クルマに蹴散らかされる少年と犬の図、白黒に。
先日は近鉄は喜志駅で下車して仕事の現場へ。“喜志駅”て…わかる人にしかわからんでしょうなぁ。あぁ懐かしい。
駅前はあれこれ昔とは変わったなぁと思いつつも、ちょっと旧村へ入りますれば昔ながらな風情のまんま。ええなぁと思いつつ歩きますれば、こんな看板。
…ってこの様に写真で見てももひとつか。要するにプラスチックにプリントされた注意喚起+広告の板の黒インクの部分だけが凸状なっています。結局“注意”やら“◯
◯電化サービス”の肝心な部分が他の色を使っていたのかすっかり消えてしもて…はは、何のための看板やって。
しかし何ですな、“子供飛び出し”って文字が残るものの、なんや絵はジコチューなドライバーに追いかけ回されている少年と犬っていった風情。その感じ、いかにも’70年代…すなわち経済成長最優先やったであろう時代を彷彿とさせますなぁ。
それから40余年、富田林にこのお店は今も健在の様です。
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コメント
大阪芸大の最寄り駅ですよね。
いかにも「芸大生」って雰囲気のアーティスティックな服装の学生がわんさか乗り降りします。
結構な片田舎なんですが。
投稿: ぽんぽこやま | 2015年4月22日 (水) 01時26分
70年代といえば学生~社会人デビューの頃。
安いDPEでプリントしたカラー写真もすっかり色褪せてきてます。
トイレットペーパーの買い占めとか就職難とかもあったけど、それなりに夢も希望もあった若かりし頃に比べて一番色褪せたのは自分自身だと自覚している黒も減った白秋。
投稿: 戦後派 | 2015年4月22日 (水) 07時39分
>>いかにも’70年代、それから40余年…の“喜志駅”…何やろ?PLや上宮でもないしなぁ、まさか聖徳太子・小野妹子・敏達・推古・孝徳陵(笑)。
当時急速にモータリゼーションが進み、’70年には交通事故死が一万六千人を超え最高で(昨年は14年連続減で四千人)、この絵の様に車優先でしたネ。
ゴルフで何度か乗降しました。西宮からは高速に乗らんと遠いワ(汗)。
投稿: 難波のやっちゃん | 2015年4月22日 (水) 09時10分
もしかして、もしか!?
芸坂の桜もはや葉桜になりおわんぬ。
投稿: mita | 2015年4月22日 (水) 09時48分
あの線って、もう複線になってましたっけ?
投稿: 天王寺蕪 | 2015年4月24日 (金) 13時14分
●ぽんぽこやまさま
はいはい、何やけったいな連中が田舎駅にいっぱいって感じで…ええなぁ。最近素直にそう思う様になりました。
●戦後派さま
70年代が社会人デビューですか…そらぁピカピカに光る未来があったことでしょうね。
「あの頃の活気をもう一度」って思うか否か…私は後者ですかね。
●難波のやっちゃんさま
クルマ優先…日本以外のアジア諸国では今もその様な感じなんかなぁと思ったりします。まぁそこには貧富の差の問題もベースにある様に思いますが。
●mitaさま
今では金剛バスとの提携も切れて、MKバスが送迎しているみたいです。地場の有力バス会社が切れた…信じられませんわ。
●天王寺蕪さま
どやったかなぁ…確か喜志駅以南は単線やった気がしますがよく知りません。
みなさんコメントおおきにでした。
投稿: 山本龍造 | 2015年5月26日 (火) 11時24分