大阪市南部

2019年6月20日 (木)

昭和なプラ看板 179 ● 日立冷蔵庫/日立ビデオデッキ

 “ビデオデッキ”の面が水色ってのが、もひとつ日立っぽくないなぁ…などど思いつつ。
Hr Hvd  見ての通り日当たりよい状況にしてあまり劣化していませんので今が撮りどきかと思いまして表裏で二枚。冷蔵庫の面にある通り日立の看板と言えば柿色のものがほとんどですし、日立と言えば“モートル(モーター)”でそらぁ冷蔵庫もやっぱり日立でまぁ当然。余談ですがうちのももちろん日立製です。
 で、ビデオデッキ…もう多くを語る必要もございませんな。下部にちっさくある“VHS”の表記もきょうびのモンには何のこっちゃでしょう。
 このシリーズでの日立ネタはもうこれで5つ目。いつもこの赤い“日立マーク”が気になって書いてますんで割愛。もう使われてないのも同然ながら日立製作所のサイトを見ると小さくファビコンとして使われてますわ。何かちょっと安心。“日立 - IT事業”というFacebookページには“「日立マーク」、今でも健在です!”という記事もありました。興味ある方はぜひそちらもご覧ください。

(於:阿倍野区) 冷蔵庫の“冷”の字だけ、妙にデザイン入ってる様に見える。

※関連記事:
昭和なプラ看板 84 ● 日立ルームエアコン』 2014年1月 記
昭和なプラ看板 81 ● 日立まみれ』 2013年10月 記
昭和なプラ看板 27 ● 日立キドカラー』 2009年4月 記
昭和なプラ看板 18 ● 日立チェーンストール』 2009年2月 記

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2019年6月10日 (月)

昭和なプラ看板 178 ● 城東西湖堂パン

 あっ、まだあったかって感じ。
Jsp1 Jsp2  パッと見“西湖堂パン”ですが、よく見るとその上にひっそり“城東”と記されています。この二文字が大事というか何というか。一部のマニア(?)はご存知でしょうこれは“城東パン”の名残です。
 以前の記事にも書きました通り、かつて大阪で大手だった城東パンですがその後経営が傾き、西湖堂の傘下になって屋号が変わり、その後合併で持ち直したかと思われるも西湖堂自体も2000年くらいに倒産してしもてた様です。
 てなわけでもう存在しない会社のプラ看板なわけで、そういう雰囲気が隅々から滲み出ているって感じ。場所もまた中山製鋼所でおなじみ木津川運河に架かる大船橋のたもとですからもう…何かぴったり。かつて撮影で夜な夜な通った昭和のまんまな一角、懐かしなぁ。その頃と変わらん様でいてより錆びたまちになっている…何か自分を見ている様やなぁと思ったりしたのでした。

(於:大正区) コペンハーベストも今春知らん間に倒産してたんか。で、何が帝塚山や…

※関連記事:
肝心の案内図なき南恩加島1の案内板』 2019年4月 記
かつてあった地パン5 ◆ 『城東パン』』 2012年5月 記

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2019年6月 9日 (日)

山之内公園にて、午前10時48分。

 「昨日が淀川やったから、今日は大和川で、どや?」の提案にお子、もひとつ「!」って感じでもない様子。「ほな大和川超えて、堺行こか」でようやく乗り気にならはって朝から自転車で南へ南へ。何となく川縁の雰囲気になってきたなぁと思ったところに細い坂道。「おっ、これ上がったら大和川やで」と登りきりますれば、そこはブランコ一台だけの公園。
1906091048  青空の下、一面の新緑。妙に気持ちよろしいで。「久々に飛び上がったヤツ撮ろや」でこのポーズ。いけてへんわぁ。で、もう一枚、今度はバッチリ。ですけどこのもっさいポーズの方がええわで、これ。
 下流まで移動して川を渡り、かん袋でかき氷のくるみ餅食べて塩元帥で塩ラーメンずるずるいわせて紀州街道で帰りの途に…あぁ休日の昼のひとときって感じ。諸々に感謝。普通な感じってええわぁ。

