懐かし…

2019年2月17日 (日)

Oh!チェリー “これが世界の味だ”

 きっとまだあることかと。二年前に見た看板。
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 若い衆にはもひとつ何の看板かわからんのやないでしょうか。“これが世界の味だ”の吹き出しの形が示している如くでこれ、タバコの看板。そのキャッチコピーに“Oh!チェリー”…いかにも昭和40年代的って感じに思いますが、どうでしょう。
 調べますれば初代は1904年誕生で戦中は敵性語ってことで“櫻”と名乗っていたとか。いかにも古くっさい名前やなと思ってましたけど、そこまで古いブランドとはって感じ。
 “世界の味”…そう言えば昭和の終わり頃、“世界のうまさになりました”ってサッポロビールがニューヨークで飲まれているシーンとかCMで流してましたけど…あれホンマやったんでしょうかね。まぁまだまだ日本市場だけで何とかなっていた時代の胡散臭いフレーズやった様な気がしまんな。

(於:豊中市) 昔、細野晴臣さんがチェリー吸ってる写真見て真似たなぁ…キュン。

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2019年1月29日 (火)

川並牧場の牛乳箱

 飛び出し坊やの顔出し看板見たあとは、目的地に向かって集落を散策。「ここかなぁ」と思ったところになんとも言えん味わい増しましの牛乳箱を発見。
Kawanami1 Kawanami2 Kawanami3 Kawanami4  もう何て書いてあるんかもわからんくらいに劣化して…でもそれも味のうち。ですがそれだけではわからんなということで保存状態のよい同じ牛乳箱を見つけましたのでこっちも載せておきましょう。
 川並牧場…いつも通り漂流乳業さんのサイト“川並牛乳”によりますとこの“川並”は旧・五個荘町石塚あたりの旧地名とのこと。平成20年という割と近年まで営業されていた様です。
 “搾りたての弊の牛乳”…そうか、昔は乳業界はこの表現の様に個人店のあきないやったってことですね。まぁどんな業界も小規模なところが淘汰されて、効率を考えたらそうなるんでしょうけど、やっぱり味気ないですわ。
 “電話(石塚)六番”ってこの頃この地区に9軒以下しか電話を引いてなかったってことでしょうね。それ思うと、かなり昔の牛乳箱なんでしょう。もう使われなくなっても景観にすっかり溶け込んで…ずっとこのままあり続けてほしいもんです。

(於:滋賀県東近江市) “有線二○一○”って何やろ?

※関連記事:
松野牧場の牛乳箱』 2018年6月 記
中野牛乳の牛乳箱』 2018年5月 記
八幡牛乳の牛乳箱』 2018年3月 記
古澤牛乳の牛乳箱』 2017年11月 記
とよた牛乳の牛乳箱』 2017年8月 記
泉南牛乳の牛乳箱 2』 2017年5月 記
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2007年9月 記

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2019年1月22日 (火)

振り返ればそこは昭和30年代…風

 今里筋線は井高野駅で降りて…今月2度目となるここらでの仕事。細長い公園を行きつつ低い送電線の鉄塔が気になって振り返りますれば…いきなり昭和30年代にタイムスリップ。
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 いやいやもちろん平成31年の光景ですけどね、何なんでしょ、そう感じさせる景色やなぁと思いまして。
 先に触れた低い鉄塔とか比較的低い市営住宅がそう感じさせるのでしょうかね。ま、誰も遊んでないすべり台もそんな気分にさせる要素かな。どことなく春近しな光まわりの12時47分の図。

(於:東淀川区) ソフトフォーカスかけたらばっちりやろな、せんけど。

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2019年1月12日 (土)

