懐かし…

2017年7月23日 (日)

懐かしのトンガリ文字

 京都の人と打ち合わせ…ってことで相寄り高槻へ。高槻って思いの外ひと多い賑やかなところで同じ様なコーヒー店も隣向かいにあってへぇーって感じ。ま、それはよろしいか。仕事終えて商店街を行きますれば…うわぁ懐かしい感じ。
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 「ほなどこで見たことあるん?」と問われれば思い出せんものの、確実に半世紀ほど前には割とそこここにあった書体の様に思うのですが、どうでしょ?
 “株式会社”まで同一の書体。その徹底ぶりも昔のスタイル。堂々の社名と相まってよろしいなぁ。
 日曜定休ってことで撮ることができてよかったヨカッタ。この社名ですからてっきり肥料や種苗のお店かと思っていましたらどうやらお花屋さんの様。開いてるときに見るともっとこの社名に書体が映えることでしょうな。

(於:高槻市) CupNoodle”の書体は色褪せんなぁ…と思ってましたけど、よく見ると’70年代全開かも。

※関連記事:
可愛ぃ懐かし葉っぱ文字』 2011年9月 記

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2017年7月22日 (土)

東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。 2

 カラーテレビが売りの、ラジオ店。
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 ここは和歌山。一応屋号の一部にモザイク入れるも熊楠通ならすぐわかりますか。
 ま、それはともかくずっともひとつな話題が近年続く東芝、そのお店がすっかり昔な風情としてそこにあるのがちょっとさみしい気がします。知らんうちに白物家電は“東芝”と名がつくも中国系企業のモンになっているし…なんかシャープ以上に親しみも馴染みもない原発な会社になって…どうなっていくんでしょう。
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 シャッターにはご存知(?)“光速エスパー”。2年前の記事でもやはり和歌山で東芝のお店にあるエスパーのこと取り上げましたけど、見比べてみると、かなりキャラが違う様に思います。描かれた時代が違うのか、それとも看板屋さんによって仕上がりがまちまちで、それが許されていたってことなんでしょうか。いずれにせよそんな緩さがオッケーな方が…味ありますな。
 プラ看板も落ち、すっかり店じまいされても健気に客引き…頭が下がりますなぁ。エスパーの思い、経営陣はどう考えてはるでしょうな…とか何とか。

(於:和歌山県紀の川市) “オ”と“店”の間に何入る?“な”とか…って、プラが左ズレしてるだけか。

※関連記事:
東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。』 2015年7月 記

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2017年7月 8日 (土)

親切な落書き

 恒例の桃買いに紀の川市は桃山町に…ではありましたが、例年より遅れているのかはよ行き過ぎたのかこれといった収穫なし(=売ってはいましたで)。ついでにめっけもん広場行って味醂買いに醸造元へとクルマ走らせてますれば、農村部によく見るブリキの小屋が。
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 通り過ぎるその時「ん?」と気になって戻りますれば、やっぱりちょっと変。
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 なにが“変”ってほれ、見ての通り錆びサビのブリキ看板の上に“ナカノ”とスプレーで記してあるところ。あぁなるほど、この看板は現存店そそれで「肝心の屋号が見えんでは意味ないやん」と店主、近年書き直しはったんですな。帰宅後調べてますれば…やっぱり。かつらぎ町笠田東に現存するナカノ時計メガネ店さんでした。
 見立て当たって喜んで画像よく見たら隣の看板にも“えびすや”のスプレー文字。これは…なんやいたずらというか…落書きやったんか。ちと落胆。
 ほなこっちも調べてみましょうと看板にある“えびすや”に電話番号なんかで検索しますれば…あったあったこっちも。こちらは橋本市高野口町に現存するベビー用品、子供服屋さん。ただメイン屋号を“ぽこあぽこ”としてはるみたいなんでどうせならこの落書き野郎も“ぽこあぽこ”と記してほしいところですな。そうしたら…落書きながら、もっと感謝されたであろうに。
 で、そうそう、この“えびすや”さんの看板、これに描かれた絵が…たまらんえんです。
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 手前にある電気設備と電柱でほとんど正面から見ることができませんでしたが、まぁ何とか撮れました。全体的にもええ感じですがその…母子、子供たち、鯉のぼり、雛人形、それぞれの絵のタッチが全くバラバラなところもええなと。これは…あちこちの画集なんかから引っ張ってきたってこと…?
 それぞれええですけど、やっぱり子供たちのがいちばんですか。特に右端ふたり。ぼくちゃんにお嬢ちゃんがちょっかい出してるんですかね。
 琺瑯看板もよいですけど、ブリキ看板の儚さもまた格別。ホンマは屋号書き直しの落書きもなかった方が…ええんですけどね。

