2011年9月30日 (金)
『ソース1 ▲ カガヤソース“お好み焼”』や、『ここが…ビクトンソースの『大阪蛇ノ目』か!』で触れておりました『ビクトンソース』ですが、今回、“お好みソース”が入手できましたのでここに味の印象など記しておくことにします。
かつて大阪で造られ、強力な支持者が多くいたとされるビクトン。見た目はご覧の通り、割とプルンとした感じのトロミがあり、いわゆる“地ソース系のとんかつソース”といったところでしょうか。色合いは案外黒くなく、使用した焼うどんも思いのほか赤く薄い色合いに仕上がりました。味わいは…これまた地ソースの王道というか何と言うか、甘味が全面に出ております。その甘味は、姉妹ブランドとも言える“カガヤソース・お好み焼”に通じる果実由来というより、原材料の糖類由来の甘味といった感じです。カガヤ印のそれと今回のビクトン印のこれと、味がどう違うか?…同時に味見した訳ではないので正確な判定はできませんが、あやふやな印象で語れば、今回のビクトン印の方が、酸味やスパイシーさがカガヤ印よりも少し感じられる様に設計されている様にも思えますが…ま、読み流してください。原材料の点で見ると、カガヤ印には“合成酢・サッカリン・ステビア・酵母エキス”が使われており、ビクトン印には“しょうゆ・醸造酢”が使われています。詳しくは解りませんが、ビクトン印のお好みの方が、カガヤ印のそれより“格上”なのかもしれません。
今も密かに大阪で親しまれているらしいこのビクトンのソース、製造元がいつの頃からか海を渡り、加賀屋醤油という徳島の食品会社に移ってますが、それでもやはり“なにわの味”であることに違いないでしょう…と書いて思い出したことひとつ。今夏、玉造稲荷神社の夏まつりへ行った際、境内に出ていたいか焼きの屋台の横に置いてあったP箱に入っていたPETボトルに“ビクトン”の文字を発見しました。大阪のテキ屋に使われているというだけで充分“なにわの味”ですね。ま、ここに写っているのは『ビクトン とんかつグリーンソース』ですけれども。
なお、“ビクトンソース”や、昔の醸造元『大阪蛇ノ目』の事について興味のある方は、以下の記事も併せてお読みください。記事以上にサンダーさんというお方のコメントが「関係者かも?」と思われるほど詳しく記されていて、“蛇ノ目ソース”にも興味が湧くと思います。
名称:濃厚ソース 原材料名:砂糖・ブドウ糖果糖液糖、野菜・果実(トマト、リンゴ、たまねぎ、その他)、食塩、澱粉、しょうゆ、醸造酢、香辛料、カラメル色素、酸味料、調味料(アミノ酸等)、甘味料(甘草)、(原材料の一部に大豆、小麦を含む) 製造者:加賀屋醤油株式会社KA 徳島県名西郡石井町浦庄字国実247-2
※参考記事:
『ここが…ビクトンソースの『大阪蛇ノ目』か!』 2009年10月 5日 記
『ソース 1 ▲ カガヤソース“お好み焼”』 2007年12月20日 記
『ソース 2 ▲ 蛇ノ目ソース ウスター』 2007年12月25日 記
ジャンキーな食べ物にはそれなりの品質のヤツの方が王道なんかも。
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2011年9月29日 (木)
今日の日没は派手さのない穏やかな夕景。こういう美しい景色はお子の心も揺さぶるのか、自転車の荷台に乗った女児が、運転する母親に無言で西の空を指差していた。それに気づいた母親も自転車止めて橋の上からしばし観賞…「きれいなぁ」と感じる心って、成長の過程で育まれるモンやと思っていたけど、じつは遺伝子に組み込まれた感情なんかもしれんなと思った。穏やかな秋の夕暮れ…ええなぁ水都大阪。
(於:城東区) ほんまはもっと焼けると思って待ってたけど…全然やった。
※同じ様な記事を以下に↓
17時22分、城見橋より西を眺める。
17時11分、新喜多橋より東を眺める。
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2011年9月28日 (水)
…ということやそうです旭区では。ま、気持ち解るなぁ…って思ったけど、何か文章としては変や。
(於:旭区) 何で城東貨物線の土手ってあないに…ねぇ。
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2011年9月27日 (火)
もう廃業されている風情の家屋の隅に『御進物用砂糖』の文字。一瞬「えっ?」と。ですが…「あぁあぁ、あったなぁ、あったあった」と。
そう言えばありましたよね、そんな砂糖。白とピンクのバラの型絵の入った丸い角砂糖って。あれは、結婚式の引出物かなんかやったんでしょうかね、立派な木の箱に入っていっぱい並んでいたのを思い出しました。今では角砂糖ですらちょっと珍しくなってますが故に、もう、あんな紅白の円形角砂糖(?)もないかもしれませんね。
…とか記しているとどんなんやったか見てみたくなって、googleの画像検索で“進物用砂糖”を調べてみますと、あれっ、私が思っていたタイプのモンとは全然違う砂糖ばっかりです。鯛や花、果物の形をしたビニールに砂糖が詰められていたりしていて…「あぁ、そう言えばあるなぁこんなん」と。
結局ここで言う『御進物用砂糖』というのは、どっちやったんでしょうかね…というより、進物用砂糖だけを商売にしていて成立した時代があったんやなぁと思うと、何とも不思議な気がします。進物で“砂糖”って…皆さん最近もらわはりました?
