懐かし…

2017年9月 9日 (土)

初秋は午前9時の文化住宅

 茶の湯の稽古。上六から電車乗るもええ電車なし。駅で待つのもあほらしいと高安駅から歩いて歩いて。爽やかな初秋の朝…のはずが、汗々。途中、昔から見る文化住宅の一角行きますと朝の光に照らされて秋晴れの空の元、ええ感じ。
1709090902 1709090903  正面から見るとまぁそんなもんなんですけど、裏から見ますとこれまた違った見え方がするもんです。中でもやっぱりいちばん惹かれるのが臭気筒。数えますれば全部で12本。そうか…ここは12戸の集合住宅やったんですね。
 各戸に見えるエアコンの室外機も屋根のアンテナも生活感を演出する必須アイテム。プロパンのガスボンベが小屋に収納されているのがちょっと残念ではあります。
…ってまぁこっちは勝手に他人の日常を想像して楽しんでるだけで余計なお世話ですな。こういう景色も知らん間に少なくなりました。

(於:八尾市) アンテナの数8戸分だけ。これも時代か。あ、サンテレビ向きもあるで。

※関連記事:
H型煙突に臭気筒…昭和な長屋裏の光景。』 2017年6月 記
門真市宮野町の文化住宅午前9時57分。』 2017年5月 記
店舗付文化』 2014年10月 記

六角形の意匠付きの文化住宅』 2014年1月 記
文化住宅かアパートの裏面…青空残る夏至+1日の夕景。』 2012年6月 記
文化住宅も半世紀経って…』 2012年3月 記
文化住宅と物干し台とドブ川。』 2010年11月 記
ミゼットと文化住宅、調和してる。』 2010年2月 記

保存

保存

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年9月 7日 (木)

“淀川区役所”のバス停看板、うっすら“八尾福祉センター前”。

 淀川区は西中島で仕事。
Yfcm1 Yfcm2  仕事終え、西中島南方駅へ向かう途中にバス停が。行先見れば大阪駅前。これは乗るしかないわと41系統に乗車。馴染みないところをバスで行く…車窓からの景色も新鮮。途中から細い道へ入って行っますますええ感じ。“淀川区役所”というバス停より車椅子のお方乗車。少し長めの停車時間にバス停の表示板見れば…うっすら“Yao”の文字が。よく見ると“Yaofukushi Center-mae”。読みにくい漢字部分にも“八尾福祉センター前”とあります。わぁ、こんなところで再会するとは。
 八尾在住だった頃、近鉄の電車賃ケチっておおよそ70分に1本走っていた“近鉄八尾駅前⇔平野駅前”という大阪市交通局9A系統のバスに乗って大阪市内入りしていたのですが、そこで使われていたアルミ板がずいぶん離れたところで再利用されていたんですね。
 その後“八尾福祉センター前”バス停はアクリルの立体看板になった後、2014年に路線ごと廃止。その前に八尾から離れて乗ることもなくなっていましたが、やはり八尾市から大阪市バスがなくなったというのはさみしく思ったもんです。余談ですがこの路線ができた経緯は、大阪市のゴミ焼却場を八尾に建設したその見返りと小学校の授業で習ったのですが…記憶違いかもしれません。
 大阪市バスのバス停サインポールの再利用は、割とあちこちで見かけはしますが、ちょっと昔に車窓からよく見ていた物件を不意に目にしたので記事化させてもらいました。

(於:淀川区) “地下鉄⇔市バス乗継割引”は、地下鉄民営化でどうなるんやろ?

