プラ看板

2019年10月 4日 (金)

昭和なプラ看板 187 ● ブラザー編機 指定教室

 気がつけば、見かけなくなって久しいかも。
Broami1 Broami2  思えばミシンすら家庭で日常的に使われることがなくなって久しい訳で、それ以上に“編機”となると…う〜ん、長いこと見たことがないですわ。
 調べますればブラザーが編機の生産をやめたのが1990年代と言いますから、もうこの手の教室もやってはれへんことでしょう。
 同じ様な看板で“シルバー編機”ってのも見かけたもんですが、こちらの製造元シルバー精工はタイプライター等事務機器なども手掛けるも2011年に破産したとか。一方こちらブラザーは目につくところではプリンターもつくり、知らんところでは工作機械もやってはってうまいこと時流に合わせた展開をしてはるみたいです。しかしながら、変化の激しい時代の会社経営って…大変なことやと思いますわ。

(於:堺市堺区) 既製品の安さもあるけど、時間的余裕の有無も関係あるやろな。

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2019年9月17日 (火)

昭和なプラ看板 186 ● 郵便貯金のリス

 過日自転車で前を通った某郵便局にリスの看板が。最初当たり前の様に見ていましたけど、案外もう見かけんかもしれんなぁと思いまして。
Yuuchan1a Yuuchan1b  「あぁあれな」と思うもずっと見ておりますれば懐かしい気分にさせられます。可愛い様に思うも、口はないし目に心が感じられんし…で、やっぱり前時代的やなぁって感じ。思えば幼少期に目にした帳面とかの文房具に印されていたこの手のキャラクターって、どれももひとつ「きゃっ!かわいい♡」ってのは少なかった気がしますが…どうでしたっけ。
 で、このリスですけど、いったい何ていう名前なんやろと調べましたが…まぁ、たぶん“ユウちゃん”みたいなんですけど、どうもそこに出てくる画像がこれではなくて。
 wikiによりますと1962年から2007年まで使われていた郵便貯金のマスコットやそうですが、1990年にサンリオに発注され大幅なデフォルメがなされたとあります。で、画像検索してもそのサンリオ版ユウちゃんばかりが出てくると…って、ちゃんと探しきれてないだけでしょうけど。
 うろ覚えですけど幼少期家でなにげにみた通帳にこのリスが描かれてた様に思います。当時からあんまり可愛いと思いませんでしたけど、いま見ても…やっぱりもひとつですな。ま、そこがいかにも昭和40年代って感じがするんですけど。

(於:阿倍野区) 学童を描いたモンとかも妙に怖かった様に記憶してますけど…どぉ?

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2019年9月 4日 (水)

昭和なプラ看板 185 ● レナウン チェーンストアー

 過日仕事で訪れた三田市の旧市街地。昔ながらな佇まいにいつもホッとさせられるも…ちょっとさびれていて寂しい気分にもなりなす。武庫川を渡って少し歩くとそこに短い商店街。アーケード残るも商店もほとんどなく…でしたが端のお店の軒下にこんなプラ看板がありました。
Renown1Renown2Renown3 端のお店とは言えさすがはアーケードの下、まだまだピカッとした光沢を放っています。RENOWN…ずっとユニチカよろしく何ぞの造語やとずっと思ってましたら“名高い”の意もあるもイギリスの巡洋戦艦の名前から大正期に命名しブランドとか。やっぱり大阪発祥の会社はちゃいまんなぁ…と思いましたら何なに、アパレル世界一の売上を極めるもあれこれあった後、いまでは中国資本の傘下になってるとは…知りませんでした。そうか…そうなんやって感じ。
 それはそうとして何と可愛いプラ看板なんでしょう。楕円の形状がどこかドロップを思わせるもんがあっていい感じ。しかしこうやって改めて見るとレナウンも“チェーンストアー”を付けるとナショ文字と一緒に見えますが…違うんでしょう。裏面には“暮しの肌着”の文字。そうか…自分がグンゼ一筋に着てきただけでレナウンは肌着メーカーでもあるとは知りませんでした。

(於:兵庫県三田市) ワンサカワンサとかモーレツとか…ナンデアルは、違うな。

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2019年8月25日 (日)