(於:京都市左京区) “角砂糖”というと…「丸福珈琲店」かなぁ。
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2011年9月26日 (月)
歴史的背景もあってか、関西では昔も今も劣勢が続くサッポロビール。まぁそれでも以前は全国では売れていてビールシェア20%と業界2位やったこともありましたなぁ。その頃のキャッチコピーが“世界のうまさになりました”ってので、アメリカでサッポロの広告入ったトラックの写真が使われていたのを覚えていますが、「アメリカでも売っとったら…世界のうまさなんかい」と思ったもんです。その後、アサヒからスーパードライが出て色々な種類が乱立する様になって、しばらくしてから料飲店では“アサヒスーパードライ”と“キリンラガー”の2銘柄を置くのが普通のスタイルになりましたね。そんな陰でサッポロビールは2008年大阪工場を閉鎖、サントリー含む他の3社が手掛けるドリンクやサプリにも出遅れ…ちょっと可哀想な気もするなぁ。あ、この看板、「男は黙って…」時代のもんでしょうかね。いや、もうちょっと最近のかな。ま、黙ってビール類一本で勝負するその姿勢に共感もするんですけど、も、や。
(於:東成区) 某割烹的居酒屋、ビールは「サントリーのプレモルかサッポロラガー」。渋っ、卍。
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2011年9月25日 (日)
第64号はドンっと歩道の上に置かれていました。その堂々さ故でしょうか、この前の道を何度もクルマで走っていたのに逆に全く気づいておりませんでした。写真で見るととても存在感あるヤツなんですが、何か意識の中では溶け込んでいまして。
かなり大振りで現役と思われるこの物件、位置するところはお寺の前。やはり蝋燭など火の気が多い建物と言うことでたっぷりサイズで備えてあるのかと思ったりします。ただ、この道路となっている部分は昭和40年代頃まで、“西の川”というが流れていたそうですから、「流れる水の代替」としての使命を考えてこのサイズのものにしたのではないかとも思ったりしますが、いずれにせよ、川の水量とは比べもんにならん水の量で…ま、たっぷりサイズにはさほど意味はないのかもしれません。
(於:生野区) 大振りの物件は実用的である分、可愛さに欠けるなぁ。
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2011年9月24日 (土)
比較的新しい住宅の勝手口、何げに見ますとありました、仁丹モンの町名看板。+の木ネジでとめられているところを見ると、元々この建物にあったものではないと考えられます。ですのでこの場所が昔“平野三十歩町2”であったという確証はないのですが、建て替え後に看板を移設したものという気がします。
「三十歩町…そんな町名があってんなぁ」と現場ではそればかり気になってちゃんと見てなかったのですが、帰宅後よく見ると、看板上部に“東住吉区”の表記が。調べてみますれば平野区は、1974年に東住吉区から分離したとか。比較的最近のことやと言うのに知らんかったなぁ…と思ってましたら、もっと昔、1943年まで平野は“住吉区”やったということで、意外な感じがします。
今はなくなってしまった町名を大切に思うからなのか、はたまた仁丹モンの町名看板を愛でておられるのか…いずれにせよ「残しておいてくれておおきに」と心からそう思うのでした。
(於:平野区) 看板だけやなくて町名も昔の方のが風情あってええなぁ。
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2011年9月23日 (金)
