さみしい児童公園
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今日は守口で仕事。帰りはいつもの通り「ひと駅歩いたれ」と太子橋今市駅へ向いてあっちこっちへ。途中で道がなくなり団地の中へ。「つまらんなぁ」と思いつつ眺めた木が…ん? 入り組んでいますわ。もうこうなったらどれが幹で、どれが枝なんかもわからん状況。離れてはまた合流してまた離れて…これってそう見えるだけで木の内部までは一体化されてないかとは思うものの、見た感じは何とも不思議ですわ。
「これは何の木かいな」と思て歩いてましたらやっぱり「サルスベリ」やとのこと。他にも何本か植えられていましたが、こんなやつはこれだけでした。いやぁしかし、勝手にこんな風になるとは。これぞまさしく“自然の造形”って感じがしますわ。
(於:守口市) サルもどうよじ登ってええんかわからんやろな。
※関連記事:『木の幹、分岐の後に一本化してる。』 2011年9月の記事
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ありそうな町並みやなぁと思いつつ歩きますれば、やっぱりありました。
ここは“安芸の小京都”で知られる竹原。第124号は風情ある旧家の前に佇んでいました。砂利分の多そうなコンクリ製になかなか味わいある“水用火防”の文字。下部を見ますれば穴が開けられ、後づけで水が垂れない様にコンクリでよだれかけが付けられています。元々雨樋の水を溜めていたのでしょうが、今ではただこの水槽は雨水が経由するだけになっている様でした。
ついでに…
ここ竹原は、ニッカ創業者の実家“竹鶴酒造”のある町ということで、前々から行ってみたいなと思っていたのですが…何となく直売してそうな風情もなく…ということで素通り。お昼時、酒蔵や醤油蔵を改装したカフェやそば屋などいかにも“観光地のお店”なとこへ行く気にもならんで、ふと目にとまった昔ながらっぽい中華そば屋へ。
これが正解。地元民に愛される中華そば…これはおいしかった。昔ながらな中華そばでありながらハイパーではないコクを秘めた理想的な逸品でした。もちろん店構えもラーメン鉢も味のうちです。“中華そば 喜楽軒”。中華そば屋やというのにお子はヤキメシを美味そうに食べていました。ええよ、それで。
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今年5月に『“新歌舞伎座”を絵に表すと…』という記事を書きましたが…
先日、アホげ民1号(?)より携帯電話に写真付きでこんな情報が寄せられました。そこには…
谷9通ったら、この絵が本格的になってました っっ
の説明が。「ん?ホンマかいな」と思いつつも「あ、あの駅の駅員さんやったら、やりよんな」と納得。とは言えやっぱり我がの目で確かめんと…という訳で先週、谷町九丁目駅へ行きました。と言ってもまぁ、茶稽古行きのついでにチェックしただけなんですけど。
谷町線のホームを降りて改札を通過、先を見ますれば…ホンマやホンマ。
うん、まさしく“これぞ歌舞伎や”という絵に変わっていました。この元ネタは私でも知っているかも。そう思ってネットで調べてみますれば、写楽による“三世大谷鬼次の奴江戸兵衛”という絵を黒板に描かはったということですな。しかし何ですわ、もろ“歌舞伎”で…やっぱりほとんど歌舞伎やらん新歌舞伎座へ導く絵としたら…前の絵の方がそんな雰囲気が伝わってくる様に思ったり。でも、やっぱりひと目で「新歌舞伎座はあっちか」とわかるから、これの方がええですな。しかしほんま、ここの駅員さんは達者ですなぁ。
達者と言えばこんなヤツも谷町九丁目駅構内にはあります。ほんまに何でも作りはるし描きはるし。やっぱりこの駅に対する駅員さんの熱い想いにはちゃんと応えねばとここから顔出しましたョ。もちろんこんなことお子がおらんとようしませんが。ちなみにこの横には10頭身くらいの細い細い駅員さんの絵もあって(…これはあんまり好みではないかな)、こっちはネット検索でたくさん出てきますから、ここでは割愛します。
まだまだほかにも色々ありそうな地下鉄谷町九丁目駅、値下げにも民営化騒ぎにも巻き込まれずに、この路線をひた走ってほしいもんです。
(於:天王寺区) 谷九のエキファミで1区特別回数券買お思たら店の人も取り扱ってるんか否か解ってはれへんやん。昔の売店でよかってんけどなぁ。
