夕焼け空、真っ赤いけ
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今朝茶道の稽古に行ったら、某市の文化祭の話が出ていました。市民参加のこの催し、今年からすべての出展作品の撮影が禁止になったということらしいです。中に華道もあるそうですがそれすら出品者自身も撮影できないでいると。どうやら心ない人が写真に撮ってアイデア盗んで次年度の文化祭に“盗作”を出品するのを防ぐ為とか。過去にそういう実例があったらしいけど“ナンダカナー”と思って聞いていると「そんなん真似されてもよろしいやん」とある社中。もっとももっとも。そやねんなぁ、その真似する人もカナンけど、それをいちいち「真似された…」と憤るのも大人げないよね。プロでもないんやからそこまで目くじら立てる方がどうかしてるわ。嫌な世の中や…そんな話のあと場所が変わり夕刻、ある画廊に行ったらこんな掲示がしてありました。
“撮影OK” と。下に“写真展「浅田家」では会場内撮影OKです。ぜひ、ブログなどで紹介してください”の文字。まいったなぁ、さすが大物。展覧会場では“撮影禁止が当たり前”と思ってた自分は何やったん?状態。自分の常識、世間の常識の“何で?”を問い直すきっかけにもなるなぁ。確かにこの展覧会、他人に真似されることが無理なほどオリジナリティを持ってるからこそ“撮影OK”なんやろけど、この心の広さに脱帽、やっぱりただ者ではありませんね、浅田政志さんって。
あ、行ってきたのはギルドギャラリーOSAKAで行われている浅田政志写真展“浅田家”。もう、何も語る必要はありませんね。写真である必要性、今という時代性、キャッチーなのに深く質も高い…いやいや、そんな大層に言うまでもなく楽しいし心地よいし暖かいしイキってへんし本当に素晴らしい浅田政志さんとその家族の世界です。“作り込む浅田家”から“より日常的な光景な浅田家”へのシフトがまた非常に自然な感じで、益々見る側(私)を朗らかな気分にさせてくれます。一家四人の写っていない作品もええ感じに加えられており、全然マンネリにならずで、浅田政志さん、すいすいと泳ぐ様に写真と向き合ってはるのやろなぁという感じがします。
で、今回の展示作品の中でホンマ笑ってしまったのが、これ。運河のような川に4羽の水鳥が泳いでいる光景…このセンスに、心からハマりました。後ろ姿の水鳥ってのがまた…たまらん。ええ写真やこと。制作に行き詰まることなく、これからも色々な感動と驚きを与えてくれるに違いないなと確信して、会場を後にしました。ええもん見せてもらいましておおきにでした。“撮影OK”にしはったギルドギャラリーさんも、おおきにおおきにでした。
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四人部屋に入ってから、ほとんどずっと窓から景色を見てた。「かっこええなぁ、これぞキタの風景やなぁ」と見てたけど、ふと気がついたことがあった。それは「ここに見えるビルの窓の向こうにこそ現実があるんや…」という事実。各ビルにある窓の数だけ色々な現実があって…そこに人がいて、会議してたり掃除してたり考え事したりしてはるわけで、そこに人の営みと言う現実があるというのに、街の風景を表層的なビジュアルとしてしか見てなかったなぁ。勿論窓の向こうは見えない訳やけど、そういう風に想像し解釈してこそ“見る”ってことなんとちゃうかなぁと気付いた。四半世紀ほど前、学生のとき「物をよく見なさい」と言われたけど、こういうことなんかなぁ。
で、右眼。ステロイドの量を再び増やして3日、順調に回復してきている。もう退院間近やないかと、自分でも感じられる様になった。
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大阪市営地下鉄の車内に吊ってあるこのポスター見たことある人にしか解らんとは思うんですが、ここに使われている女性の写真、ナンダカナーなんですよ、私的には。このおねぇちゃんが悪いとかではなくて、その「顔の部分の露出アンダーを画像処理ソフトPhotoshopで“覆い焼き”してるんちゃう?」なところがね、うん。勿論ホンマのところは知らんのですけど。