(於:和歌山県紀の川市江川中 しかし何でこんな落書きを…犯罪を正当化する逃げ道か。

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2017年7月 7日 (金)

姿隠して由美かおるさん、ドラム缶と共に余生を。

 木の実の畑の片隅に錆びたドラム缶ひとつ。缶切りで開口したかの様その姿に一枚のフタ。なんか見覚えありまっせ。
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 遠目に見て「あれやな」と思うも写真に撮ってわかってナンボ。ずっと手前に渡してある板で川越え細い川淵歩いてドヤっと腕伸ばして一枚二枚。
 確かにフタとしてちょうどええ大きさではありますけど…なんとも言えませんなぁ。また肝心の顔の部分が重しの瓦で覆われて…現場のままがイチバン、そのままで撮りました。
 ちょっとさみしいかも…と思いましたけど、オークションなんかで何千円という値をつけて売買されているよりずっと微笑ましい光景かと思えてきました。ですからこの記事読んだ人も盗りにいったりせんといてくださいます様お願い致します。ここでフタとしてドラム缶と共に余生を過ごしている図でこそ、値打ちあるってもんです。

(於:和歌山県紀の川市貴志川町 風情あると思うもあんまり使わん様になったわ蚊取り線香。

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2017年6月28日 (水)

H型煙突に臭気筒…昭和な長屋裏の光景。

 細い路地行きますと、そこは昭和な長屋裏。赤茶の屋根瓦に錆びサビナミイタが、時代を感じさせます。
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 そして何よりこの型のブリキの煙突、そして臭気筒。電気式なのが残念ではありますがやや斜めになって落ちそうなところが何とも味わいを醸し出してます。
 いつの頃からこういうモノを見かけなくなったのでしょうか。煙突は風呂釜の、臭気筒は言わずと知れた汲み取り式便所のそれですから、湯沸かし器(ボイラ)が普及し、下水道が完備された頃までの話でしょうか。風呂釜に種火点いていて沸かす時“ボンっ!”と小さな爆発音…あぁ懐かしなぁ。いま思い出しました。便所の諸々の思い出は…割愛しときますか。
Urate3 Urate4  てな感じで幼少の頃を思い出しながら歩いていますとこんな建物が。これまたシャッターが錆びサビでええ味わい。そこに記されるのは“シャワー”に“だき”、貼り紙の下には“ガス風呂釜”…文化的な生活にあこがれがあった時代の必須アイテムのひとつがシャワーなり内風呂やったんですね。
 これら見てええなぁ懐かしいなぁと思った訳ですが、ガスが普及し内風呂が当たり前になり…そして風呂屋さんが立ち行かなくなったんやなぁと思うとなんとも“懐かしなぁ”と見てられん様な気分になってきました。まぁ…かつての様な生活に戻れる訳もないんですが、ね。

(於:羽曳野市) 入浴料、確か小人18円やったと記憶するけど…どやったかなぁ。

※関連記事:
懐かしの臭気筒。』  2011年11月 記

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2017年6月18日 (日)

上 六 セ ン タ ー ビ ル

 過日、谷町九丁目駅は6番出口で待ち合わせ。階段上がったらそこはビルの入口。
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 振り返って見ますれば…なんか懐かしい感じ。

“  上  六  セ  ン  タ  ー  ビ  ル  ”

 書体もそうですけど、この字と字の間隔がそう感じさせる要素かもしれません。名に付く“センター”の鮮度の落ちた英語、“上六”も…何なんでしょ、きょうびはどこかマイナーな響き。“上本町”とか、となりの“谷九”が幅を利かせてるからでしょうかね。
 千日前通を向くと、案内看板がこんな感じ。
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 これもまた懐かしさが染み出しています。同じゴシックでも時代で雰囲気が違うもんです。ま、それより“123丁目”に“89丁目”って、すごく広い町なんですなぁ…とかなんとか。“住宅公団”は“UR都市機構”に、“上汐町”は“上汐”、“東平野町”は“東平”と…ちょっとその役目を半分終えてるかなって感じ。ちなみに“上六センタービル”と“西上汐アパート”は同じ建物の様です。

(於:中央区) 谷九〜上六あたりの地下って案外懐かし物件ある様子。

※関連記事:
谷九の“地下商店街”』 2011年2月 記

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2017年5月18日 (木)

