玉出の商店街、アーケードの鉄骨にはひとつひとつ“玉出”の抜き文字。
地元民にすると「そやで」なんでしょうが、よそモンには「ここにまで」って感じ。
玉出の“玉出本通商店街”のほど良く昔な感じ漂うアーケードの鉄骨部分にひとつひとつ“玉出”って抜き文字が施されていますわ。将棋のコマみたいなシルエットも伴って何ともええ感じ。“玉出”…ほぼ鏡文字という漢字の形状だからこそできる意匠でしょうかね。
最近店舗数も減って「もうアーケードやめましょ」となった商店街もぽつぽつ出てきて寂しい感じがしますが、ずっとこのままであってほしいなぁと思わせるもんがここにはありました。再開発も進んでそうですが…どうなるんでしょうかね、ここを含め商店街って。
(於:西成区)
きょうび“玉出”と言えば、すっかりあの“玉出”のことになってますけど…う〜ん。
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コメント
小生のお世話になった商店街も幾つか消滅しました。
堺に住んで、南海本線で通勤していた頃、住吉大社~粉浜まで続く長ぁいアーケードを先行列車がつかえてチンタラ走る電車の窓から、既にグッタリしながら眺めていたのを思い出しました。
ここは市内に住み始めた頃に地元の友人から、肉なら何処、野菜は何処とか聞いてよく買い物に行きましたが、近所に幾つもスパーができ、出かける機会が回数が激減しました。
たまに行きますとやはりシャッターの下りた店舗が目立ちます。
最近、勢力を広めているのが「○ー○ー玉出」とは・・・。
投稿: 戦後派 | 2012年12月 9日 (日) 06時36分
戦後派さま
ほんまあちこち商店街がさみしい状態になっていて…それでも駒川商店街と千林商店街は今なお魅力的ですね。応援しよと思ってもやっぱり寂しい場所には行きたくないし…難しい問題です。
○ー○ー玉出、うちの近くにもありますが…
コメントおおきにでした。
投稿: 山本龍造 | 2012年12月10日 (月) 23時59分