懐かし…

2017年11月22日 (水)

柏原市古町1丁目2の景色 2017年11月、朝。

 月初めのある日、関西線は柏原駅で朝に待ち合わせ。近くを流れる了意川。あたりの景色も随分変わってしもたなぁと思いつつ行きますれば、昔ながらな一角が。
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 朝日に照らされやや赤く染まった木造家屋と枯葉付けたツタ、そして錆びたナミイタ…あぁなんとも言えん秋の朝って感じ。心地よい様な物悲しい様な…でも清々しい朝。「さ、仕事しよ」と気合が入りました。

(於:柏原市) 憲法9条”の貼り紙に反応してよ、難波のやっちゃんさん…

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2017年11月 5日 (日)

古澤牛乳の牛乳箱

 夏に歩いた高槻の町並み。いかにも旧家な佇まいのお宅の玄関先でこんな牛乳箱を見かけました。
Furunyu1 Furunyu2  ちょっと乳色した白い箱に宮崎販売所“古澤牛乳”の文字。これははじめて目にする銘柄です。赤で記された電話番号には“高槻”の文字。これは地元高槻の牛乳なのか、販売店のそれなのか…これといった手がかりはないので帰宅後ネットで調べることにしましょうか。いつも安直なことで。しかしなんですなぁ、このガムテープのバッテン(×)、インパクトありますなぁ。郵便受を閉じてはるみたいですけどこれ、牛乳箱以上に目立って…あ、それでええのか。
 てなこと思いつつあちこち探索を続けていますと、あ、また“古澤牛乳”の牛乳箱を発見。今度のは鉄扉の向こうか…撮りにくいなぁ。
Furunyu3 Furunyu4
 エイっと手を伸ばして…あ撮れたとれた。ちょっとバージョン違い。“安心して飲める 新鮮な牛乳”のコピーがこれまたええ感じですわ。
 で、この“古澤牛乳”。ネットで検索しますればやっぱりいつものゴエモン△さんのブログ“牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西)”にありました、“古澤牧場の牛乳箱”の記事が。詳細はそちらをご覧頂くとしてやはり高槻市土橋町にあった牧場併設の牛乳屋さんで、昭和の終わりとともに廃業された様です。割と最近までやってはったんやなぁ…と思いましたけどもう30年も前のことなんですね。はやいなぁ…

(於:高槻市) しばらくは休眠ネタ探しかな。

※参考記事(以下のブログを参考にさせて頂きました。有り難うございます。)
古澤牧場の牛乳箱牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西) 
ゴエモン△さんのブログ
古澤牧場・木田牧場
とっておき高槻情報!

※関連記事:
とよた牛乳の牛乳箱』 2017年8月 記
泉南牛乳の牛乳箱 2』 2017年5月 記
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2017年5月 記

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2017年9月23日 (土)

“PRISM−岡田治郎+渡辺建”ライブ@茨木麦音

 それはさながら“同窓会”って感じ?
Bakuon1 Bakuon2  茨木麦音フェストへ。目的は表題の通りメンバーの都合か主催者側の希望なのか渡辺建さんのベース入りというオールドファンには涙モンの変則PRISMの演奏。所用の後向かいますれば茨木市駅に5時半頃着。間に合わんのちゃうか思いつつ会場に向かえば…間に合った模様。ステージ前に立つやすぐメンバー登場。わっ、ほんまに建さんがいはります。
 その建さん作曲の懐かしい曲でスタート。わぁ、これ高校時分に聴いた頃のとほぼ同じアレンジ。まわりもわぁわぁ盛り上がってます。
 その後は深町純さんの曲がひとつ入るも和田氏の楽曲中心。これもまぁ往年の名曲ばかりでもう完全にスリップしますな、時間が。
 最後にまた建さんによる名曲が用意されて、そしてアンコール。1時間半の熱演…と言いたいところですが、熱演は…3人だけやったかなぁ。氏が脱退して17年…何もかもその歳月の長さを感じる1時間半でもありました。ですが観衆の皆さんみんな暖かくて「建さんお帰り!」なほんわか空気が充満。むかし高校大学生やったおっさんおばはん中心にちょっと若い衆までビールも手伝ってか大いに盛り上がって…ここ最近は小さなハコで聴くことが多いこのバンドですが久々に少し耳キーンとなって声援もすごくて…ええひとときでした。ま、現PRISMとも昔PRISMとも別モンでしたけど。こんな夢みたいなひとときを提供いてくれはったこのイベントに感謝しつつ“麦音で麦レス”、帰路につきました。ごめんなさい。

