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2012年3月 3日 (土)

文化住宅も半世紀経って…

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 何げに見なれていた文化住宅の時代も何となく終わりつつあるなぁと思っていたけど、この光景を見て、何とも「そやなぁ」な気分になった。
 そんなこと思いつつ調べてみますれば、文化住宅の“文化”とは、それまでのアパートなどの集合住宅に比べて台所や便所が各戸独立していて文化的ということでそう呼ばれたとwikiに記されていました。なるほどね、そやったんか。
 木造モルタルの“モルタル”もこういう状態を見ればヤケにリアリティがあるなぁ。手すりも面格子も青瓦も知らんうちに昭和の象徴になってるなぁ。見なれものが、懐かしの物件に変わる…半世紀の歳月って、そういうもんなんやなぁ。

(於:住吉区)人気ブログランキングへ 木造モルタルって、白アリ湧きそうな構造に思うんやが…

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コメント

  懐かしのハモニカ長屋。

 小生も働き始めた頃に住まいしたことが御座います。

 隣家の子供の夜鳴き、朝夕のお題目。

 幸い二階の部屋だったので上からの音は無かったのですが、逆に階下の方には御迷惑をお掛けしていたかも。

 トイレは汲み取り、風呂屋が遠かったので夏は物干し場で行水。

 狭いながらも、楽しい我が家~♪でした。

投稿: 戦後派 | 2012年3月 4日 (日) 07時41分

戦後派さま
“ハモニカ長屋”というコトバがあるんですね。そう言われてみれば、確かにそんな感じですね。
で、そんな家屋に住んでおられたと。
お書き頂いた数行の文字から、その生活の音が聞こえてきそうです。「いいなぁ」と思う気持ちは無い物ねだりですかね。
人々が快適を求めてその方向へ進むと………
ちょうどええところで定着せんもんなのかとか思いました。

懐かしい生活感あふれるお話、有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2012年3月 4日 (日) 19時35分

 木賃住宅⇒文化住宅⇒公団住宅…⇒超高層マンションの50年
変遷してるようでその実ナ~ンも変わってません…すべて過ぎ去ってみれば“夢のまた夢”です(汗)

さて中央(東京)では未だ文化の日、文化勲章、文化財、文化服装学院、渋谷文化村など「文化」は現役ですが(汗)、大阪ではお隣の国の文化大革命と同様 文化住宅・鍋・包丁…残念ながら過去の遺物です(住んでおられる方ご免なさい)。

此の違い ナンでしょう?
ブンカ省もとい文科省に聴いてみましょう(笑)

投稿: 難波のやっちゃん     | 2012年3月 4日 (日) 23時00分

  文化○○で思い出したのが「文化鯖」。

 友人の実家のスキー宿で居候していた時の朝食メニュー。

 何じゃ?と思っていたら、当時二枚おろしが普通だった塩鯖を三枚おろしにして、中骨無しの切り身ななったやつでした。

 それもやっぱり30~40年前のネーミングでした。

投稿: 戦後派 | 2012年3月 5日 (月) 11時47分

●難波のやっちゃん   さま
ん?なるほど!。そういう観点では変わってないですね。さっすが深いですわ。
それと“文化”の東西格差…うまいこと分けはりまして…うん、これも一見笑い話の様で、じつに本質を突いてる解釈で…終わってるんでしょうかねぇ、大阪。
いつも以上に冴え渡るコメントで…記事の薄っぺらさが露呈しました。

●戦後派さま
“文化鯖”…ですか。「聞いたことないなぁ」と一応検索してみましてみましたら出てくる出てくるで…この言い方って関西でもするんでしょうか?
今までにないスタイルにすると何でも“文化”と付けていた…そういう時代だったんでしょうね。
お教え頂きまして有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2012年3月 6日 (火) 19時51分

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