デジタル技術進歩のお陰で撮影後いろいろ調整できる様になったのはええことなんですけど、本来ちゃんとしとかなあかん撮影の現場というものを軽視した結果なんちゃうかなぁと想像してしまいます。いや、勿論後処理できれいに表現されてたらそれでもええんですけども…。このモデルの人も可哀想ですな。白粉塗ったみたいなビジュアルになってしもてからに。ま、人の振り見て我が振り直せ、ですな。ついつい写真がデジタル化して時間に追われた時なんか「後処理でなんとかしよ」てな発想に流されそうになるのも事実。気を引き締めて仕事せなあきません。
追記:書いてしもたので仕方ありませんけど、ちょっと他人の仕事にケチつけてるみたいでいらん事記してしもたなと。助手時代、先輩のカメラマンから「ひとの撮影した写真にケチつけたらアカンで。クライアントがそれで満足してはるかもしれんし、カメラマンも(予算とか時間的制約とか)どんな状況で撮らされてんのか解らんねんからな」と言われて「なるほど」と思うたことをコロッと忘れてました。修行が…全然足りてません。
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大阪の街で水陸両用バスが走ってるなぁと何度か目にするもののこっち車運転中とかで全然写真撮れんかった。で、ようやく撮れた。けど、それだけと思うとったら、この写真、偶然写った手前の携帯電話をいじってるにぃさんがえぇ味だしてるなぁ…時代が写ってるなぁと思うて。写真の持つおもろさを久々に感じたのでした。
(於:中央区)
追:ナンバーは“808”…八百八橋ってわけですな、きっと。
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「一番に入れるスイッチなんでしょう、来る日も来る日も毎日放送1179…」でお馴染みの某氏を昨日、仕事で撮影させてもらいました。で、今日“ありがとう…”を聴きながら氏のポートレートの画像処理。変な感じのようなメチャしっくりくる様な。いつもメディアで目に耳にする通りのおごりのない、感じのええひとでしたわ。泳がな死んでしまうサメみたいに氏、ずぅ〜っとお話し…もちろん楽しく面白い話をですよ。やっぱり朝聴くのはA局からM局に変更しよ。阪神ネタひつこい前者にうんざりやったからな。色んな角度で勉強になりました。ホンマありがとう…ございました。
追伸:数十カットのうちのひとカット、まるでタカラジェンヌみたいに透明感ある感じで写っているカットがありまして…「きっとこころ清いんやわこの人」とか思ったんですが…さて皆さん、信じてくれはりますか?。
追記:上記本文のアンダーライン部を足すと“1179”になるそうです。な〜るほど。知らなんだわ。
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仕事の世界でも写真はすっかりデジタル画像の時代になった。けど、まだまだ全然わかってないことだらけ。太陽みたいな強力な光源撮ったら“トーンジャンプ”が起こる事すら、知らなんだ。デジタル化が写真の可能性をすごく広げてくれてるけど、まだ完成の域まで達してへんのかなぁ。
…そんなこと思いながら、九州旅行の時に撮った瀬戸内の夕景の画像データを処理してみた。先にふれたトーンジャンプの問題もあって、なかなか思うようなコントラスト、色調にはできんなぁと思いつつ…こういう風に仕上げてみた。
ポジフイルムではこういう調子にはなかなかいかんかった様に思う。ま、撮り手のわたくし自身の気持ちに変化があったんやけど“夕日=真っ赤っか”な感じではなくて“すぅ〜っと吸い込まれるような”色調とトーンに仕上がって「ええなぁ、デジタル」と改めて思ったのでした。
音楽聴いていて昔よく思ったのは“ハードが変わればソフトも変わる”ということ。この当たり前のことが写真にも言えることが、情けないけど、今頃気付いた。合成をやる気はないけれど、もっと自分の気分にあわせて調整していったらええと。ま、そんな単純なことだけやなくて“機材面の進化に伴って、できうる表現はどんなものか”を常日頃から意識しとかなあかんなと。6月1日、今日は“写真の日”。