(於:茨木市) “トガリ続ける”ってのは難しいことの様です…

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2017年9月 9日 (土)

初秋は午前9時の文化住宅

 茶の湯の稽古。上六から電車乗るもええ電車なし。駅で待つのもあほらしいと高安駅から歩いて歩いて。爽やかな初秋の朝…のはずが、汗々。途中、昔から見る文化住宅の一角行きますと朝の光に照らされて秋晴れの空の元、ええ感じ。
1709090902 1709090903  正面から見るとまぁそんなもんなんですけど、裏から見ますとこれまた違った見え方がするもんです。中でもやっぱりいちばん惹かれるのが臭気筒。数えますれば全部で12本。そうか…ここは12戸の集合住宅やったんですね。
 各戸に見えるエアコンの室外機も屋根のアンテナも生活感を演出する必須アイテム。プロパンのガスボンベが小屋に収納されているのがちょっと残念ではあります。
…ってまぁこっちは勝手に他人の日常を想像して楽しんでるだけで余計なお世話ですな。こういう景色も知らん間に少なくなりました。

(於:八尾市) アンテナの数8戸分だけ。これも時代か。あ、サンテレビ向きもあるで。

※関連記事:
H型煙突に臭気筒…昭和な長屋裏の光景。』 2017年6月 記
門真市宮野町の文化住宅午前9時57分。』 2017年5月 記
店舗付文化』 2014年10月 記

六角形の意匠付きの文化住宅』 2014年1月 記
文化住宅かアパートの裏面…青空残る夏至+1日の夕景。』 2012年6月 記
文化住宅も半世紀経って…』 2012年3月 記
文化住宅と物干し台とドブ川。』 2010年11月 記
ミゼットと文化住宅、調和してる。』 2010年2月 記

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2017年9月 7日 (木)

“淀川区役所”のバス停看板、うっすら“八尾福祉センター前”。

 淀川区は西中島で仕事。
Yfcm1 Yfcm2  仕事終え、西中島南方駅へ向かう途中にバス停が。行先見れば大阪駅前。これは乗るしかないわと41系統に乗車。馴染みないところをバスで行く…車窓からの景色も新鮮。途中から細い道へ入って行っますますええ感じ。“淀川区役所”というバス停より車椅子のお方乗車。少し長めの停車時間にバス停の表示板見れば…うっすら“Yao”の文字が。よく見ると“Yaofukushi Center-mae”。読みにくい漢字部分にも“八尾福祉センター前”とあります。わぁ、こんなところで再会するとは。
 八尾在住だった頃、近鉄の電車賃ケチっておおよそ70分に1本走っていた“近鉄八尾駅前⇔平野駅前”という大阪市交通局9A系統のバスに乗って大阪市内入りしていたのですが、そこで使われていたアルミ板がずいぶん離れたところで再利用されていたんですね。
 その後“八尾福祉センター前”バス停はアクリルの立体看板になった後、2014年に路線ごと廃止。その前に八尾から離れて乗ることもなくなっていましたが、やはり八尾市から大阪市バスがなくなったというのはさみしく思ったもんです。余談ですがこの路線ができた経緯は、大阪市のゴミ焼却場を八尾に建設したその見返りと小学校の授業で習ったのですが…記憶違いかもしれません。
 大阪市バスのバス停サインポールの再利用は、割とあちこちで見かけはしますが、ちょっと昔に車窓からよく見ていた物件を不意に目にしたので記事化させてもらいました。

(於:淀川区) “地下鉄⇔市バス乗継割引”は、地下鉄民営化でどうなるんやろ?

※参考記事:
【廃止になりました】唯一八尾市へ路線を伸ばす大阪市バス・9A号系統
パイン味のアメいかがですか~ ぶるーばーどさんのブログ

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2017年8月28日 (月)