寿町三丁目案内掲示板

 ちょうど2年前に撮った写真から。
Kotobukicho3a  最近はてっきり切り文字(カッティングシート)の看板に取って変わってしもたこの手の看板。まだちょいちょいペンキで手描きのをみることがあるもののそのほとんどが錆びサビでもうほっとかれている様な状態です。引っ越してしもた家もあるかと思うともう役立たずな存在とも言えますが、味わい残していてよろしいですな。そしてやっぱり広告入りが時代がかっていて…ええ味出してますわ。
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 引いてみるとちょっとナナメって危うい感じでこれもよし。寄って見れば魚料理屋さんと思われる広告がひときは目立ってええ感じ。広告主が変わっては描き変えてかつての広告が消えきれてなくて…その曖昧さこそが、味わいなんでしょうな。

(於:富田林市) 個人情報に厳しい昨今、ますますこの手の看板は見かけなるなるかも。

※関連記事:
駅前にあった付近の案内看板に思うあれこれ。』 2012年9月 記

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2018年12月28日 (金)

火事は一一九番 警察は一一〇番 へ

 「火の用心」 カンカン。
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 この時期になったら詰所つくって夜には数人集まって警戒まわりはる…掛け声に拍子木の乾いた音色が夜空に響いて“あぁ歳末やなぁ”って感じ。
 なんて記しながらえぇ、今年は耳にしたかなぁ。詰所はあるも…その時間出かけてたのか締め切った部屋でテレビ見てたら聞こえなんだんか。夜鳴きそば同様、前時代的な音風景となったもんです。
 ってこの写真とほとんど関係ないことでしたね。ちょっとこんな琺瑯看板がこれまた懐かしい木製の電信柱に付けられていてそれが錆サビとあって…ま、それだけ。“明日香村”で見たのが余計にしっくりきたんでしょうかね。
 で、あれっ。“火事は一一九番 警察は一一〇番へ”ってちょっと変。“火事”には“犯罪”とか“事故”でしょ。同様に“警察”には“消防”…あ、いちゃもんつけてますな。

(於:奈良県明日香村) ストリートビュー見れば下半分にボカシ入ってる…過去のも

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2018年12月 6日 (木)

初代“ニチイ”の看板残ってる…

 尼崎某所で仕事。阪神は杭瀬の駅降りて、往時は賑わっていたであろうひと気のない商店街を北へ。寂しいやら懐かしいやら…複雑な気分で歩きはじめますれば、わっ、何十年ぶりでしょう。
Nichiichain1 Nichiichain2  「あ、ニチイの看板が残ってるで」の発言に「それ何ですか、ニチイ学館?」と30代。「サティとかマイカルの前の名前や」と説明するももひとつピンとこないみたいで…そうなんか。
 以前“ニチイ”のマークとロゴが残る壁。という記事で二代目のそれを載せましたが…うん、やっぱりニチイと言えばこの初代のヤツですわ。三重丸(?)にオリーブみたいなもんくわえたハト…これこれ。前の記事とも重複しますがこの鳩マークはニチイの前身のひとつ“セルフハトヤ”から来ているそうで、“ニチイ”の由来は“日本はひとつ”の理念転じて“料”からニチイにしたとのことでした(wikiによる)。
 しかしまぁ何と懐かしいことか。“チェーン”も“”も妙に味わいがありますわ。ちなみにこのマークにロゴは1979年まで使われていたとのことですが…そうか、案外激古でもないんですね。ニチイも、そしてダイエーもイオン化してしもて…そんな時代になるとは思いもしてませんでした。

(於:兵庫県尼崎市) 開店率数%にして商店街には随所にエアコンが…

※関連記事:

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2018年10月28日 (日)

寺内町の寂びた一角

 富田林の寺内町ネタ、最後にこれいっときましょか。
Sabi
 どうです、この一角。なんとも言えん寂びた感じがええなぁと思いまして。生活が感じられる様などこかで時間が止まってしまった様な…思わず立ち止まりました。
 石垣にシダ、板壁に格子の引き戸がええなと思うのは当然のこと、くたびれたナミイタやら踏み台にされたコンクリブロック、これがええ隠し味になっていて、初めてやのに懐かしい気分になって落ち着きますわ。
 ここら一帯は本当に美しい寺内町として整備されていてそこ行けばほんと清々しい気分になります。だからこそこういう一角にたまらん安堵感を覚えるのでしょう。どこかで補修が必要な時期が来るのは理解するものの、寂びていく魅力も捨てがたいもんですな。

