「ここだけは絶対止めたらアカンぞ」
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コメント
お!これは登山で言うところの「ケルン」でしょうか?
いやいや、
「ひとつ積んでは父のため~」のほうかも?
鬼が崩しに来ないように祈るのみです。
しかしこれ、よく見ると下に雑草が生えてますね。
やっぱり強いなぁと妙に感心してしまいますわ。
投稿: 雀のお宿 | 2013年3月16日 (土) 01時03分
なんか執念を感じるブロック積みですねー
>せんど倒されたんでしょうかなぁ
ブロックが割れてボコボコですもんね
さすがに僕はここにはよう停めませんわ(^_^;)
投稿: 阪南市テクノ森田 | 2013年3月16日 (土) 09時04分
そっちこそ公道(私道やったらごめんなさい)にええんかいな?とツッコミたくなりますが、余程駐められるんでしょう。
気持ちは解ります。
近所の某スーパー(旧名サカエ)が駐車場まで距離があるため、お隣の家の前は駐め放題ですわ。
でも、警察を呼んだり、レッカーを要請したりする様子もありません。
諦めているのか、達観してはるのか…。
スーパー側から迷惑料とか貰ってるんやろかと穿った推測すらしてしまいます。
投稿: あやさ | 2013年3月16日 (土) 09時17分
現代版“賽の河原”、積木くずし(葛藤)ですナ…
“せんど~”…懐かしィ響きです。
死んだ母からヨウ叱られたもんですワ。
“せんぞ~”…ついさっき…云うたやろ!もね(汗)
投稿: 難波のやっちゃん | 2013年3月16日 (土) 10時32分
ここまでされたら、ねぇ。
投稿: ぽんぽこやま | 2013年3月18日 (月) 02時13分
●雀のお宿さま
山頂で見かける石積みを“ケルン”と言うんですか。これまた知りませんでした。そういう風に見ると何か関係ない人までコンクリ片積んでるのとちゃうかと見えますわ。で…確かにこんなところにも雑草が。この様な生命力がちょっと必要かもしれんなぁとか思いました。
●阪南市テクノ森田さま
ほんまにです。これがキレイなコンクリブロックだけで固定してあったらさほどあれこれ感じんでしょうね。勿論私もよう止めませんわ。
●あやささま
確かにこの手の看板なり放置自転車によるバリケードって「公道になに置くねん」ってな気分にさせられるものもありますね。
で、そのスーパーに隣接するお宅の話、何とも気の毒な。「怒っても黙っててもムカつくことには違いない」ということで達観してはるんでしょうかね。想像しただけでもしんどなりますわ。
●難波のやっちゃんさま
…“賽の河原”ですか。さすがな解釈ですわ。
“せんど”はやっちゃんさん世代でも懐かしい響きですか。そういえば落語で耳にするくらいかも。こういうコトバは、意図的に使わんと廃れていってしまいそうです。方言も、イントネーションしか残りにくいですね。
●ぽんぽこやまさま
要するに“効果バツグン”な訳ですね。“感情を造形化している”という点においてまさにアート…ともいえますわ。
皆さんコメント有り難うございました。
投稿: 山本龍造 | 2013年3月18日 (月) 18時13分