むかしもいまも播磨町2。
“東大阪市若江南町五に残る錆びた昭和”の回と同様の町名看板が、阿倍野区にもありました。これは、郵便番号が導入された頃にあちこちに貼られたものではないかと推測してるのですが、どうでしょう?。基本フォーマットは同じで、広告部分だけ違うこのスタイル、守口市だったか“清酒白雪”のものも見たことがありますわ。
で、町名看板には、あの“グリコのおっさん”が描かれていて、なかなかええ感じ。ただ、あまりの錆サビ具合ですので、町名看板としての使命は、もう終わってるって感じですね。
“グリコ”…と言えば『グリコ がっちり買いまショウ』をついつい思い浮かべますなぁ。「その前は“オリエンタル”でしたな」、ってそうそう。最後の予算調整で「オリエンタルマースカレー10個」やったんが「グリコワンタッチカレー10個」に変わった時は、「そんな変わり様、有りなん?」って子供心に思ったもんですわ…って、話それてますな。それたついでに司会の『夢路いとし・喜味こいし』さんの“喜味こいし”さん、亡くなられて昨日でちょうど1年やったんですね。ああいう他者をいらわない、いばらない、毒気のない笑いって…上質で良かったなぁ。ま、自分にはない要素やから余計に惹かれるのですけど。と、ますます話それまくりですな。ま、堪忍して。
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コメント
播磨町と云えば「最後の博徒」H谷親分を想いだす私ですが(汗)
“男は度胸、女は勘定!お手て出しても足出すな!”
“七万円・五万円・三万円、運命の分かれ道!”
早口で喋れるのに、いとこい師匠のユッタリとした品の良い喋繰り好きやったなあ。
最後と云えば昭和五十年のネットワークチェンジが此の人気番組終焉の切っ掛けになったんやネ(残念)
投稿: 難波のやっちゃん | 2012年1月25日 (水) 15時37分
難波のやっちゃん さま
“H谷親分”…はて?と調べますればwikiにえらい詳しく載ってましてびっくり。知らん方がおかしいくらい有名な方なんですね。失礼致しました。
で、やっぱり良かったですよね『いとこい漫才』 。世代を超えて笑える安心感というのもありました。人をいろて落として笑う…タチの悪い笑いは…自分を見ている様で笑えませんわ。
コメント、いつも有り難うございます。
投稿: 山本龍造 | 2012年1月25日 (水) 23時29分
私も漫才では「いとし・こいし」が一番好きです。
夢路いとし師匠は、晩年足が弱ってこられたのが見て取れ、失礼ながら「ああもうそれほど長くはないのかな」などと思っていたら、ほどなくして訃報を聞いた覚えがあります。
喜味こいし師匠は、いとし師匠が亡くなられてから、髭を蓄えられて、自らの戦争体験をなどを語ることに力を注いでおられたのが印象的でした。
投稿: あやさ | 2012年2月 3日 (金) 12時51分
あやささま
ですよね。やっぱりいとこいさんがよかったですね。ある種古典落語ならぬ“古典漫才”というか、その筋(ネタ)解ってても笑える深さがありましたわ…なんてそんな解ったこと言えるモンではありませんが。
こいし師匠は、髭を蓄えはってからは、また別の風格があって最後まで現役な感じがあって…ああ生きたいなぁと少し思ったものです。
コメントおおきにでした。レスが遅くなりまして失礼致しました。
投稿: 山本龍造 | 2012年2月 5日 (日) 22時52分