2021年11月
2021年11月30日 (火)
2021年11月29日 (月)
シェフレラ家
防風林としてのシェフレラか?
玄関前までびっしりシェフレラ。まぁ人ひとり通れる隙間はあるとは言え何げに不思議な図。
(於:八尾市) ストリートビューで見ると…よりどうやって出入りしはるのかわからん感じ。
※シェフレラの記事:
『屋根より高いシェフレラの図』 2021年1月 記
『幹伐られるも葉っぱ青々シェフレラの図』 2020年4月 記
『やっぱりシェフレラ、な図。』 2020年2月 記
『鉢植え卒業、勝手に街路樹化してるシェフレラ。』 2019年6月 記
『ひとつの街路樹、じつは三つ。』 2017年9月 記
『カイヅカイブキのハゲ隠しでシェフレラ』 2016年3月 記
『アホげ史上最高の繁茂ぶり…』 2015年12月 記
『ここの家もあの8枚葉に覆われてまっせ』 2015年2月 記
『みどりに覆われた家屋の根元は』 2015年2月 記
2021年11月28日 (日)
哀れ灯籠
瓢箪山稲荷神社の参道脇にお地蔵さんの祠。その横に、灯籠。
まぁ間違いなく“灯籠”やとは思いますけど…何か、ね。
上下の石の隙間はレンガでてっぺんちょの石もその辺に落ちてたもんを乗せただけって感じで何とも言えんお粗末さ。それでも撤去せずに何とか灯籠っぽい風合いを残そうとしてはると思うとこれはこれでアリですな。
何でこんな風情になってしもたんか…あの大震災で崩れ落ちてバラバラになったもんを随分時が経ってから「なんとかしよ」でこうなったんでしょうかね。そんなこと思ってますと何や愛らしく見えてきましたわ。どんなでもええ、何しかずっとここに建っててほしいもんです。
2021年11月27日 (土)
“根っこむき出し…”9年近く経って
過日仕事帰りに歩いていますとちょっと妙な街路樹発見!…って「これ、見たことあるヤツや」と思いつつやっぱり変わってるなぁってことで。
調べますれば2013年の1月の記事(根っこむき出し…元鉢植えであろう街路樹。)で取り上げた木でした。ですが…今回の方がかっこよろしいな。この木も先日の記事同様アオギリやったんですね。バッサリ伐られても、涼しい顔(?)してスーッと新たに幹だして…どことなくひこばえって感じが薄いですけど、まぁひこばえなんでしょう。
以前の記事にもある通り、元々は鉢植えであったかと思われること思うと「大きなりすぎ」と伐られるのも気の毒な話。このアオギリは何とか生き延びていますが以前その左にあった木は2016年に伐られ、そのうち駆逐されたみたいです。
さてこのアオギリはこれからどうなるのか。伐られては復活の繰り返しなんでしょうなぁ。人と植物の根比べの中、根っこか幹かわからん様になった“土台”はますますゴツくなっていくことでしょう。
(於:住之江区) “土台”のゴツゴツにひょろっと2本…妙なバランスが愛おしいわ。
『ひこばえで7倍返し、勢い旺盛アオギリ二景。』 2021年11月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。3』 2020年7月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。2』 2019年10月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。』 2015年10月 記
2021年11月26日 (金)
2021年11月25日 (木)
昭和なプラ看板 247 ● ギャラン / ミニカ
2021年11月24日 (水)
白鳥神社の大木、妙に青々。
羽曳野市某所で仕事。近鉄は古市駅で降りて東へ出てさて探索をと青空を仰ぎますれば白鳥神社の大木が妙に青々(緑々)としてまっせ。
見ての通りクスノキでしょうかベースの木に何や別の植物が纏わりついてますわ。こんだけ占領されてしまうと元々の方は枯れてしもてるのとちゃうかと思いますが、晩秋とあって少なくなっているもののちゃんと葉をつけてます。たいしたもんですなぁ。
