懐かし…

2017年5月18日 (木)

泉南牛乳の牛乳箱 2

 南海は春木駅、仕事で待ち合わせ。何かありそでないなぁ…って前も思ったところ。諦めかけつつ細道通り駅に向かいますれば…また今日もあれに。
Sukoboshi1 Sukoboshi2
 たびたび牛乳箱ってのもどうかとおもいつつもやっぱりこれはスルーするわけにいきませんわと1枚2枚。
 “泉南牛乳”…これは現“新泉牛乳”でおなじみ泉南乳業が“泉南牛乳処理”と名乗っていた頃のもの。商標を“泉南”から“新泉”にスイッチし社名を変え、堺に工場を新造したのが昭和36年ということですから、これは60年ほど前からここにあるということですね…と記しつつ玄関下をよく見たら、明治の今日的牛乳箱が置かれてますわ。あぁ…そうか、コイツはもうこのお宅、この路地の雰囲気づくりとしての余生を過ごしてるってことですか。やっぱりと思いつつもやっぱり残念に思います。
 で、この牛乳箱、“販賣店”の下に“須古星牛乳店”とあります。“須古星”…ここら泉州の珍しい苗字とか。読みは“スコボシ”…まぁ、そのままですね。

(於:岸和田市) やっぱり路地にはなんぞあるわ。

※関連記事:
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2017年5月 記

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2017年5月17日 (水)

宅地裏の水路に残された石板の橋。

 このシチュエーション、ちょっと妙。
Bridgestone1 Bridgestone2  田畑の畦道沿いの用水路に時折見かける石板渡しただけの橋ですけど、コンクリで水路も道も覆われている状態にあるというのは面白いなぁと思って。
 田畑の中を小川が流れ、畦道にはタンポポなんかが咲き、カエルがケロケロメダカがスイスイ…農地の宅地化が進んだ結果、石橋だけが昔のまんまと想像すると、何とも言えん寂しい気持ちがこみ上げてきますわ…って、奇跡的に石橋だけ残ったこの状態を良しとしましょうか。意図的な保存と思えんところがこの上なくええなぁと思います。

(於:堺市東区) 八尾の山麓部にもええ石橋あったも、コンクリのに置き換えられた…

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2017年5月13日 (土)

“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱

 防火水槽にすっかり気を取られていて、この存在に全く気付いていませんでした。
Kasai1 Kasai2
 近鉄は郡山駅から南へ歩いて仕事の現場へ行く道すがら、こんなヤツを発見。そこは先の記事防火水槽 184 ■ 奈良県大和郡山市柳6-46と同じ建物。やっぱりあるべきところにはあるもんで。
 爽やかな空色にはためく日の丸、よろしいなぁ。もうこのマークだけで充分楽しい気分になります。“日の丸牛乳”の字は読めるも真ん中にある社名と思われる部分は判読不能。ちと残念。調べますればここには“笠井牧場”と記されている様です。
 漂流乳業さんのサイトによると笠井牧場は大和郡山市にあり昭和40年代に廃業ののち移転、明治牛乳販売店として営業されていたとか。元々は近鉄郡山駅あたりにあった様で地図で見ますとそのあたりに“日の丸薬局”というのがあります。なんらかの関係がある様にも思いますがたまたまかもしれません、はい。

(於:奈良県大和郡山市) 手前の草がこれまたええ仕事してるのか邪魔してるのか…

※参考記事:
日の丸牛乳漂流乳業さんのサイト

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2017年5月12日 (金)

“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。

 キャッチフレーズがええなぁ。
Mikuni1 Mikuni2
 南海は羽衣駅降りて少し行くとそこは細い道が入り組む旧村っぽい一角。そこにいかにもありそうな牛乳箱がひとつ。そのハゲ具合もええ感じですが横に記されたコトバがいかにも昭和な感じ。

“山は冨士 乳は三國”