昨日の記事『代表者の名前入り。学校法人の看板ふたつ。』を書いていたら、エドモンズ大学の看板のことを思い出した訳ですが、探してみますればやっぱりというか、昔、撮っていました、“エドモンズ大学日本校”の、これ。
今となってはどこで撮ったのかも不明ですが、多分兵庫県下のどこかやと思います。道端の納屋にたくさん設置してありました。この手の大学(?)もバブルの落とし子でしょうかね、当時でも「何か…変な感じ」と思ったもんです。
残念ながら写真に撮ってないのですが、傍系の『ひめがくキャンパスランド』なる姫路学院女子短期大学の施設の看板も当時多数ありました。学内(もしくは隣接地)に遊園地や牧場などを作ってそこを短大生(?)たちのバイト先とするというこの短大の運営スタイルやとラジオで知り、当時まだ若かった私は表面的にはバカにしつつ、ひそかに「行ってみたいかも…キャンパスランドへ遊びに」と思ったもんです。そう言えば、“女子大生ブーム”とかもあったことを思うと…あながちとんでもない営業スタイルでもなかったの…かも。
話戻ってエドモンズ大学日本校のことですが、wikiによると、こんなCM流していたそうですね。
「大学行くには頭が足りない、留学行くにも金がない、だから僕らはエドモンズ! 」
何と直球ストレートな。ま、やっぱりなくなって…当然ですかね、はい。
(於:たぶん兵庫県下 2004年) 今でも…あったら行ってみたいかも♡キャンパスランド。
※関連記事:
『荒神さんの参道の、溝田旗工業の看板二景。』 2017年3月 記
『錆びボコ看板に“溝田旗工業”とある。』 2017年3月 記
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2011年9月22日 (木)
2011年9月21日 (水)
こっちに流し目でっせかっぱの姉さん。ちょっとクラっとしますわ。どないです皆さん? これ、微妙やなぁ。オッケ〜なんですかなぁ。わたし的にはセーフなんですけど、ちょっと今日的にはあれこれ思う向きもあると思うなぁ。しかしながら…ええ光まわりであぁ艶かし…
(於:東住吉区) 黄桜のかっぱは、初代もええけど二代目も…やっぱりええなぁ。
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2011年9月20日 (火)
信号待ち、クルマから見えるええ感じの古い家屋の壁を眺めてますと…あの坊やがいますわ。“頭に包帯”のいでたちの、あの坊やです。
このお子、昔よく見た馴染みあるイラストで、どこかの製薬会社のキャラクターやと思うんですが…どうにも思い出せなくて。かすかに読める“エスエス薬局”の文字からすると、エスエス製薬のなのかもですけれど。しかし何です、“皮フ病なら”と記していて何で「頭に包帯坊や」のイラストなんでしょうか。ヒドいフケ症に悩んでいるとか?…こっちも気になってきました。
以前、なんぎさんのブログ『なんぎな日記』の記事“痛々しい”でもやはり別の場所のこの坊やのことが取り上げられていましたが…皆さんこの坊や、どこの子か知りませんか?
(於:東淀川区) 急に秋模様に。季節の変わり目や…あちこち皮膚痒なるなぁ。
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2011年9月19日 (月)
離合集散…とは言いませんか幹の場合は。この街路樹、写真の通り幹が分化してはまたひっついて一体化しています。こんな風にいっぺん分かれた枝や幹ってもう一度溶け合ったりするんでしょうか?何とも不思議な感じ。
この樹、何十年と昔よりずっとこの感じで、私はずっと「何でやろ?」のまま。素人には不思議に映っても、専門家からすると「こんなもんです」な事なんかもしれませんが。
(於:八尾市) 同じところに木の苗を何本も植えたらこうなる…とか?
