町名看板

2019年8月 8日 (木)

大垣内町一丁目10の“丁目”がナナメ

 枚方市某所で仕事。今日も朝から暑すぎ…の中、“サンシャインロード”てな名前の道は歩きとないなで裏道などを歩いて目的地を目指しますれば、町名看板がこんな感じに。
Ogaito1_10a Ogaito1_10b  まぁよく見るアクリル樹脂製のそれが塗料と乖離してる図。大阪市内だけかと思えばここ枚方市でも同じことが起こってるのかとちょっと安心…とか何とか。こういうのって…定期的に儲けたれと、わざと経年変化する様に設計されているんちゃうんかと…いや、そういう穿った見方はよろしくないですね。
 しかしまぁこの剥離した“丁目”がナナメになって何とも味ありますわ。これも計算通りなんでしょう。なかなかやりまんな、枚方市のこれも。

(於:枚方市) “垣内”と書いて“がいと”、八尾のは“かいち”って読むわ。

※関連記事:
表記二重で立体的、かっこええ市岡元町一丁目1の町名看板。
』 2019年7月 記
町名看板、虫食い状態。』 2019年2月 記
こっそり平野区長吉長原東三丁目2』 2013年6月 記

 

| | コメント (2)

2019年7月12日 (金)

表記二重で立体的、かっこええ市岡元町一丁目1の町名看板。

 ここはどこやと目にした(←うそ)町名看板、地名が立体で書かれてまっせ。洒落てまんなぁ。
Ichimoto1 Ichimoto2  とか何とか。まぁよく見る光景ながらここまでうまいこと昔のアルミ製が劣化した現行のをカバーして…カバーとは言わんですか、下からやからバックアップ?か。
 大阪市内の町名看板、近年のはプラスチック製のですがその多くが塗料とアクリル樹脂(?)が乖離してもうボロボロ。特にこの青緑の色が使われている区のがひどい様に思います。傷んでへんやつの上にこうやって貼って、何か無駄な感じと前々から思ってましたけど、こんな形で昔のが再登場するとなると、真上に貼っといてくれはって助かりますなぁ…って、ちょっとイケズな物言いですか。そろそろ新調の時期ちゃいまっか…ってそうか、大阪市が無くなってからか?…はぁ。

(於:港区) 大阪市はずっと大阪市であってもらわんと。

※関連記事:
町名看板、虫食い状態。』 2019年2月 記
こっそり平野区長吉長原東三丁目2』 2013年6月 記

| | コメント (2)

2019年7月11日 (木)

塗り込められた千代崎二丁目22

 ドーム前千代崎から歩いて港区某所の現場へ。道に迷って「ここはどこ?」と町名看板見ますれば…
Chiyo2a Chiyo2b  なんじゃこれ。排他的な町なんでしょう他所もんにはここがどこか知らせんとこと、塗り込められてまっせ。貼ってあったものが取れて型が残ったんかもしれんなとも思いましたがいやいや、これ、完全に外壁の一部扱いで塗装されてしもてますわ。
 引いて見ればドアの反対にも町名看板があって「そっちがあるからええやろ」とこうしたのかどうなのか。まぁネタになるからええものの、あまりの仕事に…わからんなあぁ、こういう感覚。
 とまぁ忍者状態の町名看板に引き止められた訳ですけど、この細長いドアのある建物の味わいの方が気になるかも。ま、つまるところこれでオッケーってことですわ。

(於:西区) “道に迷って…”のくだりはウソ。スマホ持ってたら迷いようないわ。

※関連記事:
判読困難…流町4-5の町名看板。』 2011年9月 記
塗り込められたインタフォン。何故か?』 2010年10月 記

| | コメント (2)

2019年6月21日 (金)

むかし大野町一丁目27、いま野田二丁目11。

 やや角張った柱に打ち付けられ変形しているも、なかなかええ状態で健在。
Noda2a Noda2b Nodafuji  昔ながらな町並み残る福島区は野田界隈の一角で、古い町名看板が残っていました。“防火防犯モデル”なる標語も掲げてあってちょっと純粋なそれとは違って味わいをより深くしています。
 町名変更は1975年に行われ、区内に46あった町をつに再編したとか。ちょっと…無茶苦茶な気がせんでもありませんな。
 下部にはおきまりの広告が。“大福信用金庫”…なんともいかにももう存在していない様な屋号やなぁと思いましたが意外にも(失礼)2013年まで存在していたとか。他の2信金と合併、いまは大阪シティ信用金庫になっている様です。
 あと余談ですが現行の福島区の町名看板は藤色なのは、区の花“野田藤”にちなんだもんやそうです。

(於:福島区) よく見ると古い町名看板も貼り替えた跡があるわ。

| | コメント (2)

2019年6月 3日 (月)

むかしもいまも鳴尾町四丁目。

 阪神は鳴尾駅で待ち合わせて仕事の現場へ行く前にあたりをぐるっと。
Naruo4b Naruo4a  看板の上から木でしっかりガードでちと不思議。錆びサビの町名看板見ればそこには“高島屋”の広告が。阪神なんば線が開通した今ならともかく何で難波の百貨店が…って思いますけど、かつて阪神間にもあったんでしょうか高島屋って。怪しい金融の看板も…令和の今では充分味わいあるもんとなってきた様にも思いますな。