 “ホモゲ牛乳”ももちろんのこと、“綜合ビタミン入”、これもまたよろしいなぁ。プラッシーとかビタミン強化米、あと味噌にもビタミン入ってのがあったあの頃の世相が感じられます。
Mikuni3 Mikuni4
 三國牛乳…調べますれば堺市中三国ヶ丘町にあった三国乳業のものとか。昭和36年に明治乳業と技術提携とあり、その後は明治ブランドの製造を手がけてはったみたいですが、その後廃業された様です。
 しかしながら街並、家屋とじつに調和してええ雰囲気を醸し出してますなぁ。これ見てホッとしにわざわざ行きたいと思わせるもんがありました…ってそんなことしませんけども。

(於:高石市) その昔は“ビタミンくさい”って表現があったな食べもんに対して。

※参考記事(以下のブログを参考にさせて頂きました)
三国乳業の牛乳箱牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西)  ゴエモン△さんのブログ
【大阪府/27-61】三国乳業・明治乳業住吉工場・近畿乳酸菌飲料事業協同組合・カルピス食品工業大阪工場
牛乳キャップ収集家の活動ブログ Milk Cap Archive
kazagasiraさんのブログ

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2017年5月11日 (木)

クロバー牛乳の牛乳箱

 うっすら記憶に残る気がするも、生まれたときにはすでに消滅していたブランドやった様で。
Clover1 Clover2
 橿原市の昔ながらな家屋に佇む牛乳箱、黄色で目立つもかなり色褪せ同じく渋めに褪せたポストと住所も読めん錆びサビ町名看板と適度に距離おきつつ3つでええ余生を送ってるって感じ。
 ブランド見れば“クロバー牛乳”。横のフタ部分には“クロバーバター”とあるところを見ると、総合乳製品メーカーだった様子。調べますとこのクロバー、昭和25年から33年まで、わずか8年しか存在しなかった会社で元々は“雪印”、結局また“雪印”と一緒になったとのこと。つまり過度集中排除法 で分割されるもまた元通りに戻れたということの様です。
 60年ほど前にわずか8年だけ存在した会社の牛乳箱がいまだここに残る…この3つの中で長老かと思いますが、いまだいちばん目立って元気。これからもずっとこのまま…かな。ちなみに下に記された“小川販売所”は、どうやら雪印メグミルクの販売店として現存する様なので、箱はクロバーのままながら現役なのかもしれません。

(於:奈良県橿原市) よく見るまで“クロバー牛乳”やと思てた。

※参考記事:
クロバー牛乳の派生~分裂した商標漂流乳業さんのサイト
(どのページもかなり詳しく調べられている素晴らしいサイトです)

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2017年5月 8日 (月)

赤電話、これより350M。

 のどかな飛鳥に立つ電信柱、見上げれば夕日に照らされうっすら染まる日焼けした看板。ペンキがはげてるその様子もまた鄙びたこの地にすっかり馴染んでるって感じ。
350m1 350m2
 「何の看板や?」と近寄りますれば朱色に色褪せた図案化された赤電話の絵に“これより350M”の文字。これまたなんと親切なことで…って思えばほんの20年位前まで何ぞ言うたら公衆電話を探したもんです。
 “留守電に用件入る→ポケットベルが鳴る→留守電に入ったメッセージを聞き出す”てなことしていた時代にはホンマ公衆電話を探したもんです。山間部でポケベル(私のは関西テレメッセージ鳴ろうもんならもうそれが気になって気になって山裾の集落まで降りて電話探して聞き出して…あぁ懐かしいなぁ。そんな時代にこの看板見つけたらどんだけ助かったかな。
 で、今はスマホの時代。公衆電話のある場所探しもきっとスマホでできるはず。それ思えばますますこの看板の存在理由が薄れてきますなぁ…ってしやからほったらかされているわけですけど。

(於:奈良県高取町) …ってまぁ少数派を切り捨てるわけにもいかんわな。

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2017年4月29日 (土)

