八尾市跡部南の町の鉄塔、午後0時24分。
平野区某所で仕事。所用のあと、近鉄山本駅あたりから歩いて歩いて…おっ、ここや。
「ここや」は7月15日の記事の場所やのこと。夕空にそびえる鉄塔にそわっとしたこの場所ですが、昼間見てもえも言えん光景やことで。怖いんですけど惹かれますわ。道を隔てたところにあった銘板見れば“竜華変電所”の文字。やっぱりここは変電所でしたか。
(於:八尾市) それにしても関電ってのは…
※関連記事:
『八尾市跡部南の町の鉄塔、午後5時9分。』 2019年7月 記
平野区某所で仕事。所用のあと、近鉄山本駅あたりから歩いて歩いて…おっ、ここや。
「ここや」は7月15日の記事の場所やのこと。夕空にそびえる鉄塔にそわっとしたこの場所ですが、昼間見てもえも言えん光景やことで。怖いんですけど惹かれますわ。道を隔てたところにあった銘板見れば“竜華変電所”の文字。やっぱりここは変電所でしたか。
(於:八尾市) それにしても関電ってのは…
※関連記事:
『八尾市跡部南の町の鉄塔、午後5時9分。』 2019年7月 記
これをバリケードと言わずして何をバリケードと言うんか。
物理的にも強靭ながら、心理的にもこの上ない「入ってくんな」的効果バツグン。これ以上近寄れませんでした。
(於:神戸市中央区) カラスやネズミに効果ゼロ。
※関連記事:
『コンクリブロックの朱塗り、逆さパイロン縛り。』 2019年8月 記
『「ここだけは絶対止めたらアカンぞ」』 2013年3月 記
信号待ち。ふと目に入ったマンションの植え込みの木はカイヅカイブキかなぁ。その形が妙にバケモンっぽいというか入道雲っぽいというか。
ちょうどそこに自転車に乗ったお方がひとり信号待ち。妙に溶け合ってるなぁ。ええタイミングに感謝。
(於:京都市下京区) 髪型がこの場にばっちりってこと。
※関連記事:
『オバQいっぱい』 2018年5月 記
築22年のビルが解体されて「へぇ、もう壊すんかいな」と驚いたもんですが、そこはこんな感じになりました。
タワーマンションいっちょあがり…って、そうか、解体から発掘調査とか諸々あってもう5年近くの歳月が経っていたとはかなり驚き。先日、大丸心斎橋店本館の再オープンのこと記しましたけど、あれももう4年も経っていたと知って唖然としましたわ。月日は確実に流れてる。それ思うと何か置いてけぼりを食らってる気分になりますわ。これでえぇんかいな…ってまぁ、アホげはマンネリが命でもあるんですけど。
(於:中央区) かっこええ写真やなぁと自画自賛…あっ、建物がかっこええだけか。
※関連記事:
『新しいビル、解体中。』 2014年12月 記
西宮市某所で仕事。阪急は門戸厄神で降りて…のつもりが時間もあるわと西宮北口から歩いて現場へ。ところどころ残る田んぼは実っていたり稲刈りも住んでいたりとまさに初秋って感じ。
そんな田んぼの隅に手押し式の井戸ポンプが。懐かしさを誘うサビ具合になんとなく癒される…までもなくその前にくくり付けられた看板の文言、これが台無しな気分に。
“田にクスリ入るな”。“れ”がないのでちと日本語としては変ですが、そんなことはどうでもよろしい。え?ということは…田んぼに悪意を持って薬品放り込む輩がおるってことですか。薄気味悪いって言うか…じつに気分悪いことされることがあるんですね。ゴミや空き缶、その上クスリまで…街中で田畑を維持するのはことのほか大変なことの様です。
で、思い出したことひとつ。田畑に通じるある用水路に白濁したシアン色の液体を流してるおっさんがおって「何な流してんねん、下には田んぼもあるやろ」て怒ったことがありました。20年以上前の話ですけど、それが家の前やったってこともあって、その後の逆恨みが気になって嫌な思いをしましたわ。何のために何をわざわざ川に流していたのか…そのじじいはそそくさと軽トラに乗って去って行きよったけど…ほんまに。