(於:瀬戸内)
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学生の頃からホンマお世話になってる写真画廊へ行くのに京阪出町柳駅から歩き下鴨神社の駐車場を横切った。この駐車場、今でこそ機械化され無人になり時間貸となってるけど、二十余年前、学生の頃は、小さな小屋に番人のお爺さんがいて1日何時間止めても500円という営業スタイルやった。その頃この画廊を教えてくれた友人Tが「卒業したらこんな(=駐車場の番人)仕事に着きたいな」と言うていたのをいつも思い出す。“大志”もへっちゃくれもない話やね。結構本気で言うとったと思うんやが、卒業後、Tは東京の印刷会社を経て編集プロダクションを設立、かたわら人気ある靴の並行輸入など事業を拡大し、自社ビルを建て、別荘兼アトリエも作りの起業家になった。で、今は家業を継いでそこそこの規模の印刷会社の社長に就任、北の大地で何十人という社員とその家族を背負って頑張っている。しかも出版物も出したりと攻めの姿勢が功を奏しているみたいで…あ、勿論写真家としてもね。あの駐車場の番人になりたいと言うていたのは何だったのか。えらいわぁ。学生時代は一番“社会不適合”な学生やったと思うんやが解らんもんやねぇ。
で、画廊に着き、その話を展覧会しているH氏(作家)に話したところ「僕もそんな感じに思てましたわ」と。「ほなお前はどうやったんや?」と自問自答。わしもそうやった気が…する。それは、単に社会に出るのが怖かったって事なんか?それとも仕事テキトーに作品づくりだけを考えていたかったのか?。ま、両方やったんやろうけど、いかにもある意味“学生らしい”考えやったと思うね。今もちょっとはその頃の気持ちが解るのが…先の“今=社長”のTとはちゃうところやな。しっかりせなね。
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カメラの技術革新てすごいわけで、まぁ、ほんま何も考えんでシャッターさえ押せばきれいに撮れる。ピントとか露出の問題だけやのうて、ストロボと自然光との光量比とかも自然な感じに上手に合わせてくれる。その上デジタルでは、色温度とかトーンとかまでも…もうこうなったら「わしが撮ってるんやのうて、キヤノンの技術陣が撮ってるんやな」みたいな気分になってくるわ。
今日、久々にスナップの撮影をデジタルカメラでやった。「ホンマに写ってるんか?」な不安からは解放されたけど、撮影の現場ですぐモニタで画像を確認できるって、逆に“覚悟”が決まらんもんやなぁと感じた。
フイルムでの撮影やと「このフイルムでこうストロボ使うて、こう撮る!」と決めたら、無心で撮ることに集中できたし、そうせな前へ進まんかったんやけど、デジタルやと、カメラに搭載されてる色々なモード試してみては撮ってモニタで確認して「これもええな、このモードも捨てがたい、色調はどっちがええかいな…」等々、逆に迷ってしもうて「これや!」にたどり着きにくい。ま、ただただデジ撮の場数がまだ少ないというのもあるんやろけど。
結局、優柔不断な撮影者は、デジタル化しても現場の不安からは解放されへんもんやなぁ。いくらキヤノンの技術陣が頑張ってくれても、撮影者が技磨いても、我がのこころを鍛えんと乗り越えられん。そういうことや。
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“地盤沈下の大阪で、現像所は、わしは…”の回で触れました堀内カラーの大阪南の営業所だった建物が、早くも解体されていました。閉鎖一ヶ月でこの状態…世の中の判断、行動って早いねぇ。「どうしよどぅしょ」なわしとは大違いや。
しかし上町台地のこのあたり、建物の解体現場だらけで、いずれマンションになるんやろうけど、供給過剰にならんかね?、ここ大阪ですけど…
(追記:MBOで創業家一族が堀内株を取得し、上場廃止になる予定みたいですね。我々が思う以上に深刻なんかなぁ。ほんまは上場企業とは知らなんだわ。)