※参考記事:
【廃止になりました】唯一八尾市へ路線を伸ばす大阪市バス・9A号系統
パイン味のアメいかがですか~ ぶるーばーどさんのブログ

保存

保存

保存

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年8月28日 (月)

とよた牛乳の牛乳箱

 羽曳野は昔よりそれなりに馴染みあるところ。ですがこれには全然気づきませんでした。
Toyonyu1 Toyonyu2
 過日仕事で羽曳野市某所へ。待ち合わせの近鉄は古市駅界隈を探索しますれば、“とよた牛乳”と書かれた牛乳箱がひとつ。電話番号に“阪南”の文字…これはここら辺の局番名ですね。
 で、電話番号から調べていきますとこのとよた牛乳さんはまさしくこのあたり、羽曳野市誉田1丁目に存在した様です。
 漂流乳業さんのサイトにある“全国乳業年鑑・昭和37年版”を見ると“豊田牧場牛乳処理場”が正式名称の様で、ゴエモン△さんのブログ“牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西)”の“豊田牧場の牛乳箱”の記事によると“昭和39年に自家処理をやめ、片岡牛乳の販売店に転身”と説明されています。
 屋外とは言え軒下というシチュエーションのお陰か美しい状態で残っていますね。半世紀以上ここにあるとは思えません。まぁ50年って、じつはたいしたことない歳月なのかもしれんなぁと最近感じる様になりましたが、世の中の激変を思うと…やっぱり残っていることは奇跡的なことですね。

(於:羽曳野市) “ト”が4つ、中に“田”で“とよた”…昔ながらな定番マーク。

※参考記事(以下のブログを参考にさせて頂きました。有り難うございます。)
豊田牧場の牛乳箱牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西) 
ゴエモン△さんのブログ
全国乳業年鑑・昭和37年版漂流乳業さんのサイト

※関連記事:
泉南牛乳の牛乳箱 2』 2017年5月 記
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2017年5月 記

保存

保存

保存

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年8月17日 (木)

たばこ屋の隅でセンター大村崑

 羽曳野市某所で仕事。近鉄は松原駅前からクルマに乗せてもらい現地に向かう途中ふと目に入った大村崑さん。
Oishiidesuyo1 Oishiidesuyo2  「ちょっと止めて」とも言えず駅で解散後改めて出向くと…やっぱりええ感じ。看板自体の味わいもさることながら、何となくそこにありそうにないそのシチュエーションにして“取って付けた感”がないところがええんでしょうな。崑ちゃんを中心に公衆電話やら牛乳箱やら自販機たばこの文字と全部で独特の雰囲気を醸し出していますわ。
 まぁオロナミンCの看板自体のことはそれはそれはあっちこっちでいっぱい語られてることでしょうから割愛…と思いましたけど、看板左下の“巨人の星”見ると…あぁまさしく幼少期の記憶が蘇ってきまして。卵と混ぜて“オロナミンセーキ”…YouTubeにもCMいっぱいありますけどそれ見ると50年前にして120って…さすが大塚!って思ったり。いや何となく、はい。
 看板の詳細は兵庫県在住の主婦安部さんによる素晴らしいサイト“お散歩 Photo Album”の“飲料2 オロナミンC”に詳しく記されています。

(於:松原市) 崑ちゃん“いいとも!”出演時、手土産にオロCさげてはった…

※関連記事:
すりガラス越しにこっち見てはる大村崑』 2015年4月 記
浪花千栄崑さん…』 2014年8月 記

保存

保存

保存

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年7月23日 (日)

懐かしのトンガリ文字

 京都の人と打ち合わせ…ってことで相寄り高槻へ。高槻って思いの外ひと多い賑やかなところで同じ様なコーヒー店も隣向かいにあってへぇーって感じ。ま、それはよろしいか。仕事終えて商店街を行きますれば…うわぁ懐かしい感じ。
Osakanoen1 Osakanoen2
 「ほなどこで見たことあるん?」と問われれば思い出せんものの、確実に半世紀ほど前には割とそこここにあった書体の様に思うのですが、どうでしょ?
 “株式会社”まで同一の書体。その徹底ぶりも昔のスタイル。堂々の社名と相まってよろしいなぁ。
 日曜定休ってことで撮ることができてよかったヨカッタ。この社名ですからてっきり肥料や種苗のお店かと思っていましたらどうやらお花屋さんの様。開いてるときに見るともっとこの社名に書体が映えることでしょうな。

(於:高槻市) CupNoodle”の書体は色褪せんなぁ…と思ってましたけど、よく見ると’70年代全開かも。

※関連記事:
可愛ぃ懐かし葉っぱ文字』 2011年9月 記

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年7月22日 (土)