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2011年9月18日 (日)
何げに散歩してたらあるコトバに不意打ちをくらった。
『勇気ある人生』…ですか。その内容、あまりに直球すぎて、のんびり散歩が台無し。そして悶々に。
ま、世の中には「そうや、そうそう!」とビタミン剤変わりにこのフレーズを受け入れる人もいるんやろうけれども、ね。
(於:天王寺区) ま、そんな弱々な人生ばっかりでもないんやけれども…や。
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2011年9月17日 (土)
まぁ見かける質素な遊具ですけど、どうなんでしょ、今でも新規にこういう形で廃タイヤの再利用ってしてるんでしょうかね。
幼少の頃は…こういうので遊び倒したもんです。これみたいなトラック用のではなくてもっと小振りでふにゃふにゃのタイヤが円形に設置してあるヤツをコケそうになりながらグルグルグルグル走って回ったなぁ。落ちたら負けって。ブランコやとか滑り台とかのいわゆる遊戯具よりスリリングでデンジャラスで…オモロかったなぁ。
最近は、廃タイヤで遊んでる子供を見かけませんね…って、だいたい公園で遊んでる子供自体、見かけませんか。ちょっと「大丈夫か!」と思ったり。
(於:中央区) 東北の子らは今夏…外で遊べなんだんやなぁ。
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2011年9月16日 (金)
気がつけばまた昔ながらな一角がなくなりました。仕方ないんでしょうけれども何とも言えんさみしさとともに、「つまらんなぁ」という気分になりまして。
そんな思いをしてるのは…私だけではない様ですなぁ。
(於:中央区) ここらに断層走ってるらしいこと思うと、建て替えも必然なんかなぁ。
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2011年9月15日 (木)
今回のこれは…悩みました。防火水槽のカテゴリに入れてええのかと。「ただの水甕や」という気が今も正直言ってあります。ま、それでも今日では滅多に断水もないので、用途としては防火水槽に使われているのではないかという点において、また、本家本元『荒川防火水槽研究会』さんの“防水?→物件216”で陶製の防火水槽の存在についての記述もコメント欄にありましたので、「ほんまにええんかなぁ?」と思いつつですが、防火水槽に認定させて頂きました。
この第63号となるこの物件は、東高津宮の境内にありました。その自然に佇む風情に最初見た時は「あ、防火目的の甕や」と直感したんですが…やっぱりホンマは…どうなんでしょうかね。
(於:天王寺区) ここ、例の“一斗缶”の置かれていたすぐ近く…
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2011年9月14日 (水)
あまりコトバは要らんでしょうかね。昔ながらな店舗があって、でも営業してはるのかもひとつ解らん状態で。だからと言って琺瑯看板の上にポストやら“こども110番”の旗付けてはってちょっと痛々しいものの、でもええ感じやなぁ後付けもカラーコーディネートできてるし。
平野区も東部の加美あたりにはまだ田畑残ってるとは言え、ほとんど宅地化してしまった現状においては“肥料”や“飼料”を商いしても商売にならんかと。そう言う意味においてはこういう状態で残っている現実を愛でるべきでしょうね。
で、この“マルエイ”のこと、調べますれば、現『日本農産工業(株)』のブランドで、“マルエイ”はその昔の社名『日本栄養食料(株)』のマークの略とか。で、“日本農産工業”という字面、どっかで見たことあるなぁと思いますと、『 ヨード卵・光』の発売元でもあるそうです。時代変わっても新しい展開で今も生き延びている…このお店には気の毒ではありますが、ちょっと何かホッとしたりしました。
(於:平野区) 丸いプラ看板はドッグフードの看板。家畜からペットへ客層をシフトしてはる様子。
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2011年9月13日 (火)
大阪市内の路面にいっぱいある消火栓の鉄蓋、みんな一緒と言えば一緒。でも…ちょっといろいろある気もするなぁと思いまして、4つほど写真で採集してみました。
デザイン的には一緒なんですが…やっぱり色々ありますわ。右から書かれているので左上のものが一番古いものでしょう。“防火栓”と記されているところに年代を感じますね。“防火”と“消火”…考えてみますと「火事を防ぐ」か「火事を消す」の違いですから、昔はそんなに水量も水圧もなくて消火目的には使えなかったということなのかもしれませんね。
この中で私が一番好きなのは左下のものです。書体にどこか統一感がなくて、でも妙にカクカクしてるという個性的な部分においては一貫性もあるし…何なんでしょ、その「ちょっと現代的にしよ!」と少しアーティスティックにアプローチしたんかなぁみたいなもんを感じるんですょ。’70年代な雰囲気があるというか…そんなん感じません?。じつはこの鉄蓋をじっくり見てから他のも気になった次第です。
まぁ、残念ながら右下のヤツ、これが一番面白ないですかね。シュッとしたゴシックの“平成調”…もひとつやなぁ。こういうのも月日が流れ何十年と経てばそれなりにいい感じになるんでしょうかね。たぶんならんと思うのですが…
(於:中央区) 右上のも王道のいぶし銀的渋さがあってええもんですな。
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2011年9月12日 (月)
黒壁に「何かあるで」と近寄ってみますれば…そこに町名看板が。黒く塗り込められたそれ、「ここがどこか判らん様にしたれ」という為の細工なんでしょうか。流町4-5、何と排他的な町なことで…とか何とか。ま、見知らぬ街角で道に迷うの大好きな私には…何とも親切な状態であるんですがね。