(於:兵庫県西宮市) そう言えばどっかの御神木が薬品で枯らされたってのもあったな。
※追記:
“田んぼの中に危険な除草剤、殺虫剤を散布してあるので、はいらないように、という意味でしょう”とのコメントを無記名の方より頂きました。御礼申し上げます。
なるほど納得。どんな怖いクスリやねん…と思うも、脅しとして使っているのでしょう。てなわけで記事はそのままにしておきますが、解釈が間違っていたかもということでひとつお許しを。
今日もお彼岸、雨降らんうちにと出かけますればこんな看板に遭遇。
消してるつもりも浮き出てますやん社名が。まぁそやからネタになるわとあっちとこっちから二枚。何度も前を通ってましたけど、全然気づかなんだなぁ。
帰宅後気になってストリートビューで見てみますれば、ほんの一時期ここにその会社があっただけみたいで、結局この社名が記された看板は確認されませんでした。
でもまぁ気になるし…とあれこれ調べてみますと、こんなのを見つけました。
(一財)日本粧業会という小間物等の財団法人のサイトにある資料館という過去の業界新聞に載っていた広告、そこに日産ブラシという社名を発見。ブラシはブラシでも歯ブラシを扱う会社やったんですね。オハヨー歯ブラシもスポーツ歯ブラシも全然見たことありません。どうにももう現存しない様ですが…近年まで商いをされていたのですね。
歯ブラシと言えば八尾の地場産業やとの認識はありましたが、それを商っている会社は南久宝寺あたりに多くあったことも初めて知りました。確かにあのあたりは小間物商の街な風情が残っています。ちなみにこの広告にある住所にこの看板があったのではありません。
なにげに気になった看板からあれこれ知ることができて嬉しい限り。古い業界誌の記事もさることながら懐かしい広告の数々…ええもん見つけたもんです。
(於:中央区) しかしながら…微妙なマークやことで。
※関連記事:
『すぴーど食堂、うっすらふたたび。』 2009年9月 記
お彼岸ってことでお墓参りあっちにこっち。コインPにクルマ止めて歩きはじめますれば路地に面してに空地が。そう言えば建物がなくなり更地になっていてちと驚いたのがお盆。それから一ヶ月、すっかり草むらになってますわ。
まぁ当たり前と言えば当たり前な図。ですけどどっかから種がやってきて根を生やして…すごい生命力やことです。行きは「わっ、もう草茂ってるやん」と思って見ていましたけど帰りしな改めて見ますれば、様々な種類の草が共演いや競演…そんなええもんではありませんわな。まぁ何しか美しいなと思いまして。これらを“雑草”とひとくくりで語るのも失礼な話やことですわ。かと言って知っているのは“えのころ草”だけなんですけども。
(於:旭区) 涼しい一日。秋虫鳴き稲刈りも始まってすっかり秋。
神戸港の片隅で仕事。東海道本線は神戸駅で降りて…やっぱりいつ見ても旧国鉄の橋梁はかっこよろしいなぁと愛でておりますとでっかいコンテナ積んだトレーラーが入ってきて、うん、いかにも港街って感じ。
うわっ、めっちゃかっこええやん…ってまぁ理由はないので個人の感想です。しばらくするとゴトンゴトンと音を立てて貨物列車が登場。やったぁって…子供か。
一枚の写真に橋梁とトレーラーのコンテナと鉄道のそれと…こういう偶然のタイミングをシュッと撮ることができてさすがはスマホだわ。と言いたいところですがいつものコンデジでのもの。まぁようするにデジタル様さまですなぁとしみじみ。
(於:兵庫県神戸市中央区) 何となく英語入っるからかっこええと思ってるんかもしれん…
※関連記事:
『JR神戸駅の橋梁』 2017年6月 記