(於:兵庫県西宮市) 平気で他の看板の上に貼る神経がさすがって感じ。

| | コメント (0)

2019年5月 9日 (木)

13-7

 えぇ味わい。
137  律儀なお方とお見受けしました。

(於:兵庫県尼崎市) “7”は引き立て役。

| | コメント (2)

2019年4月13日 (土)

むかし河内市稲葉3-6、いま東大阪市稲葉3-6。

 オオキバナカタバミ咲き誇る昔ながらな一角に、こんな町名看板がありました。
Inaba3a Inaba3b  広告部分のない今日的なデザインながら、それは琺瑯製。一部錆びているものの、きっちり仕事を果たしてるって感じ。とは言えそこには“河内市”とありますから、まぁ現役と言うよりここらの歴史を伝える役目を果たしている存在と言ったところでしょうか。布施市枚岡市と合併して東大阪市が誕生したのが1967年。それ思うとよくもまぁ半世紀以上も残ってるなぁ…って、50年の歳月なんかたいしたことないってことなんかもしれません。そう思えるのも我ががええ歳になったから感じることなんでしょうけど。

(於:東大阪市) いまが見納めって感じがする、残念ながら。

※関連記事:
“河内市水道消火栓”の鉄蓋』2015年8月 記

| | コメント (0)

2019年2月26日 (火)

むかしもいまも木広町2。

 大阪府下でもよく見かける意匠の広告入りの町名看板ですが、和歌山にもありました。
Kihirocho2a Kihirocho2b Kihirocho2c  ブリキ製のそれはどこも錆びサビで、まぁ読めんこともないですけどちょっと本来の使命を果たしていると言えない状況ですな。ま、そこが逆にええ味わいとも言える訳ですけども。
 で、やはり広告部分がきになるところ。そこには“お買い物は 丸正 和歌山・本町”。和歌山県人には馴染みある百貨店だったかと思いますが大阪モンの私には数回行った記憶しかなくて。しかもその記憶ももひとつなもので、小旅の帰りに和歌山のお酒買って帰ろかと思って立ち寄ったものの、お客さんまばら。そんな状況だからでしょうか店員さん同士でずっと私語…「なんだかな」と思ってましたらその後しばらくして閉店に。wikiによりますと2001年に自己破産とあります。そうか…その頃からぶらくり丁 の衰退は始まっていたってことなんですね。
 とまぁ“丸正”についつい目を奪われて眺めていたこの町名看板ですけど、よく見たらその下にある木目調のトタン板は極めて新しいものです。外壁をやりかえてもちゃんと町名看板は貼り直してはる訳でちょっと嬉しいなりますね。以前の日本城の広告付きのそれ同様、和歌山の人々は古い町名看板を大事にしてはるみたいです…ってサンプルたった2つの事例で決めつけてますが。

(於:和歌山県和歌山市) ちょっとさみしい現実あれど、やっぱりええなぁ和歌山って。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月13日 (水)

町名看板、虫食い状態。

 町名看板あるも…ここはどこやねん。
Mn21aMn21b 歯の検診終えて帰りバスに乗ろかと歩いてますればこんなヤツ発見。色合いしっかり残るも肝心の部分がなくさっぱり用をなしていない状況。「なんじゃこれ」と近づき観察しますれば…うん、どうやらアクリル板の町名看板が剥がれ落ちて、接着剤の付いていた部分の塗料だけがコンクリブロックにこべりついている状態の様です。
 きれいに転写しているとは言え虫食い状態、味わいある様なない様な…ですが用をなしていないという点において充分愛でるに価するかと思いますが、どうでしょ。

(於:都島区) 色あせ透明になったのも見かける。アカンなアクリル製のは。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年6月27日 (水)

むかしもいまも上本町九丁目。

 ずっとあるなと思いつつもお蔵入りしていた物件。
Ue9a Ue9b   私が高校生時分でも充分に超昔ながらな佇まいやなぁと眺めていた家屋の隅にひっそり町名看板。この場所が“上本町九丁目”やと告げているその文字のバランスというか大きさなんかも含めてちょっと不安定でええ感じ。“天王寺”もしかりで、愛想なしな感じながらもそれなりにええ風情を漂わせてます。
 で、よく見ればその町名看板の下に何やらアルミの銘板が貼ってあります。これは…仁丹の町名看板の下に必ず付いていたみたいらしいですから…この上からそれが貼られていた時期があったということですかね。そう言えばいつぞやそんな話をネットで読んだ様な。
Ue9c
Ue9d
 同じ建物にはもうひとつ町名看板が。こちらは“夕陽丘予備校”の広告入りのものでこれも充分に風情あるもちょっと負け気味…と思いましたけど案外可愛さでは勝ってますかね。どこか“かわいいおじいさん”な感じ。そう思えば先の方のは…頑固じじい、かな。否々背筋シャンとした東海林太郎さんみたいなご老人ですな。

(於:天王寺区-2015年 広い通りに面して昔ながらな家屋が残ってるって奇跡やな。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