河内

2018年8月12日 (日)

枚方の夕空、午後6時57分。

 日が短くなったなぁ…
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 昨日の雲模様はどっち見ても立体的で凄いというか綺麗というか…見とれていたいと思うもずっとクルマ運転。
 ツクツクホウシの鳴き声と大型扇風機の騒音に混じったお経。帰路立ち寄ったしまむらから出るとすっかり夕景。何やさみしいなぁ…墓参りの後というのも手伝って。

(於:枚方市) 暑い日々言うてもちょっと秋が感じられるもんなぁ…

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2018年8月 9日 (木)

過保護ちゃん、ナミイタのせた室外機。

 この酷暑にしてファンが回っていないところをみると…後隠居さんですかね。
Kahogo6 Kahogo7  仕事の前に新石切駅あたりをひとまわり。和風家屋の屋根上に割とよく見るナショナルの室外機。てっぺんになんかペラペラしたものがのってまっせでよく見ればプラスチックのナミイタですな。小さな写真ではわかりづらいですけど、一応ちゃんと骨組みがあって、そこに取り付けられています。
 経年変化でちょっとつらい状態ですけど、こいつもやっぱり心優しい主人の室外機への想いが感じられてよろしいですね。私も見習ってせめて雑巾掛けでも秋になったらしよう…なんて思わなくて。性根がアキマヘンな。

(於:東大阪市) 通行人から見えるところにあったら…善人ぶるやろな、とか何とか。

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2018年7月24日 (火)

八尾東部の夕景、午後7時21分。

 幾度となく眺めた夏の日の夕焼け。
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 ちょっと感傷的になって眺める。昔と違うのは目線の高さか。いつまでも明るいからと空き地で夢中に遊んでいたら母親が迎えに来て家に帰ったら8時やってこともあったなぁ。遅くまで遊び呆けていたことに怒られもされなんだ…有り難い。ええ時代やったんかもしれん。

(於:八尾市) そんな育ちのお陰でアホげがある…ほんまそう思う。感謝。

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2018年7月 5日 (木)

8時59分、近鉄大阪線高架下の図、国分駅近く。

 奈良は吉野で仕事。雨やし駅から遠いし…で、クルマ移動。大和川べりで渋滞。昔も今も全然変わらん景色ですなぁここらは。変わったのは行き交う車両だけか…てなこと思いつつ前のダンプカーが近鉄の高架下へ入って行く図がなんかかっこええなぁと1枚2枚。
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 幼少期はダンプ大好き…あの頃の感情が蘇るなぁ。雨で湿ってちょっと暗くて重厚感増しまし。ま、それだけ。しかしながら…かっちょええなぁ。

(於:柏原市) 走行中は撮ってませんで、念のため。

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2018年6月30日 (土)

恩智川のコンクリ護岸の白梅、実をつける。

 3月の記事のこと覚えてはるでしょうか。あれから4ヶ月弱…
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 茶の湯の稽古へ恩智川に沿って自転車で走ってますと川べりに赤い実が。え?ひょっとしてと近寄って見てみますれば、梅の木にちゃんと実が付いてますわ。しかも大粒で立派なのがいっぱい。
 ホンマに立派な実です。けど…これが取りに行けませんわ。柵越えて勾配キツいコンクリにしがみついてコロッと転落…って訳にもいかんでしょ。
 えらいとこで生えてんねんなぁと感心してましたけど案外人やら動物に邪魔されんでここが天国なんかも。ええとこ見つけよったことで。
 紅白揃って咲いて春を告げてましたけど、実をつけてるのは白梅の方だけでした。調べてますと“紅梅の近くに白梅の木があるといい実ができるそうです”なる記載が。そうか…紅梅のお陰で白梅に立派な実が付いたんですかね。ちゃんと…紅梅もええ仕事してるんですな見えんところで。

(於:八尾市) 後ろに写る臭気筒が案外ええ仕事してるな。

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2018年6月24日 (日)

雨が描いた滝

 自然現象がこの様に描いた訳です。
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 水見えずしてそこに水がある。ときおり目にする図、ずっと見てるとなかなか味わい深いなぁと。千住博さんの…って、怒られますな。

(於;東大阪市) 大徳寺は聚光院にも…とかなんとか。

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2018年6月16日 (土)

過保護ちゃん、建屋にビルトインする室外機。

 今日もエアコン室外機ネタ…ひつこいかな。
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 ナミイタ塀に丸いくり抜き、左下にシッポがちょろっと。室外機と言え家電製品ですからやっぱり雨風に打たれん様にせんと…ってことでしょうか。
 ダクトを見るとエアコン自体は室外機より左にある様子。と言うことはやっぱりこのナミイタで覆われた小屋(?)にわざわざ収めてあるということですね。
 路上にデンと置かれているシチュエーションを思うとなんと粋(すい)なことか。あ、違うか、過保護でこうしてあるんでした…知りませんけど。

(於:東大阪市) 穴の位置がずれてる…2台目か?