『JR三ノ宮駅の橋梁』 2015年5月 記
4年の歳月が流れ…いよいよ20日グランドオープン。
ちょっと早めに見てきました、仕事で。午後からは上得意客向けの内覧会もあったみたいですから、もう色々情報は出ていることかと思います。さぁどう変わったか…は皆さん自身で確認しはるのがいちばん。ま、個人的には「すごっ!」ってのと「…残念、かも」ってのがありましたが基本「大阪の粋(すい)をよくそここまで…」と感じました。百貨店はやっぱり大丸ですわ、“心ブラ”ってコトバがまだ生きていた幼少の頃からずっと、ね。
(於:中央区) 建て替え中に年号変わって令和元年に完成…うまいことできてるわ。
※関連記事:
『大丸心斎橋店本館 本日で一旦閉鎖』 2015年12月 記
過日自転車で前を通った某郵便局にリスの看板が。最初当たり前の様に見ていましたけど、案外もう見かけんかもしれんなぁと思いまして。
「あぁあれな」と思うもずっと見ておりますれば懐かしい気分にさせられます。可愛い様に思うも、口はないし目に心が感じられんし…で、やっぱり前時代的やなぁって感じ。思えば幼少期に目にした帳面とかの文房具に印されていたこの手のキャラクターって、どれももひとつ「きゃっ!かわいい♡」ってのは少なかった気がしますが…どうでしたっけ。
で、このリスですけど、いったい何ていう名前なんやろと調べましたが…まぁ、たぶん“ユウちゃん”みたいなんですけど、どうもそこに出てくる画像がこれではなくて。
wikiによりますと1962年から2007年まで使われていた郵便貯金のマスコットやそうですが、1990年にサンリオに発注され大幅なデフォルメがなされたとあります。で、画像検索してもそのサンリオ版ユウちゃんばかりが出てくると…って、ちゃんと探しきれてないだけでしょうけど。
うろ覚えですけど幼少期家でなにげにみた通帳にこのリスが描かれてた様に思います。当時からあんまり可愛いと思いませんでしたけど、いま見ても…やっぱりもひとつですな。ま、そこがいかにも昭和40年代って感じがするんですけど。
(於:阿倍野区) 学童を描いたモンとかも妙に怖かった様に記憶してますけど…どぉ?
大阪市バス、近鉄バスと復刻塗装を載せて奈良交通のそれを載せんのは差別や…って指摘を受けて(ウソ)。
先の記事(懐かしの…近鉄バス、復刻塗装。)のコメント欄に関西人43才さんより奈良交通の懐かし塗装の書き込みがあり、「そやな、やっぱり記事化しよ」と出してきました。
撮影したのは昨年夏。「わっ、懐かしわぁ」と撮るも、調べてみるともうかなり以前の2013年よりこの復刻塗装車の運行がなされていると知って、ヤメとこと思っていたんですけど…やっぱりええですよね、この塗装。奈良交通のバスと言えばやっぱりこのミントグリーン(?)あってナンボのもんですわ。ちなみにこの塗装は1955年から1982年まで使われていたそうで、どうやら1台だけ…いや、むかし懐かしボンネット車もこの塗装らしいので2台…そうか、そないに滅多に見ることできんやったとは知りませんでした。
で、ですわ。奈良交通のボンネットバスのこと調べてますればなんと!昨日の記事にある“成金バス停”前を走るボンネットバスの写真と記事があるやないですか。なんという偶然。てなわけで詳しくはshinano-chikuma さんの~ウロウロ日記~、“奈良交通ボンネットバス 富貴に里帰り”をご覧ください。
(於:奈良県奈良市) 復刻ブームに盛り上がる…歳とったもんやで。
3日も休みあると家でじっともしてられませんで…ってことで奈良県は野迫川温泉へ。行きはまだしも、帰路ははからずも妙に細い道なんかをナビが選ぶもんで…あぁ今日もまた運転楽し。とクルマを走らせてましたらシュッと通り過ぎたバス停に“成金”なる言葉が目に入って…とりあえずやり過ごすもやっぱり気になるわと引き返して2枚3枚…いやもうちょっと。
