“昭和七年行幸記念”の碑
漢字の中がすっかり抜け落ちて輪郭だけ残るも、何となくニュアンスはわかりますな。
想像しつつ文字起こせば右のが“昭和七年行幸記念”、左が“中本青年團第五分團”。“行幸”の意味がわかりません。けどまぁ天皇さんの何ぞやろと調べますれば“天皇が外出すること”と。なるほど。
ということは84年前にここらに先代の天皇さんが来はったということですな。ちなみに昭和七年は、満州国建国の年とのこと。
今上天皇は自らの立場を“象徴”であることを先のお言葉で何度も発言されていましたが、憲法改正して“元首”へとその立場を変えようと画策してる流れがあるとか。それ思うと、深い11分間やったんかもしれませんのに、オリンピックでの日本選手の大活躍やらイチローの3,000本で何か話題から消え去ってしもてますけど…ま、祭り終われば本格的にみんなで考えんならん問題でしょうかね。ま、どこまで国民の声が反映されるんかは…知りませんけど。
(於:城東区)
“今上天皇”とGoogleにかけ、スペース入れると“かわいい”と予測が出る…愛されてはるなぁ。
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コメント
高校の古典の時間に習いました。
天皇がお出かけするのが「行幸」皇后、皇太子、皇太后、皇太子妃がお出かけするのが「行啓」確か、なくなった時の言い方も、天皇、皇后、皇太后、上皇、法皇が亡くなったら「崩御」でそれ以外の皇族が亡くなったら「薨去」
だから、一家や夫婦でお出かけしても、言い方が違うんですよね。
二重敬語をどういう人に使うかとか、そういうのとか、枝葉の部分だけは、未だに覚えてますわ。
投稿: 天王寺蕪 | 2016年8月14日 (日) 13時35分
●天王寺蕪さま
ほんま何しに学校へ行ってたんやろなぁって思わされることだらけで…すんません。
投稿: 山本龍造 | 2016年8月16日 (火) 23時06分