いつ頃からこんな状態になったんやろとストリートビューで過去を見ますと2009年の時点でもうこの状態。長いことこの状態で共に繁ってんねんなぁ…と思うも、この大木の歴史にしたらつい最近こんな目にあってるんでしょうなぁ。難儀なヤツに取り憑かれたもんで…ま、つる植物にしたら「何がアカンねん」でしょうけど。
2021年11月23日 (火)
2021年11月22日 (月)
2021年11月21日 (日)
京都国立博物館で秋景色見ながら…雑感。
前日、茶の湯の稽古場で「ほんまもんの唐物も観てきましてん」と今やってる特別展のことを話題にしてはる社中さんがいて「ちょうどええやん所用のついでにぴったりな場所やん」ってことで京都国立博物館の“畠山記念館の名品”展へ行ってみました。
で「…疲れたわぁ」ってのが正直なところ。素晴らしいっすよ。“数寄者”はこういうのを好みはるんかとか、蒔絵の硯箱とかの完成された美しさに細かい技法に「はぁ、へぇ…」。素晴らしい…はい。でも…疲れたぁ。
まぁそもそも博物館やら美術館ってのは疲れるところなんですよ山本龍造にとっては。その上でなお疲れるのは…まぁそうですね、何か人間が持ってる“可愛いらしさ”というのか、そういうニュアンスをついつい求めてしまう自分に問題がある訳で、そういうのはこういうところにないんでしょう。まぁ言うと立派な神社仏閣もええですけど、人々の生活が染み付いた民家とか看板にも…価値があるとかないとかそう言う話自体をここで出すのが間違ってるんですなぁ。すいません。
ひと通り観てこの景色眺めつつそんなことをうちのひとと話しして「やっぱりそうなんや」とちょっと安心。高尚なものは高尚なものでそらぁすごいもんですよね。ま、ある意味自分が何を求めて何に救われるのかを知るええ機会となりました。
2021年11月20日 (土)
2021年11月19日 (金)
寝屋川市内に“大阪市”の境界杭のなぜ、理由は。
昨日の探索もここ何回かと同様、寝屋川市からスタート。例の如くイレギュラーな市章はないかいなと下見つつ歩いてますれば、こんな境界杭を発見。
そこに記されたのは“大阪市”の文字。「あっ、また発見!」って…じつは10日前にも見たんです“大阪市”と記された境界杭を。それは農地の隅にあってこんな感じでした。
「寝屋川市に大阪市の飛地があるってことか?」と調べるも判らんままにしていたのですがまたも見つけたとなると、ちょっと気になるわとあたりをぐるっと探索してみましたが、ほかには見つけることができませんでした。唯一「これは…」と思ったものが農地の中にありましたがそこには“淀□”の文字…別モンですわ。
まぁ仕方ないわと諦めて歩いてますと…あっ、マンホールのフタに“みおつくし”発見!。そこには“大阪市”の文字もあります。 その道を進みますと次々現れるマンホールのフタに大阪市の市章が入っていて…そうか!、これはきっとこの道の下に大阪市水道局の水道管が埋設されていて、その土地所有者が大阪市ってことで“大阪市”と記された境界杭があるってことでしょう。
帰宅後調べますれば、確証はできませんが「やっぱり」。大阪市水道局の豊野浄水場というのが寝屋川市にあるとのことです。そうか…柴島浄水場しか知りませんでしたが、この様に他市に浄水設備があってそこからも送られてきているんですね。ちなみに守口市にも大阪市の庭窪浄水場があるとのことで、こっちのことも知りませんでした。それで、この寝屋川市にある豊野浄水場、やはり淀川から取水しているのですが、その取水口がここから遠く離れた枚方市は樟葉にあるそうです。ということは、枚方市にも“大阪市”と記された境界杭があるのかもしれません。