昭和なプラ看板 184 ● オッペン化粧品

 古くさい感じはありませんけど、なんとなく'70年代っぽいかな。
Oppen1 Oppen2  青地に白の潔さ。菊かタンポポ(ウニかイガグリ?)の様なマークの下、空間を飛ぶホタル一匹(に見える)…さすがに化粧品会社のそれだけにやり過ぎることなく洒落た世界観を…ってまたわかった様なこと書いてからに。
 オッペン化粧品と言えばテレビ番組“新婚さんいらっしゃい”の提供社のひとつやったイメージが強く残っています。あと、調べてましたら…そうそう、青いネオンサイン。確か梅田にもありました。当時は全国各地にあったそうですが、香川県にひとつ残っていたとかで、その動画がこれ。懐かしい…けど、なんか沁みますなぁ。それも昨年撤去されたとか。まぁ目立ったところでは露出してはりませんけど、従来の訪問販売中心に着実にやってはる様です。大阪発祥の会社、応援しよ…って、気持ちだけですが。あ、オッペンは英語のオープンとドイツ語のオペからの造語やそうです。

(於:城東区) ホタル風のV字は…“オッペ〜ン”を視覚化したものとの説あり(ウソ)。

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2019年8月12日 (月)

昭和なプラ看板 183 ● ダイジヱット

 まったく馴染みがないものの、いかにも昭和な色合いやなぁと思いまして。
Dijet1 Dijet2  社名にあるDIJETは造語でしょうか。“超硬工具”の字があることからこのマークはダイヤモンドの硬さを表現したものなのかと想像しますが…どうでしょう。大阪は平野区に本拠を構えるダイジヱット工業。素人にわかるところではドリルの先などを手がけてはる会社の様ですが、工作機械とかその道のプロを相手にあれこれ手がけている様です。一般には知られずともなくてはならない存在が大阪にある…なんか嬉しいなりますわ。

(於:城東区) 社長さんは代々“生悦住”さん。“イケズミ”と読むとか…

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2019年8月 2日 (金)

昭和なプラ看板 182 ● 毎日新聞/スポーツニッポン

 博多の街を歩きますれば…あぁ懐かしい、高いところに昔の毎日新聞のプラ看板が。
Maisuponichi1 Maisuponichi2 Maisuponichi3  潔いだけでなく雰囲気がありますなぁ。この昔のロゴの何がええかってのはそれはもうやっぱり“毎”の草冠のちょぼが一本少ないこの字が何とも昔な感じで好きですね。そのためでしょうか、“”って漢字に見えるのがまたかわいいなぁ…って、そんなん思いませんか。
 赤い星マークもシンプルながら味わいがありますわ。調べますればこれは“星”ではあるものの、大阪の“大”を星型にしたもので“大阪毎日新聞”時代に制定されたものとか。1991年まで使われたということですから…もう30年ほど前に姿を消しているんですね。
 「逆光やなぁ」と裏を回って撮ろうと見上げると、こっちは“スポーツニッポン”。なんや残念…と思いつつ一応撮っとこ…ってのが正直なところでしたけど、このロゴも現在は使われていないみたいですね。スポーツ新聞はまぁ読まんので懐かしいとかの感情は湧いてこないのですが表裏一体ってことでこちらも載せておきましょう。しかしまぁ両面とも光受けまくりな割に状態がよろしいなぁ。そらぁ新聞社の看板が朽ちてしもたらやっぱり具合悪いですわな。鮮度が命ですもんね。

(於:福岡県福岡市博多区) 新聞って読めば「やっぱ新聞やで」と思うもなかなか読む時間取れんねんなぁ…は言い訳でんな。

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2019年7月20日 (土)

昭和なプラ看板 181 ● アポロマーク(出光興産)

 ひと昔前までガソリンスタンドのサインポールと言えばこんな感じでしたね。
Apollo3a Apollo3b  統廃合が進み店舗も大型化して、気がつけばこの手のは都心部では特に見かけん様になりました。久々に見たこれ、じつはプロパンガスの供給所で、だからまぁ残っていたとも言えますかね。
 古い人間には見慣れたのはこのアポロマーク。今のは楕円形になっており、髪型ももう少しスッキリしています。それより何より最大の変更点は耳にある“3”。幼少期より気になっていたこの“3”。ただでさえ怖いマークやと避けていましたけど、その理由は出光興産創業者、出光佐三の“”を図案に取り入れたからとか。現行のものは“”から“”になっています。変更されたのは株式上場の2006年ということですから“大家族主義”からの脱却という意味合いもあるのかもしれませんね。で、なんでアポロマークなのかはご存知“ギリシャ・ローマ神話に登場する太陽神”からです。
 今春より昭和シェル石油と統合して“出光昭和シェル”なるコーポレートネームでやってはりますけど、これを期にマークがこんな風に変わるのではと予測するツイートを見つけましたのでリンク貼っときます。ええセンスというか何というか…

