むかし浜口中3、いま浜口東3。
住吉車庫でバスを降り、以後徒歩で大和川まで行って引き返し、玉出あたり経由で中央区まで…ちょっと時間があったので昼からずっと歩いて四時間半の探索。寒いさむい…はずの冬の日でしたが、たったか歩くと、案外汗ばむもんです。途中「このナミイタの錆はたまらんで」と愛でつつその建物の角に目をやるとドキッ。ここにも、大礼服のおっさんが佇んでいました。

二階建て二軒長屋の角に、今回の仁丹モンはありました。それなりの経年変化はありますが、しっかり美しく残っています。少し洋のテイストを感じる(?)外壁に、外国人面のおっさんが妙に溶け合った様に感じられるこの物件。下を見ると『大阪府の許可証』※もちゃんと掲示されています。
(※この“大阪府の許可証”ですが、私はこの存在をまったく今まで気づいてなかったのですが、京都市中の仁丹町名看板を中心にこの看板を楽しく研究されてる『京都仁丹樂會』さんのブログ記事のひとつに“仁丹町名表示板 大阪市の場合”というくくりがあり、その記事でこの許可証の存在を知りました。京都仁丹樂會の皆さん、ありがとうございます)
ただ…あまりに劣化が進んでいてちょっと読めません。許可月日が“昭和20年8月”と見えますが…たぶん“昭和26年8月”だと思われます。というわけでここは60年以上変わらぬ景色ということになりますね。
この一角、浜口中から浜口東へと町名が変わってますが、それ以上に大きく変わっているのは、当時は“住吉区”で今は“住之江区”に属していることでしょう。ちなみに住吉区西部を分離して住之江区になったのは1974年ということ。同じく平野区や鶴見区も同じ時に分区された様です。区名も町名も今とは違う町名看板ですが、かつての地名を伝えるものとして、これからもここに残り続けてほしいもんです。
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コメント
またまたすごい発見ですね。
大阪府の許可書はほんとに昭和20年8月と読めますね。
でも書かれているように昭和26年かもしれません。
書き方が戦後っぽいですものね。
私もこの許可書のことはいろいろと調べたんですが
なかなかわかりません。また、教えてください。
それにしても、寒いのにすごいです。
ぼくもドキッとしてみたいです!!
投稿: ゆりかもめ | 2012年2月10日 (金) 13時52分
昭和20年、26年?
ずいぶん古いですね。
♪ジンジンジンタン
ジンタカタッタッター ♪
昔、ラジオでやってました。
退院してからというもの、大変です。
私の部屋は、恐ろしく寒く何もつけないと10℃を切ってます。
電気ストーブをフルパワーでつけっ放しにしても15~17℃がやっとです。
12KG も痩せましたので寒さが骨身に滲みます。
ジャンバー二枚、防寒ズボンはいて毛布にくるまってます。
もうナースコールを押しても看護婦さんは来てくれないし。
一年も入院してたんで体力もなくなってます。
味覚障害と難聴が残ってます。
これは通院と時間がたてば治るとのことです。
暖かくなるまで、もう少しの辛抱です。
投稿: わい | 2012年2月10日 (金) 20時33分
●ゆりかもめさま
いや、ほんまに不思議なもんで、何か感覚的には「大礼服のおっさんに、無意識のうちに呼ばれてる」って感じであります。随分たくさんと出会いましたので「もうそろそろ出会わへんかなぁ…」と思っていたので、余計ビックリでした。
大阪府の許可証の件は…ほんと今まで気づかなくて…観察が足らんなぁと思い知らされました。ゆりかもめさんもひょっとして『京都仁丹樂會』さんの構成員ですかね?
●わいさま
本当に退隠された様で、本当によかったと心より思いました。
1年も入院されていると「もう病院生活はこりごり」と言うのと「入院生活の様にはイカン部分もあるしなぁ」との想いが交錯してはるんやないかと察しております。
>>もうナースコールを押しても看護婦さんは来てくれないし。
そうですね。それがええ様なちと心細い様なやないでしょうか。
一番寒い時の退院はキツイことでしょう。しかも寒々の部屋でとなると。ま、雑菌が湧きにくい環境とも言えますか。
味覚聴覚障害も取れると…春ですね。順調に本回復に向かわれること、心よりお祈り申し上げます。
お二人ともコメント有り難うございました。
レスが激遅になりましたこと、お詫び申し上げます。
投稿: 山本龍造 | 2012年2月13日 (月) 20時39分