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海岸通ギャラリーCASOへ行こうと地下鉄大阪港駅で下車。遠回り承知で西の出口から地上に降りますれば、街路樹のイチョウの枝が、妙な感じ。
どうです? これ、変わってると思うんですが。まるで流動化を起こし、引力で枝が雫と化している様に見えるんですが、何でなんでしょう。
「こんな変ちくりんな状態は見たことないで」と思いつつ周辺の他のイチョウをチェックしてみましたけれど、どれもこんな状態になっていませんでした。
「下に向いてのびていた枝を切り落としたら、こうなった」ってことなのか…って、まぁ、そういう問題ではない気がしますが…何や気色悪いですわ。
で、CASOに着いて、見た作品群の一部は、こんな感じ。
●Natures– PALLALINKの10年
会場:海岸通ギャラリーCASO
大阪市港区海岸通2-7-23(地下鉄大阪港駅下車徒歩6〜7分)
会期:10月22日〜11月10日(11:00-19:00)
(於:港区) 道すがらの商店街のさびれようが…さみしかった。
関連記事:
・“pallalinkの…今度のもええわぁ” 2009年6月
・“PALLALINK REFLECTIONS6●「ひかり」のポリフォニー” 2012年2月
・“森の中にPalla作品がある…ひっそり。” 2010年10月
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音だけ聞いていたら、涼やかで心地よい小川の音やったんですが…
…写真化すると、そのニュアンスが伝わらんで、何や汚らしい見えるもんですなぁ。
時折見かける地下鉄駅構内の階段脇を流れる湧水。ちょっとした小川のせせらぎの様で何となく心地よいその音に癒されまして、私はそれなりに気に入っているのですが、徐々に水量が落ち、気がつけば枯れてしまう溝もあって、ちょっとがっかりすることもあります。
それらに比べたら、今日見た溝は、まるで“滝”。“ちょろちょろ”どころか“ジャージャー”流れていてその音量も勢いがあってよろしいわ。「よ〜流れとんなぁ」と思ってよく見ましたら、本来直角であろうコンクリの“小滝”の部分が水に削られたのか、どれも丸まってアールになってますわ。頑丈そうなコンクリでも、水の流れでこうなるんですなぁ、で、小発見。
それで思い出したことがひとつ。その昔、東梅田の地下にある曾根崎警察の広報ひろばみたいなところのビルと通路の隙間にもやっぱり水が湧いていまして(…と言っても湿っている程度でしたが)、そこに“タニシ”が生息していました。まぁ“タニシ”と言うても直径5ミリほどの小さなヤツでしたがその、このタニシはどこから来たんやろかと思うと…「何でこんなところにタニシがおるんやろ?」って気になり出して。それがそうですなぁ、もう四半世紀ほど前の話ですわ。
その後、いつもキタへ出たときは、そのタニシをチェックして「都会暮らしのタニシや」と愛でておりましたが、徐々に水が枯れ…そのうちいなくなりました。
未だにどうやってそこのタニシは繁殖し出したのかが気になりまして。その筋の専門家からすると「そういうもんです」なんかもしれませんが…どうなんでしょ? 素人には「けったいななぁ」なんですけれど。
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今日も雨。先週の日曜も雨やった。どんよりした空のもと走る電車の中で、ふと見渡しますれば「ん?」。
ご覧の通り、みな同じ方に座っています。すなわち、進行方向に向かってみんな右側に座っているということです。直射日光カンカンならいざ知らず、曇天雨天の状況にしてこの状態とは、妙な感じ。でも「やっぱり」な感じ。
私はこのタイプの座席の場合、必ず進行方向に向かって右側のいちばん右に座ります。「何故か?」って、そこが何とも落ち着くから。で、「何で落ち着くんかいなぁ」と思っていましたら、本に書いてあったのか、それは「心臓を守ろうとする本能がそうさせている」みたいな説明を読んだことがありまして、それに納得していたんですが、この光景を見ると、とても「やっぱり!」という感じ。他のひとも、やはり無意識(?)のうちに、心臓を守る場所に座るもんなんですね。
とか思いつつ電車は上本町から鶴橋駅へ。さ、どう座らはるかなぁと見ておりますれば…なんや、みな均等に座りはりますがな。