(於:住吉区) 「自転車乗ったら話できへん…」とお子。話したいこといっぱいある様で。

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2019年5月26日 (日)

大阪市のマンホール蓋三代

 「あっ、懐かしいんちゃう」と思わず立ち止まり一枚。
Ocmh1 Ocmh2 Ocmh3  で、その後あたりで二枚。どれが懐かしいのかは見ての通りで石で囲まれたやつ。昔からの大阪市民ではないのでこのスタイルのはどれくらい現存しているのかよくわかっていませんが幼少期、住吉区の親戚宅へ行っては遊んでいた頃よく見たのがこれでした。真俯瞰の写真では判りにくいですけどこんもりと中央が盛り上がっていてどこか“ぼんち揚”っぽいその形状…は言い過ぎですな。円形に合わせてイチョウの葉みたいになった“みおつくし”も可愛くていい感じです。
 他のは、まぁ見ての通り。ごくごく普通な風情の方はともかく、大阪城をモチーフにしてるであろうデザインのやつは…興味ありませんわぁ。最近あちこちの自治体でこの手の“ご当地マンホールの蓋”みたいなもんが流行ってますけどなんだかなぁって感じ。普通にこさえたモンに地方色があるから楽しいのであって、最初からそういうテイスト盛り込んだって…興味ありませんわ私には。そいいう意味では“ご当地ナンバープレート”も同じ様なもんかな。とは言えくまモン取り入れた熊本ナンバーはそれなにり可愛いなと思いましたけど。

(於:西成区) 実質本位な意匠の中に特色があるからええなぁと思う訳で。

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2019年5月25日 (土)

昭和なプラ看板 177 ● スキー毛糸

 何か甘くて美味しそう…
Ski4 Ski3  五月ににしてこの暑さは何ですのん…ってことでちょっとでも涼んでもらおうってことで“スキー毛糸”。ですけど“スキー”って文字が入ってるだけで全体が赤で熱い感じでちょっと企画甘々。どことなく飴ちゃんみたいで小振りでマークも可愛くて…この味わいはやっぱりアーケードで守られた状態の良さならではでしょう。残念ながら、お店はもう廃業されている風情でしたが。
 スキー毛糸のプラ看板はこれで3つ目。会社のこととかは以前の記事をお読みください。

(於:阿倍野区) マークもえぇけど、ロゴも懐かしい感じでええわ。

※関連記事:
昭和なプラ看板 126 ● スキー毛糸』 2016年5月 記
昭和なプラ看板 28 ● スキー毛糸』 2009年5月 記

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2019年5月13日 (月)

阪南町1、町家の一軒ビワ屋敷。

 阿倍野で仕事。あと所用で昭和町へ。道すがら民家の前から木が妙にせり出してまっせ。
Dekabiwa1 Dekabiwa2 Dekabiwa3 Dekabiwa4  どないなってるんやろと見に行きますればこんな感じ。細い植え込みから勢いよく伸びまくってるのは…ビワですな。「へぇ、こないに大きなるんや」ってのと、今までに見たどれもが生命力旺盛って感じでしたので「やっぱりビワか」ってのと。
 見上げてよく見るとまだ緑色ながら、たくさん実をつけてますわ。ですけどたとえ実が熟したとして高すぎて獲れませんな。

(於:阿倍野区) 子供の頃は大好きやってんけどなぁ…何でやろ。

※関連記事:
コンクリごみ箱にビワの木』2017年12月 記
大きなビワの木、胴に空き缶用ゴミ箱。』  2015年9月 記
鉢植えのビワの木、自立のとき。』 2013年9月 記
発泡スチロール突き破って街路樹化したビワの木。』 2011年11月 記
鉢植え卒業。地植え化したビワの木。』 2012年2月 記

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2019年4月22日 (月)