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学生の頃からお世話になっていた現像所が、今月21日で閉鎖されることになった。この現像所、堀内カラーですが、大阪はこれで1店舗だけに…大阪発祥の会社で、かつて4店舗もあったというのに。富士系列の某現像所もしかり、神戸含め5店舗あったのが、いまや1店舗だけ。これだけデジタルカメラへの移行が進むと、仕方ないとも言える。けど、ですわ、それらの系列現像所は、東京では何店舗もまだ営業してます。これは…やっぱり「もぅ大阪での仕事が激減してるんやで」ととらえるべきことなんかなぁと。大手企業本社機能の東京移転→出入りの広告代理店等も東京へ→下請けのデザイナーさんや撮影業者も東京へ…っていうことなんかなぁ。中にはそんなお客さんの動きに合わせて、船場から六本木に移転しはった居酒屋さんもあるくらいやからな。
で、もうひとつよく利用している現像所があるんですが、ここは親会社が変わり、いつのまにやら「“プロラボ”と称した“アマラボ”」に。せっせとアマチュア対象の撮影会を催しては、現像引伸の仕事を受注し、カメラも売ってはる。これはこれでひとつのやり方。お店を仕事で訪れる人と趣味で訪れる人の“温度差”に、ちょっとええ気がせんこともあるのも事実ですが、無くなってしまうよりはるかにいいわけで。でもなぁ、現像されたポジが「フジカラープリント」のDP袋に入ってるってのは、ちょっとやっぱり嫌でねぇ。その袋持ってるところは…クライアントさんには見られたくないわ。さぁ、どうやって関西で生きていこうか。悶々とした日々は…続く。
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デジタル撮影の比率が増え…気がつけば、久々のポジ整理。ポジ切りしながら「これこそが撮影後の充実感やで」と楽しんでいたものの…溜め込むとあきませんな。22本分の整理と撮影データ書きは、ちょっとうんざり気味…って、RAWデータ未処理で膨大にほったらかしといても同じことなんですけど。
しかし何ですな「現像してみな“写ってる”か“写ってない”か、わからん」というフイルムでの撮影って、何か前近代的な感じですね。「焼いてみな、わからん」という“陶芸”と同じですがな。ま、そのあたりのリスクがあるから“プロ”の撮影業が存在していたような部分もありますな。「撮影料=(技術料+)保険料」みたいなところが。まぁ「ホンマに写ってるんやろうか?」というどうしようもない不安から解放されたことは画期的な変化やし、有り難い事。ささいな現場での不安を増大させつつ持ち帰り、現像所へ行き、仕上がりまでの不安で不安で仕方なかったあの時間から解放されたんですもんね!。しかし、写真撮影業としての真価が問われる時代になったとも言える訳で「よし!やったる」という気持ち半分、「ど〜なるんやろか」な気持ち半分ってところですかね…って、ほんまは6:4で前者の気持ちの方が強いんですけど。しかしなんですわ、朝日夕日のポジ撮影の露出の決め方って本当のところ、未だにようわかりません。もっとポジ撮影で鍛えねば…と、とほっ。
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ちょっと真面目な話。
ドイツのカメラメーカー「ローライ」が、同じくドイツの「MACO」というフイルムメーカーと提携して白黒フイルムを今春発売しはったみたいです。
長期的観点に立って高品質のモノクロフィルムを中断することなく供給するーーー写真にこだわりをもった世界中のカメラマンの要望にお応えることは、長年にわたって写真の世界をリードしてきたローライの使命であると考えます。
と、そのローライフイルムのカタログに記されています。
「“会社”って…“商売”って…何の為に、誰の為にあるんやろか…」