とは言えやっぱり先に記した説明の通り、すいていたらやはり心臓まもるそういう行動に出るもんなんやなぁと思ったのでした。ま、乗客10人もおらん状態で検証結果を出すのもめちゃくちゃな話ですけど。
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2週間ぶりに豊中は服部で仕事。今日も「ひと駅歩いたれ」と庄内の方へ歩きますれば…ええ感じの一角が。
小さい2棟の集合住宅の片隅に、こんな風にさりげなく絵が付けられています。その持ち味、何かいなぁと近寄ってみますれば、これ、タイル画ですわ。うち1棟の方は建物の名前までタイル画製…いやぁええなぁ、何ともなごむなぁ。
せっかくですから、皆さんにも鑑賞して頂きましょう。
見ての通り、素朴なタイル画とは違ってコリコリに凝ったつくり。どれもうまいことできてますわ。これは…この建物の大家さんが作られたものなんでしょうか。とりあえず3つ見つけましたが、まだどこかに掲げられている様にも思います。
で、問題。2枚目の絵の右上に文字があり、そこには
「まちがいがひとつあるよどれかな」
とあります。さ、皆さん解りましたか?答えはぜひコメント欄に。私は…「…あれのことかなぁ」程度にしかわかりませんでした。ぜひ、発見してみてください。
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先日の日曜日、雨上がりに八尾は山本で東を見れば、何とも山が近くに見えた。
空気が澄んでいるからなのかなぁ、時々とても近くに見えて「そやなぁ、ここは大阪の端っこやなぁ」と感じる。山と言う巨大な“壁”があるから、何か遠いところの様に思っているけれど、ここらはもう、ほとんど奈良県やがなって感じ。
関東平野との最大の違いは、この山並みがあることですな。おかげでスカイツリーもいらんし、方角わからん様になったら山さがしたら東がわかるし。ま、この山のせいで平野部がせまくて東京にはかなわんのかなぁという気もするけれども。
しかし何ですわ、ここら辺はちょっと歩いたら田畑を眺めつつ山登りもできるええとこですなぁ。もちろん電車一本でミナミへもシュッと行ける…最近、そう思う様になりました。
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…とまぁ昨日の記事にある通り、ふと橋のたもとを見ますれば、雨風醤油がそこにありました。
“雨風醤油”…随分以前からその名は知っているのですが、どうもここで見たのではなくて、堺のどこか…鉄道脇の蔵の煙突に“雨風醤油”と記してあった記憶があるのですが…。元々醤油やお酒、酢などの醸造業が盛んだった堺のことですから、違う醤油屋さんを見て、そう思ていたのかもしれません。
で、昨日も少し触れましたが、ここのお味噌をぜひ食べてみたいなぁと思ったのは、よくコメントを付けてくれはるぽんぽこやまさまから情報を頂いていたからです。というのも氏の家はコメント欄にも何度か書かれていましたが元々麹、醤油、味噌の醸造を代々生業としておられたようですが、数年前に廃業されたとのこと。残念ながら美味しかったであろうぽんさんところの味噌は口にすることはできませんでしたが、その味は、この雨風醤油さんが造る味噌に生きているということの様です。
買ったのは“手づくり 堺味噌”。麹と大豆の比率が1対1と言ってはったかなぁ。さっそくこれを使って味噌汁をつくりました。そしてひとくち…おいしい。しかしこの味噌汁のうまさはどう表現してええのか。具材やダシで味も変わりますから、お味噌がどういう味なんかというのは、なかなかうまく伝えられませんわ。やさしい味の中にほのかに香ばしく感じるのが、その特長でしょうか。
まぁ正味の話、これ“シマヤだしの素”でつくったので、ちょっとこの味噌に気の毒ですかね。余談ですが普段はちゃんと昆布鰹でダシとるんですが、気がつけばだしの素の賞味期限が切れかけ、しかも大量に残ってる…もったいないからしばらく“ダシとり禁止令”を…ってまぁ、どうでもええ話でした。
ちなみにぽんさんは、ここが造る“白味噌”をとくに推奨してはりました。それは今度の正月に食してみようと思います。
雨風醤油…きっと元々は醤油屋さんで、味噌も手掛け、今は“麹屋”を全面的に押し出して商いをされている様で、工場のとなりにあったマンションの名前も…この通り。記憶が曖昧ですが、この建物では“糀カフェBIOTOPS”という甘味処もやってはるみたいです。