やっぱりバス停には“成金”の文字。ですが…よく見るとそこには“タクシー”の文字。ちょっと残念。横にはこんな看板もあって“成金バス停”と記されています。で、何なに。その下には“ここで写真をとると成金になれるらしいぞ!”の解説。「そうなんや!」と一瞬盛り上がるもこれはそれなりに有名な物件ってことなんやなぁと思うと盛り下がって…あぁ何て勝手な感情なことで。
帰宅後調べますとこの“成金”バス停、奈良交通が2011年春まで運行していた路線の撤廃を受けて高野山タクシーが乗合タクシーを運行して今に至っているそうです。
まぁそれより何で“成金”なんやろってのが気になるところ。ですが…ネット検索ではわかりませんでした。地名の“小字”に“成金”ってのがあってのことなんかと想像してましたけど、どうもそうではないみたいです(追記:どうやら集落の名前の様です)。
で、盛り上がっておりますれば「成金って何なん?」とお子訊いてきます。うちの人が「初代にして巨万の富を…」みたいな説明をしましたけど…通じたかなぁ。ニュアンスが伝わらんと…ね、成金は。
(於:和歌山県高野町) 和歌山で成金と言えば紀州のドン…(以下自粛)。
3連休は初日からええ天気。こんな日は奈良は上牧町でドーナツ日和。まぁその前に軽くサンドイッチでも食べておきましょうか…って何のこっちゃ。
十三峠にクルマ止めて窓開けて西を見ますれば…あぁやっぱり初秋な感じ。まぁツクツクホウシはまだ鳴いてはいましたけれど。しかしまぁここから大阪平野を眺めますと飛行機に乗るまでもなく人ひとりなんかちっぽけなもんやでという気分になるなぁ。もちろんええ意味で。お気楽に生きたいもんです。
(於:八尾市) ここに来たら、いつも同じ様に気持ちが楽になる。
※十三峠の関連記事:
『遠目に大阪の街を鑑賞する、午前11時18分。』 2018年12月 記
『遠目に大阪の街を鑑賞する。』 2009年8月 記
※ドーナツ関連記事:
『榎の新緑とタンポポの綿毛とドーナツと』 2019年4月 記
『榎のシルエットに送電線の鉄塔の図、上牧町でドーナツ食べながら。』2019年3月 記
『エノコログサ西日で光る』 2018年10月 記
『榎の枯枝の風情、麒麟か龍か。』 2018年10月 記
『上牧町でケーキにドーナツ 2』 2018年9月 記
『上牧町でケーキにドーナツ』 2018年5月 記
仕事の前にいつのの探索。地下鉄は御堂筋線に乗って、降りるは“あびこ駅”。「あびこ…“我”と“子”はわかるも“び”はどんな漢字やったっけ?」に「駅の看板見たらわかるわ」と思えばそこには“あびこ”。もやもやしつつ駅の南東あたりを行きますれば、田んぼも残っていて…でも稲に混じって雑草まみれ。そうか…と感じつつ歩きますと、とまってまっせ鷹が羽広げて…民家の戸袋に。
まぁなんと立派なこと。戸袋に◇の意匠はままあって、時折この手のも見かけますが、ここまでのモンはなかなかおませんなぁ。
なんぞの木にとまってますけど…たぶん梅の古木ですかね。“梅に鶯”は知るも…まぁ、ありでしょう。しかし何です、よく見ますとちょっと威厳あるって感じではなくて愛嬌ある雰囲気が伝わってきますね。庶民的(?)でなおええ感じに思いますけど、どうでしょう。
時間来て現場に着いて、遠目に見える葬儀会館の看板に“我孫子”の文字見つけ…そうか“孫”なと思いつつ「あびこの“び”ってどんな漢字かわかる?」と同行のひとに訊くと「知ってますよ、まご(孫)ですやん」…そうか、まぁね。読めても書けんと思った自分がアホなだけでした。
(於:住吉区) “我孫子”は中国語で“私の孫”の意味ってよ。で…“孫”って“び”て読むん?