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2018年6月14日 (木)

土蔵に鶴亀の巴瓦

Tsurukame1 Tsurukame2 Tsurukame3  過日仕事で訪れた東大阪は近鉄吉田駅あたり。地図見ますと南北にうねる一帯があります。その帯状の部分だけ区画整理もされていないって感じ。“川中”という交差点名(地名)があったり、中甚兵衛さんの像があることからすると、このうねった帯状のところが付け替え前の大和川やったところでしょう。
 東も西も工場や物流倉庫の中、その帯状の部分だけは昔ながらの旧村って感じ。まだまだ残る古い建屋。傷んだ土壁も錆びたナミイタを従えてこれもこれで情緒あるわとふと見上げると、鬼瓦の前に“亀”。亀があるということは…と、さらに見上げるとそこに“鶴”。
 正直言うと、ちょっとそういう意匠を施した瓦なんぞがありそうにない建物(失礼!)に見受けられたので、余計に「ええなぁ…」と思ったのでした。
 こういう鶴亀の瓦って“鶴巴”、“亀巴”と言って巴瓦の一種やと今回初めて知った次第。何も知らんなぁ、これでまたひとつ勉強になったわ…ってすぐに忘れるんですけどね、きっと。

(於:東大阪市) 亀の顔が案外かわいい。
※関連記事:
田畑の納屋、青空の下。』 2018年1月 記

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2018年6月11日 (月)

石鹸の金型専門とは…

 東大阪市某所へ仕事。旧村を行きますればこんな看板。最初なにげに「学習塾か?」と思いましたけど…
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 「何で?」ってほれ、とかとか進歩も何となくそれっぽいから。
 で、スルーしかけによく見たら…こんなピンポイントな職種があるんかとちょっとびっくり。調べますれば金型屋さんの様ですが、さすがはなんでも作ってる東大阪って感じ。
 しかしながら石鹸の金型だけでそれだけ需要があるんですね。牛乳石鹸クロバーマックスウタマロニッサン石鹸もつい数年前まで大阪で作っていたこと思うと石鹸は大阪の地場産業のひとつなわけで、まぁ納得…かな。
 ボディソープが幅を利かせて固形石鹸もなんとなくノスタルジーを感じさせるアイテムって感じがせんでもない昨今を思うと…やっぱりびっくりか。固形石鹸派としてはぜひとも頑張って頂きたい会社ですわ。

(於:東大阪市) これ“イオキベ”と読むのかな? 珍苗字。

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2018年6月 8日 (金)

かつての大阪酒 11 『澤龜』 宅酒造(株)

 昨年の春、松原市のある集落を行きますと古い看板の残る酒屋さんがありました。
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 木彫の立派な看板。亀甲に又…“キッコーマタ”とカタカナで書くとどうも偽モンって感じに見えて気の毒ですがこれは堺の河又醤油の看板。昭和45年に貝塚のイズミイチと合併して今、“大醤”として堺で唯一自家醸造を行ってはるとか。古い看板のものが現存してるとはうれしい限りです。ちなみにシャッター上の右は“川野醤油”、左は“坪田醤油”の看板。前者は小豆島の“マルキン醤油”に、後者は龍野の“マルテン醤油”に委託し、今に至っているとか。
 とまぁ醤油の看板を見て目を右にやると、自販機の奥上にも木彫看板を発見。
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 そう、こっちが今回の記事の本命です。
 金色の菰樽に堂々“澤龜”の文字。左右合わせて“一番よい酒”と誇らしいフレーズ。これは今までネット上で見たことがある堺の酒のひとつやないかと調べますれば…やっぱり。
 今までにも何度か記したことがあるかと思いますが堺はかつて醸造業の盛んだったそうで、お酒に関しては灘を上回る規模やったとか。最盛期にはその堺で“澤龜”は一番たくさん造っていたとネットには記されていました。ですが手元にある大正5年の酒造家名鑑によりますと982石とあり、多い方ではあるものの、“金露”の5,025石に比べるとかなり差を開けられていた様です。ちなみにここの蔵元の“宅德平”氏は同じく堺の酒造家“鳥井駒吉”氏と共にアサヒビールの元となる会社(有限責任大阪麦酒会社)を立ち上げたとのことです。
 堺と言ったら臨海コンビナートのイメージが強くて醸造業で賑わって海外輸出もしていたなんて考えられません。“水不足”が原因で廃れたとのことですが、新しいものにチャレンジしていく精神がここ堺にはあって、すっかり産業が変わったのかもしれんなと思ったりします。
 で、“澤龜”はいつまであったのか…は、もひとつわかりませんでしたが、戦中の企業合同で“新泉”となって消滅したのではないかと思います…多分ですが。

:宅酒造株式会社
    大阪府堺市九間町(大正5年時の住所)

(於:松原市) せっかくの看板が自販機裏とは…と思いつつ、ここやから盗難にも遭わんですんでるのかもしれん。

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