とまぁアホげやってぽんぽこやまさんとネット上で交流できて、こういう醸造元の存在を知ることができて…あれこれ思う部分もありますけど、やっぱりインターネットのお陰であれこれ楽しい思いさせてもらえるなぁ…って、ま、ええ人たちにコメンテーターになってもらってるお陰ですな。ぽんさんはじめ、皆さんいつもおおきにです。
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今日は堺は西区で仕事。阪堺電車にゆられること45分、石津電停から現場へ行って、帰りは…迷ったあげくに阪和線で帰ることに。津久野駅へ向かい歩きますればええ感じの町並みやことで。このあたり、縁がなくて来たことありませんでしたが…味わいあるとこですなぁ。そんなこと思て歩いてましたら、町中に立派な橋が。「へぇ」と近寄りますれば…
…ん?川がない。どっかにあるのかと思いつつまわりをぐるっと回ってもやっぱり川はありませんわ。
「けったいななぁ」と思いつつちょっとした公園っぽくなったところに向かってみますれば、こんな碑が。そこにはざっくりとですが、ここには昔、石津川が流れていて、その川は曲がってうねって治水対策が大変やったと。そんなことがあったことを子孫に語り継ごうみたいなことが記されているみたいです。
ネットで調べるとこの橋の下の川は昭和30年頃に石津川の付け替えでなくなったそうですが、その付け替え前は水害が多く発生し、その度に橋は流され…「この橋こそ、ずっと流されません様に」という思いから“万年橋”と名付けられ、川が下を流れることがなくなった今も、その水害を忘れないためにもこの様な状態で残しているということでした。
…ってまぁ、地元の人にとっては当たり前の知られた状態やとは思いますが、他所モンにはやっぱりおかしな光景。まだまだ知らんことあるもんやなぁとあれこれ撮ってる中、橋のたもとを見ると“雨風醤油”の文字が。「あっ!ここにあるんや」。この醸造元が醸す味噌のことをアホげコメンテーターのひとりがMailで教えてくれていまして「買いに来たいなぁ」と日々思っていたもんで…と、いうことで、雨風の味噌の話は、また明日。
(於:堺市西区) そう言えば、たのけのあむらさんも雨風醤油と橋のこと記事にしてはった。
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今日は仕事で堺東へ。ふだんは阪堺電車で堺入りする私にはこの駅も…たぶんはじめて下車する駅かも。駅前の道路を渡って駅ビル見れば…へぇ〜。
懐かしい書体。これって南海電車が緑色やった頃のヤツやと思うのですが、どうでしょ。何か70年代っぽいもんを感じますなぁ。
この堺東駅と言えば堺市の玄関口やと思うんですが、そんなところが昭和なまんま(?)とはちょっとびっくり。そう言えば最近は知りませんが、南海の駅の看板って“蛸地蔵”の様に“昔のまんま”のもんが多いですね、たとえラピートが走ろうとも。壊れもせんのに新しく取り替えるより味があって…よろしいなぁ。ま、見なれている沿線住民の人たちにしたら、「それで?」って感じなんでしょうが。
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先日の記事のと同じシチュエーションでと思って先日再訪しましたけれど、時期がまだはやかったのか葉っぱ見あたらず。で、これで堪忍して。
そ、これがどうやら彼岸花の葉っぱの様。 今までも「何か葉っぱがあるなぁ」とは思て見てましたけど、これが彼岸花の葉とは思いもしてませんでした。
ささいな疑問をネットで調べると、あれこれ勉強になるもんです。今までその筋の専門家に訊くか、図書館に行かなわからんことが瞬時に…やっぱりええ時代ですわ。ま、この見解に異論もあろうかとは思いますが。
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“公園で拾った「僕の宝物」は青銅鏡だった”という話題が先日世間をにぎわせましたが、それやったら…この「おっさんの宝物」は、どや?
これ、まさしく2年前の夏にお子と遊んでた公園で拾ったんですけど。
「そんなたいしたもん落ちてる訳ないやろ」と思いつつもほかす気にもならんで何となく持ってるんですけど、さて皆さん、これって値打ちあるもんでしょうかねぇ?
