも…腐って沈まん様、来年も元気に過ごせたらなぁと思っています。皆さんも良いお年をお過ごしくださいね。








前日に詰所の設営があり、それは毎年手伝いに出てまして今年も行ったんですが、気がつけば年々あの顔この顔を見かけなくなって「さぁ明日何人出てきてくれるやろ…」とあるお方がポツリとおっしゃいまして「…そやなぁ」。何げにもう出来上がっているコミュニティに顔を出すのも気まずいしと遠慮していたんですけど、もうそんなこと言うてる年齢でもないわと詰所での雑談と夜まわりにも行ってみた次第。で、結果は「面白かったぁ」。
学生時分は職種やら会社の規模によって生涯賃金が全然違うとかまったく考えず学生生活をいかに充実させるかを最優先して就職活動はかなり適当にした結果がその会社…なんて言うとその会社に失礼極まりないんですけどやっぱり事実。そもそも社会に出るのも仕事するのも嫌やったのです。ほんとは酒づくりの職人になりたいと思っていくつかあたるも当時は但馬や越後の杜氏集団が現場を担っていたこともあって色よい返事は得られずで専門課程の仕事に就くのが筋なんかなぁと思うもその仕事に興味湧かずで3年で退社。勤務地は大阪ながらここの本社で半月の研修を受けましたけど、その社にとってはドブ金やったこと思うと、この年齢になったら申し訳なく感じるもんです。




最初はそれに惹かれて立ち止まったんですけど、引いて見ますと臭気筒やらイケズ石(?)もこれまたええ味出してます。石はともかくそれらは建物の景観を悪くしてると捉えるむきもあるでしょうけど、こういうところに生活感が宿っていてとっても景観に貢献してると思えてなりません。ま、それは古い琺瑯看板なり町名看板と同じでしょう。で、そうそうこの臭気筒、ナナメに立ってると思ったら2回もL字に曲げられて…なかなかユニークなことしてはります。こんな施工もええ感じ。































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