東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。 2

 カラーテレビが売りの、ラジオ店。
Esper4
 ここは和歌山。一応屋号の一部にモザイク入れるも熊楠通ならすぐわかりますか。
 ま、それはともかくずっともひとつな話題が近年続く東芝、そのお店がすっかり昔な風情としてそこにあるのがちょっとさみしい気がします。知らんうちに白物家電は“東芝”と名がつくも中国系企業のモンになっているし…なんかシャープ以上に親しみも馴染みもない原発な会社になって…どうなっていくんでしょう。
Esper5 Esper6
 シャッターにはご存知(?)“光速エスパー”。2年前の記事でもやはり和歌山で東芝のお店にあるエスパーのこと取り上げましたけど、見比べてみると、かなりキャラが違う様に思います。描かれた時代が違うのか、それとも看板屋さんによって仕上がりがまちまちで、それが許されていたってことなんでしょうか。いずれにせよそんな緩さがオッケーな方が…味ありますな。
 プラ看板も落ち、すっかり店じまいされても健気に客引き…頭が下がりますなぁ。エスパーの思い、経営陣はどう考えてはるでしょうな…とか何とか。

(於:和歌山県紀の川市) “オ”と“店”の間に何入る?“な”とか…って、プラが左ズレしてるだけか。

※関連記事:
東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。』 2015年7月 記

保存

保存

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年7月 8日 (土)

親切な落書き

 恒例の桃買いに紀の川市は桃山町に…ではありましたが、例年より遅れているのかはよ行き過ぎたのかこれといった収穫なし(=売ってはいましたで)。ついでにめっけもん広場行って味醂買いに醸造元へとクルマ走らせてますれば、農村部によく見るブリキの小屋が。
Nakaebi1
 通り過ぎるその時「ん?」と気になって戻りますれば、やっぱりちょっと変。
Nakaebi3 Nakaebi2
 なにが“変”ってほれ、見ての通り錆びサビのブリキ看板の上に“ナカノ”とスプレーで記してあるところ。あぁなるほど、この看板は現存店そそれで「肝心の屋号が見えんでは意味ないやん」と店主、近年書き直しはったんですな。帰宅後調べてますれば…やっぱり。かつらぎ町笠田東に現存するナカノ時計メガネ店さんでした。
 見立て当たって喜んで画像よく見たら隣の看板にも“えびすや”のスプレー文字。これは…なんやいたずらというか…落書きやったんか。ちと落胆。
 ほなこっちも調べてみましょうと看板にある“えびすや”に電話番号なんかで検索しますれば…あったあったこっちも。こちらは橋本市高野口町に現存するベビー用品、子供服屋さん。ただメイン屋号を“ぽこあぽこ”としてはるみたいなんでどうせならこの落書き野郎も“ぽこあぽこ”と記してほしいところですな。そうしたら…落書きながら、もっと感謝されたであろうに。
 で、そうそう、この“えびすや”さんの看板、これに描かれた絵が…たまらんえんです。
Ebisuya
 手前にある電気設備と電柱でほとんど正面から見ることができませんでしたが、まぁ何とか撮れました。全体的にもええ感じですがその…母子、子供たち、鯉のぼり、雛人形、それぞれの絵のタッチが全くバラバラなところもええなと。これは…あちこちの画集なんかから引っ張ってきたってこと…?
 それぞれええですけど、やっぱり子供たちのがいちばんですか。特に右端ふたり。ぼくちゃんにお嬢ちゃんがちょっかい出してるんですかね。
 琺瑯看板もよいですけど、ブリキ看板の儚さもまた格別。ホンマは屋号書き直しの落書きもなかった方が…ええんですけどね。

(於:和歌山県紀の川市江川中 しかし何でこんな落書きを…犯罪を正当化する逃げ道か。

保存

保存

保存

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年7月 7日 (金)