という訳で昨日見た境界杭の謎はほぼ解けましたが、10日前のそれに関しては「多分、大阪市水道局の所有地やろ」程度にしかわかりませんでした。豊野浄水場が太秦高塚町1-1、農地の中で見た“大阪市”の境界杭が出雲町14、昨日のそれが萱島東3丁目1、そして大阪市が数年前に売却した土地が太秦緑が丘79番…この4ヶ所を線で結べばおおよそどの様に水道管が埋設されているか想像できますね。ちなみに先に触れた“淀□”の境界杭のある場所は下木田町14ですので、淀川の水を運んでること思うときっと関連ある杭やないかと思います。
で、余談ですが寝屋川市は大阪広域水道企業団の枚方にある村野浄水場で浄化された水道水を供給しているとのこと。そらまぁ豊野浄水場は大阪市水道局のモンですからそんなもんなんでしょうけど…何とも気持ちがモヤモヤしますなぁ。
※関連記事:
『大阪市の市章入り杭が、豊中の道にある。』2010年3月 記
2021年11月18日 (木)
2021年11月17日 (水)
2021年11月16日 (火)
琺瑯タンクの余生 56 ● 和歌山県有田郡有田川町大字中峯
和歌山行けば必ず見つかる琺瑯タンク。またも発見…とクルマ停めて撮影しているうちに「これ、前も撮ったヤツやん」。それは昨年夏の第53号のものでした。な〜んやとクルマに戻りつつふと見ると道隔てた向かいにもありますわ。
開放型の小ぶり…これは酒母用のものでしょう。草茂る斜面にポツンと置かれていました。何か荒れたその場所。上の方見れば太陽光発電のパネルが並んでいます。
ストリートビューの俯瞰図見ますとここに映るはほんの一部ですっかり発電所って感じです。以前はどうやったのかも気になるところ。2014年まで遡って見ますればここはどうやらみかん畑やった様です。
みかんの消費量がずいぶん少なくなってると以前聞いたことがあります。エアコンの普及で“コタツでみかん”な習慣がなくなってきてるというのもあるのかなぁとしみじみ。それ思うとミカンやめて発電に変えることの方が家庭の団欒に直結している…そうとも言えます。
ま、てなわけでこの琺瑯タンクは余生も終えた感じ。何となく景色に溶け込んでますから、そこにいるだけという余生もありかもしれません。
2021年11月15日 (月)
2021年11月14日 (日)
ひこばえで7倍返し、勢い旺盛アオギリ二景。
葉も幹も青々…緑々のアオギリ。
見ての通り、バッサリ伐られたアオギリがですね、怒りあらわにこの状態。「街路樹として日々貢献してきたのに…何やねん」って気分やったんでしょうなぁ。「そういうつもりやったら、こうさせてもらいまっさ」ってモンを感じます。一本の幹を伐ったら7倍になって帰ってきたとは…道路管理者も再度手を出すのにためらってる…かな。ストリートビューで見ますと、伐られたのが2019年。二年でここまでに生長したんですな。
しばらく歩きますればまたも同様のアオギリが。こっちは6倍返し…と思いましたが、一本だけまたも伐られてますのでこっちも7倍返しです。ええぞええぞ、その頑張り、応援するで。しかしながらなんたる生命力、脅威にも感じますけど自分もこれくらいの打たれ強さを持ちたいもんやなぁって思いますわ。
で、余談ですけど足の踵に幼少の頃よりイボがありまして、治療のたびにこのイボ、3倍返し4倍返ししてきよって…2回の治療で諦めました。絶滅させたれと思っていた自分が悪かったんやないかと。最初から共存を考えとったらこんなことにもならなんだんことでしょう。少々難ありでもええやん、完璧を求めたことが間違っていたんやないかと。イボで学んだこと、時折思い出します。
(於:堺市堺区) 何かたいがいのアオギリ街路樹は、ええ加減に扱われてまんな。
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。3』 2020年7月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。2』 2019年10月 記
『伐られるもひこばえで再生』 2016年3月 記
『切り株から完全復活の木』 2016年3月 記