とよた牛乳の牛乳箱

 羽曳野は昔よりそれなりに馴染みあるところ。ですがこれには全然気づきませんでした。
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 過日仕事で羽曳野市某所へ。待ち合わせの近鉄は古市駅界隈を探索しますれば、“とよた牛乳”と書かれた牛乳箱がひとつ。電話番号に“阪南”の文字…これはここら辺の局番名ですね。
 で、電話番号から調べていきますとこのとよた牛乳さんはまさしくこのあたり、羽曳野市誉田1丁目に存在した様です。
 漂流乳業さんのサイトにある“全国乳業年鑑・昭和37年版”を見ると“豊田牧場牛乳処理場”が正式名称の様で、ゴエモン△さんのブログ“牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西)”の“豊田牧場の牛乳箱”の記事によると“昭和39年に自家処理をやめ、片岡牛乳の販売店に転身”と説明されています。
 屋外とは言え軒下というシチュエーションのお陰か美しい状態で残っていますね。半世紀以上ここにあるとは思えません。まぁ50年って、じつはたいしたことない歳月なのかもしれんなぁと最近感じる様になりましたが、世の中の激変を思うと…やっぱり残っていることは奇跡的なことですね。

(於:羽曳野市) “ト”が4つ、中に“田”で“とよた”…昔ながらな定番マーク。

※参考記事(以下のブログを参考にさせて頂きました。有り難うございます。)
豊田牧場の牛乳箱牛乳キャップ収集と販売情報(主に関西) 
ゴエモン△さんのブログ
全国乳業年鑑・昭和37年版漂流乳業さんのサイト

※関連記事:
泉南牛乳の牛乳箱 2』 2017年5月 記
縦用の横付け、明治の牛乳箱。』 2017年5月 記
“日の丸牛乳”笠井牧場の牛乳箱』 2017年5月 記
“山は冨士 乳は三國”三國牛乳の牛乳箱。』 2017年5月 記
クロバー牛乳の牛乳箱』 2017年5月 記
綜合乳販の牛乳箱』 2017年3月 記
“内外きよめて心を一致”に“ミルクニューキン”』 2016年11月 記
家屋に溶け込む激シブ牛乳箱』 2016年6月 記
雨上がり 湿気染み込む木造家屋 ええ感じ』 2015年9月 記
牛乳箱の余生 -- 植木鉢として』 2017年5月 記
クニイチのミルクヤの牛乳箱』 2014年10月 記
泉南牛乳の牛乳箱』 2014年2月 記
片岡の牛乳箱の下に、明治のフタだけ貼ってある。』 2013年12月 記
牛乳箱、郵便受になったらゴミ箱に…』 2012年5月 記
木造家屋に牛乳箱ふたつ』 2012年3月 記
ビクターエアコンと牛乳箱、馬場牧場の。』 2011年9月 記
“市電今里終点”と記された牛乳箱。』 2011年7月 記
京阪牛乳でみな元気っ!♪』 2008年3月 記
太田牧場の“生”牛乳 ♪』 2017年5月 記

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2017年8月17日 (木)

たばこ屋の隅でセンター大村崑

 羽曳野市某所で仕事。近鉄は松原駅前からクルマに乗せてもらい現地に向かう途中ふと目に入った大村崑さん。
Oishiidesuyo1 Oishiidesuyo2  「ちょっと止めて」とも言えず駅で解散後改めて出向くと…やっぱりええ感じ。看板自体の味わいもさることながら、何となくそこにありそうにないそのシチュエーションにして“取って付けた感”がないところがええんでしょうな。崑ちゃんを中心に公衆電話やら牛乳箱やら自販機たばこの文字と全部で独特の雰囲気を醸し出していますわ。
 まぁオロナミンCの看板自体のことはそれはそれはあっちこっちでいっぱい語られてることでしょうから割愛…と思いましたけど、看板左下の“巨人の星”見ると…あぁまさしく幼少期の記憶が蘇ってきまして。卵と混ぜて“オロナミンセーキ”…YouTubeにもCMいっぱいありますけどそれ見ると50年前にして120って…さすが大塚!って思ったり。いや何となく、はい。
 看板の詳細は兵庫県在住の主婦安部さんによる素晴らしいサイト“お散歩 Photo Album”の“飲料2 オロナミンC”に詳しく記されています。

(於:松原市) 崑ちゃん“いいとも!”出演時、手土産にオロCさげてはった…

※関連記事:
すりガラス越しにこっち見てはる大村崑』 2015年4月 記
浪花千栄崑さん…』 2014年8月 記

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2017年7月23日 (日)

