空き地に土管…懐かしの光景
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コメント
ほんま懐かしい景色ですね。
ドラえもんで思い出したのですが、大山のぶ代さんが言ってましたが、夢の道具と思っていた中で一つだけ、携帯電話が本当にできたそうです。アニメの中では「どこでも電話」という名前のトランシーバーみたいな機械だったそうですが・・・ってトランシーバーって響きもすでに懐かしい気が。
で、和泉府中から津久野って、どんだけ~!って感じですね。
投稿: ぽんぽこやま | 2014年4月23日 (水) 14時37分
♪“空を見たけりゃビルの屋根 潜りたくなりゃマンホール”
まいど古いハナシで恐縮ですが(汗)。
私が幼児の頃は未だ焼け跡が彼方此方に残ってまして…
廃墟の土管の中をネグラとする戦火浮浪孤児が居ました(涙)。
懐かしい時代劇のヒーローになった心算で一緒にチャンバラごっこをした想い出が…
荒廃した焼け跡でしたが何故か活気と明るさに溢れてました。
♪“右のポッケにゃ夢がある 左のポッケにゃチューインガム”
…美空ひばりの「東京キッド」より…
投稿: 難波のやっちゃん | 2014年4月23日 (水) 19時26分
うわあ!懐かしい!!土管ですねえ。けど、子供の時、「危ないから、入ったらあかんよ」と言われませんでした?言われたら余計入りたくなるのが、これまた子供のさがでして・・・
え、和泉府中から津久野まで歩きはったんですか?えらいまあ・・・ご苦労様でした。けど、今日はいいお天気やったし、ちょっと多目の散歩ってことでしょうか?
投稿: 天王寺蕪 | 2014年4月23日 (水) 20時14分
子供の頃、中で体育座りができる位のコンクリート製土管が近所の空き地に積んでありました。
コンクリートだから燃えないだろうと、仏壇からマッチや蝋燭持ち出して、中で火遊びしてのを思い出します。
幸いオネショの記憶は御座いません。
投稿: 戦後派 | 2014年4月24日 (木) 08時36分
●ぽんぽこやまさま
ドラえもんでの夢の道具が今では携帯電話…ですか。そう言えばドラえもホンというPHSがありましたが…。
いやホンマ、トランシーバーも懐かしい。買うてもらってどこまで聞こえるかって…そういうニュアンスで言うと、携帯電話+AMラジオって感じですかね。
●難波のやっちゃんさま
焼け跡の残る土管と造成地にある土管…ニュアンスが違いますね。戦後のニオイをほとんど感じることなく育った私…わずか十数年の年の差で、経験しているものがかなり違うと言うのは、人類の歴史の中ではあまりないことやないでしょうか。ま、今も日々激変ですけど。
●天王寺蕪さま
懐かしいでしょ、土管。それ以外にもただただ土を盛った小山とか全面キリン草の草むらとか…ほんま見ん様になりました。
で、歩いたのは火曜で、ずっとどんより曇り空でした。カメラバッグやめてリュックにしたら…なんぼでも歩ける様になりました。ま、前からも歩きまくってますが。
●戦後派さま
火遊びと言えば、まぁ私らは爆竹くらいでしたでしょうか。土管の中で火を燃やすのも楽しそうですね。こういう悪戯は、大人になってはできんもんですから、せっせと子供のうちに…って、それができん今の世の中は、やっぱりしんどいですわ。
皆さんコメントおおきにでした。
投稿: 山本龍造 | 2014年4月25日 (金) 18時02分
い、和泉府中から津久野ってむちゃあるきはったんやねー!すごいです!
うーん、こんなドラえもんみたいな、土管が現代にあるとは!しかし、これはどっから運ばれたんだろ?
投稿: りらっくま | 2014年5月 3日 (土) 22時24分