『巨木伐られてキノコ風』 2015年10月 記
『ばっさり斬られるも、知らん顔して復活を遂げる木。』 2015年10月 記
『幹完全に腐るも新芽を出す老木』 2015年5月記
『幹腐って伐られても生き抜く。』 2013年6月 記
2021年11月13日 (土)
昭和なプラ看板 246 ● エスエスチエーン
ひょっとしたら平成モンかもなぁと思いつつマークに“チエーン”表記に昭和を感じるってことでいっときましょ。
軒に守られてきれいな状態。懐かしい正面向きのウサギのマークに“エスエスチエーン”…今でこそ外資傘下のエスエス製薬ですけど、エスエスてな名ですから外国の会社なんかなぁと子供の頃には思ったもんです。調べますれば江戸時代創業の美濃屋薬房に始まるとか。その後、昭和4年にボランタリーチェーン「瓢箪屋薬房エスエス」発足、ここで初めて“エスエス”登用、“SS”はSocial Serviceの略で社会奉仕の意味とか。と、表向きにはそう説明されているみたいですが創業者、白井正助のイニシャルから取ったという説もあるとか。今では“Science & Society pharmaceutical”の略と意味づけられているみたいですけど…後付け感全開ですな。
現在は横向きに跳ねてるウサギですがこのかわいい正面顔は平成9年まで使われていた様で、その前は片耳折れていたみたいで、さらにその前は両耳折れて…ま、それも情けない可愛さがあるっちゅや、ありますけどもね。
この看板があったお店は…ただ定休日やっただけなのか廃業しはったのかさだかではありませんが、これだけ世に“ドラッグストア”が幅を利かすと町の酒屋さん同様なかなかきびしいことでしょう。エスエスチエーン、いまも運営されているのかどうなのか…もひとつ判らずでした。
(於:旭区) ピョンちゃんには馴染みあるも…もひとつここの製品にはせわになってないかも。
※関連記事:
『貴生川でピョンちゃんサトちゃんお出迎え』 2014年10月 記
2021年11月12日 (金)
北新地の電柱看板
看板自体はいかにも北新地な感じで別段どぉってことはないんですけど、支柱が電信柱でっせ。
電柱や電信柱に看板はつきものとはいえ…こんなんありなんですなぁ。ごちゃごちゃーっとした賑わいの街ならではの合理的に共存してると言えます。回線の保守点検は面倒くさそうに思うも、インフラも郷に入っては郷に従うってことですかいな。
(於:北区) 大阪有線よろしく勝手に…ってlことないよね。
※関連記事:
『電柱そっくりなプラ看板の支柱』 2018年2月 記
2021年11月11日 (木)
“電柱広告看板”と記された電信柱の看板
“電柱広告看板”と記された看板が電柱にありまっせ。
そんなん書かんでもわかるっちゅうねんって感じ。その電柱、立ち位置見ると私有地の塀の中…どういうことやとぐるっと回ってそこの門を見に行きますればここ、NTT関連の施設。なるほど、現場仕事の訓練設備ってことですな。
そういうことかと納得するも…え?NTT関連ってことやとこれ“電信柱”ですやん。一般人が電柱も電信柱も一緒くたにするのはまぁ当たり前ですけど、電話会社が“電柱”と言うのはね。もっと堂々“電信柱”に誇りを持ってほしいもんです…とか何とか。11月11日、今日は電柱の日…と謳ってる人もいるけど、ほんとのところは知りません。
(於:城東区) むかし「(電柱に)泥棒対策して欲しい」と関電に電話したら「それはNTTさんのです」って言われたわ…
※関連記事:
『電柱、道の真ん中。』 2020年11月 記
2021年11月10日 (水)
“タマノ井酢/すしのこ”の看板溶け込む堺区の一角
堺市堺区某所で仕事。思いのほかはやく仕事が終わりましたのでいつもの様に探索しがてらの帰路、見つけたのがこの看板。以前にも記事化した看板ですのでそれ自体は前回の記事をご覧頂くとして、今回はそのシチュエーションを味わって頂きましょうか。