これを拾ったのはあの一斗缶事件の舞台、東高津公園。この公園、以前は大坂七墓のひとつ、小橋墓地やったという…何とも言えん歴史のある場所やそうですわ。
この古銭を見つけたときはまぁ何も知らんで遊んでましたけど、この時すでにこの公園のどこかに一斗缶が置いてあったわけで…あ、話それてますな。それたついでにですが、発見された当日もここら辺にいまして警察の人たちいっぱい、空にはヘリいっぱいで「何があったんや?」状態でしたわ。あれから…お子はこの公園にはよう行きません。せっかく友達もできた場所やったのに…
話戻っていったいこの「おっさんの宝物」は何なんか。推測で結構ですのでどなたかお教えいただけませんでしょうか。「棺桶に入れられた古銭なんちゃう?」とか思てるんですが。
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先月見つけた“懐かしの蓑虫だらけの街路樹。”ですが、ミノムシがせっせと葉っぱを食べたせいか、すっかり枝だけ状態になっていました。
ミノムシは…蛾になったのでしょう、ひとつも付いていません。少し葉っぱを残しつつもすっかり枯れてしもて気の毒な街路樹なことで…と思いつつ見上げれば、そこに鳥の巣がありますわ。
こんな見え見えのところに巣を作るとも思えません。きっと葉が茂り、都会の低木の割に目立たないええ場所やったんでしょうに。おまけにエサとなるミノムシも豊富で…と思ってここに巣を作ったんでしょうなぁ。それがミノムシのせいでこんな環境になってしもて…とか想像したんですが、どうでしょう。
ちゃんと巣立っていって、巣だけ残っているのか、途中であきらめていまここにあるのか。こんなところに鳥の巣が…ミノムシもそうですが、野鳥も街中でたくましく生きとるということですな。
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今回のは、本格派にして平成生まれでっせ。
夏休みの旅で帰りに立ち寄った淡口醤油と素麺の里、龍野でこんなもんに出くわしました。見ての通り…これは新品ですなぁ。見た目にもその形状も防火水槽に違いありませんが、防火目的で生まれてきたというより、オブジェとして産まれてきたといった感じ。実際ここには水が溜められていませんでした。それどころか左後ろには防火用のホース格納庫までありますわ。
この第123号の置かれているこの建物は“たつの市立かどめふれあい館”というもので、平成10年に明治時代の町家をもとに再建されたものとか。そのときに防火水槽も造られたとすれば…もう15歳なんですか。その割にはキレイなままですな。
石をくり抜いてある本格的防火水槽が平成の今生まれていたとはちょっと驚き。明治時代の建物を再現するのに防火水槽というのは必要なアイテムやったとは知りませんでした。そう言えば“大阪くらしの今昔館”にもちゃんとあったし…やっぱりあって当然なモンやったんでしょう。
(於:兵庫県たつの市) キレイでええけど、やっぱりセットっぽいなぁ。
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昨日今日と北浜あたりで仕事。帰りしな、クルマを待ちつつ目の前の街路樹見ますれば、
まぁ良く見る「もう添え木いらんやろ」状態。どころかこの樹、添え木に矯正された様な育ち方してる気がする。今のところ枠内に収まっておとなしいしてますけど、そのうち添え木を取り込みますな。
「こんなもんさっさと取っ払ったらええのに」と思い、引っ張ってみましたけどびくともしませんわ。まぁそら頑丈やないと意味ないわけで、撤去費用を考えると「ほっとこや」となるんでしょうな。
とまぁ従順に生長する木もありますが、こんなヤツも。
こっちは鉄製の“添え木”。木製のそれに比べたらより強靭そうに思いますけど、樹はまっすぐ伸びることなく、添え木はそれに寄り添い…なにやってるんやか。そらまぁ真上に空がないわけで、こう育って当たり前なんですけど…こないなりますねんなぁ。
当初は必要やったもんが足かせとなってる…ま、どんな世界にもあることの様に思いますな。
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吹田は府道14号線以北の町並みを歩いた先日、行くところ道が狭くなってきて「通れるんかなぁ」と思いつつ見上げれば…おっ、日立まみれ。
こんなところに電器屋さんがあるのも不思議な感じしますが、まぁそれより懐かしい“日立チェーンストール”から“日立ビデオデッキ”まで…歴代の日立のプラ看板が見事に残っていて…ちょっと感動的。もちろんちゃんとポンパ君も色あせることなく鮮やかさを保っています。
