むかし江西5、いま深江南1。
ほんまに昔は“江西”なんていう町名があったんかなぁ。
長屋の端っこに、こんな町名看板がありました。電柱の陰、しかも家屋に溶け込みすぎてほとんど目立たんその存在、よく見れば電気配線の為の金属支柱が打ち込まれていて…そらぁこの状態では住所変わろうとも撤去できませんなぁ。
その町名看板には“江西五丁目?番地”と記されています。その町名をネット検索にかけても「これ!」といった記述が見つけられずで「これは“深江西”なんか?」と町名看板の上部が切れていないか確認しましたが、そんな跡もなくやっぱり“江西五丁目”でした。
下の広告部には“増田小児科”“マスダ薬局”と記してあります。薬局の方はさておき、この町名看板の近くに現在“増田医院”というのがあります。小児科も併設しているみたいですので、同じ医院が今も昔もこの町を支えてはるんですね。何となく、ひとの町のことながららホッとするのでした。
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コメント
医院のお話、ほのぼのしますねー
江西の江が稲妻マークになってますなー
歴史を感じます
投稿: 阪南市テクノ森田 | 2013年3月13日 (水) 10時19分
私は『(深)江西五丁目』だと思います。
今は深江北・南で括ってますが、町名変更以前は神路4を含め今の深江北・南の内環状より西は“深江西”だったと推察します(笑)。
“増田医院”より少し東(深江南1)に「深江西米穀販売店」があり、深江北3には昭和42/6迄「東成深江西郵便局」…今は深江橋郵便局と改称…があったらしい。
生野区生まれの東野圭吾の作品に<浪花少年探偵団>がありますが、本日は難波老人徘徊記でした(汗)。
投稿: 難波のやっちゃん | 2013年3月13日 (水) 14時29分
●阪南市テクノ森田さま
おっ、よぉ見てはりますなぁ。確かに“稲妻マーク”になってますね。“山”という字も昔のは真ん中のタテが下で二つに分かれて…あぁ、どう説明していいんやらって、おわかり頂けたと思いますが。
●難波のやっちゃんさま
やはりそう思われますか。きっとそうなんでしょうね。やのになんで“江西”と江から始まっているのかやっぱり不思議です。看板屋さんが間違ったのか、当時“江西”で通用してたのでそうしたのか。
で、どこを徘徊してきはったんですか。“速歩で徘徊”…恐ろしい光景かも。冗談すぎました。スンマセン。
お二人ともコメントいつもおおきにです。
投稿: 山本龍造 | 2013年3月14日 (木) 23時29分