堺と言えば臨海工業地帯をついつい思い浮かべてしまいがちなのですが、堺にも何げに古都な風情を醸し出す一角もあるんやなぁと小発見。光まわりと色づいた木々の葉っぱがなおそんな趣きを増長させています。
看板に記された“タマノ井酢”に“すしのこ”は和泉酢の流れを汲む堺由来のブランド。こちらの諸々も過去記事をお読み頂くとして、何とも好きな一角やわぁとうっとり…って、ちょっと表現が違う様に思うもそんな感じ。小発見で小旅気分…そや、それがアホげの原点やった…気がするなぁ。ま、山本龍造が惹かれたモン全てがアホげではあるんですけども。
※関連記事:
『“子供の飛び出しが多い”すしのこ/タマノ井酢』 2015年10月 記
2021年11月 9日 (火)
2021年11月 8日 (月)
○に“ネ”と“↓”だけ、これも市章か寝屋川市。
午前中で仕事サクッと終わって…さ、今日も探索しつつ帰ろ。ここは寝屋川市、やっぱり気になるのは前回含め2回触れた寝屋川市の市章ですわ。てなわけで今日も下向いて歩いてますれば…またもイレギュラーなヤツ発見。
どうですこれ。“ネ”の下部に“↓”さえ付けたらそれでええねんというすごい割り切り。やっぱり緩いわぁ寝屋川市。河内はこうでなければいけません…何のこっちゃ。
せっかくですからこんなんもあったってことで以下に載せておきます。
ちょっと判りにくいでしょうか。このマンホールのフタ、互いに2m程しか離れてない位置関係にあるんですが片方はアタマと矢印の先っちょは残るも“ネ”の“|”部分が削り取られています。何故かと思えば微妙に私有地にあるヤツでしたのでこの様にしたんでしょう。しかしまぁ考えてみたら私有地の私用マンホールのフタに市のそれを使うってのもざっくりしてますなぁ。やっぱり寝屋川っ!きっと住み良いまちに違いありません…と、私は思うわけです。
※関連記事:
『止水栓のフタに見る寝屋川市の市章いろいろ』 2020年9月 記
『南海ホークスのNHマーク似の寝屋川市の市章』 2020年9月 記
2021年11月 7日 (日)
かっこいい17-3
秘密結社の出入口っぽい(=勝手な空想)扉の横に番地の表示。コンクリ壁に浮かび上がる“17-3”。
“かっこええ”より“かっこいい”って感じ。どないなってこないなってるんでしょ?。たぶんコンクリがやわいうちに銘板ひっつけて後から剥がしたんやろとは思いますけど、銘板ある上に外壁やり直してめり込んでるとも考えられますなぁ。ま、いずれにしてもカッコよろしい。どうやらデザイナーさんの事務所の様で…さすがって感じ、はい。
(於:福島区) ちょっと前までもっとかっこええ風にしてあったみたい…って今の方が好きやが。
※関連記事:
『味わいの南町15-25』 2021年1月 記
『塗り込められた千代崎二丁目22』 2019年7月 記
2021年11月 6日 (土)
カラフルにして秋色
先月のほめたら、盛り上がりはったかいつもより面積多めのややサービス。
おっ、今月のもよろしいで。カラフルにあってちゃんと秋の色…なるほどなぁ。木の葉、自分やったらつい一色で描きそうやなぁと思うとなかなかちゃんと観測してますがな…って、いやいや、そんな風には思えんわけでこれ、天然のセンスなんでしょうかね。
切り株の上でドングリ食すリス、イチゴ風超巨大毒キノコを前に空中浮遊するクマ…こっちは冬眠の準備にしてはちと危険。もひとつ理解できん世界観が少し含まれるところが私を魅了します…と持ち上げておきましょう。そうせんことには描いてくれへん様な…どやろ。
2021年11月 5日 (金)
サビ景のサビ看板にURL
所用で実家へ。必要あってお酒買いに長龍へ向かいますればサビ景に。
ええなぁサビ景…と一枚二枚と撮りつつよく見れば、錆びサビ看板にURLが記されてますわ。
えっ、ネット環境整ってまぁそれなりに年月が経ったとは思いますけど…もうこないに錆びるほど“歴史”が生まれたんやなぁとしみじみ。それ思うと若い衆にとったら電気・ガス・水道・電話と同列なんでしょうなぁ。
