昭和なプラ看板 233 ● NEC パソコン
藤井寺某所で仕事のあと、天気もええしとひと駅歩いて近鉄は高鷲駅へ。少し奥まったところにひっそり佇む公衆電話。テレカ対応ですら何かもうすっかり懐かしいモンとなってしまいましたなぁって…いやいやそっちやなくて。
公衆電話の足元に詰め込まれた様にプラ看板がひとつ。“NEC パソコ”…まだ馴染みあるもこの“NEC”のロゴが何とも懐かしく思います。調べますればこのロゴは1992年まで使われていたということですから、この看板は30年以上前のものでしょう。
パソコン言うとアップルはともかく日本ではNECか富士通かって感じに思ってましたけど…え?今は何ですか、レノボ・NEC・富士通グループって感じで日本の二大メーカーもパソコンはレノボ傘下になってるんですか。へぇ、全然知りませんでした。2004年のIBMのパソコン部門の買収に始まりここまでの一大勢力に…まぁ確かにそこここでよく目にするもんなぁ“Lenovo”って。
ついでにNECのことも調べると日本電気が正式名称で…ってこれは知ってはいるも、その社名からしてどっぷりニッポンの会社として産声を上げたんやろと思ってましたら日米合弁企業として1899年発足したとのこと。その後は住友財閥に経営が委ねられ今も住友グループの重要な会社のひとつやとか。へぇ、住友系ってのも知りませんでした。
NECの製品と言ったら…そや、ホタルックでおなじみ蛍光灯しか縁がありませんなぁ…と思いましたらこちらは分社化の後2019年、ホタルクス社となりNECグループを離脱とか。ただ、ブランドのみ“NEC”を継続している様です。分社化とか再編とか知らん間にどんどん行われているんですなぁ。

















おぉ今回も氏ならではの世界観が諸々の作品から溢れ出ています…ってちょっと言葉使いが稚拙で申し訳ありません。何と申しましょうか、前回同様





更地に面したビルの壁面に消滅した建物の面影が二次元化して残っています。まぁ、時折見かける状態ながら…もひとつどうなってるのかわからんなぁって感じ。配管をまとめた空洞があるのがまず変わってます。で、その空洞を構成している部分がコンクリートブロックでできています。この状態が残されているということは消滅した建物のそれではないはず。と言うことはこの建物はコンクリブロック製ってことなんか…まぁ上の方の階までそうとは言い切れませんけど。


道に面しては至って普通の家屋ながら、横から見たら何と水の上に建ってますわ。それなりの年月が感じられる建屋ですけど…こういう土台柔そうなところにも家って建てられるんですねぇ。しかしながら何で池の上…これも“金魚”で名を馳せる大和郡山ならではの景色なんでしょうか。












それがまた“HANATEN”で“HAITSU”…いいわぁ。微妙に各字の太さやら形がいびつなのもぴったりって感じで何でしょ、ちょっと見ていて盛り上がるというかニヤッとするというか。
疫病蔓延の日々続きでヅカ観劇は1年4ヶ月ぶり。月組に至っては2年半…そんなもんでしたか。かつては月組一筋やったこと思うともっと見てない気分でしたが本日久々に大劇場にて月組公演を観てきました。
で、半時間の休憩を挟んでレビューへ…ってその前に持ち込んだサンドイッチを昼食にと思うも食べるとこありませんやん人ひとヒトで。ま、それはよろしい。で、こっちは…ごめんなさい。ちょっとつらかったかも。2階B席からですと仕方ないのかもしれませんけど、何かね、単調に感じられて。まぁそもそも月組のどなとも存じ上げんとなると入れ込めんわけですからそんなもんなんかもしれませんけどね。おかしいなぁ…行く前は「(最近の月組はよぉ知らんし)今日はレビュー楽しみに行こ」とうちの人と話していたんですけどねぇ。





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