泉南牛乳の牛乳箱 2

 南海は春木駅、仕事で待ち合わせ。何かありそでないなぁ…って前も思ったところ。諦めかけつつ細道通り駅に向かいますれば…また今日もあれに。
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 たびたび牛乳箱ってのもどうかとおもいつつもやっぱりこれはスルーするわけにいきませんわと1枚2枚。
 “泉南牛乳”…これは現“新泉牛乳”でおなじみ泉南乳業が“泉南牛乳処理”と名乗っていた頃のもの。商標を“泉南”から“新泉”にスイッチし社名を変え、堺に工場を新造したのが昭和36年ということですから、これは60年ほど前からここにあるということですね…と記しつつ玄関下をよく見たら、明治の今日的牛乳箱が置かれてますわ。あぁ…そうか、コイツはもうこのお宅、この路地の雰囲気づくりとしての余生を過ごしてるってことですか。やっぱりと思いつつも残念に思います。
 で、この牛乳箱、“販賣店”の下に“須古星牛乳店”とあります。“須古星”…ここら泉州の珍しい苗字とか。読みは“スコボシ”…まぁ、そのままですね。

(於:岸和田市) やっぱり路地にはなんぞあるわ。

※関連記事:
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2017年5月 記

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2017年5月17日 (水)

宅地裏の水路に残された石板の橋。

 このシチュエーション、ちょっと妙。
Bridgestone1 Bridgestone2  田畑の畦道沿いの用水路に時折見かける石板渡しただけの橋ですけど、コンクリで水路も道も覆われている状態にあるというのは面白いなぁと思って。
 田畑の中を小川が流れ、畦道にはタンポポなんかが咲き、カエルがケロケロメダカがスイスイ…農地の宅地化が進んだ結果、石橋だけが昔のまんまと想像すると、何とも言えん寂しい気持ちがこみ上げてきますわ…って、奇跡的に石橋だけ残ったこの状態を良しとしましょうか。意図的な保存と思えんところがこの上なくええなぁと思います。

(於:堺市東区) 八尾の山麓部にもええ石橋あったも、コンクリのに置き換えられた…

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2017年5月13日 (土)

“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱

 防火水槽にすっかり気を取られていて、この存在に全く気付いていませんでした。
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 近鉄は郡山駅から南へ歩いて仕事の現場へ行く道すがら、こんなヤツを発見。そこは先の記事防火水槽 184 ■ 奈良県大和郡山市柳6-46と同じ建物。やっぱりあるべきところにはあるもんで。
 爽やかな空色にはためく日の丸、よろしいなぁ。もうこのマークだけで充分楽しい気分になります。“日の丸牛乳”の字は読めるも真ん中にある社名と思われる部分は判読不能。ちと残念。調べますればここには“笠井牧場”と記されている様です。
 漂流乳業さんのサイトによると笠井牧場は大和郡山市にあり昭和40年代に廃業ののち移転、明治牛乳販売店として営業されていたとか。元々は近鉄郡山駅あたりにあった様で地図で見ますとそのあたりに“日の丸薬局”というのがあります。なんらかの関係がある様にも思いますがたまたまかもしれません、はい。

(於:奈良県大和郡山市) 手前の草がこれまたええ仕事してるのか邪魔してるのか…

※参考記事:
日の丸牛乳漂流乳業さんのサイト

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2017年5月12日 (金)

“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。

 キャッチフレーズがええなぁ。
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 南海は羽衣駅降りて少し行くとそこは細い道が入り組む旧村っぽい一角。そこにいかにもありそうな牛乳箱がひとつ。そのハゲ具合もええ感じですが横に記されたコトバがいかにも昭和な感じ。

“山は冨士 乳は三國”

 “ホモゲ牛乳”ももちろんのこと、“綜合ビタミン入”、これもまたよろしいなぁ。プラッシーとかビタミン強化米、あと味噌にもビタミン入ってのがあったあの頃の世相が感じられます。
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 三國牛乳…調べますれば堺市中三国ヶ丘町にあった三国乳業のものとか。昭和36年に明治乳業と技術提携とあり、その後は明治ブランドの製造を手がけてはったみたいですが、その後廃業された様です。
 しかしながら街並、家屋とじつに調和してええ雰囲気を醸し出してますなぁ。これ見てホッとしにわざわざ行きたいと思わせるもんがありました…ってそんなことしませんけども。

(於:高石市) その昔は“ビタミンくさい”って表現があったな食べもんに対して。

※参考記事(以下のブログを参考にさせて頂きました)
三国乳業の牛乳箱牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西)  ゴエモン△さんのブログ
【大阪府/27-61】三国乳業・明治乳業住吉工場・近畿乳酸菌飲料事業協同組合・カルピス食品工業大阪工場
牛乳キャップ収集家の活動ブログ Milk Cap Archive
kazagasiraさんのブログ

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