とか思いつつ改めてその看板の画像を見ますれば白いカスカスになったステッカーが貼ってあって…“2008年 オリンピックを大阪に!”。そんなん誘致してましたなぁ。結局形を変えて2025年に万博か…(以下自粛)。
一番下にある“サンヨー企画”のロゴは、三洋電機のそれそっくり。そや、サンヨーももう遠くになりにけり…しみじみしてきました。
で、そもそもこの看板の上には何が描いてあったんでしょう。ってこと毎度お馴染みストリートビューでチェック。2009年の画像にかすかに残る“WORLD CUP 2002”。W杯2002の決定が1996年と言うことですから…そうか、この看板自体は2000年以前に付けられたもんなんでしょう。21世紀に未来があった…ってことなんやろと思うとまたもしんみり。いや、ほんまはそこまであれこれ思てませんけども。
※関連記事:
『『2008年オリンピックを大阪に!』…』 2012年7月 記
2021年11月 4日 (木)
シャッター前にヒョロっと堂々のキリ
えらいところにキリ根を下ろす…ってよく見る光景か。
自転車あるので判りにくいも邪魔もん迂回してまっすぐ育つシャッター前。難儀なこっちゃでと思うもどこかマヌケで憎めんもんです…って自分ごとやとさっさち抜いてしまいますけどね。
ストリートビューで見ますればここまでの大きさに育つのに2年かかってます。もっともっと生長早いかと思ってましたけど。
何ぞ生えてきたら「おっ、こんなところから」と感動してたらえらいことになりますわ。ナンテンとかネズミモチもしかりで実家の庭も近年えらいことになりつつあって伐っても知らん顔して復活しやがって…ま、その生命力に学ぶとしましょうか。
(於:中央区) ここ、ヱビスヒノ レ…懐かしい。
※桐の関連記事:
『“切り株から新しい木生えてる”の木、桐やった。』 2017年7月 記
『ソテツにも桐、宿ってまっせ。』 2017年7月 記
『初夏に増殖する大きい葉のアイツは…』 2017年6月 記
2021年11月 3日 (水)
昭和なプラ看板 245 ● レ コ ー ド
プラ看板に違いないものの、特定の商標をアピールしているわけではないのでちょっとこのカテゴリとはちゃうかなぁと思いつつ。
ひと文字づつ独立、4つで“ レ コ ー ド ”。このスタイル、色合いも含めて前回のプラ看板“ S O N Y ”と同じ。てなわけでその文字なくてもそこに“CBSソニー”を感じ取ってしまうのは、私だけでしょうか。CBSソニーも東芝EMIもポリドールも名称なり形が変わった今となってはそんな風に想像することもないでしょうなぁ。この看板も近年劣化の末に落ちたか見かけなくなりました。
すっかり音楽も配信の時代。CDすら過去のもんになりつつあること思うとレコードなんてもう古くさすぎて…なんて発想してる様ではこれまた時代に取り残されまんな。とは言え近年のレコードのブームにはちとついていけませんのですが。11月3日と27日、今年は二日、レコードの日ってよ。
2021年11月 2日 (火)
2021年11月 1日 (月)
河津桜、狂い咲き。
一昨日はお墓参り。途中お花買いに道の駅みたいなところに立ち寄りますればなんと、サクラが咲いてまっせ。
と言っても一輪だけ。一斉に開花してナンボの桜やこと思うとこの状態、梅より渋おまんなぁ。
桜には違いないものの、ソメイヨシノより色合いが濃いし…これまた前回同様別のもんやもしれんと調べますればこれは“河津桜”という品種らしいです。
それなりに大きな木にしてたった一輪。コロナ禍にあって花見せなんだこと思うとなおのことちょっとほっこり。ま、異常気象がその理由やないかと思うと…そんな呑気なこと言うてたらアカンのでしょうけども…はい。
※関連記事:
『ヒメリンゴ、狂い咲き。』 2021年10月 記
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