(於:東大阪市) “アポロマーク”を検索にかけると“怖い”の予測が出る…みんな同じか。

※関連記事:
アポロマークでグラデーションや』 2010年7月 記

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2019年7月 3日 (水)

昭和なプラ看板 180 ● タワラ印・大阪第一食糧

 まだまだよく見かけるので、そないに古いもんという気がせんのですが。
Tawara1 Tawara2  商店街のアーケードに守られているので余計にそう見えるってのもあるでしょうが、やはり古いもんには見えません。この看板が街のあちこちに点り始めたのは私が小学生時分やった様に思うので、半世紀とまでいかずとも40年は前のものでしょう。その頃はよくテレビでCMを流してはったことを思い出します。
 wikiによりますと、食糧協同組合として発足した法人で、近年になり伊藤忠食糧の完全子会社になったとのことです。思えば伊丹産業やら神明に押されている印象がありますね。時が経つと、勢力図もすっかり入れ替わる様です。

(於:阿倍野区) 土曜の昼下がり、学校から帰ってお笑いテレビで見ていた時によくCM見た気がするんやが。

※関連記事:
昭和なプラ看板 56 ● 米 大阪第一食糧』 2012年2月 記

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2019年6月20日 (木)

昭和なプラ看板 179 ● 日立冷蔵庫/日立ビデオデッキ

 “ビデオデッキ”の面が水色ってのが、もひとつ日立っぽくないなぁ…などど思いつつ。
Hr Hvd  見ての通り日当たりよい状況にしてあまり劣化していませんので今が撮りどきかと思いまして表裏で二枚。冷蔵庫の面にある通り日立の看板と言えば柿色のものがほとんどですし、日立と言えば“モートル(モーター)”でそらぁ冷蔵庫もやっぱり日立でまぁ当然。余談ですがうちのももちろん日立製です。
 で、ビデオデッキ…もう多くを語る必要もございませんな。下部にちっさくある“VHS”の表記もきょうびのモンには何のこっちゃでしょう。
 このシリーズでの日立ネタはもうこれで5つ目。いつもこの赤い“日立マーク”が気になって書いてますんで割愛。もう使われてないのも同然ながら日立製作所のサイトを見ると小さくファビコンとして使われてますわ。何かちょっと安心。“日立 - IT事業”というFacebookページには“「日立マーク」、今でも健在です!”という記事もありました。興味ある方はぜひそちらもご覧ください。

(於:阿倍野区) 冷蔵庫の“冷”の字だけ、妙にデザイン入ってる様に見える。

※関連記事:
昭和なプラ看板 84 ● 日立ルームエアコン』 2014年1月 記
昭和なプラ看板 81 ● 日立まみれ』 2013年10月 記
昭和なプラ看板 27 ● 日立キドカラー』 2009年4月 記
昭和なプラ看板 18 ● 日立チェーンストール』 2009年2月 記

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2019年6月10日 (月)

昭和なプラ看板 178 ● 城東西湖堂パン

 あっ、まだあったかって感じ。
Jsp1 Jsp2  パッと見“西湖堂パン”ですが、よく見るとその上にひっそり“城東”と記されています。この二文字が大事というか何というか。一部のマニア(?)はご存知でしょうこれは“城東パン”の名残です。
 以前の記事にも書きました通り、かつて大阪で大手だった城東パンですがその後経営が傾き、西湖堂の傘下になって屋号が変わり、その後合併で持ち直したかと思われるも西湖堂自体も2000年くらいに倒産してしもてた様です。
 てなわけでもう存在しない会社のプラ看板なわけで、そういう雰囲気が隅々から滲み出ているって感じ。場所もまた中山製鋼所でおなじみ木津川運河に架かる大船橋のたもとですからもう…何かぴったり。かつて撮影で夜な夜な通った昭和のまんまな一角、懐かしなぁ。その頃と変わらん様でいてより錆びたまちになっている…何か自分を見ている様やなぁと思ったりしたのでした。

(於:大正区) コペンハーベストも今春知らん間に倒産してたんか。で、何が帝塚山や…

※関連記事:
肝心の案内図なき南恩加島1の案内板』 2019年4月 記
かつてあった地パン5 ◆ 『城東パン』』 2012年5月 記

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