※関連記事:
『戸袋に、打ち出の小槌。』 2016年4月 記
『戸袋4つにトンガリ意匠4つのモルタル家屋。』 2012年2月 記
『モルタル壁の打ち出の小槌と小判』 2011年12月 記
『モルタル壁のエビ』 2009年8月 記
『モルタル壁のツルとカメ』 2009年8月 記
ずいぶん前に亀岡の農協系店舗にて購入するも、なかなか出番なくて…なんせ瓶詰めモンはPETボトルのそれより長持ちするモンで。
てなわけで今回は、京都は亀岡造られる蛇ノ目のとんかつソースを味わいます。
まずはレッテル。広島のとんかつ/お好みソースではなかば常識と化してるオレンジ色がベース、いちばん上には蛇ノ目のキャッチフレーズ“味と◉香りの”が控えめに書かれています。シンプルなその意匠は、どことなく'70年代っぽい感じ。“Janome Sauce”のフォントが何とも万博っぽくてそう思わせているのかもしれません。
いつの通りそのままを。きれいな赤みを帯びた茶色で粘度も一般的な感じ。味わいも…これといったクセは感じられませんが甘みが前面に出ていますので、関西地ソースの王道的路線を行ってる感じです…って表現が適切かどうかはわかりませんけども。
さてそれではいつも通り焼うどんにして味わいましょう。皿に盛れば、あんまり色がつかずで何となく私見ですが美味しそうって感じではありません。で、味わいますと…おっ、美味しいおいしい。甘めの味わいがそのまま感じられてホッとする仕上がり。よく味わえばうどんの持つ味わいを邪魔することなく…あ、それは色合いにも言えることで基本、素材の持ち味の邪魔をせんとんかつソースと言えるのではないでしょうか。
大阪や京都、岐阜など“蛇ノ目ソース”はいくつかの工場で造られていた時期もあるそうですが現在正式に“蛇ノ目”のブランドを継承しているのはこの社だけの様です。詳しくは以前の記事“ソース 2 ▲ 蛇ノ目ソース ウスター”のコメント欄をお読みください。かなりマニアックな情報をサンダー様より寄せて頂いておりますので、ぜひ。
品名:濃厚ソース 原材料名:糖類(砂糖、ぶどう糖果糖液糖)、野菜・果実(トマト、りんご、玉ねぎ、にんじん、その他)、食塩、醸造酢、コーンスターチ、調味料(アミノ酸等)、酒精、香辛料、増粘剤(加工澱粉、タマリンド)、カラメル色素、酸味料 製造者:蛇ノ目ソース本舗 株式会社廣田本店 京都府亀岡市篠町篠赤畑14
※関連記事:
『ソース 27 ▲ ビクトン お好みソース』 2011年9月 記
『ここが…ビクトンソースの『大阪蛇ノ目』か!』 2009年10月 記
『ソース 2 ▲ 蛇ノ目ソース ウスター』 2007年12月 記
『ソース 1 ▲ カガヤソース“お好み焼”』 2007年12月 記
うどん玉が半額になってたからそうしたけど…やっぱり焼きそばで試さんとアカンな。
夕刻から仕事っていうのはそれまでの時間がどうにも落ち着かんで朝から半日以上無駄に過ごしてしまいます。仕事までの時間を遊んだれとならん訳ですよ。こういうのがあかんねんなぁ。
てなこと思いつつ東大阪の仕事の現場へ。公園みつけ、さ、機材のセットしょと入ろ思えど入口はことごとく駐輪場と化して…なんじゃこれ。違うところからよっこらしょっとまたいで入りますれば…こんな感じ。
誰も入られへん状態ゆえかご覧のとおり雑草まみれ。でもね、キレイなぁと思って。西陽に照らされてキラキラに光って…誰も利用せん公園も捨てたもんやないですなぁ…って、それでええんかいな。
余談ですがこのシーンもコンデジvs.スマホしてみました。スマホ版はInstagramで。何もいらわんでも明部飛ばず暗部潰れずで美しい現実そのまま。ちなみにこっちにコンデジ版は随分調整しての結果。それを思うとスマホの圧勝でしょうな。あ、そうそう、この景色に触発され「うん、今度から仕事前でも時間あったら有意義に遊んだれ」となったのであります。まぁ持続するかは別問題ですけど。