(於:富田林市) 真っ白な漆喰も良し、落ちてしもても良し…はよそモンの見方やな。

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2018年10月20日 (土)

月桂冠と井桁のタイル

 ちょっと珍しいタイルを見つけました。
Soukanigeta1 Soukanigeta2  月桂冠(たぶん)に井桁…こういう既製品があったんでしょうかね。
 色合い的には合ってますけど、何となく洋風と和風が溶け込んでない気がしますけど、そこがええんかもしれません。
 元々あきないをされていたのでしょうがまぁ今はご覧のとおり。洋っぽくて和…やっぱりタバコ屋さんって線がいちばん考えられますか。“いこい”とかまでのタバコのイメージの話ですが。月桂冠の意匠やから酒屋…はたぶんないでしょう。近くに酒屋さんがありましたから。

(於:奈良県王寺町) 思えば“月桂冠”って思い切った酒名にしたもんでっせ。
※関連記事:
空堀商店街にあるタイル壁と石碑の一角。』 2012年2月 記

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2018年10月14日 (日)

錆サビブリキ看板にうっすらロッテのガムふたつ

 経年変化かナナメに立つ小屋にお約束通りブリキ看板いくつか。中に一枚、ええ味わいのがありまっせ。
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 “JUICY&FRESH”は知るも“JUICY MINT”は…記憶にありませんわ。もうひとつのはちょっと不鮮明で判りづらいですけどGREENガムですかいな。
 ロッテのガムではジューシーフレッシュ、コーヒー、スペアミントが好きでしたけどどれも廃盤。ジンタンの“うめぼし”ガムとかハリスの“チューイングBON”も…ってどれも古い話やことで。
 先のニュースでグリコがガムの製造から撤退というのがありました。何でもガムは2004年が売り上げのピークで今はほぼ半減とか。そう言えば数年前からフリスクとかミンティアやわみんな…ってそれも最近あんまり見かけん気がすると思えばグミの台頭も…ってことらしいですが、見かけんなぁ。仕事の合間にグミ…食べるんですかねきょうびは。それ思うと今だにガムな自分ってすっかり時代から取り残されているってことですか。知らなんだ。

(於:奈良県王寺町) “野球は巨人、ガムはロッテ”ってコピーのCMがあったな。

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2018年10月12日 (金)

テント飛んだら“平凡食堂”

 先の台風でテント飛んだら…
Heishoku1 Heishoku2  上六…上本町六丁目もここ何十年で昔ながらな風情がほんとなくなりました。ですがコロッケも人気の精肉屋さんやら中華料理店は今も昔も基本マンマやなぁって感じでひそかに気に入っていましたが、先の台風でお肉屋さんは半壊に近い状態(ちょっと大袈裟?)で今も休業中。で、中華屋さんの方はテントが飛んで、モルタルむき出しに。
 それだけならまぁ“気の毒なことやなぁ”なんですが見ての通り、そこに記された文字が…ええなぁと。

 “平凡食堂

 このご時世にこの屋号ならちょっと“何を時代がかった風にしやがって”ですけど、これは…昭和も昭和、1960年代って感じです。そうか…昔々はこんな屋号やったんですね。“平凡”、何とも奥ゆかしいその響き…よろしいなぁ。
 とまぁ他人事やから急に現れた懐かし物件をただただ愛でてたらええ訳ですけど…あっちもこっちもいまだかなり大変な状態のまま。大雨に地震に大風に…平成はなかなかすんなり終わりそうにないなぁなどと思いつつ、天災は底を打ったやろと楽観的思う自分もいたり…勝手なもんです。

(於:天王寺区) ハイハイタウンは…ビルにあっても独特の“戦後感”が漂ってる気がする。

※関連記事:
難波宮、台風の爪痕。』 2018年9月 記

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