看板

2019年10月14日 (月)

ピッカピカ、アサヒビールの旧看板。

 アサヒビールの旧看板を先の記事で取り上げましたが…だったらこれもってことで。
Asahibeer5  どうです?旭日マークに目がくらむほどのピカピカさ。前回のそれは木製と思われますがこれは中身は木で表面はアクリルのやつかと思われます。
 大抵のこの手のものは色が抜け表面が劣化して割れたり取れたりしてしもてますこと思うと、最近の復刻ブームに便乗した新品やないかと勘ぐって…まぁそれはないですわな。
 確かここにもあったんちゃうかなぁアーケード…というわけで調べますれば、やっぱり。昨年の強烈な台風でここ花園商店街のアーケードが大きく痛み、その後撤去された様です。どうりでピカピカ。ここまでキレイな状態で残って…やっぱりアーケード様さまですな。せっかくここまで残っているのにこれからは劣化も始まって…まぁ仕方ないこととはいえ、残念に思いますなぁ。

(於:東大阪市) 今、ラグビー風商店街に変身。近くの酒屋さんには“トライ一本!!”って清酒もあるでよ。

※関連記事:
アサヒビールの旧看板、アーケードに守られ。』 2019年10月 記
昭和なプラ看板 159 ● アサヒビール』 2018年4月 記
アーケードなくなり、アサヒの看板すっかり色あせて…』 2016年4月 記
昭和なプラ看板 22 ● アサヒビール』 2009年3月 記

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2019年10月10日 (木)

アサヒビールの旧看板、アーケードに守られ。

 大和高田駅前の商店街はアーケードがなくなってましたが、こっちは健在。その名も天神橋筋商店街。ですが大阪のそこの賑わいに比べるまでもなく人影も店舗もまばらな状態。ちと寂しい気持ちにさせられつつ廃業されたであろう食堂に残るアサヒビールの看板がありました。
Asahibeer3Asahibeer4 やっぱりよろしいなぁ…ってそのマークがええというのもありますが、劣化することなく保たれている状態でアーケードの存在がよろしいなと。ここもいずれは撤去されるのでしょうか。賑わいのなさを思うと…仕方ないのかもしれません。

(於:奈良県大和高田市) パラペットで半分隠れている丸窓もかなりええ感じ。

※関連記事:
昭和なプラ看板 159 ● アサヒビール』 2018年4月 記
アーケードなくなり、アサヒの看板すっかり色あせて…』 2016年4月 記
昭和なプラ看板 22 ● アサヒビール』 2009年3月 記

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2019年10月 6日 (日)

東大阪市に“泉北高速鉄道”のなぜ?

 過日歩いた東大阪市西部はトラック輸送の基地の様で、いろいろと物流関係の施設がありました。そんな中にこんな看板も。
Htt2  上に記された“東大阪トラックターミナル”には違和感がありませんがその下、そこに記されている“泉北高速鉄道”の文字、これが「へぇ?」って感じがしまして。東大阪市に泉北高速は走ってないし、同鉄道が貨物輸送してると聞いたこともないし…妙な感じ。
 帰宅後調べてみますれば…はぁ、そういうことか。すなわち大阪府を主体とした第三セクター、大阪府都市開発がかつて泉北高速鉄道を運営していた訳で、その会社を2014年南海電気鉄道が買収、泉北高速鉄道株式会社と社名変更し、物流事業も継承して今に至っているということです。
 その大阪府都市開発って会社がトラックターミナルを手がけていたことも知らなんだ者としてはこんな中河内の地で見る“泉北高速鉄道”の名は新鮮に映りました。知らなんだのは私だけかもしれませんけども。

(於:東大阪市) 南海は鉄道事業だけを買ったって訳やなかったのも意外。

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2019年10月 3日 (木)

キリンビールのラベル看板、阪南町一丁目角。

 阿倍野筋五丁目でバス降りて、仕事の前にさらっと探索。
Kirin  酒屋さんの壁面にキリンビールのラベルが一枚。剥げハゲながらなかなか忠実に描かれているなぁ…と思うも隠し文字の“ キ・リ・ン ”は見当たりませんな。このデザインのは40年は前のもの。夕食時に食卓で見たあれですわ。そや…そう言えば父親は昔キリン飲んでたなぁ。何でやろ…今となっては訊けん話となってしまいましたが。

