懐かしの『上神』…御野県主神社へ
牛を見に行った帰りしな、御野県主神社にも立ち寄りました。
“御野県主神社”…長くて難しいこれが正式名称。ですがこれに馴染めず、子供だった我々は地名の“上之島”に神社を付けて“上之島神社”、略して『上神-かみじん』と呼んでいました。その神社は、ちょっとした森の様な風情。古い新興住宅地と昔の集落に挟まれたそこは、水源地も池もあってまるで糺の森のよう…ではありませんが、ちょっと「ここ何処なん?」な感じがあって、今も昔も旅気分が味わえるええ場所です。それもそのはず、この神社の森(小山)は旧大和川の土手やったという…当時はそんなこと全然しりませんでしたけど。
「そう言えば幼稚園の遠足もここやったなぁ」---入園以前には母親にお弁当作ってもらってあちこちお気に入りの場所に行っては昼飯を食べていたことも思い出しました。この神社や土管や土砂が積んである空き地などでひとり弁当を…なんとええ時代。今やったら、そんな子供ひとりで遊ばせてもらえませんでしょう。
ほぼ当時と変わらないこの“上神”ですが、西側の鳥居が撤去されたり池の両端が埋め立てられ月極駐車場になったり…ま、かなり以前の変化なんですが。やはり大きな神社を維持するには、こういう安定収入も必要なのかもしれませんね。鳥居の撤去に関しては、旧村落の神社ということで、新興住宅地の方からは入りにくくしたためと聞いたことがあります。
森の南隅あたりに行くと“上之島用水親井戸”と記された碑と井戸がありました。こんなのは…昔なかったなぁ。この写真のあたり、昔は池の様な沼の様な小さい湿地帯があって、その横に小さな小屋があって、そこからウンウンとモーターの回転音がしていて、独特の“森の中の異空間”やったんやけどなぁ。
とは言えやっぱり基本的に昔なまま。あ、あとは…人の姿がなかったのも大きな変化かなぁ。この池で昔は釣りをして遊んだもんですが、そんな趣味の子も…あんまりおらんのかなぁ。「うどんにサナギ粉まぶして餌にしたなぁ」…あのサナギ粉、妙に美味しそうなにおいでしたけど、よう食べてみんかったです。
…てな思い出にふけりながら水面を見ておりましたらカモが2羽、エサを期待してか目の前をうろうろ。「こんなん…おったかなぁ」とか思いつつついついカメラ向けて構図決めて「ここにカモ来ぇへんかなぁ」とねばってみましたが…なかなか思ったところに泳いでこないもんです。てなわけで1羽だけ。ま、それもええかも。出来過ぎのモンって…どこかしんどいもんね。
長々と幼少の頃の話ウダウダと…ご清読、有り難うございました。
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コメント
私、龍造さんは「山本」の人やないかと?そう思ってました。
それで、この神社はほんま不思議な神社やと思いました。三百年前の川の堤防が残ってるんですからね。
西側にも鳥居があったと言う事ですが、撤去の理由を聞きますと今「なるほどな」って思います。川の方から行きますと、神社の外側に沿ってかなり遠回りしないといけませんからね。そんな理由があったんですね。
それで。神域にある池で釣りして「お咎めなし」やったんですね。子供やからごまめにしてくれたんですかね?
ほんま、ええ時代でしたね。
投稿: ナムダー | 2009年11月18日 (水) 22時34分
あっ!そうですね…神域の魚釣るって罰当たりなことことをやっとったわけですね。今の子ここで釣りせんのはみな常識人やからやと…納得。
でもね、「ここで釣りをした」という記憶はあっても「ここで釣れた」って記憶がなくて…。てなわけで罰も当たらずにすんでるのかもしれません。とか何とか。
ナムダーさんいつもコメント有り難うございます。
投稿: 山本龍造 | 2009年11月19日 (木) 11時28分