(於:東大阪市) ベンチ見つけてしばし草原気分…が蚊の猛攻でそうもいかずや。
先月13日にちと記しました近鉄バスの復刻版、その後阿倍野橋駅前でも見かけましたのでクルマの助手席のお子に前回同様「撮って」とカメラ渡して…はい、これ。
ナナメ前から全体がうまいことおさまってます。てなわけでどうです?懐かしいでしょ…って思うのはそこそこの年齢の近鉄沿線に縁のある人々だけでしょうか。
近鉄バスのサイトによりますと、近畿日本鉄道から分社化されて20周年ということでこの塗装(ラッピングかもしれません)を復活させたとか。で、このデザインは約40年ぶりとか…って、そうなんか、もっと古いんやと思っていました。
この後、渋目の赤と黄色味の白のストライプになって現行の青と黄で“KN”を図案に取り入れたえげつなく目立つヤツになって…あれねぇ。昔なんぞの記事に記したかと思いますが元来、公共交通機関の車体は、景観を邪魔せん色合いを取り入れていたと色彩学か何かの授業で知りましたけど、今もその方が好ましいと私は思います…古いんでしょうかね。
そんな現行の色合いを思うと…この復刻塗装のバスは何ていいんでしょ。単なる懐古趣味的にええってだけではないなぁ。で、そうそう、色合いがねちょっと昔とは違う気がするんですけど、どうでしょ? 小豆色の部分はともかく、クリーム色の部分がもうちと黄味がかっていた様に記憶してるんですけど。小学生時分この色合いを“ケチャップとマヨネーズみたいや”と思っていたことを思い出しました。それ思うと…やっぱりもっと黄色かったのでは…(追記:この色合いは昔の近鉄修学旅行用車両“あおぞら号”に近いなぁ)。
この復刻塗装車は6営業所に1台づつ配備されているとかで、割と見ることができそうです。
(於:阿倍野区) 座席の色合いとかも復刻してあるのかも気になりまんな。
※関連記事:
『近鉄バス、懐かしの…#0』 2019年8月 記
『またまた新デザインの市バスが…シティバスやが。』 2019年4月 記
『新デザインの市バス…シティバスやが。』 2019年4月 記
『南海は、緑やなぁやっぱり。』 2016年1月 記
『日本城タクシーのゼブラバスが、より昔風になってる。』 2014年2月 記
『市バス待ってたら、ゼブラバスが来たで!』 2014年1月 記
『近鉄南大阪線を走るオレンジ色の憎いヤツ。』 2013年7月 記
『懐かしの大阪市バス風ゼブラバスは何や?』 2013年6月 記
仕事で行った吹田市某所は、社会人デビューして働き始めた職場のあったところの真ぁ向かい。何年前のことやねんってもう数えるのも嫌になるくらい昔ですけど、あれからわしは成長したかと問いますれば…全然。特にビビりなところがまったく変わってへんなぁとその頃の我がを思い出してモヤっとした気分を引きずりつつ…とはならんところを見ると、ちぃとは成長したんかいな…ってちっちゃいなぁ、言うことが。
仕事終えて外出ますれば、北の空にやんわり虹。バブル期にこの空の下で過ごした3年間はとにかく深夜まで労働(←仕事未満)してただけで何の希望もないまま辞めましたけど、今を思えばそこから始まった30余年は間違ってなかったんかなと思ったり。“苦難や試練を乗り越えた後の希望”、それが虹なんやそうですな。てなわけでここに記したこと、全部後で思ったこと。たまたまながら、思い出の地で虹を見ることができて嬉しいというかホッとするというか。そや、諸々の不安をエネルギーに換えて明日も…ってまぁその前向き気分、すぐに萎えるんですけど。
(於:吹田市) “石の上にも三年”て言うも、3年は中途半端に思うな。
過日仕事で訪れた三田市の旧市街地。昔ながらな佇まいにいつもホッとさせられるも…ちょっとさびれていて寂しい気分にもなりなす。武庫川を渡って少し歩くとそこに短い商店街。アーケード残るも商店もほとんどなく…でしたが端のお店の軒下にこんなプラ看板がありました。