(於:阿倍野区) 看板に気を取られて観察し忘れてましたけど、壁面のタイルがまたええ味わいやことで。

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2019年9月22日 (日)

日産ブラシ、うっすらふたたび。

 今日もお彼岸、雨降らんうちにと出かけますればこんな看板に遭遇。
Nissanburashi1 Nissanburashi2   消してるつもりも浮き出てますやん社名が。まぁそやからネタになるわとあっちとこっちから二枚。何度も前を通ってましたけど、全然気づかなんだなぁ。
Nissanburashi3 帰宅後気になってストリートビューで見てみますれば、ほんの一時期ここにその会社があっただけみたいで、結局この社名が記された看板は確認されませんでした。
 でもまぁ気になるし…とあれこれ調べてみますと、こんなのを見つけました。
 (一財)日本粧業会という小間物等の財団法人のサイトにある資料館という過去の業界新聞に載っていた広告、そこに日産ブラシという社名を発見。ブラシはブラシでも歯ブラシを扱う会社やったんですね。オハヨー歯ブラシもスポーツ歯ブラシも全然見たことありません。どうにももう現存しない様ですが…近年まで商いをされていたのですね。
 歯ブラシと言えば八尾の地場産業やとの認識はありましたが、それを商っている会社は南久宝寺あたりに多くあったことも初めて知りました。確かにあのあたりは小間物商の街な風情が残っています。ちなみにこの広告にある住所にこの看板があったのではありません。
 なにげに気になった看板からあれこれ知ることができて嬉しい限り。古い業界誌の記事もさることながら懐かしい広告の数々…ええもん見つけたもんです。

(於:中央区) しかしながら…微妙なマークやことで。

※関連記事:
すぴーど食堂、うっすらふたたび。』 2009年9月 記

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2019年8月30日 (金)

錆びボコながら…カギ印ソースの琺瑯看板発見

 下関市内二カ所で仕事を終え、先方のお方のご厚意で新下関駅まで送ってもらう道すがら、クルマから在来線が超ノロノロの徐行ながら運転を再開しているのが見えました。てな調子で新下関駅から山陽本線で下関駅へトロトロとろとろ向かいます。
 旅情を感じつつ…目指すは某所。2011年の記事に反応頂き、そこからFacebookでつながることになった某氏ゆかりの場所へスマホ頼りに。しかしまぁGoogleマップの素晴らしいことと言ったら…とか思いながら着いたところに、こんな看板が…
Kagijirushi1 Kagijirushi2  なんていかにも見つけた風情で記してますがじつはこれ、行く前にストリートビューで発見していたもの。あぁ、ちょっと出たとこ勝負を良しとしてるアホげスタイルではないことが悔やまれます。
 “味が自慢の”はちゃんと読めるも錆びボコすぎてちょっと痛々しい…と思いましたが、いやいやなんの、それだけの歴史を感じさせるってもんですね。“カギ印ソース”そうか…ちょっと坂を登ったこのあたりで造られているんですね。
 「ここが製造元かなぁ」と思われる建屋はあったんですがどうにも直売してるって風情もないし…ってことでその場を離れ地元のスーパーでウスターととんかつを購入しました。すぐにでも記事化したいところですが、ちょっと色々ソースの在庫を抱えてまして…ま、興味ある方は気長にお待ちください。
 「ちょっと一杯」をこの下関駅界隈でと楽しみにしていたのですけど…希望は叶えられませんでした。それこそ食べログとかで探せばええものの…これにはいまだ抵抗がありましてそれこそ視覚嗅覚でえぇお店にたどり着きたいなぁと願っていたんですが…う〜ん。地元民も観光客もどこで呑んでいるんやろかと思いつつ在来線の遅れがないか気になって新下関駅まで引き返しスシローひとり食い…日常以下の寂しい〆となってしもたのでした。

(於:山口県下関市) コンクリで完全に塗り込められていて盗難の心配なし♡。

※関連記事:
ソース 22 ▲ 下関ソース とんかつ』 2011年2月 記

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2019年8月26日 (月)

