下鴨神社の駐車場にていつも思うこと。
学生の頃からホンマお世話になってる写真画廊へ行くのに京阪出町柳駅から歩き下鴨神社の駐車場を横切った。この駐車場、今でこそ機械化され無人になり時間貸となってるけど、二十余年前、学生の頃は、小さな小屋に番人のお爺さんがいて1日何時間止めても500円という営業スタイルやった。その頃この画廊を教えてくれた友人Tが「卒業したらこんな(=駐車場の番人)仕事に着きたいな」と言うていたのをいつも思い出す。“大志”もへっちゃくれもない話やね。結構本気で言うとったと思うんやが、卒業後、Tは東京の印刷会社を経て編集プロダクションを設立、かたわら人気ある靴の並行輸入など事業を拡大し、自社ビルを建て、別荘兼アトリエも作りの起業家になった。で、今は家業を継いでそこそこの規模の印刷会社の社長に就任、北の大地で何十人という社員とその家族を背負って頑張っている。しかも出版物も出したりと攻めの姿勢が功を奏しているみたいで…あ、勿論写真家としてもね。あの駐車場の番人になりたいと言うていたのは何だったのか。えらいわぁ。学生時代は一番“社会不適合”な学生やったと思うんやが解らんもんやねぇ。
で、画廊に着き、その話を展覧会しているH氏(作家)に話したところ「僕もそんな感じに思てましたわ」と。「ほなお前はどうやったんや?」と自問自答。わしもそうやった気が…する。それは、単に社会に出るのが怖かったって事なんか?それとも仕事テキトーに作品づくりだけを考えていたかったのか?。ま、両方やったんやろうけど、いかにもある意味“学生らしい”考えやったと思うね。今もちょっとはその頃の気持ちが解るのが…先の“今=社長”のTとはちゃうところやな。しっかりせなね。
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コメント
こんにちは。
当社のS氏から「社長のことが書いてあるよ~」と教えられて見てみたら、ビックリ。おお、確かにそんな話をしたような記憶が・・・。半分以上は本気でしたね。今は偉そうに経営理念とかビジョンとかを語っていますが、当時のピュアというかプアというか、そんな心境に立ち戻ってみることも大切かな。今度、糺の森でゆっくり考えてみることにします。けど、正直いうと、今もわかるな、その気持ち。
投稿: T | 2008年4月 1日 (火) 09時19分
おっ!これはこれは社長T氏ではございませんか。じきじきようこそのお運び、ありがとうございます。で、何ですか?今もわかるてその気持ち?…それは、氏がいっぱいいっぱいの日々を送ってるからそう思うんでしょうなぁ。学校出て二十余年…やっぱり長い年月やと思います、このお互いの生き方の違いを思うと…特にね。
投稿: 山本龍造 | 2008年4月 1日 (火) 10時20分
とつぜん去年のエントリにコメントしてすみません。「下鴨の写真画廊」というのはもしかして「・DOT」の事でしょうか?
もしそうだとすれば、私、そこで1998年に個展でお世話になったんです。
投稿: たのけのあむら | 2009年12月15日 (火) 21時19分
たのけのあむらさま
去年のにでも一昨年のにでもドンドンコメント付けてくださいね。
で、なんですか?あの画廊で個展されたお方でしたか。1998年と…あの方かなぁ。
リアルでも繋がっている可能性がある…不思議な気がしますね。
まぁ、ネット上でもやっぱり同じ様な志向を持った人同士が繋がっていくという意味においては不思議ではないのかもしれませんが…でも、まぁ不思議な気がします。広い広いネット洋で…
レスが遅くなってすいませんでした。また銀塩ネタなんかも記したいと思っていますので今後ともよろしくです。
投稿: 山本龍造 | 2009年12月18日 (金) 11時08分