ま、きれいごとだけでは会社は存続できないだろうし、このローライってとこも、銀塩写真にくらいついておかなければ、社の存在理由がなくなるという観点から、戦略的にフイルムの販売も手がけただけ、とも言えるのでしょうが、あまりにあの社の対応との違いが鮮明すぎて「やはり文化に対する考え方がちゃうのやろか」と思ったりします。
コニカミノルタ…。カメラメーカーでありフイルム等感光材料メーカーでもあったこの社は、あっさりと「写真部門から撤退します」とやめてしまわはったんは、この国の文化に対する態度でもあるのんかな?。
ほかにもいろいろな考えがあるでしょうが、それそれの国、それぞれの会社でそのへんの考え方は、色々なんでしょうな。ま、それでええんですけれど。
幼少の頃のおもちゃカメラを卒業して、ちゃんとしたカメラを使ったのは「コニカ」。「コニパンSS」「さくらカラーN100」で撮って、川沿いの“コスミカメラ”にD.P.E.持って行きました。店内はフェロタイプ乾燥のニオイとか酢酸のにおいが漂っていたなぁ。当時、ベレー帽冠ったエラソーな写真屋が、まま、多かったけど、このコスミカメラだけは…違った。親切丁寧…商売人さんの、そして職人の鏡やった。今の自分があるのもある意味“コッスン”と勝手に呼んでいたコスミカメラさんのお陰やと。おおきにっ…話それましたな、スンマセン。時流れ、大学生になって、初めての展覧会に快く会場を無償で貸してくれたのもコニカの「小西六ギャラリー」でした。どちらかというと柔らかめのトーンが気に入って、使っていた白黒のフイルムも「コニカパン100」。劣勢のコニカを応援しようという気分も…ありましたな。品質もそれに応えてくれていたと思います。
それが、「え?」なことがあってから、この社に対する見方が微妙に変わってきました。
ブローニー判のフイルムを使う方は解ると思いますが、撮影したフイルムを切手みたいな糊付きの紙片を舌でナメて、シールするんですが、ある時から、その糊付き紙片が、“ミント味”になりました。糊部分にミントの味が(サービスで?)着き出したのです。
ここで思ったのは「これ、イルフォード製ちゃうか?」という疑問。
英国イルフォード社のフイルムは、この紙片の糊部がミント味(最近のは無味)でしたので、こう疑ったわけで、あと、フイルムを巻いてある軸も、裏紙の質もイルフォードのものと同じ材質でした。
この件をコニカに問うたところ、なかなか認めようとせず、こちらから色々と突っ込みを入れると渋々「中身はイルフォード製です」認めたという…要するに、消費者に黙って、その内容を変えていたわけです。しかも、品質が変わり、現像時間等が違っているのに、説明の書かれたパッケージ(外箱)は昔のままのを使っていて…ちょっと信じられんですよね。
それでもまぁ、贔屓に思って、コニカの「森羅」っていうリバーサルフィルムを使ったところ、画像にシアン色だったか、点々が出る現象があって(2〜3本)、これをもってコニカに行きましたところ、乳剤の塗布不良が原因ということでしたが、それから、何ヶ月経っても、そのロットのフイルムを店頭から回収せず、売り続けてました。こんな商品店頭に並べておきながら、そのパッケージには“Professional”の文字が…(“HIGH GRADE”の間違いでした。スンマセン)その時点から、いっさいコニカ製品は使わなくなりました。
このことを思い出すと、コニカミノルタの「写真ヤメま」も当然と言えば当然の結末なんでしょうが、でも、やっぱり、どこかで寂しい思いがするんですな。先人の努力や研究に対して泥を塗り、最後には切り捨てる…会社は誰のもんなんやろうか。社員さん達の士気は保たれているんやろうか。きれいごとだけでは、まわっていかんのも解っているつもりではいますが。
(写真の日から二ヶ月目ですね)
(追:コニカミノルタのカメラもフイルムも止めてもろても、まぁ、良しとしましょう。けれど、露出計、色温度計まで止めたというのは…“潔い”とは言えないよねぇ。ユーザーという存在をどう考えてそういう決断をしたのか。まぁ、“ケンコー”が何となくよく似た両商品を商品化してくれたみたいでひと安心だけれど。)
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