肝心の案内図なき南恩加島1の案内板

 過日訪れた大正区の果て(?)に、こんなもんがありました。
Minamiokajima1_1  真ん中が抜けてしもてますがそこに付近の案内図があったんでしょう。
 肝心の部分がなくなっても広告部分は健在。全部ペンキで描かれていて味わいありますわ。“豆炭”の十全商会やら“スポーツセンター”で名を馳せていたラサ工業、あっ、オクタン価競争時代を思い出す“フォーミュラシェル”の看板も…懐かしなぁ。そうか…社会人になって数年の頃…すなわちバブル期真っ只中に設置された看板でしょう。左上の中山製鋼所のところには“鉄と共に70年”…調べますれば今秋100周年を迎えるみたいですから、まさしく30年前のまんまここにあるんですね。
 で、過日訪れたところは某配送センターで、そこは…かつて中山製鋼所の転炉工場 やったところ。え、あの超間近で見ることができたあの工場がなくなっていたとは…寂しい限り。ですけども若かりし頃…まさに四半世紀ほど前盛んに稼働していた状態を夜な夜なフイルムに収めておいて良かったなぁと改めて思った次第。写真には必然的に“記録性”がある…これが最大の魅力やわなと改めて思ったのでした。

(於:大正区) えげつない“相反則不軌”やった…懐かしいわぁ。

※関連記事:
肝心の地図読めん案内板、下に明治製菓淀川工場の広告。』2017年2月 記
廃ガソリンスタンドのハイオクの広告』2015年4月 記

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2018年4月 4日 (水)

昭和なプラ看板 159 ● アサヒビール

 ホントは“ラーメン”って表記に反応したんですが。
Mikaku2 Mikaku1
 よく見たら小さなプラ看板がじつにええ味わいを醸し出しているではありませんか。小振りで控えめ。てっぺんが丸くておまけに懐かしの朝陽マーク…このお店がいかに長年ラーメン店として愛されているかが伝わってきますわ。いやぁなんとも可愛い。
 最初にも触れましたけど屋号より大きく“ラーメン店”と“店”付けて記してあるって珍しいですな。で、調べてみますれば“ラーメン店”ですが“焼きめし”に反応してはる人が多いみたいで…まぁ、ラーメン店の焼きめしやから美味しいってことみたいですけどね。いっぺん食べに行こ。

(於:住之江区) ミカクは“味覚”か?カタカナにすると、随分印象が変わりますな。

※関連記事:
昭和なプラ看板 151 ● アサヒビール』 2017年11月 記
昭和なプラ看板 22 ● アサヒビール』 2009年3月 記

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2018年3月30日 (金)

3月に春爛漫

 3月にしてこの陽気。で、満開。
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 触発されて生き生き生きんとな、うん。

(於:東住吉区) 入学式の頃は、葉桜ですな。

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2018年1月20日 (土)

“あいさつ筋”

 谷町筋に堺筋、御堂筋は知ってはる思うも、これは…知らんのちゃいます?
Aisatsusuji1 Aisatsusuji2  “あいさつ筋”…そこは中学校の校舎と運動場の間を南北に通る道。まぁ生徒さんがいちばん地元民とすれ違うであろう道なわけで教育上「挨拶しなはれや」という願いを持って付けられたもんでしょう。しかしまぁここも何度も通ったことありますけど、そんな名前付いてたかいなと調べますと昨年の11月に中学校が名付けたとか。「めざせあいさつ名人!」をスローガンに掲げ、この様ネーミングになったそうです。
 う〜ん、なるほどね。きょうびの子はおとなしいですからそれなりに効力を発揮してるのでしょうなぁ。まぁ正味の話、私が生徒やったらゼッタイせぇへんですわ、あ・い・さ・つ。そんでもってきっと浮いた存在になっていること必至。時代が違う…だけではないなぁどうも。あ、それで決してこの様にしてはることを揶揄してるわけではありませんので念のため。生徒さんに社会性を持たせることに貢献してるでしょうしその上“東西は、南北は”という大阪人として知っておくべきことも学習できるし…ってそうや、この学校に面した東西の道も“あいさつ通”にせんと、ちょっと片手落ちですな。

(於:東住吉区) ちゃんと命名権得てはんの? なんてね。

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