沢良宜西2-13のマルマル

 茨木市某所で仕事。モノレールに乗って…もうこれだけで小旅気分ってもんです。沢良宜駅で降りて帰りは南茨木駅まで歩きますれば、こんな一角が。
Marumaru1 Marumaru2 ナミイタ壁に看板まみれ。近年少なくなったとは言えまぁ見かける光景。きたないとも言えますけどなんとなく昔ながら感があって…とまぁ全体的にもええんですけど「あ、これ」と思ったのがこの“保険”のヤツです。
 幼少の頃、父親の運転するクルマの中から見たこの“”。あれは…いま思えば平野区か東住吉区かあたりやったと思うんですけど、どこかのビルの屋上にあったその“”が妙にこころに引っかかっていて、まぁその後何となくそれが保険の看板やと知りつつもあんまり気にも止めんといましたが、ここにも…と、ちょっと懐かしくなった次第。
 第一火災…合理化でどこかの損保に合流してるのかと調べますれば2000年に破綻してたんですね。そうか…そうなんですね。調べてスッキリしたのかどうなんか…

(於:茨木市) 夏の終わりやから余計にしんみりしてしもた気もする。

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2019年8月11日 (日)

ライオンかとりの看板、ナミイタ代わりかも。

 お盆前にお墓参り。走り慣れた道で信号待ち。ライオンかとりの琺瑯看板、昔からあった様に思うももひとつ記憶定かにあらずで「ちょっと撮っといて」とお子にカメラ渡しますれば…こんな感じに。
Lionkatori  何げに写ってはるお兄さんと某政党のポスターがええ味出してくれてからに…普通ながらどことなくええ感じ。で、気になったのはこの看板が看板としてそこにあるのか、ナミイタ代わりとして打ち付けられているのかが微妙やなぁと思いまして。ま、これ以上詮索するのは無粋ってことでお子に感謝。以上。

(於:京都府宇治市) ホンマは建物ごと味ありすぎ物件なんですけど。

※関連記事:
生野区に残る昔な街角。』 2011年8月 記
むかし舎利寺町2、いま舎利寺1。』 2010年11月 記
ライオンは○、金鳥は×…らしい。』 2010年1月 記

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2019年8月 6日 (火)

一品料理とすし

 関西本線は志紀駅で降りて、そこから仕事の現場へ。八尾市に1957年に編入されるまでの志紀町の中心あたりと思われるあたりを少し探索。やはり旧村な佇まいが残っていて落ち着いた風情。そんな町の一角にこんな看板残されていました。
1pinsushi1 1pinsushi2  仕出し屋さんの看板でしょうか。屋号も記されていない簡素な看板ながらどことなく惹かれる要素があって…って木やナミイタの壁、雨樋なんかとの関係性がええなと思わせる要素があるんでしょうな。
 ストリートビューで過去を見てみますと近年までこの地に食堂があった様ですが、この看板との関連性はわかりませんでした。

(於:八尾市) 駅からタクシーで現場へと車に向かうと目の前で走り去って…そういうこっちゃねん。

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2019年8月 1日 (木)

博多ではカバンのことバックって言うんかね

 旅の最終日ははとバスみたいな天井のないバス乗ったりして福岡市内の観光。どこもかしこも暑々で…あぁやっぱり夏の旅は避暑地に限るわいなって感じ。最後に以前の様に船から博多を、と思ってましたけど、これが潮の満ち引きの関係で運休。歩いて歩いて乗船場までたどり着いたのに…一気に疲れて今度は路線バス乗りますれば「ここは京都か?」って混み具合。難儀しつつ外の景色見よと窓に目をやりますればこんな啓蒙シールがガラスに。
Hittakuri  バッって…バッでっしゃろとまぁ、それだけのこと。ちょいちょい見る様に思いますけどこれが公共の団体の媒体にしてバックってのが珍しいなと思いまして。
 で、そや…以前もこんなネタあったなと過去記事探しますれば、それもやっぱり福岡は博多での発見。そうか…博多弁ではかばんのこと“バック”って言うんですな、うん…ってたった2つのサンプルで決めたらあきませんけど。

(於:福岡県福岡市) 「リアル博多弁聞きたかったなぁ…」 とお子。って普通お店の人は方言喋らんって大阪でも。

※関連記事:
“バッグ”と“バック”、どっちなん?』 2010年8月 記
“わたしもマイバック!”なぁ』 2010年3月 記
バッグとバック…まぁええけど。』 2008年4月 記

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