懐かしのトンガリ文字

 京都の人と打ち合わせ…ってことで相寄り高槻へ。高槻って思いの外ひと多い賑やかなところで同じ様なコーヒー店も隣向かいにあってへぇーって感じ。ま、それはよろしいか。仕事終えて商店街を行きますれば…うわぁ懐かしい感じ。
Osakanoen1 Osakanoen2
 「ほなどこで見たことあるん?」と問われれば思い出せんものの、確実に半世紀ほど前には割とそこここにあった書体の様に思うのですが、どうでしょ?
 “株式会社”まで同一の書体。その徹底ぶりも昔のスタイル。堂々の社名と相まってよろしいなぁ。
 日曜定休ってことで撮ることができてよかったヨカッタ。この社名ですからてっきり肥料や種苗のお店かと思っていましたらどうやらお花屋さんの様。開いてるときに見るともっとこの社名に書体が映えることでしょうな。

(於:高槻市) CupNoodle”の書体は色褪せんなぁ…と思ってましたけど、よく見ると’70年代全開かも。

※関連記事:
可愛ぃ懐かし葉っぱ文字』 2011年9月 記

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2017年7月22日 (土)

東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。 2

 カラーテレビが売りの、ラジオ店。
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 ここは和歌山。一応屋号の一部にモザイク入れるも熊楠通ならすぐわかりますか。
 ま、それはともかくずっともひとつな話題が近年続く東芝、そのお店がすっかり昔な風情としてそこにあるのがちょっとさみしい気がします。知らんうちに白物家電は“東芝”と名がつくも中国系企業のモンになっているし…なんかシャープ以上に親しみも馴染みもない原発な会社になって…どうなっていくんでしょう。
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 シャッターにはご存知(?)“光速エスパー”。2年前の記事でもやはり和歌山で東芝のお店にあるエスパーのこと取り上げましたけど、見比べてみると、かなりキャラが違う様に思います。描かれた時代が違うのか、それとも看板屋さんによって仕上がりがまちまちで、それが許されていたってことなんでしょうか。いずれにせよそんな緩さがオッケーな方が…味ありますな。
 プラ看板も落ち、すっかり店じまいされても健気に客引き…頭が下がりますなぁ。エスパーの思い、経営陣はどう考えてはるでしょうな…とか何とか。

(於:和歌山県紀の川市) “オ”と“店”の間に何入る?“な”とか…って、プラが左ズレしてるだけか。

※関連記事:
東芝のお店、シャッターに“光速エスパー”。』 2015年7月 記

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2017年7月 8日 (土)

親切な落書き

 恒例の桃買いに紀の川市は桃山町に…ではありましたが、例年より遅れているのかはよ行き過ぎたのかこれといった収穫なし(=売ってはいましたで)。ついでにめっけもん広場行って味醂買いに醸造元へとクルマ走らせてますれば、農村部によく見るブリキの小屋が。
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 通り過ぎるその時「ん?」と気になって戻りますれば、やっぱりちょっと変。
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 なにが“変”ってほれ、見ての通り錆びサビのブリキ看板の上に“ナカノ”とスプレーで記してあるところ。あぁなるほど、この看板は現存店そそれで「肝心の屋号が見えんでは意味ないやん」と店主、近年書き直しはったんですな。帰宅後調べてますれば…やっぱり。かつらぎ町笠田東に現存するナカノ時計メガネ店さんでした。
 見立て当たって喜んで画像よく見たら隣の看板にも“えびすや”のスプレー文字。これは…なんやいたずらというか…落書きやったんか。ちと落胆。
 ほなこっちも調べてみましょうと看板にある“えびすや”に電話番号なんかで検索しますれば…あったあったこっちも。こちらは橋本市高野口町に現存するベビー用品、子供服屋さん。ただメイン屋号を“ぽこあぽこ”としてはるみたいなんでどうせならこの落書き野郎も“ぽこあぽこ”と記してほしいところですな。そうしたら…落書きながら、もっと感謝されたであろうに。
 で、そうそう、この“えびすや”さんの看板、これに描かれた絵が…たまらんえんです。
Ebisuya
 手前にある電気設備と電柱でほとんど正面から見ることができませんでしたが、まぁ何とか撮れました。全体的にもええ感じですがその…母子、子供たち、鯉のぼり、雛人形、それぞれの絵のタッチが全くバラバラなところもええなと。これは…あちこちの画集なんかから引っ張ってきたってこと…?
 それぞれええですけど、やっぱり子供たちのがいちばんですか。特に右端ふたり。ぼくちゃんにお嬢ちゃんがちょっかい出してるんですかね。
 琺瑯看板もよいですけど、ブリキ看板の儚さもまた格別。ホンマは屋号書き直しの落書きもなかった方が…ええんですけどね。

(於:和歌山県紀の川市江川中 しかし何でこんな落書きを…犯罪を正当化する逃げ道か。

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