むかしもいまも上本町九丁目。
ずっとあるなと思いつつもお蔵入りしていた物件。


で、よく見ればその町名看板の下に何やらアルミの銘板が貼ってあります。これは…仁丹の町名看板の下に必ず付いていたみたいらしいですから…この上からそれが貼られていた時期があったということですかね。そう言えばいつぞやそんな話をネットで読んだ様な。
同じ建物にはもうひとつ町名看板が。こちらは“夕陽丘予備校”の広告入りのものでこれも充分に風情あるもちょっと負け気味…と思いましたけど案外可愛さでは勝ってますかね。どこか“かわいいおじいさん”な感じ。そう思えば先の方のは…頑固じじい、かな。否々背筋シャンとした東海林太郎さんみたいなご老人ですな。
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コメント
ここ、本当に奇跡的に残されてますよね。よくよく見てみると、いろんな時代の何気に面白いものがいっぱい残っているので、私もよく覗いてます。
ここをいっそのこと大阪市も買い取って、「くらしの今昔館」にしたらいいのにって思いますわ。
投稿: 天王寺蕪 | 2018年6月29日 (金) 06時46分
あっ!上の看板みたいなおじいちゃん知ってます。
高校の時の古文の先生。
小柄なんだけど背筋がしゃんとしてる。
語り口が何となく古くさくて、たまに面白くない冗談で一人で苦笑いしてる。
で、近寄るとタンスにしまってある匂いがする(笑)
好きな先生でした。
投稿: おばちゃん | 2018年6月29日 (金) 23時05分
●天王寺蕪さま
確かにわざわざビル内に再現するより良いと思います。これからも残り続けてほしいもんです。
●おばちゃんさま
これはまた町名看板からタイムスリップできるなんて…素晴らしいです。嫌なセンセの思い出やなくてよかった。
コメントおおきにでした。
投稿: 山本龍造 | 2018年7月12日 (木) 13時28分