しかしなんです、一番新しいと思われる“日立ビデオ”のヤツだけが色あせているというのも何や妙ですね。昔の方が20年後、30年後まで考えて作っていたのではないかという気がします。まぁ最近の商品サイクルのはやさを思うと、そんなに保たんでもええ様にも思いますわ。ストールもモートル同様、聞かなくなった言葉ですな。
(於:吹田市) しかしながら日立のマーク、ずっと見てたら「こんなんやったんか」って感じ。
※関連記事:
『昭和なプラ看板 18 ● 日立チェーンストール』 2009年2月の記事
『キドスカープ、そばに色褪せポンパ君。』 2013年9月の記事
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今日は豊中は服部あたりで仕事。帰路「ひと駅歩いたれ」と庄内までやってきますれば、そこにええ感じの商店街。ええもんが光ってまっせ。
ちょっと味わいに欠けますけれど、それでもやっぱりええなぁネオンサインの看板って。この看板の向かいは質屋さんで、多分そこがやってはる店やと思われます。と言うのはその質屋さんの裏(表?)にもネオンサインの看板があったから。ただ、残念ながらまだ点灯されていませんでした。きっとこのお店の方がネオン好きなんでしょうね。
で、“スーパーディスカウント”って何を売ってはるんかなぁ。ネオンの味わいにすっかり魅了されて何屋さんか見るのをすっかり忘れていました。ええ看板すぎるのも…考えモンですなぁ。
途中、5時前やというのに流行ってるめっちゃええ感じの立ち呑み座り呑みの酒屋さんの前を通り庄内の駅へ。ホームで電車を待ってましたら…何かね、におうんですよ。キムチっぽいというのか韓国っぽいというのかそんなにおいが。これは今日のそのタイミングだけなんかなぁ。鶴橋駅の焼肉臭同様、いつも漂う香りなんでしょうか。「…そうなんか」、電車に揺られつつあれこれ思ったのでした。服部も庄内も…何か生活してみたら楽しそうな街やったなぁ。
(於:豊中市) 渋々の酒屋の立ち呑み屋、メチャええけど常連率100%って感じで…当たり前か。
※ネオン関連の記事:
『もの悲しくも懐かしいネオンサイン。』 2011年1月の記事
『日本盛のネオン好き。』 2011年3月の記事
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昨日は船場で仕事。“船場”って言っても地名に残る訳ではないので、「え?どの辺」ってな感じですなぁ。そういう私も「ここが船場です!」って言えるほどには知らんのですが。ま、それはどうでもよろしい。帰りしな、いつも見なれた“塔”が、雨上がりに注ぐ光に包まれてか、ラブリーに感じられまして。
それは中央区は農人橋のたもと、三丁目2にあります。見ての通り木々に覆われ、妙に調和しており、ついつい「あ、これな」程度にして見てなかったんですが…それなりに妙な存在感がありますなぁ。デザインされていない様な、でもそれなりに考えて造形的に考えられている様な…何かいいなぁ。
とか思いつつ帰路についたのですが、これ、なんの換気塔なんでしょ?。見ているときは「地下鉄中央線のそれや」と思い込んでいましたけれど、そうと言い切れませんわけで…これは、その上を行く“船場センタービル”の排気塔かもしれません。
てなわけでこれまたいつも通り「何のもんやわからん」で終わり。せめてニオイを嗅いでみて鉄や油のにおいがするのか中華ほか食用油のにおいがするのかチェックすべきやったし、音を確かめレールの継ぎ目の音がするのかを確かめるべきやった。ま、匂っていたり音が聞こえたら、その場でチェックしていたはずなんですけどね。
(於:中央区) あ、考えてみたらこの下には船場センタービルはないか…
※関連記事:『芝田町換気所』 2011年4月の記事。
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アルミ製の町名看板。琺瑯製や木製に比べると…どうも味気ないと思ていましたが、これはちょっとええ感じ。
妙にデコボコしたその質感、はげた塗装のグラデーション…味ありますわ。で、それだけかと思っていましたら、上部の“旭区”以外の文字が、どうもあとで塗られた様に見えますわ。近所の人が「これでは読めんなぁ」と白いマーカーで塗らはったのか…定かではありませんが。
この手の看板でも経年変化で味わいが出てくるもんなんですね。まぁ、最近のプラスチック製のそれは…以前の記事で見た様に全然ですけどね。
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木板の壁の立派なお宅。その壁に使われている材木が、少し変わってるなぁと思いまして。
見ての通り、木の板に別の木片が無数に埋め込まれています。最初は「フシの部分が抜け落ちる前にこうやって別の木片を埋め込んでるんやろ」と思いましたが、どうもそうではない様子。ある一定の間隔と角度を持って、埋めてあります。