端のお店とは言えさすがはアーケードの下、まだまだピカッとした光沢を放っています。RENOWN…ずっとユニチカよろしく何ぞの造語やとずっと思ってましたら“名高い”の意もあるもイギリスの巡洋戦艦の名前から大正期に命名しブランドとか。やっぱり大阪発祥の会社はちゃいまんなぁ…と思いましたら何なに、アパレル世界一の売上を極めるもあれこれあった後、いまでは中国資本の傘下になってるとは…知りませんでした。そうか…そうなんやって感じ。
それはそうとして何と可愛いプラ看板なんでしょう。楕円の形状がどこかドロップを思わせるもんがあっていい感じ。しかしこうやって改めて見るとレナウンも“チェーンストアー”を付けるとナショ文字と一緒に見えますが…違うんでしょう。裏面には“暮しの肌着”の文字。そうか…自分がグンゼ一筋に着てきただけでレナウンは肌着メーカーでもあるとは知りませんでした。
(於:兵庫県三田市) ワンサカワンサとかモーレツとか…ナンデアルは、違うな。
この夏は何度となく和歌山へ行きましたが、所要の折に景勝地“奇絶峡”へついでに行こ思うも通常の道が崩落で通行止めってことで細い別道行きますれば、梅林の中に琺瑯タンクを発見。
遠目に見るとそれなりに緑同士で溶けこんだ図に見えましたが近寄り見れば、まぁ普通にそこにあるって感じですな。まぁこのタンクは梅干し漬け込む用と言うより水や農薬散布なんかに使われているものかと思われます。
前回の45の時にも触れたのと同様、このあたりにも近年造り酒屋がなかった模様。田辺市に限れば“田鶴の声”、“三ツ葵”、“此の友”などがあったってことで、まぁその辺からやってきたものかもしれませんねって程度で終わりにします。
(於:和歌山県田辺市) 細道好きには軽自動車は必須ギアでんな。
白浜駅でレンタカー借りよと手続きしてましたら、こんなもんが目に入りました。
ようは反射板の付いたタスキで、多分この駅を利用する歩行者なり自転車乗りの人たちに自らの安全の為にタダで貸し出されているもんの様です。
それだけでも充分こころ温まるってもんですけど、その下に書かれている一文、これが…ええなぁと思いまして。
「そのうち、返して下さい。」
なんかおおらかやわぁ。やっぱり和歌山って感じ。そや、和歌山は白浜と言ったらパンダ、アドベンチャーワールドのパンダですけど、東京は上野の某よりドンドンベビちゃん生まれてるのは、きっとこのおおらかっていうか呑気な環境のなせる技なんでっせ、うん。そうやわ…ってそれでは飼育員の皆様の努力を軽視しすぎですな、すんません。
近年仕事を中心に和歌山入りすることが多いですが、いつも基本どこかのどかなんですよね、時間の流れとか空気感とかが。近場で味わえるウチナータイム…はちょっと違いますか。近畿のオマケ〜は、いつもやさしいところです。
(於:和歌山県白浜町) パンダは高くてよう見に行きませんでした…
白浜を観光せんまま川湯温泉行って大塔川で地面掘って…お湯が出んけど、何でなん? 四半世紀ほど前にはお湯出て感動したと思うんやが…と言うことでお子たちにはもひとつ印象に残らんかと思うひとときを過ごし、川沿いの公衆浴場行けば…劇熱で。まぁそれなりに楽しい一日を終えて白浜駅から特急くろしお乗ってさんま寿司にビール飲んでウトウト。ハッと目を覚ませば…かっこええ光景がそこに。
結局行きも帰りも石油コンビナート系の景色に心惹かれる訳です。ミカンの木々(?)の隙間から見える石油プラントはかっこええ様なかわいい様な。幼少期にテレビで映し出された石油コンビナートの映像、その頃その光景に憧れた気持ちは…変わらんもんです。和歌山石油精製の一角。
(於:和歌山県海南市) なぜかミニチュアっぽい。
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