8月15日
追手門学院の石垣に残る“陸軍”の標石は前から知るも、道を隔てた堀のそばにもあるのは今春まで知りませんでした。
他にもいくつか残っているそうです。戦争って長年とっても昔の出来事の様に思って生きてきましたけど、半世紀前のことがつい最近と思える年齢なってみると、75年という歳月の認識も変わってくるもんです。とか記しつつも…なぁ。
(於:中央区)
追手門学院て陸軍の外郭団体が設立したとはじめて知った。あの妙に私語を慎む登下校時のお子たち…納得。
※追記:これって…供出で一本になってるのかなぁと。
これは大阪府庁の歩道との境目にある手すり(?)ですけど、金属製の棒が一本付けられています。が、その下にもかつて棒があったのだろうと想像できる跡が石に残っています。これは…戦争の時の物資不足で供出されてこうなったんちゃうんやろかと勝手な想像をしてますが、どうでしょうか。きっとこれも供出されたのやとすれば、今の棒も戦後に後付けされたものやないかと思いますが。
長年「きっとそうなんやで」と思いつつ調べんまま。どなたかご存じないですかね。
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コメント
そうなんですね、しらなかったです。
ゆるいながらも反戦教育の風を受けた身には、
ちょっとドキッとしますね。
投稿: mita | 2020年8月18日 (火) 09時49分
●mitaさま
あまりの行儀良さに「もっとはしゃいでええねんで」と言いとなる時があります。決して言いませんけども。見ていて痛々しいのは嫌やなぁ。もちろんそんな児童さんはほぼいないんですけど。
コメントおおきにです。
投稿: 山本龍造 | 2020年8月19日 (水) 14時32分