何となく今までにも見たことがある様に思うのですが、そんな記憶も曖昧で。きっとその筋の人たちには珍しいもんでもないのかもしれんなぁと思い、ネタにするのをためらっていたのですが…「そや、わからんことは皆さんに教えてもらお」ということで記事にした次第です。
まぁ私はこれ、“文様”というかデザインかなと思っているんですが、どうなんでしょう。ほか、考えられるとしたら、板の反りを防ぐためかもしらんなとも思ったりしています。
てなわけでどなたかお詳しい方がおられましたらお教え頂けませんでしょうか。もちろん「他所でも見た」という情報なんかもお聞かせ頂ければ幸いです。
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吹田は府道14号線に面した“片山商店街”の風情って、どこか地方の元・中心地っぽい雰囲気が残っていて何とも言えん旅情を誘いますなぁ。
…ってまぁ、“地方”には違いないんですけれど、その道に面したアーケードの有り様が、そう感じさせますねんなぁ。この手のアーケードが徐々に姿を消して行って…ってまぁ、アーケード自体が姿を消していってるわけですから、どこもそれなりにあれこれ感じ入る要素は持ち合わせてはいるんですが。ちなみに八尾にある仏壇屋さんの集う(?)この手の商店街も、一部アーケードの撤去が行われてこの雰囲気がフェードアウトしていく状況で…やっぱりさみしいもんがあります。
とまぁ、千里丘に住み、江坂へ通っていた頃よりクルマの中からしか見ていなかったこの商店街、せっかくやからと仕事終わりのついでに歩いてみましたら、やっぱりええ感じ。でもまぁ、お風呂屋さんを含めシャッター閉めて廃業しはった店舗もちらほらあって…まぁ、全国的な事象として仕方ないのではあるんでしょうけれど、中に、こんな名のシャッター店舗がありました。
見ての通り“ヨーナル薬局”。一応「何か知らんけど、そんな外国語があるんかも?」と思い英語とローマ字表記の看板を見ますれば…これは、やっぱり“良くなる”の“よぉなる”の“ヨーナル”ですな。よろしいなぁ、堂々“ヨーナル”か。「ちょっとふざけてんなぁ」と思いましたけど“ケロリン”とか“ハッキリ”なんかと何ら変わらんわけですわ。ま、どっかに“ヨーデル(jodel)”的外来語っぽい響きが胡散臭く思てしまう要因なんでしょうなぁ。ちなみのこの薬局は2年ほど前に閉店しはったみたいです。
(於:吹田市) “ヨーデル”なる下剤が存在するみたいですが…ちょっと直球すぎて、×ですわ。
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岸部での仕事の帰り、府道14号線より北部を歩いておりますればキレイなまま残った“でんわでんぽう”の看板が。“市内通話もかけられます”のコトバに「はぁ?」と思いつつ上部を見ると、“ダイヤル■■通話”と■■の部分がガムテープで消されていて「何を隠したんか?」と昔の記事にある写真で確認しますとそこには“市外”とありました。ということは昔の公衆電話というのは、市内しかかけられんヤツとかそやないヤツとかあったということですね。インターネットで世界どこでもつながる今の時代を思うと…ついこの数十年でえらい変わり様ですなぁ。
そう思って建物を見てみるとこれまた懐かしい。むかし文房具やら駄菓子買うと言ったらこんな風情の店でしたわ。ま、もちろん大型ショッピングセンターもできはじめたころでしたが。
吹田と言えば万博やらニュータウンなイメージをつい思い浮かべるるんですが、そやないところもあるわけですな。あまり北摂地域に縁がない私としたらちょっと意外に思たりしました。とは言ってもやっぱり“吹田=万博”なんですね、足元見ればマンホールの真ん中にさりげなくかつ堂々と太陽の塔が。ちとデフォルメされてほんまもんよりええ感じ。そう、万博は大阪であったんやなぁ。オリンピックは東京で、万博は大阪で…まだまだ2大都市やと信じていた時代やった様に思います。まぁ当時私はまだ子供でしたから、ほんとのところはわかりませんが。あれから数十年…ですなぁ。
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クルマを長時間止めておく必要があってコインパーキング目指して森ノ宮あたりへ。前は24時間止めて600円ってところがあったのにそこが900円になってますわ。「そう言えば800円のタイムスがあったで」とその近くのところへ行くと“1,400円”と高騰。「これもアベノミクスの影響かいな」思いつつとなりのパーキング見れば“800円”。もちろん24時間で。何とか一台分空いていたけど…何でこないに値段上がったんかいなぁと歩き始めると…あ、そういうことか。