姿隠して由美かおるさん、ドラム缶と共に余生を。

 木の実の畑の片隅に錆びたドラム缶ひとつ。缶切りで開口したかの様その姿に一枚のフタ。なんか見覚えありまっせ。
Yumikaoru1 Yumikaoru2
 遠目に見て「あれやな」と思うも写真に撮ってわかってナンボ。ずっと手前に渡してある板で川越え細い川淵歩いてドヤっと腕伸ばして一枚二枚。
 確かにフタとしてちょうどええ大きさではありますけど…なんとも言えませんなぁ。また肝心の顔の部分が重しの瓦で覆われて…現場のままがイチバン、そのままで撮りました。
 ちょっとさみしいかも…と思いましたけど、オークションなんかで何千円という値をつけて売買されているよりずっと微笑ましい光景かと思えてきました。ですからこの記事読んだ人も盗りにいったりせんといてくださいます様お願い致します。ここでフタとしてドラム缶と共に余生を過ごしている図でこそ、値打ちあるってもんです。

(於:和歌山県紀の川市貴志川町 風情あると思うもあんまり使わん様になったわ蚊取り線香。

保存

保存

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年6月28日 (水)

H型煙突に臭気筒…昭和な長屋裏の光景。

 細い路地行きますと、そこは昭和な長屋裏。赤茶の屋根瓦に錆びサビナミイタが、時代を感じさせます。
Urate2 Urate1
 そして何よりこの型のブリキの煙突、そして臭気筒。電気式なのが残念ではありますがやや斜めになって落ちそうなところが何とも味わいを醸し出してます。
 いつの頃からこういうモノを見かけなくなったのでしょうか。煙突は風呂釜の、臭気筒は言わずと知れた汲み取り式便所のそれですから、湯沸かし器(ボイラ)が普及し、下水道が完備された頃までの話でしょうか。風呂釜に種火点いていて沸かす時“ボンっ!”と小さな爆発音…あぁ懐かしなぁ。いま思い出しました。便所の諸々の思い出は…割愛しときますか。
Urate3 Urate4  てな感じで幼少の頃を思い出しながら歩いていますとこんな建物が。これまたシャッターが錆びサビでええ味わい。そこに記されるのは“シャワー”に“だき”、貼り紙の下には“ガス風呂釜”…文化的な生活にあこがれがあった時代の必須アイテムのひとつがシャワーなり内風呂やったんですね。
 これら見てええなぁ懐かしいなぁと思った訳ですが、ガスが普及し内風呂が当たり前になり…そして風呂屋さんが立ち行かなくなったんやなぁと思うとなんとも“懐かしなぁ”と見てられん様な気分になってきました。まぁ…かつての様な生活に戻れる訳もないんですが、ね。

(於:羽曳野市) 入浴料、確か小人18円やったと記憶するけど…どやったかなぁ。

※関連記事:
懐かしの臭気筒。』  2011年11月 記

保存

保存

保存

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年6月18日 (日)

上 六 セ ン タ ー ビ ル

 過日、谷町九丁目駅は6番出口で待ち合わせ。階段上がったらそこはビルの入口。
Ue6cb1
 振り返って見ますれば…なんか懐かしい感じ。

“  上  六  セ  ン  タ  ー  ビ  ル  ”

 書体もそうですけど、この字と字の間隔がそう感じさせる要素かもしれません。名に付く“センター”の鮮度の落ちた英語、“上六”も…何なんでしょ、きょうびはどこかマイナーな響き。“上本町”とか、となりの“谷九”が幅を利かせてるからでしょうかね。
 千日前通を向くと、案内看板がこんな感じ。
Ue6cb2 Ue6cb3
 これもまた懐かしさが染み出しています。同じゴシックでも時代で雰囲気が違うもんです。ま、それより“123丁目”に“89丁目”って、すごく広い町なんですなぁ…とかなんとか。“住宅公団”は“UR都市機構”に、“上汐町”は“上汐”、“東平野町”は“東平”と…ちょっとその役目を半分終えてるかなって感じ。ちなみに“上六センタービル”と“西上汐アパート”は同じ建物の様です。

(於:中央区) 谷九〜上六あたりの地下って案外懐かし物件ある様子。

※関連記事:
谷九の“地下商店街”』 2011年2月 記

保存

保存

保存

| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