文化住宅も半世紀経って…
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コメント
懐かしのハモニカ長屋。
小生も働き始めた頃に住まいしたことが御座います。
隣家の子供の夜鳴き、朝夕のお題目。
幸い二階の部屋だったので上からの音は無かったのですが、逆に階下の方には御迷惑をお掛けしていたかも。
トイレは汲み取り、風呂屋が遠かったので夏は物干し場で行水。
狭いながらも、楽しい我が家~♪でした。
投稿: 戦後派 | 2012年3月 4日 (日) 07時41分
戦後派さま
“ハモニカ長屋”というコトバがあるんですね。そう言われてみれば、確かにそんな感じですね。
で、そんな家屋に住んでおられたと。
お書き頂いた数行の文字から、その生活の音が聞こえてきそうです。「いいなぁ」と思う気持ちは無い物ねだりですかね。
人々が快適を求めてその方向へ進むと………
ちょうどええところで定着せんもんなのかとか思いました。
懐かしい生活感あふれるお話、有り難うございました。
投稿: 山本龍造 | 2012年3月 4日 (日) 19時35分
木賃住宅⇒文化住宅⇒公団住宅…⇒超高層マンションの50年
変遷してるようでその実ナ~ンも変わってません…すべて過ぎ去ってみれば“夢のまた夢”です(汗)
さて中央(東京)では未だ文化の日、文化勲章、文化財、文化服装学院、渋谷文化村など「文化」は現役ですが(汗)、大阪ではお隣の国の文化大革命と同様 文化住宅・鍋・包丁…残念ながら過去の遺物です(住んでおられる方ご免なさい)。
此の違い ナンでしょう?
ブンカ省もとい文科省に聴いてみましょう(笑)
投稿: 難波のやっちゃん | 2012年3月 4日 (日) 23時00分
文化○○で思い出したのが「文化鯖」。
友人の実家のスキー宿で居候していた時の朝食メニュー。
何じゃ?と思っていたら、当時二枚おろしが普通だった塩鯖を三枚おろしにして、中骨無しの切り身ななったやつでした。
それもやっぱり30~40年前のネーミングでした。
投稿: 戦後派 | 2012年3月 5日 (月) 11時47分
●難波のやっちゃん さま
ん?なるほど!。そういう観点では変わってないですね。さっすが深いですわ。
それと“文化”の東西格差…うまいこと分けはりまして…うん、これも一見笑い話の様で、じつに本質を突いてる解釈で…終わってるんでしょうかねぇ、大阪。
いつも以上に冴え渡るコメントで…記事の薄っぺらさが露呈しました。
●戦後派さま
“文化鯖”…ですか。「聞いたことないなぁ」と一応検索してみましてみましたら出てくる出てくるで…この言い方って関西でもするんでしょうか?
今までにないスタイルにすると何でも“文化”と付けていた…そういう時代だったんでしょうね。
お教え頂きまして有り難うございました。
投稿: 山本龍造 | 2012年3月 6日 (火) 19時51分