(於:平野区) 東西南北がわからん様になったら、かなり楽しい探索は。
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2011年9月11日 (日)
あの大地震大津波から6ヶ月。と言うことは日本で深刻な放射能汚染が始まってしもてもう半年が経つ訳か。あの発電方式に対して「さてどうしたもんだか」と思っていたけど、偶然見つけたhttp://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html読んで、私自身の考えは固まった。9月11日…あの大事件から10年、あの大水害から1週間の日でもあるなぁ。……
(於:中央区) 写真はテキストとさほど関係はありません。
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2011年9月10日 (土)
お地蔵さんか何かでしょうが…その社、完全に閉じた世界に位置しています。ま、ただの個人的に崇拝してはる何かが祀られているだけなんでしょうが、ブロック塀と台座の関係が気になりまして。昔は一般公開してはってこちらからも拝むことができたとか?…でも裏側やなぁ。
(於:平野区) 昔はリバーシブルやったんやな、きっとこの社。
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2011年9月 9日 (金)
そんなに古い看板ではないのかもしれませんが、この、丸い形と上から吊る様に取り付けてあるそのスタイルが何とも昔っぽい風情を漂わせているなと思います。
昔はトヨタ同様、日産モーター、日産チェリー、日産プリンスなど5つの販売チャンネルがあった日産も、今は日産レッドテージ・日産ブルーステージの2チャンネルに集約されていますが、この看板を見たらその色分けを持って2つにした理由が明確ですね…とか思っていましたら、2007年以降は赤青の色分けはヤメているということの様です。
(於:淀川区) サニーもグロリアもセドリックも…今は廃盤なんか。知らなんだ。
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2011年9月 8日 (木)
2011年9月 7日 (水)
2011年9月 6日 (火)
うん、ただ「懐かしい感じがするなぁ」と思いまして。前を通るたびに幼少期の空気感がこころの中に甦りますわ。何か可愛いねんなぁ、この葉っぱっぽい文字。ええわぁ。
(於;中央区)
靴クリームと言えば昔はサンエッチやったもんやが…最近あんまり見かけんなぁ。
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2011年9月 5日 (月)
この夏の電力不足はエアコンの効き目を弱したり出勤時間早めたりとみんなの工夫と努力で何とか乗り越えられそうですな。そんな国民のおこないの中にはこんなカタチで電力使用量減らしてはるところまでありますわ。
いやいや、なかなかできませんでこんだけ大胆にネオン消すなんて。広告塔としての役目を捨ててまでも協力しようとするこの涙ぐましい努力。「お休み」と思われない様にと ゙(点々)だけ点灯してはるのでしょうかね。表彰状もんですわ、はい。
(於:八尾市) …などと茶化している場合でもないな。
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2011年9月 4日 (日)
コンクリ製では都島区初となる第62号は何とも重厚な防火水槽。その風情が、景観に溶け込んで…いない様でちょっと異様な感じに見えます。昔からここにあるというより、どこか別の場所から移設されたのではないかという気もしますが、どうなんでしょうか。
“防火用水”と左から記してあるところを見ると、防火水槽界の中では比較的新しい物件かと思われます。左右にアワビの貝殻と思われるモンで化粧され、タイルで装飾されていますが、どこかこの物件の持つ重厚さとは裏腹に可愛らしさがあって…個性的ではありますが、どこかアンバランスで、何となくミステリアスな物件やなと思ったのでした。
(於:都島区) 新しい物件だけに“アタラシ”と記してあるわ…わ、恥ずかし。
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2011年9月 3日 (土)
街中で『放送室』発見!。「これって掃除道具入れるロッカーちゃうん?」って違う違う、『放送室』やって。そう書いてあるやん…とはいうものの、えぇ?ホンマなんかなぁ放送室って。人ひとり入ったらそれで精一杯って感じの箱…ここでどんな番組が作られてるんやろ? 密かにまだやってるんかもなぁ新野センセひとりぬかるみを。想像は…できるんやけどな。
(於:東大阪市) ここにこもって放送するのは…キツそうやなぁホンマ。
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2011年9月 2日 (金)
これは…根っこを愛でる植物でっか? 見ての通り歩道上に植木鉢があって、それがまだ小さいのに「どやっ、わしはガジュマルや」と言わんばかりの自己主張をしております。小振りやのにここまで入り組んで…珍しなぁ。
で、この『ガジュマル』。私はてっきりどっかの外国語やと思ってましたら、なんと「絡まる」とか「がんじがらめ」の沖縄方言が訛ってガジュマルになったとか。そうか、この形状がそのまんまが名前になってるんか! 知らなんだなぁ。ということは…このガジュマルこそ「がじゅまってる」訳で「これぞガジュマル!」なんですな。なんや、記事にするほどではなかったんか。しかしながら…見事にがじゅまってるなぁ。
(於:淀川区) “絡まる→ガジュマル”以外の説もあって、ホンマは解らんらしいけど…
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2011年9月 1日 (木)
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