日生球場の跡地がついに動き出した様子。ここに24時間800円の駐車場があって、まわりもそれと競合して安値でやっていた訳で、ここがなくなってまわりが一斉に値上げしたということですな、きっと。
そう言えば春先の新聞でここの再開発の記事を読んだよんだ。ここも東急不動産が手掛けるんでした。あべののキューズモールの成功で気を良くして箕面の“ヴィソラ”とか尼崎の“COCOE”なんかも“〇〇キューズモール”とその名称を変えると最近の新聞記事にありましたから…ここもやっぱり“森ノ宮キューズモール”と名乗ることになるんでしょうかね。
観客席の土台が盛土でできていたということで、長いこと土手が残っていて変わった景色でしたが、もうすっかりそんな面影もなくなり、造成地といった風情に変身。2015年にスポーツ施設を中心とする商業施設が完成するということで、楽しみ…かなぁ。あんまり新らしモンに興味ないんでね。
(於:中央区) まぁ都心に高層マンションいっぱいできて、それなりに需要ありと見込んではるんやろけども、や。
※関連記事:『日生球場の跡』 2010年9月の記事
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ちょっと地味な存在ですかね。
簡素ではありますが縁取りもあってかなりいい感じなんですが、なんせこのおっさんのインパクトが大きすぎて目立たん存在と化してますなぁ。背景の建物の感じからすると、ずっとここにあるというより、どこからか持ってきたものかと思われます。ひょっとしたら建て替え前からここにあって、撤去もされず今もあるのかもしれませんが。ま、いずれにせよ何か必要があってここに置かれているのでしょう。普段は植物の水やり用にでも使われているのか、じょうろがフタの上に置いてありました。
(於:大正区) ここも119号同様、横にプラスチックケースが置かれてるけど…
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今日は摂津市は岸部で仕事。岸辺駅下車で現場へ向かうも帰りはひと駅手前の吹田駅方面へ。道すがらやたらコンクリゴミ箱の残る町に遭遇。「いちいち撮ることもないわ」と思いつつも歩いていましたけれど「ここは、特にええ感じやなぁ」と思える一角があったので1枚2枚撮りました。
木造家屋の持つ風情がそう思わせるんでしょうか。このゴミ箱が現役で使われているとしても何ら違和感のない空気感がそこに漂っていました。
撮影時、ここらの犬たちにワンワン吠えられて適当にゴミ箱めがけてシャッターを押したというのが本当のところなんですが…それなりにうまいこと撮れているもんです。天才やなぁわしは…って、誰も言うてくれへんから、自分で言うとこ。ま、まぐれなんやけれども。
(於:吹田市) wikiに説明あったけど、駅は“岸辺”で住所は“岸部”…平成の世、何とかせんのかね。
※関連記事
『コンクリごみ箱いっぱい残る町。』 2010年1月の記事
『コンクリごみ箱いっぱい残る街道。』 2010年1月の記事
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10月1日は日本酒の日。もちろん呑みましたよ。銘柄は奈良は香芝の“大倉”と、広島は呉の“白鴻”を。前者は活性炭濾過ぜずにしてこの味わいとはびっくりといった上品かつ旨味ののったお酒で、後者は“料理の邪魔をしない”を売りにするだけあってこれまた品のよいシュッとしたお味で…いいなぁやっぱり酒と言ったら日本酒ですわ。
で、写真は、これ。
ちょっと日焼けしすぎですか。まぁそれも味わいということで良しとしてくださいな。
富久娘…見ての通り昔ながらな風情の酒屋さんの看板にあるそれは、昔は出荷高12位あたりに位置する存在でしたが、親会社が旭化成から合同酒精のオエノングループに移ってからは、富貴や福徳長、北の誉などグループ合わせて5位に位置する存在の様です。そのうち富久娘がどれだけの石高を占めているかはわかりません。
その富久娘酒造、定番の“富久娘”はともかくとして、超廉価なパック酒や、自販機で350cc詰100円売りの酎ハイなんかも手掛けてはったり“富貴”の一部など、オエノン入り以降、いろいろ造ってはる様で、いわゆる“蔵元”といった感じではない存在です。ま、半世紀ほど前までは花木酒造という“蔵元”のお酒だった様ですが。
そんなことより“富久娘”と言えば“燗番娘”というお燗機能付きのお酒が秀逸やったんですが、今も売ってるのかどうなのか。カップ酒をカイロで巻いても温まらんことを知って以来、時々重宝してたんですけどね。
(於:東成区) “清酒の女王”って…富久娘にはなんとも似合わんフレーズやわ。
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