« 馬か牛か? | トップページ | ソース 36 ▲ タカラ ウスター ソース »

2013年9月22日 (日)

防火水槽 121 ■ 大正区三軒屋西1-7-12

 大正区で見つけた防火水槽。その第三弾は、ようやくいわゆる“防火水槽”っぽいいでたちでした。
Suiso121a Suiso121b  もう見ての通り、定番とも言えるその姿に余生の過ごし方で、ある意味見る側に安心感を与えます。まぁ逆に言えば「またか」とも思たりもしますが、溝の仕切りの石柱とか、オイルの缶やらマルフクの看板なんかが、それなりにええ仕事をしていますので、その場の雰囲気は充分に楽しめると言った風情ではあります。
 あと余談ですが、このアルミ製の扉、こういうのは割と町で見かけますが、何なんでしょう。昔汲み取りに使った通路か、下水道管が地下を走っている土地なのかやとは思いますが、誰のもんなのかも何となく気になったり。ま、他所モンにはまったくどうでもええ話ですけれどもね。

(於:大正区) マルフクの看板も、そろそろ時代がかったものを感じるアイテムになってきたなぁ。

保存

| |

« 馬か牛か? | トップページ | ソース 36 ▲ タカラ ウスター ソース »

防火水槽」カテゴリの記事

大阪市西部」カテゴリの記事

コメント

めちゃ良い味わいな!やはり大正区はディープだわ!しかし、その○フク、電話番号が古いですねー!確か、泉尾や南恩加島や鶴町も中々下町ですねー!こないだ歩いてなんか有りそうな匂いがしました。隠れた所に銭湯があったりと!そいやぁ、谷町線の30系というふっるい車両が引退らしいですよ。なんせ大阪万博からはしってるらしいです。

投稿: りらっくま | 2013年9月23日 (月) 00時21分

 この路地、昔は尻無川から注ぐ水路だったかも…

“汲み取り” 懐かしィ響きです(汗)。
今でこそアルミ製の扉が附いてますが、住宅密集地には必ずこの様な避難通路がありまして、子供の恰好の遊び場でした(笑)。

路地に面した各家のガーデニング(?)
水槽や鉢植えの“彼岸花”が咲いてます…

投稿: 難波のやっちゃん | 2013年9月23日 (月) 08時41分

》誰のもんなのか《
昔は借家が多かったんで大地主のモンでしょう。
払い下げ(分譲)後は境界毎に扉を付けたのでは。

マルフクの看板の家は質屋か貸金業だったんかな❔

投稿: ん | 2013年9月23日 (月) 11時05分

●りらっくまさま
大正区は中山製鋼所とかのある工業地帯には昔よく行きましたが、下町大正には、ほとんど行ったことはありません。でも、確かに言わはる通り、ええ感じのとこやと思いますわ。
谷町線の旧車両引退の話は、新聞で読みました。そんな古かったんかと言う感じ。それより千日前線にちょっと前(…と言っても10年以上前)まで片開きの薄緑色の車両があったことの方が、いま思えばえらいもん残っててんなぁ…って感じがしています。

●難波のやっちゃんさま
いやホンマ、そう言えばそうです。子供の頃ってこういう細い道でもない通路へ“探検”と称してどんどん入って行ってましたわ。おもろかったなぁ。それがいまやこのアルミドアで塞がれてしもて…まぁ放火魔とかもおるから仕方ないんでしょうけど、ちょっと残念に思えてきました。

●んさま
はい、きっとその通りですね。
で、ここに写る家屋は…多分マルフクに関係ないでしょう。勝手に貼られたのやないですか。ま、ひと声かけてからかもしれませんが。

皆さんコメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2013年9月29日 (日) 17時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 防火水槽 121 ■ 大正区三軒屋西1-7-12:

« 馬か牛か? | トップページ | ソース 36 ▲ タカラ ウスター ソース »