和歌山県立体育館は昭和でAAAA。

 今日は“昭和の日”。で、これ。
Aaaa1 Aaaa2 Aaaa3  “和歌山県立体育館”…最初、その右肩上がりの字体に「うわぁ懐かしい感じ」と思い、全体を見ますればこれまたうん、昭和感全開。よろしいなぁユニークですなぁ。尖った◇並んで白と青がシャープなコントラストでなんとも時代がかってますなぁ。
 正面入り口見ますと文字が柿色で…あぁこれは名産のミカンのイメージですかね、青に映えてこれまたええですね。
 で、正面の写真を見ていていま気づいたことは…「そうか!これ“”の連続なんや」ということ。ほれ、和歌山をローマ字にするとWAKAYAMAで“wAkAyAmA”と“ア行”で“”だらけ。それをこの建物のデザインに取り込んでるんですなぁきっと。なるほどなぁ知らなんだ…って勝手な解釈ですが。
 ちなみにこの建物は昭和39年にできたそうですから“やっぱり”って感じ。ずっとこのまま白青柿の“AAAA”であり続けてほしいもんです。

(於:和歌山市) 青が“緑”やと、もっと和歌山っぽいかも。

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2017年4月 5日 (水)

久々に見る8710は…

 近鉄筒井駅から歩いて歩いて…あっ久々に見かける看板。懐かしいけど空模様も手伝って、寂しい光景。
8710a 8710b
 フランチャイズ店は今も“8710”を使ってるそうですが、ほぼ見かけません。しかしながらこの妙な喪失感は…何なんでしょ。
 ハナテンのことは過去記事8710なきハナテンかに記してますので、そちらをご覧ください。

(於:奈良県大和郡山市) ある種“大阪な光景”やなぁ、奈良やけど。

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2017年2月26日 (日)

路地の入口の土壁板壁看板貼紙ええ感じ。

 紀州街道に面した路地の入口は…ちょっと懐かしい感じ。
Yama1a Yama1b Yama1c
 土壁板壁の質素な壁面に看板ひとつ貼紙ひとつ。素っ気ないも味あるブリキ看板に“広告マッチ・印入りタオル”の文字。やはり年代モンって感じ。そっちに気を取られてうっかり見落としそうになるも何なに…貼紙の方も文言もさることながら、字体の持つ雰囲気が…あぁ懐かしいですわ。なんというかそうそう!、昔の貼紙なんかでよく目にした字の雰囲気ってこれですよね。字間の詰まり方とか“”の“”の崩し方なんかがそう感じさせるのでしょうかね。
 地図で見ますとこの路地、全長100メートルほどある様子。平成の時代にもその路地に面した住人みんなが心地よく生活できるモラルが守られ続けているのやろと思うと、なんと素晴らしいことかと。今も味噌や醤油の貸し借りが…って、それはさすがにないでしょうな。

(於:堺市堺区) この手の路地って、これからも残っていくかなぁ。

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2017年2月 3日 (金)

超昔ながらな散髪屋さん

 堺市某所へ。待ち合わせの御堂筋線は北花田駅で降りるも…なぁ。てなわけで西の方へ行きますれば細い道だらけの旧村に。ええ感じやわいと歩きますればT字路の向こうに懐かしい風情の一角が。
Shinbori1
 赤白青のサインポール…そう、ここは理髪店。しかもちゃんとクルクル回ってます。
 大抵見かける昔ながらな理髪店は“ええ風情や”と思うも既に廃業されていることがほとんどですけど、ここは現役。きょうび、瓦屋根にナミイタって出で立ち自体珍しいです状態にしてこれであきないされているってちょっとおどろき。背景にうつるマンションさえなければ…ちょっと昔の写真みたいですな。ずっとこのまま地域住民のみだしなみを預かる存在であってほしいもんです。

(於:堺市北区) まだまだ知らん大阪いっぱいあるわと再認識。

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